田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編

黒木瑠奈のシリアスな誤解

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 午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
 緊張から解き放たれ、教室は一気に騒がしくなる。
 俺は、朝買ったサンドイッチとコーヒー牛乳が入ったコンビニ袋を片手に、黒木さんと待ち合わせしているA階段の踊り場へ向かった。
 黒木さんは、昼ご飯を食べてから来るだろうが、どうせ教室内で食べるのも踊り場で食べるのも変わらない。というか、呼び出した側が、先に待っているのが、マナーだと思った。
 A階段の踊り場に着き、俺は階段に座って、コーヒー牛乳にストローを挿し、サンドイッチの包装を破る。
 コーヒー牛乳を一啜りしてから、サンドイッチに齧り付く――、

「あ、あの……田中さん。遅くなりました……」
「ぶふうっ?」

 突然、声をかけられて、俺はサンドイッチを喉に詰まらせた。
 慌ててコーヒー牛乳をがぶ飲みして、喉に詰まったパンの欠片を胃に流しこむ。

「あ――! だ……大丈夫ですか、田中さんっ!」

 黒木さんが、慌てた様子でオロオロしているのを、

「――あ、だ、大丈夫……。ちょっと噎せただけだから……」

 右手を上げて制する。
 もう一口、コーヒー牛乳を口に含み、喉を潤す。

「……ふぅ。もう、大丈夫」
「ごめんなさい……。私が急に声をかけたから……」

 そう言って、肩を落とす黒木さんに、俺は慌てて言う。

「い、いや! 黒木さんのせいじゃないから! 気にしないで!」

 黒木さんは、俺の言葉で、顔を上げる。

「……にしても、早いね。お昼食べてからでも良かったのに」

 俺は、少し驚きを感じながら、黒木さんに言うと、彼女は、また顔を赤らめながら、

「で……でも、大事な話だと仰っていたので、早い方がいいかな……と思って……」

 と言った。

「あ……そうなんだ。ごめんね、気を使わせてしまったようで……」
「い――いえ! と、とんでもないです!」

 黒木さんが、メガネの奥の目をまん丸にして、首を左右に激しく振る。三つ編みの髪の毛も、首の動きに合わせてダンスを踊る様に、左右に揺れる。

「あ――あの、それで……は、話だとというのは……その……何でしょうか……?」

 今度は、手を口元に当てて、何やらモジモジしながら、小さな声で尋ねてくる。
 俺は、ゴホンと咳払いを一つして、切り出す。

「あの……、黒木さんに話したい事なんだけど……」
「は……はい……」
「――部室の鍵の事なんだ」
「はい! 喜んで――!」
「…………へ?」
「…………え?」

 俺と黒木さんは、お互いの顔を見合わせて、固まった。

「…………」
「…………」

 気まずい沈黙……。

「……あの……、喜んで、って……何の事でしょ――」
「あ――――――――――っ! わ、わ、忘れてっ! ……忘れて、下さいっ!」

 発言の趣旨を聞き直そうとした俺の言葉を遮って、黒木さんは必死の形相で詰め寄ってきた。
 あまりの迫力に、俺はタジタジとなる。

「え――と、わ、分かりました! 忘れます! よく分からないけど、とりあえず忘れます!」
「絶対ッ! 絶対ですよ! もう、脳のあらゆる部分から綺麗さっぱり消去デリートして下さいっ! いいですね!」
「は――ハイッ!」

 黒木さんの、有無を言わせぬ迫力に圧され、俺は直立不動で最敬礼する。
 黒木さんは、物凄い形相で俺を睨んで……、ハア~と大きく深呼吸した。

「…………失礼しました。――続きをお伺いします。……部室の鍵が、どうかしたんですか……?」

 黒木さんの顔が、いつもの、『生徒会書記』の表情に戻った。――俺も、表情を引き締めて口を開いた。

「――実は――」



 「……なるほど。話は大体分かりました」

 黒木さんは、俺の話を聞き終わると、難しい顔で唸った。

「……普通に考えれば、あの夜の、フードを被った不審者が、また侵入しに来たと考えるのが自然ですね……」
「多分、そうだと思う。――昨日、俺たちがカラオ……校外活動に出かける為に、部室の鍵を掛けたのが……大体4時頃だったから――、犯行時刻は、昨日の午後4時から、俺たちがネコに餌をやりに来た今日の午前7時45分までの間――」
「……いえ、夜……午後8時半から翌日午前7時の間は、部室棟自体の侵入は無理だと思います」
「え? どうして?」

 聞き返す俺に、黒木さんは答えた。

「前回の侵入未遂事件を踏まえて、部室棟全体を午後8時半から午前7時まで閉鎖する事になったんです。……だから、その時間は、奇名部の部室以前に、部室棟への侵入も出来ないんです」
「……そうか、じゃあ、昨日の午後4時から午後8時半までと、翌日午前7時から7時45分までの――」
「いえ、朝でもないと思います」

 確信を持った顔で、黒木さんはキッパリと言う。

「え? どうして言い切れる……?」
「鍵穴回りのひっかき傷です」
「あ――!」
「朝なら、明るいですから、鍵穴に鍵を挿し損なう事は無いでしょう。今日に入ってからの犯行という線は外していいと思います」

 部室棟の廊下には、節電の為、一つおきに蛍光灯が外されている。更に、奇名部の部室である213号室の前は、突き当たりという事と、開かずの部屋だった関係で、全く蛍光灯が設置されていない。
 だから、日が落ちると、殆ど外と変わらない暗闇に覆われるのだ。
 黒木さんの推理・・は、理に適っていると思えた。

「それなら……、午後4時から日没までの間も、除外していいって事か……大体7時くらい?」
「う~ん、昨日は雨で元々薄暗かったですから、もう少し早く真っ暗になったかもしれませんね……」

 黒木さんは、そこまで言うと、ニッコリと微笑った。

「ま、これ以上は、ああだこうだと言っても、それこそ机上の空論です。放課後になったら、私から会長達にこの件を報告しておきますので、そうしたら、生徒会と奇名部の皆さんで協力して対応していきましょう」
「――あ、はい。……お願いします」

 俺は、そう言って、頭を下げた。
 とりあえず、肩の荷が下りた。これでひとまず安心だ……。

「――あ、田中さん」

 ふと、黒木さんが俺を呼んだ。

「――あ、何? 黒木さん?」
「……すみませんけど、ちょっと顔を突き出して貰えますか?」

 黒木さんが、奇妙なお願いをしてきた。

「……え? 何で……? ま、まあ、いいけど――」

 意図が掴めないながらも、俺は言う通りにする。

「……あ、ちょっと右向いて下さい。……もう少し――はい! そこでストップ!」
「? ……黒木さん、一体何を……?」
「田中さん……先に謝っておきます。ごめんなさい!」
「え? 謝る? 何を?」
「いきます!」
「いく? だから、何?」
「――紛らわしい言い方しないで下さいっ!」

 パ―――――ン!

「うべらっ!」

 甲高い破裂音と共に、左頬に衝撃を感じ、俺は大きくよろめいた。

「な――何だ? 何が……!」

 衝撃で少し脳が揺れ、『黒木さんにビンタされた』という事を理解するのに、少し時間が掛かった。
 気付くと、黒木さんの姿は、もう無かった。

「? 何なんだ……?」

 俺は、何で黒木さんに頬を張られたのか、全く分からないまま・・・・・・・・・、踊り場で立ち竦むだけだった――。
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