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CASE1 ホウレンソウは欠かさずに
CASE1-2 「嫌な事があった時には、お腹を膨らませるのが、一番の特効薬なんです!」
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窓の外が、すっかりオレンジ色に染まる時間になって、イクサはようやくマイスの説教から解放された。
「あ、イクサ先輩、お疲れ様です!」
ヘトヘトになりながら、取締役室から辞去した彼の背後に、明るい声がかけられる。
「あー、お疲れー、シーリカちゃん。いや……ホントお疲れだよ……」
イクサは振り返ると、小走りで駆け寄ってきた銀髪の少女に力なく微笑んだ。
そんな彼に零れんばかりの笑顔を向けたのは、カウンターの受付担当のシーリカである。
彼女は、入社1年目の新人だ。イクサがカウンターの責任者に上げられた為、彼の後釜として、カウンター受付担当に配属された。つまり、イクサの後輩にして部下にあたる。
ボブヘアーの銀髪に、度が強い黒縁メガネが特徴の、人懐っこい印象を抱かせる可愛らしい少女だ。
シーリカは、げっそりとした顔をしたイクサを見ると、少しだけ表情を曇らせる。
「今日も長かったですねぇ……。大丈夫でしたか?」
「まあ、何とか……」
シーリカの問いかけに、イクサは苦笑を浮かべた。
「ゴメンね、シーリカちゃん。すっかりカウンターを任せっぱなしにしちゃって……。問題は起きてない?」
「あ、大丈夫です! あの後は、至って平和です~」
「そうか……それなら良かった」
ホッと安堵の息を漏らすイクサに、シーリカはニッコリと微笑みかけて言う。
「あの……あたし、カウンターをスマ先輩に代わってもらって、これから休憩に入るんですけど……良かったら、一緒に行きませんか?」
「え……、休憩?」
そういえば、昼前にゲリラルのクレームにハマって、午後は取締役室でずっとマイスの説教を受け続けていたせいで、今日はまだ休憩を取っていない。
が、イクサは首を横に振った。
「いや……今日は休憩取らなくていいや……。そんな気分じゃないよ……」
「ダメですよぅ。ちゃんと休憩は取らないと! またボスにどやされますよっ!」
「う……。いや、食欲も何も無いし、そろそろ閉店時間だから、締め作業も始めないと……」
「だから、ダメですってば! そんな、呪われたみたいな辛気くさい顔でカウンターに立ってたら、この前みたいに『カウンター担当の対応が暗くて怖い』ってクレームもらっちゃいますよ!」
「……う……」
頬をぶうと膨らませたシーリカの歯に衣着せぬ言葉に、イクサは絶句する。
「それに、嫌な事があった時には、お腹を膨らませるのが、一番の特効薬なんです! 大丈夫です、締め作業くらいスマ先輩ひとりで充分ですって!」
「いや……そうは言ってもさ、一応俺が責任者な訳だし――」
「だから! 責任者だからこそ、イクサ先輩がキッチリ休憩を取ってくれないと、下のあたしたちがもっと休憩取りづらくなっちゃうでしょ! 第一、『働く時は働き、休む時は休む』がダイサリィ・アームズ&アーマーの社是です! 責任者らしく、率先垂範でお願いします!」
「ま、まあ、そうなんだけど……でも――」
「でももヘチマも無ーい!」
シーリカは、普段はおっとりした、ゆるふわな雰囲気の娘なのだが、いざという時には相手に有無を言わせない頑固さを発揮する――今の彼女が、正にそれだった。
イクサはそんな彼女に押し切られ、むんずと腕を掴まれて、ズルズルと休憩室へ引きずられていったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
休憩室で、シーリカの監視付きでピッタリ一時間の休憩を取らされたおかげで、イクサの萎え切っていた気力は大分回復した。さっきまでのしょげ返ってしなしなになっていた心が、嘘の様に生気を取り戻しているのが分かる。
正にシーリカの言う通りだった訳で、イクサは感心すると共に、ちょっとだけ悔しさを覚えた。
彼は、店頭のカウンターへ戻る廊下で、横を歩くシーリカの上機嫌な横顔を見て、
(……ていうか、俺よりシーリカちゃんの方が、責任者適性高くないか……?)
思わず心に浮かんだその思考を、慌てて頭をブンブン振って追い払う。
「……どうしたんですか、イクサ先輩?」
その様子を見たシーリカが、メガネの奥の蒼い瞳を丸くしながら、怪訝な顔で首を傾げる。
「あ……いや、別に、何でもないよ、うん」
イクサは、慌てて目を逸らす。こんな情けない事を考えてしまったとは、間違っても気取られたくない。
彼は、誤魔化すように声のトーンを変えた。
「そ……それより、もう閉店時間だね。スマラクトさん、ちゃんと締め作業してくれてるかな……?」
「さっきも同じ事言ってましたけど……さすがに、もう大丈夫じゃないですか? スマ先輩の事、もうちょっと信じてあげてもいいと思いますよ~」
「……信じたいのは、やまやまなんだけどね……」
良かった。何とか話題を逸らせた。イクサは、内心で安堵した。
そんな会話を交わしながら、二人は修理で預かっている武器や防具を保管しているバックヤードを通って、カウンター後方へ繋がるドアを開ける。
「――あ、シーリカくん……と、イ……イクサ主任……!」
((……あ、ヤな予感))
カウンターへ足を踏み入れた途端、焦燥と安堵と不安の入り交じった辛気臭い声が、ふたりに向けてかけられた。
その瞬間、ふたりは悟り、絶望感を覚えつつ天を仰ぐ。
カウンターから振り返って声をかけてきたのは、小太りの中年男――もうひとりのカウンター担当、スマラクトだ。
彼は、途方に暮れた顔で額に浮いた冷や汗を拭きつつ、カウンターの上を指さしてふたりに言った。
「す……すみません。も……問題発生です――!」
「あ、イクサ先輩、お疲れ様です!」
ヘトヘトになりながら、取締役室から辞去した彼の背後に、明るい声がかけられる。
「あー、お疲れー、シーリカちゃん。いや……ホントお疲れだよ……」
イクサは振り返ると、小走りで駆け寄ってきた銀髪の少女に力なく微笑んだ。
そんな彼に零れんばかりの笑顔を向けたのは、カウンターの受付担当のシーリカである。
彼女は、入社1年目の新人だ。イクサがカウンターの責任者に上げられた為、彼の後釜として、カウンター受付担当に配属された。つまり、イクサの後輩にして部下にあたる。
ボブヘアーの銀髪に、度が強い黒縁メガネが特徴の、人懐っこい印象を抱かせる可愛らしい少女だ。
シーリカは、げっそりとした顔をしたイクサを見ると、少しだけ表情を曇らせる。
「今日も長かったですねぇ……。大丈夫でしたか?」
「まあ、何とか……」
シーリカの問いかけに、イクサは苦笑を浮かべた。
「ゴメンね、シーリカちゃん。すっかりカウンターを任せっぱなしにしちゃって……。問題は起きてない?」
「あ、大丈夫です! あの後は、至って平和です~」
「そうか……それなら良かった」
ホッと安堵の息を漏らすイクサに、シーリカはニッコリと微笑みかけて言う。
「あの……あたし、カウンターをスマ先輩に代わってもらって、これから休憩に入るんですけど……良かったら、一緒に行きませんか?」
「え……、休憩?」
そういえば、昼前にゲリラルのクレームにハマって、午後は取締役室でずっとマイスの説教を受け続けていたせいで、今日はまだ休憩を取っていない。
が、イクサは首を横に振った。
「いや……今日は休憩取らなくていいや……。そんな気分じゃないよ……」
「ダメですよぅ。ちゃんと休憩は取らないと! またボスにどやされますよっ!」
「う……。いや、食欲も何も無いし、そろそろ閉店時間だから、締め作業も始めないと……」
「だから、ダメですってば! そんな、呪われたみたいな辛気くさい顔でカウンターに立ってたら、この前みたいに『カウンター担当の対応が暗くて怖い』ってクレームもらっちゃいますよ!」
「……う……」
頬をぶうと膨らませたシーリカの歯に衣着せぬ言葉に、イクサは絶句する。
「それに、嫌な事があった時には、お腹を膨らませるのが、一番の特効薬なんです! 大丈夫です、締め作業くらいスマ先輩ひとりで充分ですって!」
「いや……そうは言ってもさ、一応俺が責任者な訳だし――」
「だから! 責任者だからこそ、イクサ先輩がキッチリ休憩を取ってくれないと、下のあたしたちがもっと休憩取りづらくなっちゃうでしょ! 第一、『働く時は働き、休む時は休む』がダイサリィ・アームズ&アーマーの社是です! 責任者らしく、率先垂範でお願いします!」
「ま、まあ、そうなんだけど……でも――」
「でももヘチマも無ーい!」
シーリカは、普段はおっとりした、ゆるふわな雰囲気の娘なのだが、いざという時には相手に有無を言わせない頑固さを発揮する――今の彼女が、正にそれだった。
イクサはそんな彼女に押し切られ、むんずと腕を掴まれて、ズルズルと休憩室へ引きずられていったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
休憩室で、シーリカの監視付きでピッタリ一時間の休憩を取らされたおかげで、イクサの萎え切っていた気力は大分回復した。さっきまでのしょげ返ってしなしなになっていた心が、嘘の様に生気を取り戻しているのが分かる。
正にシーリカの言う通りだった訳で、イクサは感心すると共に、ちょっとだけ悔しさを覚えた。
彼は、店頭のカウンターへ戻る廊下で、横を歩くシーリカの上機嫌な横顔を見て、
(……ていうか、俺よりシーリカちゃんの方が、責任者適性高くないか……?)
思わず心に浮かんだその思考を、慌てて頭をブンブン振って追い払う。
「……どうしたんですか、イクサ先輩?」
その様子を見たシーリカが、メガネの奥の蒼い瞳を丸くしながら、怪訝な顔で首を傾げる。
「あ……いや、別に、何でもないよ、うん」
イクサは、慌てて目を逸らす。こんな情けない事を考えてしまったとは、間違っても気取られたくない。
彼は、誤魔化すように声のトーンを変えた。
「そ……それより、もう閉店時間だね。スマラクトさん、ちゃんと締め作業してくれてるかな……?」
「さっきも同じ事言ってましたけど……さすがに、もう大丈夫じゃないですか? スマ先輩の事、もうちょっと信じてあげてもいいと思いますよ~」
「……信じたいのは、やまやまなんだけどね……」
良かった。何とか話題を逸らせた。イクサは、内心で安堵した。
そんな会話を交わしながら、二人は修理で預かっている武器や防具を保管しているバックヤードを通って、カウンター後方へ繋がるドアを開ける。
「――あ、シーリカくん……と、イ……イクサ主任……!」
((……あ、ヤな予感))
カウンターへ足を踏み入れた途端、焦燥と安堵と不安の入り交じった辛気臭い声が、ふたりに向けてかけられた。
その瞬間、ふたりは悟り、絶望感を覚えつつ天を仰ぐ。
カウンターから振り返って声をかけてきたのは、小太りの中年男――もうひとりのカウンター担当、スマラクトだ。
彼は、途方に暮れた顔で額に浮いた冷や汗を拭きつつ、カウンターの上を指さしてふたりに言った。
「す……すみません。も……問題発生です――!」
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