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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-24 「詐欺師と商人は同じものじゃぞ」

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 「い、いくらで買うか……だと? 何を言うておる、貴様」

 狼狽した声を出すアナークスを前に、リイドはニヤニヤ笑いを浮かべて言った。

「今回、契約した仕事の内容は、あの店から“ガルムの爪”を盗み出すって所までだったろ? 盗んだ後の“ガルムの爪”に関しては、何の契約もされてないのさ。――つまり」

 そう言うと、彼女は細巻き葉巻の紫煙をアナークスの顔に向けて吹きかける。煙を浴びて咳き込む老人の様子を見て愉快そうな笑い声を上げた後、彼女は言葉を継いだ。

「今の“ガルムの爪コイツ”は、アタシの物。ソレをあんたに譲るかどうかは、アタシがその気になるかどうか次第って訳さ」
「そ――そんな、バカな! そんな屁理屈を捏ねおって……この、阿婆擦れがァッ!」
「――さっきも言ったよねえ、会長さん。――アタシの機嫌を損ねたら、“ガルムの爪”は一生アンタの手に入らないって。別に、“ガルムの爪”を買い取ってもらう先は、アンタだけじゃ無いのよ。『ブラレイド武器商会』や『シャアリルク総合武具店』……あ、そうそう。いっそ、『ダイサリィ・アームズ&アーマー』に買い戻してもらうっていうのも、ひとつの手よね。今回の、依頼の顛末も、おまけにつけて――ね」
「ぐ……ぐうううっ!」

 リイドの言葉に、ギリギリと歯噛みするアナークス。彼の様子を見た彼女は、皮肉気に口の端を吊り上げると、脚を組み直して言う。

「さて、お互いの立ち位置を理解して頂けたようなので、早速、ビジネスのお話をしましょうか? ――貴方は、この“ガルムの爪”に幾ら出すのかしら?」

 アナークスは、憎悪に満ちた目で彼女を睨みつけながら、暫しの間考え込み、小さな声で答えた。

「…………五百万エィン……」
「――ハッ! ご・ひゃ・く・ッ! たったの五百万エィン?」

 アナークスの提示した金額に、リイドは大袈裟に肩を竦めて嘲笑った。

「アンタ、自分で言ってたよねえ? この“ガルムの爪”っていう剣が、どんだけ素晴らしくて貴重なモンなのかをさぁ! そんな逸品を、たったの五百万で買い叩こうって言うのかい?」

 そう吐き捨てるように言うと、彼女は憤然とした顔で立ち上がり、彼の手から“ガルムの爪”の鞘を抜き取った。

「あ――!」
「――ああ、分かったよ。アンタの目利きっぷりがさ……。だったら、アタシは、もっとキチンと評価してくれる、目の肥えた人の元に、コイツを持ち込むだけ――」
「ま、待て! 解った……! 取り敢えず、座れ――座ってくれ! ……騙して、安く買い取ろうとして……済まなかった」

 アナークスが、顔色を失って懇願する。リイドは、そんな彼を見下して鼻で笑うと、再びソファに腰を下ろした。

「まったく……呆れたねえ。詐欺師を騙くらかそうだなんて」
「……知らんのか? 詐欺師と商人は同じものじゃぞ。――陽の当たり方がちいと違うだけじゃ」
「……へん! 口の減らない爺さんめ」

 アナークスの言葉に片目を瞑ると、彼女は身を乗り出し、囁くように言った。

「……じゃあ、今度はフェイク無しでお願いするさね。――お幾ら?」

 リイドの問いにアナークスは瞑目し、そして、口惜しそうな表情で言った。

「……二千五百……いや、二千八百万エィン。――それが、本当の買い取り金額じゃ……」
「へぇ……!」

 アナークスの答えに、リイドはヒューと口笛を吹いた。――が、彼女は首を横に振る。

「……さっきよりは頑張ったけど、まだ足りないねえ。――ゼロが一個」
「は――はぁっ?」

 彼女の言葉に、今度はアナークスが呆れる番だった。彼は口から泡を吹き出しながら、目の色を変えて叫ぶ。

「た、足りん筈が無いだろう! 二千八百万エィン……それが、あの“ガルムの爪”の真正の評価額じゃ! それが……『ゼロが足りん』じゃと?」

 アナークスは、ローテーブルに拳を打ちつけると、腰を浮かしてリイドの方へ身を乗り出した。

「ならば――逆に訊こう! きさ……お前さんは一体、“ガルムの爪”にいかほどの値がつくと考えておるのじゃっ?」
「い……いかほどって――そりゃ……」

 老人の剣幕に、思わず気圧されて、タジタジとしながらも、リイドは虚勢を張るように答える。

「だ……だって、スマスマ……あのオッサンが言ってたんだもの! 『この“ガルムの爪”は、億は下らない価値があるのでスヨ~』ってさ! だから……最低でも一億くらいの値打ちが……あるんだろ、本当は?」
「あ――ある訳無いじゃろ!」

 彼女の突拍子も無い話に、思わずアナークスは、我を忘れて怒鳴った。

「億……億じゃと? バカな! いくら“ガルムの爪”が国宝級の聖遺物だとしても、さすがにそこまではいかんわ! 誰じゃ、そんな出鱈目を貴様に吹き込んだのはっ!」

 彼がここまで激昂するのは、長年培った武器商人としてのプライドに障ったからである。
 彼がつけた“二千八百万エィン”という値段は、彼の経験と知識から弾き出した、この上なく正直な査定額なのだ。それを遙かに超える額を伝えられたという事実は、彼には到底看過しうるものでは無かった。
 一方、アナークスに怒鳴りつけられたリイドも黙ってはいない。厚化粧越しからも分かる程に顔を紅潮させ、ローテーブル越しに身を乗り出して、彼をグッと睨みつける。

「――な、なにさ! アタシも口から出任せで出した金額じゃあ無いんだよ! スマスマ……ダイサリィ・アームズ&アーマーきってのカウンター責任者が言ってたんだ、間違いなんかあるモンかい!」
「は……か、カリスマァ……? 何じゃそりゃ……?」

 彼女の言葉に呆れ声を出すアナークス。一方の彼女も、彼のあまりの激しい剣幕に、先程までの自信が揺らぎ始めてきたようで、

「え……? ……ひょっとして……違うの……いや、でも――」

 一瞬、心の中で葛藤した後、顔を引き攣らせながらワタワタと立ち上がった。

「ちょ――ちょっと、今日は出直すとするよ! 値段に関しては、アタシの方も考え直してみる……。でも、アンタも、もうちょい素直な値段を出せるようにしておくんだね! いいかい!」
「じゃ――じゃから、儂は正直な価格をだな――!」
「あーっ、何が正しいのか、もう訳が分からないよ! じゃあね、嘘つき爺さんっ!」

 そう言い捨てると、彼女は振り返りもせずに、ドアを勢いよく開けて、足早に立ち去っていった。

「嘘つき……ええい、嘘などついておらんと言うに!」

 アナークスはそう毒づくと、彼女を追ってソファから立ち上がろうとしたが、頭に血を上らせすぎた為か、クラクラと目眩を起こしてへたり込んでしまう。

「く、クソッ! ――誰か! 誰かあるかっ!」

 彼は唇を血が出んばかりに噛み締めると、扉の外に向かって声を張り上げた。

「は――はいっ、会長!」

 程なく駆けつけてきたサファリアに、アナークスは声高に命じる。

「おい! 今出ていった赤毛の女――アイツを今すぐ追いかけろ! 奴の居場所を突き止めてくるんじゃ!」
「え……は、はい?」
「ええい、早くせんか! 減給するぞ!」
「は――ハイィッ!」

 アナークスの命令の意図が掴めずに、戸惑いの表情を浮かべるサファリアだったが、“減給”の二文字を聞くや、弾かれたように走り去っていった。
 ――ひとり、部屋に残されたアナークスは、ソファの背もたれに身を預け、天井の木目を忌々しく睨みつけ続けるのだった。
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