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とある勇者の遺書
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前略――拝啓か? まあ、どっちでもいいや。
あなたが、この遺書を読んでいるという事は、俺はもう既にこの世界からいなくなっているという事なんだろう。
ところで、俺の身体はどうなっている? 発見されるのが早ければいいのだが、発見が遅れてしまえば、後片付けが大変だと思う。
直接には言えないので、この遺書で謝っておく。ごめんなさい。
さて、今から書く事は、俄には信じられない話だと思う。多分俺も、自分の話でなければ、笑い飛ばしているだろう。
――でも、信じてくれ。俺が今から書き遺す事は、紛れもない事実なんだ。
俺は、高校三年の春に、一度死んだ。
――分かってる。今のあなたの顔は、鳩が豆鉄砲をなんちゃらって感じになってるんだろう?
冗談だと思うか? ――違うんだな、これが。どうか、この遺書を丸めてゴミ箱に捨てるような事はしないで、もう少し読み進めてほしい。
――高校三年の春……正確に言えば、ゴールデンウィーク中の話だ。俺は、連休を利用して、ひとりで登山へ出かけた。登山といっても、険しい岩山ではなくて、それこそ小学生の遠足で登るような、ごくごく初心者向けの低い山だった。
何で登山なんて――と思っただろう? ……実は俺も良く覚えていない。多分、誕生日に親父に買って貰ったカメラを使ってみたくて……みたいな、些細な理由だったと思う。
その登山道で、俺は足を踏み外した。ぬかるみに足を取られたんだ。
俺の身体は、冗談のように宙を舞った。斜面に生えた木の幹に、パチンコ玉のようにぶつかりながら真っ逆さまに落ちていった。
意識が遠くなり、やがて真っ暗になった。あー、俺は死ぬんだなぁって、意識が途切れる間際に考えたのを覚えてる。死の寸前って、意外と冷静になるんだ。――これ、豆な。
で、次の瞬間、俺は石造りの地下室みたいな部屋の真ん中に横たわっていた。
最初は、訳が分からなかったよ。だってそうだろ? 山道で足を踏み外して落っこちたと思って、次の瞬間、やたらクラシックな地下室で寝転がってたんだぜ。
で、周りを見回すと、俺を沢山の人が取り囲んでいた。明らかに日本人の顔ではない。彫りの深い白人系の顔ばかりだった。
その中で一番偉そうな、冠を被ったおっさんが、こう言ったんだ。
「おお、勇者よ! ようこそ我が城へ!」
それを聞いて、まず思ったのが、「ああ、コイツらは日本語が通じるのか。助かった」だったね。笑えるだろ?
でもさ、重要だろ、言葉が通じるってさ。俺は、自慢じゃないけど、英語なんか中学生レベルだし、その他の言語なんか挨拶すら怪しいレベルだ。――そんな訳で、俺はホッとした訳だ。
それから、おっさんが言った言葉の意味を考えていって、「あれ? 勇者って何だ?」と思い至ったんだ。
だから、あれこれ、おっさんや真っ黒いローブを着た爺さんに質問して、ある程度状況を理解した。
――俺は、この世界に、特殊な魔方陣で召喚されたらしい……復活した大魔王を倒す伝説の勇者として。
……笑ってるだろ、アンタ。でも、その時の俺は、今のアンタみたいに笑い飛ばせなかった。だって、実際にあの光景を目の当たりにすると、王様たちが興奮しながら捲し立てる内容を信じざるを得なかった。
――で、俺は勇者になった訳だ。
それから、いろいろあった。仲間に加わった、ハーフエルフのシェヘラザートや、ドワーフのゴムレス、魔道士のチャムニーと、広大な大陸の端から端まで冒険した。
毒沼に嵌まって死にかけた事もあったし、北限の地でブリザードドラゴンと死闘を繰り広げたし、半妖たちが組織した盗賊団を皆殺しにしてやった事もあった――。
あっちでの俺には、膨大な魔力が備わっていて、攻防関わらず、ありとあらゆる魔法が使えた。
腰に提げるのは、伝説の勇者にしか扱えない『聖剣・ガブレシズの剣』だ。これを振るえば、硬い鱗に覆われたドラゴンだろうが、ゴーレムだろうが、サイクロプスだろうが、豆腐のように容易く一刀両断できた。
よく言うだろ、チートって。まさにソレだ。向こうの世界で、サシでやりあって俺に敵うヤツは居なかった。
もちろん、モテたよ。何せ俺は『伝説の勇者様』だ。
一応、シェヘラザードが俺の恋人だったけど、立ち寄る街ごとに一晩限りの恋人が出来た。
え? シェヘラザードが怒らなかったかだって? そりゃ、何回かハメを外しすぎて、死ぬかと思う事もあったけど、『伝説の勇者』の有名税的なモンもあったから、ある程度見逃してもらってた感じだね。
……良く出来た女だったよ。
少し脇道に逸れたな、すまない。
大体3年くらい冒険の旅を続けたかな? 俺たちは、歴史に残る激闘の末に、遂に大魔王を倒した。もちろん、こちらも無傷という訳にはいかなかった。ゴムレスは両目と片腕を無くし、シェヘラザードは俺を庇って死んだ。その挙げ句、チャムニーは土壇場で裏切りやがった。
最終的には、俺一人で大魔王とチャムニーに立ち向かって、俺は勝利したんだ。
大魔王の心臓に、聖剣・ガブレシズの剣を突き立てたその時、俺の身体が不思議な光に包まれ、気がついたら、俺は転落した山の登山口に立っていた。
格好もあの時と同じで、驚いた事に、転落した日から二日しか経っていなかった。
――どうやら、魔王にトドメを刺した時点で、『伝説の勇者』としての俺の役割は達成され、お役御免となった俺は用済みだと現世に戻されたらしい。随分酷い扱いだよな……。
違和感がハンパなかったよ。俺の中では三年が経っていたのに、こちらの世界ではたった二日間の行方不明だってんだから。
時差ボケ……というか、異世界ボケって言った方がいいか? 慣れるのに時間がかかった……いや、違うな。結局、最期まで異世界ボケは抜けなかったよ。
だってそうだろ? 向こうの世界では、俺は万能無敵の伝説の勇者だったのに、こっちの世界では、なんの取り柄も無いタダの高校三年生だ。
天に腕を伸ばしても雷は落ちてこないし、指を突き立て振っても炎は出て来ない。
道で不良に絡まれても、腰に聖剣は無いし、加速魔法も使えない。ボコられて傷口に手を翳しても、傷は癒えないんだ。
俺は、心から悔やんだよ。『ああ、何であの時、俺は大魔王を倒してしまったんだろう?』ってね。
こんな事になるんだったら、それこそ倒さない程度に痛めつけて、一息のところで逃げられるってのを延々と繰り返しておけば良かった――と、ずっと思ってたよ。
――だから、俺は帰ることにした。俺が『伝説の勇者』と讃えられる、あの世界へ。それが、俺が今あなたが目の当たりにしている状態になった理由だ。
……え? 自殺したって、あの世界に戻れるかどうかは分からないって? ……ああ、もしかしたらそうかもしれない。寧ろ、あの世界に戻れるなんて事は無くて、普通に三途の川を渡るだけなのかもしれない。自殺なんて、不屈でなくてはならない『勇者』の定義から最も外れた行為だろうしな。
でも、俺はほとほとウンザリしたんだ。タダのモブキャラ1でしかない、この世界の俺に。
――だから、俺がこんな事になった事を、誰も悲しまないでほしい。実際、今の俺の心の中には、恐れや悲しみの感情は全然無いんだ。
誰も、俺のこの世界での最期に、悼むとか哀しむとかはしなくていいし、するべきではないんだ。
じゃあな。そろそろ逝くわ。
こんな長い文を読んでくれてありがとう。
あなたに幸運があらん事を。
――――――――
「教授、何ですか、このファイルは?」
とある大学の研究室で、パソコンのメールチェックをしていた助手は教授に尋ねた。
「ファイル? ……ああ、それか」
教授は、パソコンの画面を覗き込み、頷いた。
「これは、ある自殺者の遺体の横に置かれていた遺書だよ。なかなか興味深かったので、関係者から文面を送ってもらったんだ」
「そうなんですか……」
遺書と聞いて、助手は僅かに眉を顰める。
振り返って、彼は教授に尋ねる。
「このファイル、どこに保管しますか?」
「えーと……デスクトップの『研究資料』フォルダに入れておいてくれ」
「分かりました」
助手は、マウスを操作し、『研究資料』フォルダを開く。添付ファイルをドラッグして、フォルダの中に格納した。
助手は、再度尋ねた。
「……ファイル名はどうしましょう」
「うーん、そうだね……どれ、私が入れよう」
教授は、助手と入れ替わりに椅子に座り、キーボードを叩く。
「……これでいいか」
最後にエンターキーを打ち、ファイル名を確定させた。
ファイルはこう名付けられた。
――『とある狂人の遺書』――
前略――拝啓か? まあ、どっちでもいいや。
あなたが、この遺書を読んでいるという事は、俺はもう既にこの世界からいなくなっているという事なんだろう。
ところで、俺の身体はどうなっている? 発見されるのが早ければいいのだが、発見が遅れてしまえば、後片付けが大変だと思う。
直接には言えないので、この遺書で謝っておく。ごめんなさい。
さて、今から書く事は、俄には信じられない話だと思う。多分俺も、自分の話でなければ、笑い飛ばしているだろう。
――でも、信じてくれ。俺が今から書き遺す事は、紛れもない事実なんだ。
俺は、高校三年の春に、一度死んだ。
――分かってる。今のあなたの顔は、鳩が豆鉄砲をなんちゃらって感じになってるんだろう?
冗談だと思うか? ――違うんだな、これが。どうか、この遺書を丸めてゴミ箱に捨てるような事はしないで、もう少し読み進めてほしい。
――高校三年の春……正確に言えば、ゴールデンウィーク中の話だ。俺は、連休を利用して、ひとりで登山へ出かけた。登山といっても、険しい岩山ではなくて、それこそ小学生の遠足で登るような、ごくごく初心者向けの低い山だった。
何で登山なんて――と思っただろう? ……実は俺も良く覚えていない。多分、誕生日に親父に買って貰ったカメラを使ってみたくて……みたいな、些細な理由だったと思う。
その登山道で、俺は足を踏み外した。ぬかるみに足を取られたんだ。
俺の身体は、冗談のように宙を舞った。斜面に生えた木の幹に、パチンコ玉のようにぶつかりながら真っ逆さまに落ちていった。
意識が遠くなり、やがて真っ暗になった。あー、俺は死ぬんだなぁって、意識が途切れる間際に考えたのを覚えてる。死の寸前って、意外と冷静になるんだ。――これ、豆な。
で、次の瞬間、俺は石造りの地下室みたいな部屋の真ん中に横たわっていた。
最初は、訳が分からなかったよ。だってそうだろ? 山道で足を踏み外して落っこちたと思って、次の瞬間、やたらクラシックな地下室で寝転がってたんだぜ。
で、周りを見回すと、俺を沢山の人が取り囲んでいた。明らかに日本人の顔ではない。彫りの深い白人系の顔ばかりだった。
その中で一番偉そうな、冠を被ったおっさんが、こう言ったんだ。
「おお、勇者よ! ようこそ我が城へ!」
それを聞いて、まず思ったのが、「ああ、コイツらは日本語が通じるのか。助かった」だったね。笑えるだろ?
でもさ、重要だろ、言葉が通じるってさ。俺は、自慢じゃないけど、英語なんか中学生レベルだし、その他の言語なんか挨拶すら怪しいレベルだ。――そんな訳で、俺はホッとした訳だ。
それから、おっさんが言った言葉の意味を考えていって、「あれ? 勇者って何だ?」と思い至ったんだ。
だから、あれこれ、おっさんや真っ黒いローブを着た爺さんに質問して、ある程度状況を理解した。
――俺は、この世界に、特殊な魔方陣で召喚されたらしい……復活した大魔王を倒す伝説の勇者として。
……笑ってるだろ、アンタ。でも、その時の俺は、今のアンタみたいに笑い飛ばせなかった。だって、実際にあの光景を目の当たりにすると、王様たちが興奮しながら捲し立てる内容を信じざるを得なかった。
――で、俺は勇者になった訳だ。
それから、いろいろあった。仲間に加わった、ハーフエルフのシェヘラザートや、ドワーフのゴムレス、魔道士のチャムニーと、広大な大陸の端から端まで冒険した。
毒沼に嵌まって死にかけた事もあったし、北限の地でブリザードドラゴンと死闘を繰り広げたし、半妖たちが組織した盗賊団を皆殺しにしてやった事もあった――。
あっちでの俺には、膨大な魔力が備わっていて、攻防関わらず、ありとあらゆる魔法が使えた。
腰に提げるのは、伝説の勇者にしか扱えない『聖剣・ガブレシズの剣』だ。これを振るえば、硬い鱗に覆われたドラゴンだろうが、ゴーレムだろうが、サイクロプスだろうが、豆腐のように容易く一刀両断できた。
よく言うだろ、チートって。まさにソレだ。向こうの世界で、サシでやりあって俺に敵うヤツは居なかった。
もちろん、モテたよ。何せ俺は『伝説の勇者様』だ。
一応、シェヘラザードが俺の恋人だったけど、立ち寄る街ごとに一晩限りの恋人が出来た。
え? シェヘラザードが怒らなかったかだって? そりゃ、何回かハメを外しすぎて、死ぬかと思う事もあったけど、『伝説の勇者』の有名税的なモンもあったから、ある程度見逃してもらってた感じだね。
……良く出来た女だったよ。
少し脇道に逸れたな、すまない。
大体3年くらい冒険の旅を続けたかな? 俺たちは、歴史に残る激闘の末に、遂に大魔王を倒した。もちろん、こちらも無傷という訳にはいかなかった。ゴムレスは両目と片腕を無くし、シェヘラザードは俺を庇って死んだ。その挙げ句、チャムニーは土壇場で裏切りやがった。
最終的には、俺一人で大魔王とチャムニーに立ち向かって、俺は勝利したんだ。
大魔王の心臓に、聖剣・ガブレシズの剣を突き立てたその時、俺の身体が不思議な光に包まれ、気がついたら、俺は転落した山の登山口に立っていた。
格好もあの時と同じで、驚いた事に、転落した日から二日しか経っていなかった。
――どうやら、魔王にトドメを刺した時点で、『伝説の勇者』としての俺の役割は達成され、お役御免となった俺は用済みだと現世に戻されたらしい。随分酷い扱いだよな……。
違和感がハンパなかったよ。俺の中では三年が経っていたのに、こちらの世界ではたった二日間の行方不明だってんだから。
時差ボケ……というか、異世界ボケって言った方がいいか? 慣れるのに時間がかかった……いや、違うな。結局、最期まで異世界ボケは抜けなかったよ。
だってそうだろ? 向こうの世界では、俺は万能無敵の伝説の勇者だったのに、こっちの世界では、なんの取り柄も無いタダの高校三年生だ。
天に腕を伸ばしても雷は落ちてこないし、指を突き立て振っても炎は出て来ない。
道で不良に絡まれても、腰に聖剣は無いし、加速魔法も使えない。ボコられて傷口に手を翳しても、傷は癒えないんだ。
俺は、心から悔やんだよ。『ああ、何であの時、俺は大魔王を倒してしまったんだろう?』ってね。
こんな事になるんだったら、それこそ倒さない程度に痛めつけて、一息のところで逃げられるってのを延々と繰り返しておけば良かった――と、ずっと思ってたよ。
――だから、俺は帰ることにした。俺が『伝説の勇者』と讃えられる、あの世界へ。それが、俺が今あなたが目の当たりにしている状態になった理由だ。
……え? 自殺したって、あの世界に戻れるかどうかは分からないって? ……ああ、もしかしたらそうかもしれない。寧ろ、あの世界に戻れるなんて事は無くて、普通に三途の川を渡るだけなのかもしれない。自殺なんて、不屈でなくてはならない『勇者』の定義から最も外れた行為だろうしな。
でも、俺はほとほとウンザリしたんだ。タダのモブキャラ1でしかない、この世界の俺に。
――だから、俺がこんな事になった事を、誰も悲しまないでほしい。実際、今の俺の心の中には、恐れや悲しみの感情は全然無いんだ。
誰も、俺のこの世界での最期に、悼むとか哀しむとかはしなくていいし、するべきではないんだ。
じゃあな。そろそろ逝くわ。
こんな長い文を読んでくれてありがとう。
あなたに幸運があらん事を。
――――――――
「教授、何ですか、このファイルは?」
とある大学の研究室で、パソコンのメールチェックをしていた助手は教授に尋ねた。
「ファイル? ……ああ、それか」
教授は、パソコンの画面を覗き込み、頷いた。
「これは、ある自殺者の遺体の横に置かれていた遺書だよ。なかなか興味深かったので、関係者から文面を送ってもらったんだ」
「そうなんですか……」
遺書と聞いて、助手は僅かに眉を顰める。
振り返って、彼は教授に尋ねる。
「このファイル、どこに保管しますか?」
「えーと……デスクトップの『研究資料』フォルダに入れておいてくれ」
「分かりました」
助手は、マウスを操作し、『研究資料』フォルダを開く。添付ファイルをドラッグして、フォルダの中に格納した。
助手は、再度尋ねた。
「……ファイル名はどうしましょう」
「うーん、そうだね……どれ、私が入れよう」
教授は、助手と入れ替わりに椅子に座り、キーボードを叩く。
「……これでいいか」
最後にエンターキーを打ち、ファイル名を確定させた。
ファイルはこう名付けられた。
――『とある狂人の遺書』――
応援ありがとうございます!
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