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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-11 「――うひゃあああぁっ!」

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 取締室にて、責任者マイスによる“ガルムの爪”の最終チェックが終わった翌日。
 ダイサリィ・アームズ&アーマーのカウンターのメンバー達は、いつもと変わらぬ忙しい業務に追われていた。
 だが、来客には一定の波がある。午前中のラッシュの後――昼飯時である午後一時前後は、訪れる客も少なくなり、イクサらカウンターの受付担当にとっては、ほっと一息つける時間帯である。
 が、接客業務は少なくなるが、彼らが暇になる事は無い。昼下がりの手空きの時間は、そっくりそのまま、修理品の整理や、カルテの集計などの雑務作業に充てられるのだ。

「イクサ先輩。修理品出荷の確認をお願いします」

 シーリカが、それまでに受付した修理品一覧リストを手に、イクサに声をかけてきた。客から預かった修理品を工房へ引き渡す際に、リストと現品の突き合わせを行う為だ。
 イクサは彼女の言葉に頷き、備品補充の申請書を書く手を止めて立ち上がった。

「はーい。今行くよ」

 そして、彼女に続いてバックヤードに入る。
 バックヤードにはコロの付いた籠が置いてあり、その中には、傷が付かないように布が巻かれた剣や盾や鎧が、十数点ほど積み込まれている。
 イクサは、シーリカから出荷リストを受け取ると、

「はい、どうぞー。番号はランダムでいいよ」

 と、彼女に声をかけた。シーリカは「はーい」と応えると、布に取り付けられたタグを手に取り、読み上げる。

「えーと……まず、8番……シュミット・ダンゲ様の鉄盾、です」
「――はい、オッケー」
「えー、次は……5番、サンテン・アフマンディ様依頼の長槍――」
「――はい、いいでーす」

 この様に、ふたりの目で確認する事で、確実にリストの抜け漏れが無いようにダブルチェックを行う――それが、カウンターのルーチン業務のひとつなのである。
 ふたりは、息の合ったやり取りで、ポンポンと突き合わせを進めていく。
 そして――、

「……で……12番、クセーノウン・ダイモウト様依頼の、魔法杖。――これで、以上です!」
「――はい、オッケー! 大丈夫そうだね」

 リストに入れたチェックが、全て入っているのを今一度確認して、イクサはリストから目を上げて、微笑みながら頷いた。その笑顔を受けて、シーリカも安堵の表情を浮かべる。

「ふう……全部揃ってて良かったですぅ」
「毎日やってるルーチンだけど、毎度毎度『今日は、リストと品数が合わないんじゃないか』って、ドキドキしちゃうよね」
「万が一、お客様からお預かりした修理品が無くなってたりしたら、大変ですからね……」
「いや、やめようよ……。仮定だとしても考えたくないや、そんな最悪の事態……」

 シーリカの言葉に、顔を引き攣らせるイクサ。シーリカも、「わあ、確かにそうですね……!」と呟いて、口を噤んだ。

 ――彼の言う通りである。
 万が一、客から預かった修理品を紛失でもしようものなら、店の信用はガタ落ちどころではない。
 何せ、販売用の商品とは違い、客の持ち込む修理依頼品は客の愛着が染み込んだ、ふたつと無いモノばかりだ。そんな無二のものを紛失してしまったら、基本的には取り返しがつかない。
 仮に、全く同じ新品を用意できたとしても、それは所詮別の物。元の修理品に詰まった思い出や愛着は戻ってこないのだ。
 もちろん、誠心誠意謝れば、諦めてくれたり、納得してもらえる客もいるが、そうではない客もいる。
 そして、に、一言「思い出を返せ!」と言われてしまったら最後。
 こちら側修理業者が取れる手段は、死んでも元々の修理品を探し出すか、額を地に擦りつけて謝り倒すか、客が納得するだけの代替品(元の修理品より、何倍も価値のある品、もしくは金銭そのもの)を提示して、赦してもらうしか無いのだ。
 ――この様に、『預かった修理品の紛失』は、イクサ達修理請負業者にとっては、考え得る限り最悪な事態のひとつなのである。イクサが、「考えたくもない」と言う理由もお解り頂けただろうか……。


 ――閑話休題。


「――うひゃあああぁっ!」

 その時――、
 カウンターの方から、間の抜けた叫び声が聞こえた。ひとりカウンターに残っていたスマラクトの声だ。
 談笑していたイクサとシーリカは、ハッとして顔を見合わせると、慌ててバックヤードからカウンターへと出る。

「ど――どうしましたか、スマラクトさん……?」

 緊迫したイクサの呼びかけに、ゆっくりと後ろに振り返ったスマラクトは――、にへらあと、締まりのない――実にキモい笑顔を浮かべた。

「……え? は、ハイ……?」

 彼の表情の意味が全く解らず、そして、その不気味すぎる笑顔に怖気立ちながら、間の抜けた声を上げるイクサ。
 ――と、

「……あ! ――イ、イクサ先輩! その……その方って――!」

 イクサの背後で、袖を引っ張りながらシーリカが囁いた。その鋭い声に驚きながらも、彼はカウンターの前に立つ人影に目を向ける。
 その人物は、ゆったりとした紺色のロングドレスを着た妙齢の女性で、頭にはフリルのあしらわれたボンネット(婦人用の帽子)を目深に被っていた。
 イクサは、ボンネットから垂れた彼女の長い栗色の髪に引っかかるものを感じ、ボンネットに隠れた彼女の顔をまじまじと見て――、

「――あっ!」

 思わず、大きな声を上げた。
 フリルの下から覗く、彼女の顔立ちは――、
 マイスとシーリカと共にスマラクトを尾行した、あの日に目撃した、あの顔。
 そう、彼女は――スマラクトに寄り添って優しく微笑んでいた、だった。
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