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第五章 NYAH NYAH NYAH

第六十八話 ピンチと勇気

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 絶体絶命の危機から脱して、思わず気が抜けかける俺だったが……、

「で……」

 という低い声を聞いた途端、再び顔面が強張るのを感じた。
 今の声は、かなみさんの元カレのものでは無い。今回の件でヤツに協力している仲間のひとりだろう。
 妙に落ち着き払った声の調子から考えて、こういう犯罪まがいっぽい事には慣れているように思える……。
 そう俺は推察するが、そうしている間にも、部屋の中の会話は進んでいく……悪い方へ。

「これから一体どうするつもりなんだ、小笠原クンよぉ」
「え……ええと……」

 男の問いかけに答えた元カレの声には、当惑と迷いの響きが混ざっている。

「あの……その、ど、どうするって言われても……」
「何だよ、考えてねえのかよ、テメエ」

 曖昧な元カレの返事に対して上がった呆れ声は、さっき廊下の様子を見に行こうとしていた男のものだ。

「まさか、元カノちゃんと楽しいおしゃべりをする為だけに、オレら使ってこんな所に拉致ってきた訳でもねんだろ?」
「そ……そういう訳では無い……けど……」

 凄み混じりの男の声に対する元カレの声は、壁越しでも分かるくらいに震えている。……どうやら、今回の件を男たちに依頼したのは元カレ本人のようだが、荒事に慣れた男たちを制御する力は無いようだ。……まあ、彼は見るからにひ弱な温室育ちのモヤシ……もとい、キノコのようだから、そうなってしまうのは当然の事だろう。
 それでも彼は、勇気を振り絞ったような上ずる声で言った。

「ぼ、ボクは……余計な邪魔の入らないところでちゃんと話し合えば、カナミンもきっと分かってくれて、仲直りしてくれると思ったんだ。……でも、カナミンは会ってくれるどころか、LANEもメールも拒否されちゃったから……だから、仕方なくキミたちにお願いして、ここまで連れて来てもらう事に……」

 ……まさか、『余計な邪魔の入らないところで話し合う』だけの為に、あんないかにもヤバそうな男たちに依頼して、かなみさんをこんな心霊スポットに無理やり連れて来させたっていうのか?
 いや、控えめに言って頭おかしいだろ……。
 ――それは、彼の仲間たちも思ったらしく、彼を嘲るような失笑が漏れ聞こえてきた。
 そして、

「……でもよぉ」

 と、最初に声を上げた男 (多分、コイツがリーダー格)が、いかにも意地の悪い声色で元カレに向かって言った。

「どうやら、お前の思惑通りにはいってねえみてえだな。仲直りどころか、ますます嫌われちまったみてえだぜ、さっきのこの娘の態度を見る限り」
「う……」

 リーダー格の男の言葉に、元カレは返す言葉も無い様子で押し黙る。
 すると……、

「だからよぉ……」

 というリーダーの声と同時に、部屋の中に金属がぶつかるような音が微かに響いた。

「い……いや……っ!」

 その音が鳴った瞬間、部屋越しにかなみさんの恐怖に満ちた掠れ声が微かに聴こえ、そんな彼女の反応を愉しむように、リーダーが下卑た笑い声を上げる。

「ひっひっひ……いいねえ、そのリアクション!」
「な……何をするつもりだい、君は……っ?」
「何をするって……安心しろよ、小笠原」

 咎めるような声を上げる元カレの狼狽っぷりを嘲笑いながら、リーダーが言った。

「こんな可愛い女の子の身体に進んで傷をつけるつもりはねえよ。これは、タダの脅しさ。――オレたちが間、この娘におとなしくしといてもらう為のな、くっくっくっ……」
「――ッ!」

 壁に身を寄せたまま聞き耳を立てていた俺は、リーダーの男が口にした言葉の意味を瞬時に理解して、思わず息を呑んだ。
 ……恐らく、さっき部屋の中で上がった微かな金属音は、男が持っていたナイフか何かを抜いた音で、ヤツはそれをかなみさんに突きつけながら、彼女の事を――!

 ――マズいマズいマズい!

 そんな、安いバイオレンス映画かエロビデオの中でしか起こらなそうな目にかなみさんを遭わせる訳にはいかない――絶対に!

(……こうなったら、俺が止めるしかない、力づくでも!)

 かなみさんのピンチに、鉄パイプを握る両手に力を込めながら、瞬時にそう決断した俺。
 決断――したはずだったのだが……。

「うぅ……」

 いざ足を踏み出して部屋に飛び込もうとしたこの期に及んで、全身が小刻みに震え始め、足が竦んで石化したかのように動かせなくなってしまった……。

(やっぱり……怖い……)

 頭の中で、情けない泣き言がこだまのように反響する。
 うぅ……やっぱり、普段こういう物騒な事とは無縁な生活を送っている貧乏フリーターには、無防備な人間の頭を躊躇なくぶっ叩けるようなネジが外れた奴らがいる部屋の中に単身で乗り込むなんて無理だ。
 ――そう、ひとりでは……。

(――は、ハジさん……どこっ?)

 俺は、助けを求めようと、暗闇に目を凝らして廊下を見回すが――さっき走り去っていった白黒猫のシルエットはどこにも無い。
 ……それどころか、他の三匹の猫たちの姿も、いつの間にか消えていた……。

(あ……あいつらぁ……! か、肝心な時に……!)

 俺は思わず、文字通り『猫の手も借りたい』この状況で、自分だけを置き去りにして姿を消した薄情な猫どもに対して心の中で恨み言を吐くが、そんな事をしたところで猫たちは姿を現さない……。
 ――と、

「や……やめ……やめて……っ!」

 部屋の中から、かなみさんのくぐもった悲鳴と、彼女が必死に暴れて抵抗しているらしい物音が聞こえてきた。
 それに続いて、複数の男たちが上げる笑い声混じりの下卑た声も……!

「うひひ……そう嫌がんなよ。大丈夫だって。おとなしくしてれば、すーぐキモチよくなるからさぁ」
「あんまり乱暴にすんなよ。後がつかえてるんだからよ」
「ちょ……ちょっと! ぼ、ボクは、君たちにそんな事までしてくれなんて言ってな――」
「おいおい、ケチ臭い事言うんじゃねえよ、小笠原。安心しろって。後でお前にもヤらせてやるからさ!」
「……ッ!」

 その耳を塞ぎたくなるような醜悪な声に、俺の全身を巡る血が一気に沸き上がった。
 
(……かなみさんッ!)


 もはや、怖気づいたり、他人……もとい、の助けを求めるような暇は無い!
 俺はなけなしの勇気を振り絞るように鉄パイプを渾身の力で握りしめると、


「う、うおおおおおおおおお――ッ!」

 と、裏返った声で雄叫びを上げながら、かなみさんが襲われている部屋の中へ一気に飛び込んだのだった――!
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