田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第五章 田中天狼のシリアスな日常・怪奇?編

田中天狼のシリアスなお泊まり

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 埃が付いて、半分曇りガラスの様になっている、部室棟213号室の窓の外は、真っ暗だ。
 蛍光灯も無い部屋の中も、床に直置きした携行用ランタンの周り以外は、重苦しい闇に包まれている。

「矢的先輩、今何時ですか?」

 俺は、時間を確認したくて、隣でバリバリと、3袋目のポテトチップスを食べ続ける矢的先輩に尋ねた。

「う~ん? ……んだよ、面倒くせぇなぁ」

 矢的先輩は、ブツブツ言いながら、手についた油を舐めて、ポケットからスマホを取り出した。

「えー……と、午後9時42分」
「ありがとうございます」

 ……まだ、それだけしか経ってないのか……。俺は、遅々として進まない時間の流れに絶望した。

 ――何で、こんな事に巻き込まれてしまったのか。
 213号室の安全を証明して、撫子先輩に奇名部の部室にする事を賛成してもらう為、矢的先輩が考え付いたのが、「部室に一日泊まり込んで、心霊現象が起こらない事を確認する」実証実験だった。
 あまりに安直で頭の悪い発案だったが、まあ、それはいい。……矢的先輩一人でやってくれるならば。
 ……何で、俺まで巻き込むんだよ、このバカ!
 ――もちろん俺は、矢的先輩の話を一度は断った。断固として。
 しかし、俺が断ると、矢的ヤツは嫌らしい笑いを浮かべて、こう言ったのだ。

「いやー、オレ一人でもいいんだけどさ~。折角だから、親睦を深める意味でも、一緒に付き合ってくれたら嬉しいなぁと思ったんだけどさぁ。オレと一緒は嫌って事……? あ、もしかして、実はお前もユーレイが出るんじゃないかってビビってるんじゃないの~?」

 なんて、撫子先輩や春夏秋冬ひととせ、更に生徒会の面子もいる前で言われちまったら、断るに断れないだろうが!

「え? ビビってる? 誰が? ひょっとして俺が? 俺がビビってる、と? アハハハ、面白い冗談ですね。そんな訳ないし! や、やるに決まってるじゃないッスか! ――やってやんよぉぉっ!」

 嗚呼、女子生徒がいる手前、カッコつけてタンカを切ってしまった、あの時の俺を殴りつけたい……。
 怖いに決まってるじゃん! 真っ暗な教室なんて、何もなくても不気味なのに、ここは極め付きの怪談マシマシ、曰く付きの部屋なのだ。
 そんな部屋に、バカ先輩と二人っきりで、ランタン一つしか灯りの無い状態で一泊するとか……頭がおかしくなりそうだ。

「お前は食べないの? ポテチ美味いぞ」

 矢的先輩が、4つ目のポテトチップスの袋に手を伸ばす。……良くこの不気味な状況下で食欲が沸くな……。
 とはいえ、確かに小腹が空いてきたのを感じる。

「じゃ、少しだけいただきます……」
「ほいよー」

 矢的先輩が、開けたポテトチップスの袋を、俺に渡してきた。

「ありがとうございます……」

 俺は、ポテトチップスの袋をまさぐり、2・3枚摘んで口に入れた。
 ――次の瞬間、ソレを思いっきり吐き出した。

「――か、カハっ……辛っ! な、何ですか、コレ!」
「え、コレ? 先週新発売された、『地獄の辛さがクセになる! ハバネロマキシマム味』だけど」
「ふ、ふはへふはふざけるな~!」

 口の中でダイナマイトが炸裂したかの様な、熱さと痛さを感じた俺は、慌てて目の前のペットボトルを呷り……盛大にむせた。

「痛っ! つか、よりによって炭酸飲料⁉ 口と……喉が……!」

 俺は、のたうち回って苦しむ。

「おいおい、大袈裟だなぁ。ほら、水」

 矢的先輩が、自分のペットボトルを渡してきた。俺は、それをひったくるように受け取ると、ごくごくと飲み干した。

「あ――! お前、オレの水、全部飲んじゃったじゃねえかよ。……しょうがないなぁ」

 矢的先輩は、そう言うと立ち上がった。

「ちょっとオレ、購買の自販機で水を買ってくるわ。その間、留守番してて」
「――――へ?」

 俺が聞き返す暇も無く、矢的先輩は素早く部室のドアを開け、

「じゃーな!」

 と一言言って、照明も消えた廊下へ飛び出していった。

「あ――……ちょっと……」

 呼び止める暇も無く、彼の足音は遠ざかる。
 ――――行ってしまった。
 ………………………………………………………………
 …………………………………………いや、ちょっと待て!
 て事は、俺、この部室に一人っきりじゃん……!
 そう自覚した瞬間、俺の心の中は恐怖でいっぱいになった。

「……………………」

 息を殺して、辺りの気配を窺う。
 ――――静寂。何も聞こえない。落ち武者の唸り声も、女性のすすり泣く声も、歴研部員の呪詛の声も――

 …………カリ……カリカリ……

「!」

 と、突然、崩れた机の山の辺りから、乾いた音が聞こえてきて、俺の心臓は跳ね上がった。

 ……カリカリ……カリ…………

 もう嫌だっ! 俺はガクガク震えながら、ズリズリと後ずさりして出口に向かおうとする。足が震えてしまって、立てなかったからだ。
 音は、まだ断続的に続いている。

 ……カリ……カリカリ…………にゃ~ん――

「て、ネコかよっ!」

 そうだった。すっかり忘れていたが、この部屋には、先住民が居たんだった。
 ランタンを机の山に向けると、満腹になったネコが、満ち足りた顔で毛繕いをしていた……。

「……ま、全く! お……驚かせやがって」

 ホッとして、へたり込む俺。……どっと疲れた。
 と、

 ――コツ……コツ……コツ……

「!」

 今度は、廊下から物音が聞こえた。俺の心臓は、再び早鐘のように鼓動を打ち始める。
 足音のようだが……矢的先輩の足音とは違う気がする。――それに、

「……二人?」

 足音は二人分聞こえた。――しかも、だんだんこちらに近づいてくる!
 俺は、震えながら、できるだけ気配を殺そうと、小さく縮こまる。できる事なら、足音が遠ざかってくれる事を期待しながら……。
 しかし、その願いは天に届かなかった。
 二つの足音は、213号室の前で止まった。磨りガラスの向こう側に、ぼんやりとした黄色い光が浮かんでいるのが見えた。

(――ひ、人魂……?)

 俺の心臓は、ジョジョの効果音の様に、ドドドドドドドドド! と鳴り続ける。
 脳裏に、これまでの人生のハイライトがリバイバル上映されはじめ――、
 そして、部屋の引き戸が、ゆっくりと開いた――!
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