田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第六章 田中天狼のシリアスな日常・捜査編

田中天狼のシリアスな再会

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 それから、俺たちは、順番で歌った。

「……あ、無くなった……」

 何ターン目かの熱唱後に、ストローを啜った俺は、グラスのカルピスウォーターを飲み干した事に気がついた。

「すみません、ちょっとおかわり持ってきます」

 そう言って席を立つと、

「あ、シリウス~! オレのも頼む~」

 片手でデンモクを操作しながら、矢的先輩が、空のグラスを押し付けてきた。
 内心でイラッとしながら、黙ってグラスを受け取り、受付近くのドリンクサーバーに向かう。
 ドリンクサーバーで、先ず自分のグラスに2杯目のカルピスウォーターをなみなみと注ぎ、それから矢的先輩のグラスを手に取り……
 ……あ、矢的先輩のドリンク、何にするのか聞き忘れた。
 ――あれだけ力説してたんだから、2杯目もメロンソーダかな……でも、「2杯目は種類変えるのがジョーシキだろうが。分かってねえなぁ~」とか言われそう……いや、絶対に言う……。
 と、しばし熟考した結果、

「……水でいいか」

 と決断する。正直、『撫子ブレンド』にしてやろうかとも思ったが、そこまでは流石に憚られた。
 ドリンクサーバーの横の飲料水に、水を注ごうとした時――、

「あれ? 田中じゃねーの?」

 背後から、声をかけられた。

「え……?」

 不意を衝かれ、驚いて振り返ると、見覚えのある、そして、あまり見たくなかった顔が……。

「おー! やっぱり田中じゃねーの! "DQNネームのシリウス"!」
「……!」

 久し振りにそう呼ばれ、胸の中に黒いモヤモヤした物が沸いてくるのを感じる。
 ――俺に声をかけてきたのは、中学時代のクラスメイト、朝村だった……。

「おー、久し振りだなぁ! 元気だったか?」
「……ああ、うん……」
「おーい、相変わらず辛気くせえな、オマエ!」

 朝村は、ニヤニヤ笑いながら、俺の肩をバンバン叩いてくる。
 この調子で、中学時代も、俺をさんざんからかってきた。
 俺が、自分の名前に絶対的なコンプレックスを抱いた小さくない一因。――本人は、軽いスキンシップ程度に考えていたんだろうが、俺にとっては、心にキズを負うには充分なイジメ・・・だった……。

「オマエ確か、東総倉高校ヒガフサ行ったんだっけ?」
「……うん、まあ……」
「オマエらしいな、何の特徴も無い凡庸高校でよぉ」

 ニタニタ笑いを一層強くして、俺の肩を掴んで爪を立ててくる。俺は、痛みに顔を歪める。

「お! 久し振りにそのツラ見れたわ。――俺ァ高校行ってからつまんなくてよ……からかい甲斐のある・・・・・・・・・ヤツが居なくなっちまってさ!」
「…………」
「つか、こんな所で何やってんのよ、オマエ? ……あ、もしかして、遂に手を出しちゃったの、ヒトカラ?」

 朝村は、顔を歪めて嗤う。

「トモダチいないもんな~、オマエ! ……そうだ。これから俺ら、チョクチョク会おうぜ! ……遊んでやるよ、有料コースだけど・・・・・・・・な!」
「……止めろ!」

 俺は、朝村の手を振りほどいた。

「痛ってえな! 何しやがる!」
「……もう行くから、じゃあな」
「おい! ちょっと待てや、DQNネーム野郎!」
「…………どうしたの、シリウスくん?」
「――!」

 朝村ともみ合いになった所へ……よりにもよって、春夏秋冬ひととせが来た……。
 彼女の手には、空のグラスが握られている。

「お! 誰キミ~! 可愛いじゃーん!」
「……おい、朝村。この娘は……」

 慌てて朝村を止めようとするが、強めの力で押しのけられた。

「ちょ……!」
「その制服、キミもヒガフサなのかい? コイツ天狼と知り合いなの?」
「う……うん、そうだよー」

 馴れ馴れしく話しかける朝村に、困り顔をしながらも、ニコリと微笑う春夏秋冬ひととせ

「あなたも、シリウスくんの知り合いなのー?」
「ま、そんなもんだね」

 朝村は、横目でじろりと俺を睨むと、ニヤリと嘲笑った。

「ねえねえ、キミ。こんな冴えないヤツなんかより、俺とカラオケしないかい?」
「えー?」
「あ、自己紹介が遅れたね。俺は、朝村貴之。正徳学院高校の1年。バスケ部! ……て聞いてる?」

 朝村の戸惑う声。

「え――? あ、ゴメン。あんまり聞いてなかったー。アカムラくん」

 春夏秋冬ひととせは、ドリンクサーバーから烏龍茶を注ぎながら、気の無い調子で答える。

「……いや、朝村なんだけど……」
「あら、ゴメンねー」

 そうニッコリ笑う春夏秋冬ひととせに、気圧されながらも、朝村は再びアタックを試みる。

「……で、でさ、一緒にカラオケしようって話なんだけど……」
「あー、別にいいよ~」

 あっさりと承諾する春夏秋冬ひととせ
 ……え? 俺は耳を疑った。

「お! いいの? じゃあ、早速――!」
「たーだーしっ! コレが読めたらね♪」

 春夏秋冬ひととせは、そう言うと、ポケットからメモを取り出し、ペンで何か書いて、朝村に渡す。……あれ、デジャヴ?

「ん? な、何だよ、コレ。『しゅんかしゅうとう』……『みず』?」
「ブッブー! 違いまーす!」

 ニカッと笑って、指でバッテンマークを作る春夏秋冬ひととせ

「因みに、それがあたしの名前だからね! DQNネームでゴメン・・・・・・・・・・ね~!」
「え……名前……マジか……」 
「――じゃ、行こうか~、シリウスくん」

 春夏秋冬ひととせは、そう言うと、朝村に一瞥も無くスタスタと立ち去り、俺は、慌てて彼女の後を追う。

「お、おい! ちょっと待てよ!」

 慌てて声を掛ける朝村に、振り返る春夏秋冬ひととせ

「どうしたの? マサムラくんだっけ?」
「アサムラ! ――お、お前、ひょっとして、シリウスのカノジョなのか?」

 んん? ちょっと待て!

「な、何を言って――」
「――カノジョじゃないよー」

 春夏秋冬ひととせのハッキリとした否定の言葉に、地味にダメージを負う。……が、

「カノジョじゃなくて……天狼シリウスとあたしは、あたしのカタオモイ……て感じかな?」
「「――! ――?」」

 春夏秋冬ひととせの言葉に、朝村と――俺が仰天した。
 彼女は、踵を返すと、もう朝村の方に振り返らないで、歩いていった。



 カラオケルームの扉の前で、俺は思い切って口を開いた。

「あ……あのさ、春夏秋冬ひととせ……?」
「んー? どうしたの、シリウスくん?」

 無性に、『さっきの“カタオモイ”って、どういう意味?』と聞きたい衝動に駆られながら……

「あのさ……あ、ありがとうな」

 理性を総動員して、さっきの礼を伝えた。

「んー? 何の事?」
「あ――いや……とにかく、色々、さ」

 逆に聞かれて、ドギマギしながらごまかす。

「――でも、朝村くんて、変な人だったねぇ」
「……え? へ、変って、何が?」

 いきなりの言葉に、首を傾げながら聞き返す俺。

「だってさ、急に『天狼シリウス様のカノジョなのかー』ってさ。……カノジョになんか慣れる訳ないじゃんねぇ。二次元と三次元の区別くらい、さすがにつくわー、ってカンジ?」
「は――――?」

 ――繋がった……! 繋がってしまった……!
 唐突に、俺は理解した……。

「……春夏秋冬ひととせ……」
「ん、なーにー?」
「…………俺、やっぱり『炎愛の極星』、キライだわ……」
「えーっ! 何よいきなり~!」

 春夏秋冬ひととせは、ブゥと頬を膨らませた。
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