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第五章 田中天狼のシリアスな日常・怪奇?編
田中天狼のシリアスな憤怒
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俺は、ガッカリして、肩を落とした。
と、部室に残った春夏秋冬と黒木さんの事が気にかかった。もし、あの人影が、部室に戻ってきて、ふたりと鉢合わせしたら――!
こんな所で気落ちしている場合じゃない! と思い至った俺は、慌てて部室棟へと走り出した。
――走る俺の脳裏に浮かぶのは、
(もし、矢的先輩が居れば、『ケイドロの矢的』の通り名の通り、アイツに追いつけてたのかな……?)
(もし、撫子先輩が居れば、アイツが部室に入ってきた時点で、簡単に制圧出来ただろうな……)
(俺が追うのではなくて、春夏秋冬が追いかければ――)
といった、たらればの事ばかりだった。
何れにしても、
(俺はダメだなぁ……)
という、ネガティブな結論に達してしまうのだが……。
213号室の前まで辿り着いた俺は、足音を忍ばせて、中の様子を確認する。
部室のドアの隙間からは、ランタンの弱い光が洩れていた。
聞き耳を立てると、中から春夏秋冬と黒木さんの話し声が聞こえる。……ふたりの声のトーンからは、緊迫した雰囲気は感じられない。
俺は、ホッと胸を撫で下ろし、部室の引き戸を開けた。
「――あ、田中さん! おかえりなさい……」
「シリウスくん! 大丈夫だったー? ケガとかしてない?」
ふたりが、安心と心配がない混ぜになった顔で、俺に駆け寄ってきた。
「あ――うん。ケガとかは……全然。そっちは? 大丈夫だった?」
「あたし達? うん、全然大丈夫~!」
「ネコさんがちょっと心配でしたけど、平気そうです。さっきご飯食べて、今は、あんな感じです」
黒木さんの指の先に視線を向けると、長机の上で、顎の先までペッタリと腹這いになったネコが、目をまん丸にして、じっと俺の顔を見ていた。……何だ? このネコの放つ、異様な大物感は……?
「そういえば……アイツは?」
春夏秋冬が、尋ねてきた。俺は、バツが悪くなり、頭を掻きながら答える。
「ゴメン……逃げられた」
「……何で謝るの?」
「いや……折角、俺が追跡を引き受けたのに、まんまと逃しちまって……俺ってダメだなぁ、って」
「……何がダメなの?」
俺の答えに、首を傾げる春夏秋冬。
「……え、と?」
「怪しいヤツは逃げていったし、あたし達は、誰も怪我してないんだよ? シリウスくんが居なかったら……、もっと大変な事になってたかもしれないよ?」
「そうですよ!」
黒木さんも口を開く。
「放課後に、撫子先輩もおっしゃってたじゃないですか! 『決して危地へと飛び込まないのが、本当に強い人だ』って。無理してケガしたりしないで、本当に良かったです!」
「……そ、そう……かな?」
「シリウスくん、ありがとうね!」
「ありがとうございました、田中さん」
――本当のイケメンや英雄適性所持者なら、ここで気が利く台詞の一つや二つ、ポンポンと口から飛び出てくるのだろうが。生憎、そんな特殊スキルなど持ち合わせていない、モブに等しい俺は、ふたりの言葉に、
「――ああ、うん……」
すっかり照れてしまって、ぎこちなく笑って頭を掻くだけだった……。
と、俺は、唐突に、もうひとりの存在を思い出した。
「あ――! そういえば、矢的先輩は? ……ひょっとすると、購買からの帰りに、さっきのヤツに襲われて――!」
「……あー。アンディ先輩ね……」
「あの……ですね……」
矢的先輩の名前を出した途端、歯切れが悪くなる春夏秋冬と黒木さん。ふたりは顔を見合わせて、困ったような苦笑いを浮かべている。
「…………どうしたの?」
「あの――ね。さっき、あたしがアンディ先輩に『だいじょうぶ? どこにいるの?』って、メッセージを送ったんだけど……」
「! もしかして、まだ返信が来てない……とか?」
「あ……逆――なんですけど……あの」
「あーもー実際見た方が早いね。――はい!」
春夏秋冬が、デラックマの大きなストラップが付いたスマホを取り出し、画面を操作すると、俺の方に差し出した。
俺は、戸惑いながらスマホを受け取り、淡く光る液晶画面を見る。
液晶画面には、メッセージアプリのトーク画面が表示されており、ウインドウの上部に『アンディせんぱい』と書かれたページが開かれている。
その最新の書き込みは、今から10分前に送信されたもので、
あくあ『おーい アンディせんぱい、生きてるの?』
アンディせんぱい『どーしたの?』
あくあ『あ、生きてた。どこにいるの?』
アンディせんぱい『古野屋で大盛り牛皿食べてるよー』
あくあ『え 意味分かんないんだケド』
アンディせんぱい『いや、あそこにいたら小腹空いちゃってさー』
アンディせんぱい『あ、シリウスにはナイショにしといてなー』
…………そして、送信の最後には、大盛り牛皿の横で、ピースサインでにっこり笑う、明らかに古野屋のカウンター席で撮影されたと分かる、矢的の自撮り写メが貼付されていた――。
「…………………………」
俺は、そのやりとりを読んだ瞬間、ガーッと音を立てて頭に血が上った感覚を覚えて――正直、その後の事は良く覚えていない。
ただ、後に聞いた春夏秋冬と黒木さんの話によると……俺は、その画面を見ると、無言で春夏秋冬にスマホを返し、それからニッコリと、会心の笑顔を浮かべてから、こう言った……らしい。
「……よし、とりあえず、あの馬鹿の息の根、止めるわ!」
――当時を振り返った春夏秋冬 水さんの証言……「あの時のシリウスくん、本気で怖かった……」
と、部室に残った春夏秋冬と黒木さんの事が気にかかった。もし、あの人影が、部室に戻ってきて、ふたりと鉢合わせしたら――!
こんな所で気落ちしている場合じゃない! と思い至った俺は、慌てて部室棟へと走り出した。
――走る俺の脳裏に浮かぶのは、
(もし、矢的先輩が居れば、『ケイドロの矢的』の通り名の通り、アイツに追いつけてたのかな……?)
(もし、撫子先輩が居れば、アイツが部室に入ってきた時点で、簡単に制圧出来ただろうな……)
(俺が追うのではなくて、春夏秋冬が追いかければ――)
といった、たらればの事ばかりだった。
何れにしても、
(俺はダメだなぁ……)
という、ネガティブな結論に達してしまうのだが……。
213号室の前まで辿り着いた俺は、足音を忍ばせて、中の様子を確認する。
部室のドアの隙間からは、ランタンの弱い光が洩れていた。
聞き耳を立てると、中から春夏秋冬と黒木さんの話し声が聞こえる。……ふたりの声のトーンからは、緊迫した雰囲気は感じられない。
俺は、ホッと胸を撫で下ろし、部室の引き戸を開けた。
「――あ、田中さん! おかえりなさい……」
「シリウスくん! 大丈夫だったー? ケガとかしてない?」
ふたりが、安心と心配がない混ぜになった顔で、俺に駆け寄ってきた。
「あ――うん。ケガとかは……全然。そっちは? 大丈夫だった?」
「あたし達? うん、全然大丈夫~!」
「ネコさんがちょっと心配でしたけど、平気そうです。さっきご飯食べて、今は、あんな感じです」
黒木さんの指の先に視線を向けると、長机の上で、顎の先までペッタリと腹這いになったネコが、目をまん丸にして、じっと俺の顔を見ていた。……何だ? このネコの放つ、異様な大物感は……?
「そういえば……アイツは?」
春夏秋冬が、尋ねてきた。俺は、バツが悪くなり、頭を掻きながら答える。
「ゴメン……逃げられた」
「……何で謝るの?」
「いや……折角、俺が追跡を引き受けたのに、まんまと逃しちまって……俺ってダメだなぁ、って」
「……何がダメなの?」
俺の答えに、首を傾げる春夏秋冬。
「……え、と?」
「怪しいヤツは逃げていったし、あたし達は、誰も怪我してないんだよ? シリウスくんが居なかったら……、もっと大変な事になってたかもしれないよ?」
「そうですよ!」
黒木さんも口を開く。
「放課後に、撫子先輩もおっしゃってたじゃないですか! 『決して危地へと飛び込まないのが、本当に強い人だ』って。無理してケガしたりしないで、本当に良かったです!」
「……そ、そう……かな?」
「シリウスくん、ありがとうね!」
「ありがとうございました、田中さん」
――本当のイケメンや英雄適性所持者なら、ここで気が利く台詞の一つや二つ、ポンポンと口から飛び出てくるのだろうが。生憎、そんな特殊スキルなど持ち合わせていない、モブに等しい俺は、ふたりの言葉に、
「――ああ、うん……」
すっかり照れてしまって、ぎこちなく笑って頭を掻くだけだった……。
と、俺は、唐突に、もうひとりの存在を思い出した。
「あ――! そういえば、矢的先輩は? ……ひょっとすると、購買からの帰りに、さっきのヤツに襲われて――!」
「……あー。アンディ先輩ね……」
「あの……ですね……」
矢的先輩の名前を出した途端、歯切れが悪くなる春夏秋冬と黒木さん。ふたりは顔を見合わせて、困ったような苦笑いを浮かべている。
「…………どうしたの?」
「あの――ね。さっき、あたしがアンディ先輩に『だいじょうぶ? どこにいるの?』って、メッセージを送ったんだけど……」
「! もしかして、まだ返信が来てない……とか?」
「あ……逆――なんですけど……あの」
「あーもー実際見た方が早いね。――はい!」
春夏秋冬が、デラックマの大きなストラップが付いたスマホを取り出し、画面を操作すると、俺の方に差し出した。
俺は、戸惑いながらスマホを受け取り、淡く光る液晶画面を見る。
液晶画面には、メッセージアプリのトーク画面が表示されており、ウインドウの上部に『アンディせんぱい』と書かれたページが開かれている。
その最新の書き込みは、今から10分前に送信されたもので、
あくあ『おーい アンディせんぱい、生きてるの?』
アンディせんぱい『どーしたの?』
あくあ『あ、生きてた。どこにいるの?』
アンディせんぱい『古野屋で大盛り牛皿食べてるよー』
あくあ『え 意味分かんないんだケド』
アンディせんぱい『いや、あそこにいたら小腹空いちゃってさー』
アンディせんぱい『あ、シリウスにはナイショにしといてなー』
…………そして、送信の最後には、大盛り牛皿の横で、ピースサインでにっこり笑う、明らかに古野屋のカウンター席で撮影されたと分かる、矢的の自撮り写メが貼付されていた――。
「…………………………」
俺は、そのやりとりを読んだ瞬間、ガーッと音を立てて頭に血が上った感覚を覚えて――正直、その後の事は良く覚えていない。
ただ、後に聞いた春夏秋冬と黒木さんの話によると……俺は、その画面を見ると、無言で春夏秋冬にスマホを返し、それからニッコリと、会心の笑顔を浮かべてから、こう言った……らしい。
「……よし、とりあえず、あの馬鹿の息の根、止めるわ!」
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