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CASE3 甘い言葉にはご用心

CASE3-9(『わざと間違えろ』ってサインなんだろうなぁ)

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 それから数日、ダイサリィ・アームズ&アーマーの面々は、平和で平凡な日々を過ごしていた。
 もっとも、イクサの機嫌だけはあまり良くはなかったが、彼はマイスから叱られ諭された内容を心に留め、スマラクトはもちろん、他の同僚・上司達へ自分の不機嫌が伝わる事の無いようにと気をつけて日々の業務をこなしていた為、新たなトラブルや諍いに発展する事は無かった。

 ――一方のスマラクトは、相変わらずの上機嫌だった。彼は、だんだんと肌の色つやが良くなり、私服のオシャレに(違う意味で)磨きがかかっていった。
 まあ、今まで身だしなみへの無頓着振りが度外れてマイナス方向に傾いていたスマラクトが、自発的に髪の毛や髭や体臭に対して気を使うようになった事は、彼をカウンターの接客担当として雇用している店側として喜ばしい事なのは確かである。
 それに、私服への指摘は、プライバシー的観点で行いづらく……というか、マイスがスマラクトの私服コーディネートのエスカレートっぷりを面白がっていた事もあって、半ば放置されていたのだ。
 そして、彼の定時退社も、相変わらずだった。
 締め作業を終えたスマラクトは、ウキウキとした顔で日に日にエキセントリックさを増していく私服に着替え、そそくさと店を出て行く。もうその後を尾けなくとも、何処へ向かうのは解っている。
 エンマーヤ生花店で花束を買った後、かの小さな公園で彼女と待ち合わせし、一時間ほど公園を散策した後、その場で解散――。
 スマラクトと彼女との“デート”は、判を押したように、このタイムスケジュール通りらしい。

「……それって、本当に付き合ってるんですかね、スマ先輩?」

 その事実をどうにかして彼から訊き出したマイスから又聞きした際、ふと呟いたシーリカの言葉にイクサも心中で同意したのだが、

「まあ、男女の仲なんて、色々なかたちがあるみたいだからね……。本人が幸せなら、良いんじゃないかしら?」

 そう答えたマイスの言葉にも頷けるものがあり、恋愛偏差値が限りなく低いイクサには、もはやどちらが正しいのかすら……解らなかった。
 ――だから彼は、
 この件に関して――考える事を止めた。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 そんな、代わり映えのしない、平和で平穏で――退屈な日常を過ごしていたダイサリィ・アームズ&アーマーの面々であったが、ある日の閉店後に一振りの長剣を目の当たりにしたことで、久しぶりにテンションを上げた。

「……これが“ガルムの爪”……」

 鞘から抜き放たれた長剣の刀身を見たイクサは、そのあまりの美しさに思わず嘆息した。

「すげえっしょ? さすが、侯爵家の家宝として、崇め奉られるだけある……って感じだよな!」

 研ぎ直しと各部調整を終えたショットマイール家の重宝を、まるで己の佩刀かのように抜き差ししながら、作業を担当した工房所属の刀工ギャンガラルは自慢げに言った。

「持ち込まれた時には、かなりの傷みっぷりだったが、このオレ様にかかれば、ほれ、この通り――てな」
「いや……流石ですね、ギャンガラルさん。まるで新品みたいですよ……」
「うわぁ~、本当に刀身がちょっと赤みを帯びているんですね。綺麗……!」
「お! さっすが、シーちゃん、お目が高い!」

 工房のむさ苦しい連中からの人気も高いシーリカが目を輝かせるのを見て、彼女の熱烈なファンのひとりでもあるギャンガラルは、自分の持つガルムの爪の刀身と同じ色に頬を染めた。

「し、シーちゃん! シーちゃんは、何でこのガルムの爪の刀身が赤みを帯びているのか……分かるかい?」
「――え? いえ……全然知りません……ごめんなさい」
「あ――! いやいや、シーちゃんが知らなくて当然だよ、うん! 何てったって、ショットマイール侯爵家の家宝の中でも、滅多に表に出す事の無い、文字通りの“秘宝”だからね。刃が赤い事を知る人は多くても、その理由まで知っているヤツは、相当少ない筈だよ」

 消沈したシーリカの様子を見て、慌てて彼女をフォローするギャンガラル。彼は、イクサに意味ありげなウインクのサインを飛ばしてから、ゴホンと咳払いをして言った。

「……じゃ、じゃあ、イクサなら解るかな? ガルムの爪の刀身が赤みの理由」
「……え、俺ぇ?」
「そうそう! 修理受付部門の若き主任殿の知識が如何程の物か……見せてもらおうかねェ!」
「え……ええ~! い、いきなり振られてもなぁ……」

 無茶振りに狼狽したをしてみせるイクサだったが、心中では別の事を考えていた。
 ギャンガラルの問題の答えは解っている。今回、侯爵家からオーバーホールを打診された時に一通り調べて、ガルムの爪の由来や特徴は把握しているのだ。
 だから、答えを述べるのは簡単だ。
 だが、

(……これは、『わざと間違えろ』ってサインなんだろうなぁ)

 彼は、さっきから不自然な程に片目をパチパチさせているギャンガラルを白けた目で見ながら、そう漠然と察していた。
 ギャンガラルは、『自分の上司ですら知らない知識を、颯爽とスマートに披露するギャンガラルさん……ステキ!』といった良い印象をシーリカに与えたいが為、イクサをダシに使おうと考えているのだ。
 正直、いい気分ではないが、 

(……まあ、ギャンガラルさんは悪い人じゃないしなぁ。ここはノってあげるべきかな……?)

 彼に対しては、先日のスマラクトの足止めの件だけではなく、日頃から無理難題を言ってくるクレーマーの対応の為に、色々な無茶を聞いてもらっている借りも弱味もある。
 今後もお世話になる事は間違いない人物なので、ここは恩を売るが吉――イクサは、そう判断した。

「え…えーと……? 何だろうなぁ……」

 彼は目を泳がせながら、『武器防具修理工場の受付担当に相応しい間違え方』を、脳内で模索する。ギャンガラルに華を持たせてやる事にやぶさかでは無いが、かといって、部下シーリカが自分に抱く印象をあまり下げる事もしたくない。
 と――、

「ほほぅ……ソレが先日仰ってらした、ガルムの爪ですナ!」

 不意に背後からかけられた声に、イクサは驚いて振り返った。
 ――そこには、テンガロンハットに、素肌の上から鋲が無数に打たれた袖無しの革ジャンを羽織ったスマラクトが立っていた。

「お、スマラクトさん、お疲れ様っす! ――今日はまた、珍妙な格好で! これからどこの仮装会じょ――ムグゥ……!」
「あ――、お、お疲れ様でーす、スマ先輩」

 スマラクトの格好を一瞥するや、笑いを堪えながら声をかけたギャンガラルの口は、突然小さな手で塞がれた。彼はその手を振り払おうとするが、背後から伸びたその手の主がシーリカだと知るや、顔面を紅潮させて、だらしない表情を浮かべる。
 一方のスマラクトは、ツカツカと歩み寄ってくると、ずいっと身を乗り出した。
 暫しの間、ねっとりとした視線で、舐め回すようにその赤い刀身を眺めていたが、やがて満足したかのように大きく頷く。

「いやはや、素晴らしいですナ! さすが、侯爵家に伝わる聖遺物でありマス! いやぁ、眼福でした」

 彼はそう言うと、ガルムの爪の刀身を指さした。

「そうそう! 何故、このガルムの爪の刃が赤みを帯びているか、ご存知ですかな? それはですナ……」
「あ……あ! スマラクトさん、もう出た方がい、良いんじゃないかな? 例の人との待ち合わせが――」

 したり顔で話し始めようとするスマラクトの気を逸らさせようと、イクサは声を上げたが、自分の世界に浸ってしまったスマラクトの耳には届かない。彼は、気持ちの悪いニタニタ笑いを浮かべながら、言葉を続ける。

「――この、刃の赤みは、粉末状になるまで細かく砕かれた赤銅龍カッパードラゴンの鱗に依るものでしてな。本来、剣の鋼に不純物を入れる事は、剣の強度を損なうので御法度なのです」

 興奮したスマラクトは、ブフンと鼻を鳴らして先を続ける。

「ただ、赤銅龍カッパードラゴンの鱗には自己再生機能がありましてな。その鱗を混ぜる事で、刀身に自己修復の特性を付加した訳です。その為、このガルムの爪は、折れたり刃零れしても、すぐに元通りになる、極めて継戦能力に優れた剣となったのです、ハイ!」
(……あー、全部言っちゃったよ、この人……)

 自慢げに薀蓄を語り切ったスマラクトのドヤ顔を見ながら、イクサは密かに溜息を吐く。
 そっと横目でギャンガラルの方を見る。
 せっかくシーリカにいい所を見せられる機会だったのに、それを潰されてしまった彼は怒りに震え……てはおらず、それどころか、彼の口を押さえるシーリカの掌の感触に、顔を茹でダコの様に真っ赤にしながら、その僥倖に存分に味わっている様だった。
 イクサは、ひとまず胸を撫で下ろす。
 と、聖遺物マニアとしての愉悦に、存分に浸っていたスマラクトは我に返り、慌てた様子で、

「……おや、いけません! 待ち合わせに遅れてしまう! 皆々様、ワタクシはこれで失礼させて頂きますぞ! ちゃお~♪」

 と、二本指を立てて額に当てたキザったらしいポーズでウインクしながら、軽やかな足取りで店を出ていった。
 ――後に残された三人は、突然現れ、嵐の様に過ぎ去ったスマラクトに呑まれ、ただ、お互いの顔を見合わせるだけだった。
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