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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-46 「……侯爵家から、貴女に下された御沙汰は――」

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 ――と、
 絨毯張りの床の上で、転がって縺れ合っているリイドとスマラクトの元に静かに歩み寄ったマイスが、腰を屈めた。
 その細い指で、落ちていた封筒を摘み上げる。

「あ――……!」

 スマラクトとリイドのやり取りに貰い泣きしていたシーリカが、マイスの動作に気付き、ハッと息を呑む。
 封筒を一瞥したマイスが、床の上のふたりを無感動に見下ろしながら口を開く。

「――スマラクトさん」
「――!」

 その乾いた声に、名を呼ばれたスマラクトは、ビクリと身を震わせて、慌てて身を起こす。

「ボ――ボス……!」
「……」
「ま――待って!」

 と、マイスとスマラクトの間に、リイドが両手を広げて割り込んできた。
 彼女は、必死の形相でマイスに訴える。

「ね、ねぇ、社長さん! アタシが全部悪いの! 後生だから、スマスマの事は赦してあげて! アタシは、どうなっても――たとえ、縛り首にされたって構わないから……」
「い――いえ! そんな事はさせませんぞ! このワタクシの身がどうなっても、カルちゃんには指一本……!」
「……はぁ~」

 互いに庇い合うスマラクトとリイドの様子を見て――マイスは深く溜息を吐いた。

「……爆発しろ……」
「……へ?」
「――あ、いや、違う……いや、違わないけど――ううん! そうじゃなくて!」

 思わず漏れてしまった心の声を聞きめられてしまったマイスは、慌ててかぶりを振って、言葉を続けた。

「貴方は勘違いしてるのよ、色々とね……」
「か――勘違い……?」
「そ」

 彼女の言葉にキョトンとした表情を浮かべたスマラクトに頷くマイス。
 彼女は、手にした封筒の真ん中を指差して言った。

「まずね……ココ。そもそも“辞表”じゃないの」
「ファッ――?」

 マイスの口から紡がれた言葉に虚を衝かれ、呆けた顔になるスマラクト。
 それを見たマイスは、呆れた顔になって、また一つ大きな溜息を吐いて、言葉を継ぐ。

「……あのね、“辞表”っていうのは、私みたいな経営者や役員が辞める時に使う言葉なの。――スマラクトさんの立場は“従業員”でしょ? 貴方が辞める時に出すのは、“辞表”じゃなくて“退職願”なの」
「ほ……ほへぇ~……」
「ほへぇ~じゃないが」
「……も、申し訳アリマセン……」

 と、ポリポリと頭を掻くスマラクトをジト目で睨んだマイスは、突然『辞表』を封筒ごとビリビリと破った。

「あ――!」
「よって、この書類は受理できませーん。却下しまーす♪」

 と、妙な抑揚をつけて言ったマイスは、破った封筒をクシャクシャにして放り投げ、澄ました顔で言葉を継ぐ。

「あと、リイドさんの処遇ね」
「――!」

 マイスの声に、リイドとスマラクトだけでなく、その場に居た全員の顔が緊張で強張った。

「……侯爵家から、貴女に下された御沙汰は――」

 皆が固唾を飲む中、マイスは厳かに言う。

「リイドさんの、ハルマイラ周囲半径5ケイム内への接近禁止……つまり、所払い――」
「……」
「――以上」
「…………はい?」

 リイドとスマラクトは抱き合ったまま、キョトンとした顔で首を傾げた。
 おずおずと、リイドが彼女に問い質す。

「……そ、それだけ? ほ……他には?」
「無いわ」
「へ――?」

 アッサリと言い切ったマイスに、戸惑う顔を見せる一同。
 と、マイスは厳しかった表情を緩めると、優しげな微笑みを浮かべた。

「昨日も言ったでしょ? 『今回の盗難の件は立件されてない』って。――要するに、貴女は罪を犯していないのよ。何せ、んだから。いくら侯爵様といえど、発生してもいない罪を咎める事は出来ないわよ」
「あ――! なるほど……」

 マイスの言葉に、イクサはポンと手を叩く。

「まあ、さすがに、リイドさんが過去に犯した詐欺については見過ごせないから、全くの無罪放免とはいかないけれどね……」
「……うむ、詐欺に対する罰としては、所払いが妥当な線じゃのう」

 バスタラーズは、大きく頷くと、

「……にしても、あの頭の固いショットマイール侯にしては、随分と血の通った判断をしたもんじゃわい……」

 少しだけ首を傾げた。
 と、バスタラーズの呟きを耳に留めたイクサが、ハッとして目を見開く。

(……もしかして……)

 彼は、コッソリと横目でマイスの表情を盗み見て、納得した。それから、扉横に立っているシーリカの方を見ると、彼の視線に気付いた彼女は小さく頷くとニッコリと微笑った。
 ――恐らく、彼女もイクサと同じ確信に到ったのだろう。イクサも、彼女の微笑に応えて苦笑して、肩を竦めてみせた。
 一方のマイスは、そんな部下の視線にも気付かぬ様子で、コホンと咳払いをすると、淡々と言葉を継いだ。

「――というのが、侯爵様の裁定です。速やかに指示に従う様に」

 それだけ告げると、彼女はカツカツとヒールの音を立てながら、リイドとスマラクトの横をよぎって、取締室から出ていこうとする。
 ――と、廊下に出たところで、つと立ち止まった。

「――ああ、そうそう」

 彼女は、背中を向けたまま、独り言の様に呟く。

「……ハルマイラこの街から南に7ケイムほど離れた所に、小さな集落があるのよね。確か、そこの居酒屋さんで、住み込みの給仕さんを募集してたな~」
「……!」

 マイスの言葉に、驚いた表情を浮かべるリイド。

「……しゃ、社長さん……それって――」
「あ、いけないいけない。早く、経理まで侯爵のサインを頂いた請求書を提出しに行かないと! あー忙しい忙しい――!」

 リイドの言葉も最後まで聞かず、マイスは早口で捲し立てながら、急ぎ足で廊下へと去っていく。

「……」
「……」

 スマラクトとリイドは呆然として、マイスが消えた廊下を見つめていた。
 そして、互いの顔を見合わせて頷き合い、彼女の去っていった方へ、深々と頭を下げたのだった。
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