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エピローグ

エピローグ1 「受付カウンターの責任者をしております、イクサ・ストラウストと申します」

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 ハルマイラ最大の武器商“アナークス・RW”。
 その実質上のトップだった、会長のゼファード・アナークスが突然表明した完全引退宣言は、ガイリア王国中の武器商業界のみならず、経済界全体に大きな衝撃を与えた。
 現役バリバリで、表と裏の両面で大きな影響力と権力を有していた中での彼の引退に、巷では「陰謀説」「クーデター説」「健康不安説」「発狂説」といった種々様々な説が泡沫のように湧き上がり、そして消えていった。

 ――そんな中、ゼファード・アナークスの引退の影響を一番大きく受けたのは、彼が三本柱の一角――その中でも最も太い柱――として君臨していた武器商ギルドであった。
 一応、彼の後任として、長男にして“アナークス・RW”社長のデルベルド・アナークスが就いたが、その資質――特に、権謀術数を弄する狡猾さは、“妖猿”と称されていた父親よりも数段劣る。
 その上、まだ若輩だという事もあって、先代に対して多分に含むところのあった他の二本柱――シャアリルク総合武具店店長ルイン・シャアリルクとブラレイド武器商会支配人ガイリー・ブラレイドによって徹底的に冷遇され、武器商ギルド内における“アナークス・RW”の影響力は、格段に弱まってしまったのだった。

 だが、その事によって、他の二人が得をしたかというと、そうでもない。
 何故なら、目の上のたんこぶともいえるアナークスが消えた事によって、シャアリルクとブラレイドの対立が一気に激化したのである。
 元々、このふたりの仲は良くない。
 商売敵という以前に、性格の反りが全くと言っていい程合わないのだ。皮肉にも、彼らが疎ましく思っていたアナークスの存在によって、彼らは同じ道を歩む事ができていたのだ。
 ……だが、ふたりを纏めていたアナークスが外れてしまった今、彼らの心を縛るものは何も無くなった。
 そこから始まるのは、シャアリルクとブラレイドによる、熾烈な足の引っ張り合い――。
 まさに足を一本失った鼎よろしく、この先の武器商ギルドは大きくぐらつき始める事になるのだが――

 それはまた、別の話である。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「いらっしゃいませ!」
「お客様、今日はどの様なご依頼でしょうか?」
「お待たせしました~!」

 武器防具修理工場“ダイサリィ・アームズ&アーマー”の受付カウンターには、今日も沢山の客が詰めかけていた。
 カウンターの中では、受付担当の三人が、休む間もなく忙しく動き続けている。

「ふう……。次の方、お待たせしました~! こちらでお伺いしまぁす!」

 と、修理品の引き渡しを終えたイクサが、片手を挙げて声を張り上げた。
 その呼び出しに応じて、カウンター越しに杖をついた老人が立つ。

「ホッホッホ、シーリカさんを頼む」
「あの……バスタラーズ様。シーリカは別のお客様をご案内中ですから、私が代わりにお伺い致します――」

 馴染みの老人のいつもの要求にウンザリした表情を必死で押し殺しながら、イクサはカウンター前の老人に営業スマイルを向けて言った。
 と、バスタラーズの白い眉が吊り上がった。

「何じゃ若造! 儂を誰じゃと思っておるんじゃ! 四の五の言わずに、シーリカさんを出さんかいィッ!」
「はい、申し訳御座いません」

 顔を真っ赤にしたバスタラーズに即座に怒鳴りつけられたが、イクサはそのリアクションを充分に想定していた。間髪を入れずに、棒読みで謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。
 と――、

「あ、バスタラーズ様! お待たせしましたぁ~」

 可愛らしい声を上げながら、シーリカが小走りでイクサの横にやってきた。少し息を弾ませながら、「いらっしゃいませ!」と、バスタラーズに向かって頭を下げる。
 たちまち下がる、バスタラーズの目尻。

「おう、待ったよ、シーリカさんや。今日も忙しそうじゃのう」
「そうですねぇ。今日も朝からお客様が絶えなくって……。いつもより、修理品お渡しのお客様が多いですねぇ、何となく」
「ほぉ~、そうかそうかぁ」

 ついさっき、イクサに向けて特大の雷を落とした事が嘘のように、上機嫌でニコニコするバスタラーズ。その緩んだ顔は、まるでスライムのようだ。
 シーリカも、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながら、カウンターの下でイクサの袖を引っ張った。
 それに気付いたイクサが、怪訝な表情を浮かべた顔をシーリカに寄せる。

「――ん? どうしたの、シーリカちゃん……」
「……スマ先輩がピンチです」

 バスタラーズに微笑みを向けたまま、シーリカは小声で答えた。

「ピンチ……?」
「ちょっと厄介なお客様に捕まってて……突破されそうです」

 シーリカの言葉に、イクサは僅かに表情を曇らせた。小さく溜息を吐くと、シーリカに訊いた。

「……任せていい?」
「もちろんです。行ってあげて下さい、イクサ先輩」

 彼女はそう言うと、イクサに顔を向けて、大きく頷いてみせた。
 イクサも頷き返すと、

「……あの、バスタラーズ様。あとはシーリカが対応しますので、私は失礼させて頂きます」

 と、バスタラーズに告げて一礼し、その場を離れた。

「おうおう、行って良いぞ! サッサと行けぇ~」

 老人の弾んだ声を背中に受けて、思わず苦笑を浮かべたイクサだったが、すぐにその表情を引き締めるのだった。


 カウンターの端で、背筋をピンと伸ばして立ち尽くすスマラクトの横顔を見たイクサは、事の深刻さを確信した。まずはスマラクトのやや後方に控え、彼と客とのやり取りに耳を傾ける。

「――ですからぁ、先程も申し上げました通り……」
「いいから、アナタと話し合う気はないので、店の責任者を呼んできて下さいよ」
「……いえ、私が対応をさせていただ――」
「だから、アナタと話す気はないと……」
「いえいえ! この件は、私が責任を以て、お客様に対応させて頂きたく――」
「解らない人だな、アンタは! さんざん話したけど、結局、アンタでは結論が出せないんだろう? だったら、結論が出せる人を呼んで下さい、って言ってるんだよ!」

 ……ダメだ。もう、スマラクトカウンター担当者では収まらないところまで、事態は悪化してしまっているらしい。
 イクサは、軽く頬を両掌で打って気合を入れると、ズボンのポケットから名刺入れを取り出してから、スマラクトの肩を叩いた。

「――スマラクトさん、どうかしたんですか?」
「! あ――、しゅ、主任ん~」

 半泣き顔で、イクサに縋り付かんばかりのスマラクト。イクサは彼の顔を一瞥すると、安心させるように小さく頷いた。そして、カウンターの向こう側でふんぞり返っている客に、一枚の名刺を差し出す。

「恐れ入ります、お客様。私、“ダイサリィ・アームズ&アーマー”受付カウンターの責任者をしております、イクサ・ストラウストと申します。スマラクトに代わりまして、私がお話をお伺いいたします」
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