田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良

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第五章 田中天狼のシリアスな日常・怪奇?編

武杉大輔のシリアスな提案

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 20分後、俺たちは、件の部室棟213号室・旧歴史研究部部室のドアの前に立っていた。
 ――いや、正確には、俺・矢的先輩・春夏秋冬ひととせ・武杉副会長・書記の黒木さんの5人。
 撫子先輩と行方会長は、俺たちとは10メートルほど離れて、廊下の支柱から顔だけ出して、俺たちの方を覗き込む。
 丁度、電柱に隠れて張り込みをする刑事の様……いや、どちらかというと、栄光のプロ野球チームを目指し、苦しい特訓に励む弟を木の陰からそっと見守るお姉さんの方が、ビジュアル的に近いな……。

「おーい、ナデシコ、会長~。そんな離れてないで、こっち来なよ~」

 矢的先輩が二人に手招きするが、

「……絶対イヤ」
「まあまあ……、私達は放っておいてくれたまえ。君たちだけでどうぞ、頼む、お願いします」

 撫子先輩も行方会長も、頑として近づこうとしない。

「……どうしたのかな? 二人とも」

 春夏秋冬ひととせが首を傾げる。

「まあ、あちらはとりあえず置いといて……。時間が圧してるから、手早く済ますぞ」

 そう言って、武杉副会長は、ポケットから鍵束を取り出す。沢山の鍵から、『213』と書かれたタグが付いた鍵を選び、ドアの鍵穴に挿し込む。
 鍵を回し、引き戸の取っ手に手をかける。武杉副会長はこちらに振り向いて、小さく頷くと、扉を開け放った。

「…………確かに、絵に描いたような物置だな」

 矢的先輩が呟く。
 その言葉の通り、部屋の中には、棚や机や椅子や教材や……様々な雑多な物が、文字通りぎゅうぎゅうに詰め込まれている。更に――、

「……何か、空き巣に入られたみたい……」

春夏秋冬ひととせが呟いた通り、元々はある程度の秩序に基づいて収納されていたであろう筈なのに、机はひっくり返され、椅子は転がり、棚の中に入っていた書類はバラバラに散らばり……と、酷い状況だった。

「……ああ、それは……」

 武杉副会長が言い淀むと、柱の向こうから、小さな声が聞こえた。

「…………私だ」
「へ――?」
「私が……アイツに飛び掛かられた時に、ちょっと・・・・パニックになってしまって……」
「ちょっと……てレベルじゃないっすよ、コレ……」

 矢的先輩が、呆れ声で言うと、

「しょ、しょうがないだろ!」

 行方会長がキレた。

「だって! ホントにビックリしたんだもん! あ、アイツがいきなり飛んでくるんだもん!」
「――くれぐれも他言無用で頼む……。会長は――」

 武杉副会長の言葉を遮り、行方会長の絶叫が響く。

「私は、ネコが苦手なんだ~ッ!」
「……苦手な余り、少し幼児退行してしまうレベルで、な」

 武杉副会長は、苦笑いする。

「何でも、子供の頃、野良ネコに引っかかれたのがトラウマになってしまったそうだ……」
「へえ……あの行方生徒会長がねえ……」
「何か意外だね……。でも、そんな一面もある会長も可愛い~!」

 驚きながらも、ニコリと微笑む春夏秋冬ひととせ
 ……いわゆるひとつの、“ギャップ萌え”というヤツか。――うん、まあ、分かる。……アリだな。
 と、俺はひとつ気になった。

「……でも、あんなにでっかい声で『ネコが嫌い!』って叫んじゃったら、他言無用も何も無いんじゃ……」
「安心しろ。こうなる事を見越して、予めこの建物は人払いしてある」

 澄ました顔で即答する武杉副会長。――どうやら、行方会長が「有能で仕事ができる」と評していたのは、身内贔屓では無かったようだ。……矢的先輩と撫子が絡むと、途端にポンコツ化する様だが……。

「……あ、出てきました! ネコちゃん……!」

 一足先に部室の奥に入っていた黒木さんが小さく叫び、俺たちは足音を忍ばせながら、ゆっくりと部屋の中へ入る。
 黒木さんの指さした先――倒れた棚と机の隙間から、ゆっくり姿を現したのは、まだ子猫と言っていい大きさの、黒と白の毛色の一匹の猫だった。

「うわああああ! かわいいぃっ! タキシード柄だ~」

 春夏秋冬ひととせが黄色い声を上げる。猫は、その声に驚いて身体をびくつかせ、頭を低くして、フーッと唸った。

「はいはーい……大丈夫だよ~。ほら、エサだよ~」

 黒木さんが、優しく宥めながら、カリカリの餌をアルミの皿に盛って、猫の目の前に置く。
 猫は少しの間、警戒するように俺たちの方を観察する。そして、危険が無いのを確信したのか、皿に頭を突っ込み、ガツガツと音を立てて餌を食べ始めた。

「うわあああ、餌食べてる~。かわいい~!」
「――あ、春夏秋冬ひととせさん、まだ撫でさせてくれないんですよ。撫でようとすると逃げちゃうんですよね……」
「まだ怖いのかなぁ……」
「でも、最初の頃は、ずっとどこかに隠れてて、姿を見せてくれませんでしたから……大分人間に馴れて来たと思いますよ~」

 子猫を前に、キャピキャピはしゃぐ女子高生ふたり……イイネ!
 ――一方、こちらでは、武杉副会長と矢的先輩が、難しい顔をして話し合っている。

「で、生徒会は、奇名部オレたちに、この猫の面倒を見ろ、って言うの?」
「まあ、そういう事だ」

 矢的先輩の言葉に、頷く武杉副会長。

「ご覧の通り、行方会長は、ネコが苦手であの調子だ。僕は、ネコ嫌いでは無いのだが……寧ろ、好きな方なのだが……残念ながらネコアレルギー持ちらしくて、1メートル以内に近付くと、クシャミが止まらなく――なく――ブエックシュンッ!」

 武杉副会長は、盛大なクシャミをすると、ティッシュで鼻をかみながら、2歩ほど後ずさりした。

「――失敬。……まあ、こんな感じで、僕も猫の面倒を見るのはムリなのだ……残念ながら・・・・・!」
「お――おう。確かにな……」

 ……物凄く悔しそうだな、副会長……。

「……でも、他の役員の人はどうなんです? 例えば、黒木さんとか」

 俺は、ふと思いついて、聞いてみた。
 黒木さんが振り返り、答える。

「あとの3人……会計の庫裏山くりやま先輩は、殆ど生徒会に顔を出さないですし、書記の中邑なかむら先輩は、昔お気に入りのフィギュアを囓られたからとかで、ネコが大っ嫌いなんです……。1年会計の仁志口にしぐちくんは、『犬派だからムリ』って言ってました」

 黒木さんは困ったように苦笑した。

「……私は別にネコが苦手でも、アレルギー持ちでも無いんですけど……。このネコちゃんの毛が制服に付くと、生徒会室で仕事しているだけで、隣の副会長のくしゃみが止まらなくなっちゃうんで、ちょっと面倒を見るのは難しくて……」
「……と、いう訳だ」

 武杉副会長が、言葉を継いだ。

「で、ここで君たち奇名部が選択肢に挙がった訳だ。どーせ、部活を起ち上げたからって、やる事無くて暇だろう、と」
「な――何やねん、ソレ!」

 副会長の言葉に、激高する矢的先輩。

「俺たちは、日々とっても忙しいんだぞ! 何をやろうか考える事で! 毎日そればっかり考えて、す~ぐ時間が無くなってしまうんだ! ネコの面倒なんか見る時間は無いっ!」
「……いや、時間ありまくりですやん……」

 矢的先輩のメチャクチャな主張に、思わず呆れる俺。
 武杉副会長は、フルフルと首を振る。

「そうか。でも、今回の話は、奇名部にとってもメリットのある話だと思うぞ」
「――メリット……ですか?」
「ああ……」

 武杉副会長は、ニヤリと笑い、言葉を継いだ。

「――我々生徒会は、奇名部がこのネコの面倒を見てくれるというのなら、この213号室を、奇名部の部室として使用する事を許可しようと――しようと考え――考えックシュンッ!」
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