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第二章 田中天狼のシリアスな日常・創部編
田中天狼のシリアスな入部
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「ひとつだけ――何でしょう? 何なりとお申し付け下さい!」
行方会長の言葉に、もみ手をしながら、目を輝かせる矢的先輩。
……つーか、『ひとつだけ』って条件、大抵碌なモンじゃないのは定番だよなあ……。
「何なりとって……。少しは警戒した方が……」
不安になった俺は、背後でそう囁いてみるが、ウキウキの矢的先輩の耳には届かない。
助けも求めようと、春夏秋冬の方に目線を送るが、彼女も、矢的先輩に負けず劣らずの期待に満ち溢れた顔をしている……。――ダメだこりゃ。
ならば――と、今度は撫子先輩を見ると――アカン。さっきよりもマシマシの無表情……。見た者すべてを、瞬く間に石化させてしまいそうだ……。
「安心しろ。条件というのは、まあ簡単な事だ」
俺の不安を見透かしたかのように、会長は俺に微笑みかける――いや、ちょっと、ヤバいっす。そんなイケメンスマイルを俺に向けられては……いけない性癖に目醒めてしまいそう……あれ、会長は女だから、いいのか……あれ?
目を白黒させる俺にはそれ以上構わず、会長は言葉を継ぐ。
「条件は、撫子に柔道部の稽古をつけてほしい――それだけだ」
「え――――?」
「あれ? それだけっすか?」
「マジで? そんな事で良ければ……もちろん!」
「――お断りしますわ」
拍子抜けする俺と春夏秋冬。そして、喜色を満面に浮かべて、応諾しようとする矢的先輩の声を遮って、静かに、それでいてハッキリとした意志の強さを感じさせる声色で、撫子先輩が拒否した。
「つれない事言うなよぉ!」と言いたげな矢的先輩を一睨みで黙らせて、彼女は言葉を継いだ。
「以前から、何度もお誘い頂いていますが、その都度お断りしていますでしょう? 私の――『天真鬼倒流柔術』は――」
「『現代柔道とは、体系的にも理念的にも似て非なるもので、私が柔道部に教えられるものはありませんし、教える意味もありません』――だろ? 何度も聞かされているから暗記してしまったよ」
「――だったら、何度おっしゃっても、返答は変わらないとお察し下さい」
撫子先輩の言葉を先取りして、してやったりと微笑う行方会長。憮然とした表情の撫子先輩。
「気分を害してしまったのなら詫びよう。言葉も不適切だったかな? なら、改めてお願いしたい」
と、行方会長は頭を下げると、咳払いをして言った。
「撫子、ウチの柔道部の連中の根性を叩き直してやってくれ」
「……ですから、私は柔道に関しては門外漢ですから、お教えできる事は無いと――」
「教えてやってほしいのは、技術的な事じゃない」
会長は、撫子先輩の言葉を遮る。
「柔道でも、柔術でも、勝負にかける己の心がけや、相手と対峙した時の気概の持ちようは変わらないだろう? 私は、精神面を、柔道部のメンバーに教えてやってほしいんだ、君に」
「…………」
「ウチの柔道部……正直、今年のメンバーならばインターハイ出場……いや、それどころか優勝も狙える実力を持っていると思うんだが……。どうもメンタルが貧弱で、大会本番で気迫負けしてしまう様なんだ」
会長は、困った顔で頬を掻く。
「だからさ、『天真鬼倒流柔術』奥伝の君に稽古を看てもらって、仕合における気概や心懸けをアドバイスしてもらって、彼らの心を鍛えて貰いたいんだ。それだけで良いんだが……ね」
「…………心を鍛える、ですか」
会長の言葉に、顎に手を当てて考え込む撫子先輩。
「いい話じゃないか、ナデシコ?」
矢的先輩が、また口を挟む。
「ねえ、彩女会長?」
「ん、何だい、矢的?」
「心を鍛えるだけって事は、要するに、柔道部の稽古の場に立ち会って、『そこ、たるんどるぞー!』とか、『気合いだ気合いだ気合いだーっ!』とか、それっぽい事を言って、適当に発破かけときゃイイって事っすよね?」
「う、うーん、まあ……。もう少し具体的で適切なアドバイスをして欲しいところだが。まあ、そんな感じだね」
「――だってよ、ナデシコ! 別に引き受けても良いんじゃないの? 軽い気持ちでさ! つーか、頼む。奇名部創部が掛かってるんだ。ココはひとつオトナの判断で――」
「はあ…………」
矢的先輩の言葉に、観念した顔でため息をつく撫子先輩。
彼女は、会長に向き直って言った。
「…………分かりました。正直、気が乗らないんですけど、奇名部の創部をお認め頂けるのであれば、貴女の条件、呑みましょう」
「おお! それは良かった!」
撫子先輩の言葉に、パッと顔を綻ばせる行方会長。と、撫子先輩が手を上げて付け加える。
「ただし、一旦お引き受けした以上、責任を持って柔道部の皆さんを指導させて頂きます」
「うん、もちろん。こちらとしてもそうしてほしい」
「ただ、死合への心がけや、相手を斃す為の気概を伝授するので、正直、指導の熱が入りすぎるかもしれません。予めご了承下さいね」
「お……おう。分かった。骨折とか、死亡事故でなければ――」
撫子先輩の静かな言葉に、ややたじろいだ様子の行方会長。というか、いくら何でも骨折や死亡事故って――と思ったが、撫子先輩を前にすると、あながち飛躍したハナシでもない気がする……。
「さささ、彩女会長殿! 話が纏まったところで、ポンっと一押しお願いします! コイツをここに♪」
二人の間に、満面の笑顔で割り込んでいく矢的先輩。その手には、いつの間にくすねたのか、生徒会の承認印。
「あ――――! いつの間に……矢的、お前勝手に会長の机から――!」
武杉副会長の抗議の声もあっさり無視。矢的先輩は、恭しく承認印を会長に捧げる。
「まったく――相変わらずちゃっかりしているな」
会長は、そんな矢的先輩の振る舞いに苦笑しつつ、あっさりと判を押した。
「あざ――――――――っす!」
嗚呼。この瞬間、俺は『奇名部』の部員となった。なってしまったのだ――こんな訳の分からない組織の部員に……。
ちなみに、後に撫子先輩の熱烈な指導を受けた東総倉高校柔道部は、団体で見事インターハイ初出場を果たし、全国ベスト8に食い込む躍進を見せる。
…………もっとも、30名ほど居た部員が次々と心を病んで退部していき、最終的に7名しか残らなかったという事は……まあ、柔道部の活躍に比べれば些末な事なんだろう……多分。
『柔道部ノ発展ニ 犠牲ハ ツキモノデース』
行方会長の言葉に、もみ手をしながら、目を輝かせる矢的先輩。
……つーか、『ひとつだけ』って条件、大抵碌なモンじゃないのは定番だよなあ……。
「何なりとって……。少しは警戒した方が……」
不安になった俺は、背後でそう囁いてみるが、ウキウキの矢的先輩の耳には届かない。
助けも求めようと、春夏秋冬の方に目線を送るが、彼女も、矢的先輩に負けず劣らずの期待に満ち溢れた顔をしている……。――ダメだこりゃ。
ならば――と、今度は撫子先輩を見ると――アカン。さっきよりもマシマシの無表情……。見た者すべてを、瞬く間に石化させてしまいそうだ……。
「安心しろ。条件というのは、まあ簡単な事だ」
俺の不安を見透かしたかのように、会長は俺に微笑みかける――いや、ちょっと、ヤバいっす。そんなイケメンスマイルを俺に向けられては……いけない性癖に目醒めてしまいそう……あれ、会長は女だから、いいのか……あれ?
目を白黒させる俺にはそれ以上構わず、会長は言葉を継ぐ。
「条件は、撫子に柔道部の稽古をつけてほしい――それだけだ」
「え――――?」
「あれ? それだけっすか?」
「マジで? そんな事で良ければ……もちろん!」
「――お断りしますわ」
拍子抜けする俺と春夏秋冬。そして、喜色を満面に浮かべて、応諾しようとする矢的先輩の声を遮って、静かに、それでいてハッキリとした意志の強さを感じさせる声色で、撫子先輩が拒否した。
「つれない事言うなよぉ!」と言いたげな矢的先輩を一睨みで黙らせて、彼女は言葉を継いだ。
「以前から、何度もお誘い頂いていますが、その都度お断りしていますでしょう? 私の――『天真鬼倒流柔術』は――」
「『現代柔道とは、体系的にも理念的にも似て非なるもので、私が柔道部に教えられるものはありませんし、教える意味もありません』――だろ? 何度も聞かされているから暗記してしまったよ」
「――だったら、何度おっしゃっても、返答は変わらないとお察し下さい」
撫子先輩の言葉を先取りして、してやったりと微笑う行方会長。憮然とした表情の撫子先輩。
「気分を害してしまったのなら詫びよう。言葉も不適切だったかな? なら、改めてお願いしたい」
と、行方会長は頭を下げると、咳払いをして言った。
「撫子、ウチの柔道部の連中の根性を叩き直してやってくれ」
「……ですから、私は柔道に関しては門外漢ですから、お教えできる事は無いと――」
「教えてやってほしいのは、技術的な事じゃない」
会長は、撫子先輩の言葉を遮る。
「柔道でも、柔術でも、勝負にかける己の心がけや、相手と対峙した時の気概の持ちようは変わらないだろう? 私は、精神面を、柔道部のメンバーに教えてやってほしいんだ、君に」
「…………」
「ウチの柔道部……正直、今年のメンバーならばインターハイ出場……いや、それどころか優勝も狙える実力を持っていると思うんだが……。どうもメンタルが貧弱で、大会本番で気迫負けしてしまう様なんだ」
会長は、困った顔で頬を掻く。
「だからさ、『天真鬼倒流柔術』奥伝の君に稽古を看てもらって、仕合における気概や心懸けをアドバイスしてもらって、彼らの心を鍛えて貰いたいんだ。それだけで良いんだが……ね」
「…………心を鍛える、ですか」
会長の言葉に、顎に手を当てて考え込む撫子先輩。
「いい話じゃないか、ナデシコ?」
矢的先輩が、また口を挟む。
「ねえ、彩女会長?」
「ん、何だい、矢的?」
「心を鍛えるだけって事は、要するに、柔道部の稽古の場に立ち会って、『そこ、たるんどるぞー!』とか、『気合いだ気合いだ気合いだーっ!』とか、それっぽい事を言って、適当に発破かけときゃイイって事っすよね?」
「う、うーん、まあ……。もう少し具体的で適切なアドバイスをして欲しいところだが。まあ、そんな感じだね」
「――だってよ、ナデシコ! 別に引き受けても良いんじゃないの? 軽い気持ちでさ! つーか、頼む。奇名部創部が掛かってるんだ。ココはひとつオトナの判断で――」
「はあ…………」
矢的先輩の言葉に、観念した顔でため息をつく撫子先輩。
彼女は、会長に向き直って言った。
「…………分かりました。正直、気が乗らないんですけど、奇名部の創部をお認め頂けるのであれば、貴女の条件、呑みましょう」
「おお! それは良かった!」
撫子先輩の言葉に、パッと顔を綻ばせる行方会長。と、撫子先輩が手を上げて付け加える。
「ただし、一旦お引き受けした以上、責任を持って柔道部の皆さんを指導させて頂きます」
「うん、もちろん。こちらとしてもそうしてほしい」
「ただ、死合への心がけや、相手を斃す為の気概を伝授するので、正直、指導の熱が入りすぎるかもしれません。予めご了承下さいね」
「お……おう。分かった。骨折とか、死亡事故でなければ――」
撫子先輩の静かな言葉に、ややたじろいだ様子の行方会長。というか、いくら何でも骨折や死亡事故って――と思ったが、撫子先輩を前にすると、あながち飛躍したハナシでもない気がする……。
「さささ、彩女会長殿! 話が纏まったところで、ポンっと一押しお願いします! コイツをここに♪」
二人の間に、満面の笑顔で割り込んでいく矢的先輩。その手には、いつの間にくすねたのか、生徒会の承認印。
「あ――――! いつの間に……矢的、お前勝手に会長の机から――!」
武杉副会長の抗議の声もあっさり無視。矢的先輩は、恭しく承認印を会長に捧げる。
「まったく――相変わらずちゃっかりしているな」
会長は、そんな矢的先輩の振る舞いに苦笑しつつ、あっさりと判を押した。
「あざ――――――――っす!」
嗚呼。この瞬間、俺は『奇名部』の部員となった。なってしまったのだ――こんな訳の分からない組織の部員に……。
ちなみに、後に撫子先輩の熱烈な指導を受けた東総倉高校柔道部は、団体で見事インターハイ初出場を果たし、全国ベスト8に食い込む躍進を見せる。
…………もっとも、30名ほど居た部員が次々と心を病んで退部していき、最終的に7名しか残らなかったという事は……まあ、柔道部の活躍に比べれば些末な事なんだろう……多分。
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