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第七章 田中天狼のシリアスな日常・解決編
田中天狼のシリアスな風説
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梅雨真っ盛りのじめじめした空気が、肌にねっとりと纏わり付いて気持ち悪い。
今にも泣き出しそうな曇り空をぼんやりと眺めながら、俺は机の中の教科書をカバンに放り込む。
――クラスの連中の視線が痛い。
どうやら、先日の昼休み、A階段の踊り場で黒木さんにビンタされた事が、早くもクラス中に拡散されてしまったらしい。
そして、俺は何処に出しても恥ずかしくない極悪人と認定されてしまった様なのだ。
曰く、「黒木さんに卑猥な暴言を吐いた」「黒木さんに無理矢理迫って拒絶された」「黒木さんの弱みを握って、カネを要求してきた」えとせとらえとせとら……。
見事に根も葉もない噂がクラス中に飛び回り、俺は全方位から刺し殺さんばかりに鋭く尖った視線を浴び続けている。
昼休みには、女子生徒が数人で俺の机を取り囲み、延々と事情聴取という名の尋問を食らっていた。
「正直に言いなさい! アンタ、瑠奈ちゃんに何したのよ!」
「……い、いや、別に……何も」
「嘘おっしゃい! 何もないのに、あの子が他人にビンタなんかするわけないでしょ!」
「いや……ホントに何もしてないんだって……」
「じゃあ、何で昼休みにあの子を呼び出したのよ! どんな用事だったの?」
「……そ、それは――」
言えない。部室の不審者侵入の件は、生徒会と矢的先輩から、キツく口止めされているのだ。俺は言葉に詰まった。
「ほら、言えないじゃない! 絶対、瑠奈ちゃんを誑かそうとして呼び出したのよ、コイツは! そういう顔つきだもん!」
……そういう顔つきって、どういう顔つきだよ。
黒木さんがいれば、すぐにでも根も葉もない噂だと否定してくれたのだろうが、生憎彼女は、家の用事があるとかで欠席していた。
実にタイミングが悪い……。
クラスの女子達につるし上げられている途中で、春夏秋冬が、いつものようにやってきたのだが、俺はドアの前の彼女にアイコンタクトを送って、黙って引き上げてもらった。こんな情けない事に、春夏秋冬を巻き込みたくなかったからだ。
――それからずっと、女子生徒からの非難の集中砲火と、男子生徒からの冷たい視線を浴び続けながら、何とか放課後まで堪えきった訳なのだが、俺はすっかりヘトヘトになってしまった。
(……疲れた)
その一言しかなかった。放課後の部活だ何だは放り出して、とにかく早く帰ってさっさと寝たい……と思いながら、カバンを肩に掛けて立ち上がった時――、
「お――っす、シリウス!」
……俺は、聞こえないふりをして、くるりと踵を返して、教室から出ようとする。
「――て、オイオイ! 無視すんなよ~! つれないなぁ」
「……何か用ですか、矢的先輩? というか、今日は体調不良なんで、もう帰りますので――」
俺は、不快感を隠す事もせずに、しかめ面で矢的先輩の方に向き直る。――と、
「……て、どうしたんですか、その格好……埃だらけじゃないですか……?」
矢的先輩のシャツやズボンの膝や裾は、埃が付いて真っ白になっているし、顔も真っ黒だった。まるで、爆破解体の工事現場から飛びだしてきたかのような出で立ちだった。
「ん……? ああ、コレは――アレだ。アレ!」
そう言って、矢的先輩は、自分の茶髪を手櫛で梳き上げる。途端に、頭に積もった埃が、煙のように舞い上がった。
「ゴホッ! ゴホッ! ホント何なんですか……コレだアレだって――意味が解らないんですけど!」
埃を吸ってしまって、盛大に咳き込む俺。
「ちょっとね……午後の授業をブッチして、部室の大掃除に勤しんでいただけだよ~」
「ど……どうしたんですか、大掃除なんて、ガラでも無い事を。――こりゃ、これから嵐ですね」
「マジかよ! オレが掃除するだけで天変地異を起こせるのかよ……。世界征服も狙えるじゃねえか! ……て、何でやねーん!」
ノリツッコミで、手の甲で、俺の胸を小突く矢的先輩。俺は、引きつった顔で「あはは」と愛想笑いを浮かべるだけだった。
矢的先輩は、そのリアクションを見て、頬を膨らませる。
「何だよー。ノリが悪いなぁ。――ダメだなぁ、シリウスは。コレだから、何をやっても平凡だ~って言われるんだぜ……」
「平凡は止めて……」
先日の、おむすびの名付け会議の時に散々言われたおかげで、『平凡』という言葉に強いトラウマを抱いてしまった俺である……。
「まあ、そんな事より……大分分かってきたぞ、今回の事件のからくりが!」
「え……? わ、分かったって……今回の事件の犯人ですか?」
矢的先輩の言葉に驚く俺。そのリアクションを見た矢的先輩は、ニヤリと笑う。
「まあ、まだ『誰が』とまでは特定できていないけどな……。大体目星は付いてきてる」
「――い……いつの間に」
驚くしかない俺。
「――という訳で、これから、オレの推理の裏付けしに行くから、お前もちょっと付き合え」
「裏付け――? ど、どこにですか?」
そう尋ねる俺に、矢的先輩は不敵な笑みを浮かべて言った。
「――写真部の部室」
今にも泣き出しそうな曇り空をぼんやりと眺めながら、俺は机の中の教科書をカバンに放り込む。
――クラスの連中の視線が痛い。
どうやら、先日の昼休み、A階段の踊り場で黒木さんにビンタされた事が、早くもクラス中に拡散されてしまったらしい。
そして、俺は何処に出しても恥ずかしくない極悪人と認定されてしまった様なのだ。
曰く、「黒木さんに卑猥な暴言を吐いた」「黒木さんに無理矢理迫って拒絶された」「黒木さんの弱みを握って、カネを要求してきた」えとせとらえとせとら……。
見事に根も葉もない噂がクラス中に飛び回り、俺は全方位から刺し殺さんばかりに鋭く尖った視線を浴び続けている。
昼休みには、女子生徒が数人で俺の机を取り囲み、延々と事情聴取という名の尋問を食らっていた。
「正直に言いなさい! アンタ、瑠奈ちゃんに何したのよ!」
「……い、いや、別に……何も」
「嘘おっしゃい! 何もないのに、あの子が他人にビンタなんかするわけないでしょ!」
「いや……ホントに何もしてないんだって……」
「じゃあ、何で昼休みにあの子を呼び出したのよ! どんな用事だったの?」
「……そ、それは――」
言えない。部室の不審者侵入の件は、生徒会と矢的先輩から、キツく口止めされているのだ。俺は言葉に詰まった。
「ほら、言えないじゃない! 絶対、瑠奈ちゃんを誑かそうとして呼び出したのよ、コイツは! そういう顔つきだもん!」
……そういう顔つきって、どういう顔つきだよ。
黒木さんがいれば、すぐにでも根も葉もない噂だと否定してくれたのだろうが、生憎彼女は、家の用事があるとかで欠席していた。
実にタイミングが悪い……。
クラスの女子達につるし上げられている途中で、春夏秋冬が、いつものようにやってきたのだが、俺はドアの前の彼女にアイコンタクトを送って、黙って引き上げてもらった。こんな情けない事に、春夏秋冬を巻き込みたくなかったからだ。
――それからずっと、女子生徒からの非難の集中砲火と、男子生徒からの冷たい視線を浴び続けながら、何とか放課後まで堪えきった訳なのだが、俺はすっかりヘトヘトになってしまった。
(……疲れた)
その一言しかなかった。放課後の部活だ何だは放り出して、とにかく早く帰ってさっさと寝たい……と思いながら、カバンを肩に掛けて立ち上がった時――、
「お――っす、シリウス!」
……俺は、聞こえないふりをして、くるりと踵を返して、教室から出ようとする。
「――て、オイオイ! 無視すんなよ~! つれないなぁ」
「……何か用ですか、矢的先輩? というか、今日は体調不良なんで、もう帰りますので――」
俺は、不快感を隠す事もせずに、しかめ面で矢的先輩の方に向き直る。――と、
「……て、どうしたんですか、その格好……埃だらけじゃないですか……?」
矢的先輩のシャツやズボンの膝や裾は、埃が付いて真っ白になっているし、顔も真っ黒だった。まるで、爆破解体の工事現場から飛びだしてきたかのような出で立ちだった。
「ん……? ああ、コレは――アレだ。アレ!」
そう言って、矢的先輩は、自分の茶髪を手櫛で梳き上げる。途端に、頭に積もった埃が、煙のように舞い上がった。
「ゴホッ! ゴホッ! ホント何なんですか……コレだアレだって――意味が解らないんですけど!」
埃を吸ってしまって、盛大に咳き込む俺。
「ちょっとね……午後の授業をブッチして、部室の大掃除に勤しんでいただけだよ~」
「ど……どうしたんですか、大掃除なんて、ガラでも無い事を。――こりゃ、これから嵐ですね」
「マジかよ! オレが掃除するだけで天変地異を起こせるのかよ……。世界征服も狙えるじゃねえか! ……て、何でやねーん!」
ノリツッコミで、手の甲で、俺の胸を小突く矢的先輩。俺は、引きつった顔で「あはは」と愛想笑いを浮かべるだけだった。
矢的先輩は、そのリアクションを見て、頬を膨らませる。
「何だよー。ノリが悪いなぁ。――ダメだなぁ、シリウスは。コレだから、何をやっても平凡だ~って言われるんだぜ……」
「平凡は止めて……」
先日の、おむすびの名付け会議の時に散々言われたおかげで、『平凡』という言葉に強いトラウマを抱いてしまった俺である……。
「まあ、そんな事より……大分分かってきたぞ、今回の事件のからくりが!」
「え……? わ、分かったって……今回の事件の犯人ですか?」
矢的先輩の言葉に驚く俺。そのリアクションを見た矢的先輩は、ニヤリと笑う。
「まあ、まだ『誰が』とまでは特定できていないけどな……。大体目星は付いてきてる」
「――い……いつの間に」
驚くしかない俺。
「――という訳で、これから、オレの推理の裏付けしに行くから、お前もちょっと付き合え」
「裏付け――? ど、どこにですか?」
そう尋ねる俺に、矢的先輩は不敵な笑みを浮かべて言った。
「――写真部の部室」
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