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第四章 三匹が食う(ニャおニャールを)!
第五十四話 ラッキーとアンラッキー
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「うへへへへ……」
「……さっきから何ニャんニャ、おミャえさん」
家に帰ってきてから、事ある毎にニヤニヤと頬を緩めている俺の顔を、ハジさんが道端に落ちた軍手へ向けるような目で見上げた。
「ニャんか、今日はいつもよりも帰ってくるのが遅くて、ようやく帰って来たと思ったら、ニヤニヤニヤニヤと妙に気色悪く笑いおって……出かけた時に、変なモンでも拾い食いしたんか?」
「ひ、拾い食いだなんて……そんな訳無いじゃないっすか。どっかの意地汚い猫じゃあるまいし……」
「おい! “意地汚い猫”って、ひょっとしてワシの事かぁッ?」
「いえいえ、違いますってー」
背中の黒毛を逆立てて怒るハジさんを適当にあしらいながら、俺は部屋の窓から外の夜空に目を向ける。
そして、星がまばらに瞬く夜空をスクリーンにして、先ほどの映像を思い浮かべた。
『も、もし……三枝さんが良ければなんですけど……お願いしたい事が……』
『その……これからは、名字じゃなくて、下の名前でお呼びしてもいいですか……?』
『こ……これからは、“初鹿野さん”じゃなくって……ゆ……“悠馬さん”って呼んでも……』
……今、思い出しても夢のようだ。あんなにキレイな女子大生の女の人に下の名前で呼ばれるなんて。
「……う、うひゅひゅひゅ……」
そりゃ、変な笑い声も漏れるってもんだ。
「……お、おい、ホントに大丈夫か? まさか、変な地縛霊に憑依されてるとか、そういうオカルト現象的なアレかや?」
「いや……現在進行形で子猫に取り憑いてるだか融合してるだかしてる、オカルト現象そのものな存在に気味悪がれるのは心外なんですけど……」
俺は、ドン引き顔でじりじりと後ずさるハジさんにツッコみを入れながら、さっきの出来事を正直に話すか少し迷う。
……いや、やめておこう。
一応、こんなのでも、かなみさんのお祖父さんな事には変わりない。しかも、これまでのかなみさんに対する態度を見る限り、かなり重症の孫バカだ。
今までの俺とかなみさんとのやり取りもあまり歓迎してない風だったハジさんに、「かなみさんに名前呼びされるくらいに親密度が上がったんです~♪」と報告しようものなら、どんな反応をされるか……分かったもんじゃない……。
やっぱり、ここは黙っといた方が無難だろうな、うん。
「べ……別に何でもないっすよ、アハハ……」
「……そうかぁ?」
視線を逸らしながら笑い飛ばす俺に疑心に満ちた目を向けながら、訝しげに首を傾げるハジさん。
……っていうか、ハジさんはかなみさんのお祖父さんだから、もし彼女となんやかんやなったら、俺にとっても――。
「ま、まあまあ、そんな事より、お祖父様――」
「……お、お祖父様ぁっ?」
「……あ」
しまった……ついつい妄想が捗りすぎて、思わず口が滑った……。
「ワシャ、おミャえさんからお祖父様呼ばわりされる筋合いニャぞ無いぞ? っていうか、冗談でも止めろニャ。思わずサブイボ立ったわい」
「あ……さ、サーセン……」
素でドン引きしたらしいハジさんからジト目を向けられ、俺は慌てて頭を下げるのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
そんな事がありつつも、かなみさんとの距離がかなり縮まった事で舞い上がった俺の心だったが――そんな浮かれた心は、すぐに氷入りの冷や水をぶっかけられる事になった。
「……あ、あれ?」
俺は、周囲を見回しながら焦りの声を漏らす。
「す、スマホ……どこだっけ?」
「どうした?」
円いクッションの上で丸まって寝ていたハジさんが俺の声を聞きつけ、首だけを巡らせて尋ねてきた。
それに対し、俺はポケットやカバンをまさぐりながら、狼狽混じりの声で答える。
「い、いや……スマホが……スマホが見つからなくって……」
「スマホ?」
俺の答えを聞いたハジさんが、大きく伸びをしながら立ち上がった。
そして、身体をペロペロと舐めて毛繕いしながら、億劫そうに言う。
「ワシャ見とらんニャあ。部屋のどこかに置いてあるんじゃニャいのか?」
「いや……そうじゃないかなって思ってたんですけど、どこにも無くって……」
万年床をひっくり返してスマホを探しながら、俺は首を傾げた。
オロオロする俺を尻目に、ハジさんは後ろ脚で耳の後ろを器用に掻きながら、呑気な顔で訊く。
「どっかに忘れてきたんじゃニャいのか? バイト先とか……」
「いや……さっきまでここで動画を観てたから、バイト先には無いと思うんすけど……」
そう答えながら、俺は記憶を辿ってみて、一つの結論に達した。
「ハジ軍団たちににゃおニャールをあげに行った時に、一緒に持っていったはずっす……多分」
……考えてみたら、それがスマホを見た最後だ。あの路地に居た時にも、確かに尻ポケットに入ってたと思う。
そうなると……。
「ニャんじゃ、それなら答えは出とるじゃろうが」
「多分……路地から家に帰るまでの間に落としたんだ!」
そう叫んで、俺は慌てて立ち上がった。
ハジさんは、そんな俺に白い目を向ける。
「ドジじゃのう……っていうか、スマホなんてそうそう落とすもんじゃニャかろうに……。どんだけボーっとしニャがら歩いとったんじゃ、おミャえさん」
「う……」
ハジさんの言葉に、俺は気まずげに目を逸らした。
帰り道はかなみさんと一緒だったせいですっかり舞い上がってしまって、雲の上を歩いているようにフッワフワして注意散漫でしたとは、さすがに言いづらい……。
……って、そんな事を言ってる場合じゃない!
「と……とにかくっ!」
俺は、そう叫びながら踵を返し、急いで玄関で靴を履く。
「ちょ、ちょっと俺、スマホを探しに行ってきます! ハジさんも手伝ってもらえますッ?」
「ヤ~なこった。ニャんでワシがおミャえさんのポカのしりぬぐいしてやらニャいかんのじゃ」
ハジさんは、俺の声にベーっと舌を出した。
「探しに行くニャら一人で行くんじゃニャ。こんニャ夜中にいたいけな子猫を連れ回す気かい、おミャえさん。この人非人め」
「……」
俺は、ハジさんの言葉にムッとしつつも、それ以上無理強いする気も失せる。
そして、無言でドアを開けて失くしたスマホを探しに行くのだった……。
「……さっきから何ニャんニャ、おミャえさん」
家に帰ってきてから、事ある毎にニヤニヤと頬を緩めている俺の顔を、ハジさんが道端に落ちた軍手へ向けるような目で見上げた。
「ニャんか、今日はいつもよりも帰ってくるのが遅くて、ようやく帰って来たと思ったら、ニヤニヤニヤニヤと妙に気色悪く笑いおって……出かけた時に、変なモンでも拾い食いしたんか?」
「ひ、拾い食いだなんて……そんな訳無いじゃないっすか。どっかの意地汚い猫じゃあるまいし……」
「おい! “意地汚い猫”って、ひょっとしてワシの事かぁッ?」
「いえいえ、違いますってー」
背中の黒毛を逆立てて怒るハジさんを適当にあしらいながら、俺は部屋の窓から外の夜空に目を向ける。
そして、星がまばらに瞬く夜空をスクリーンにして、先ほどの映像を思い浮かべた。
『も、もし……三枝さんが良ければなんですけど……お願いしたい事が……』
『その……これからは、名字じゃなくて、下の名前でお呼びしてもいいですか……?』
『こ……これからは、“初鹿野さん”じゃなくって……ゆ……“悠馬さん”って呼んでも……』
……今、思い出しても夢のようだ。あんなにキレイな女子大生の女の人に下の名前で呼ばれるなんて。
「……う、うひゅひゅひゅ……」
そりゃ、変な笑い声も漏れるってもんだ。
「……お、おい、ホントに大丈夫か? まさか、変な地縛霊に憑依されてるとか、そういうオカルト現象的なアレかや?」
「いや……現在進行形で子猫に取り憑いてるだか融合してるだかしてる、オカルト現象そのものな存在に気味悪がれるのは心外なんですけど……」
俺は、ドン引き顔でじりじりと後ずさるハジさんにツッコみを入れながら、さっきの出来事を正直に話すか少し迷う。
……いや、やめておこう。
一応、こんなのでも、かなみさんのお祖父さんな事には変わりない。しかも、これまでのかなみさんに対する態度を見る限り、かなり重症の孫バカだ。
今までの俺とかなみさんとのやり取りもあまり歓迎してない風だったハジさんに、「かなみさんに名前呼びされるくらいに親密度が上がったんです~♪」と報告しようものなら、どんな反応をされるか……分かったもんじゃない……。
やっぱり、ここは黙っといた方が無難だろうな、うん。
「べ……別に何でもないっすよ、アハハ……」
「……そうかぁ?」
視線を逸らしながら笑い飛ばす俺に疑心に満ちた目を向けながら、訝しげに首を傾げるハジさん。
……っていうか、ハジさんはかなみさんのお祖父さんだから、もし彼女となんやかんやなったら、俺にとっても――。
「ま、まあまあ、そんな事より、お祖父様――」
「……お、お祖父様ぁっ?」
「……あ」
しまった……ついつい妄想が捗りすぎて、思わず口が滑った……。
「ワシャ、おミャえさんからお祖父様呼ばわりされる筋合いニャぞ無いぞ? っていうか、冗談でも止めろニャ。思わずサブイボ立ったわい」
「あ……さ、サーセン……」
素でドン引きしたらしいハジさんからジト目を向けられ、俺は慌てて頭を下げるのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆
そんな事がありつつも、かなみさんとの距離がかなり縮まった事で舞い上がった俺の心だったが――そんな浮かれた心は、すぐに氷入りの冷や水をぶっかけられる事になった。
「……あ、あれ?」
俺は、周囲を見回しながら焦りの声を漏らす。
「す、スマホ……どこだっけ?」
「どうした?」
円いクッションの上で丸まって寝ていたハジさんが俺の声を聞きつけ、首だけを巡らせて尋ねてきた。
それに対し、俺はポケットやカバンをまさぐりながら、狼狽混じりの声で答える。
「い、いや……スマホが……スマホが見つからなくって……」
「スマホ?」
俺の答えを聞いたハジさんが、大きく伸びをしながら立ち上がった。
そして、身体をペロペロと舐めて毛繕いしながら、億劫そうに言う。
「ワシャ見とらんニャあ。部屋のどこかに置いてあるんじゃニャいのか?」
「いや……そうじゃないかなって思ってたんですけど、どこにも無くって……」
万年床をひっくり返してスマホを探しながら、俺は首を傾げた。
オロオロする俺を尻目に、ハジさんは後ろ脚で耳の後ろを器用に掻きながら、呑気な顔で訊く。
「どっかに忘れてきたんじゃニャいのか? バイト先とか……」
「いや……さっきまでここで動画を観てたから、バイト先には無いと思うんすけど……」
そう答えながら、俺は記憶を辿ってみて、一つの結論に達した。
「ハジ軍団たちににゃおニャールをあげに行った時に、一緒に持っていったはずっす……多分」
……考えてみたら、それがスマホを見た最後だ。あの路地に居た時にも、確かに尻ポケットに入ってたと思う。
そうなると……。
「ニャんじゃ、それなら答えは出とるじゃろうが」
「多分……路地から家に帰るまでの間に落としたんだ!」
そう叫んで、俺は慌てて立ち上がった。
ハジさんは、そんな俺に白い目を向ける。
「ドジじゃのう……っていうか、スマホなんてそうそう落とすもんじゃニャかろうに……。どんだけボーっとしニャがら歩いとったんじゃ、おミャえさん」
「う……」
ハジさんの言葉に、俺は気まずげに目を逸らした。
帰り道はかなみさんと一緒だったせいですっかり舞い上がってしまって、雲の上を歩いているようにフッワフワして注意散漫でしたとは、さすがに言いづらい……。
……って、そんな事を言ってる場合じゃない!
「と……とにかくっ!」
俺は、そう叫びながら踵を返し、急いで玄関で靴を履く。
「ちょ、ちょっと俺、スマホを探しに行ってきます! ハジさんも手伝ってもらえますッ?」
「ヤ~なこった。ニャんでワシがおミャえさんのポカのしりぬぐいしてやらニャいかんのじゃ」
ハジさんは、俺の声にベーっと舌を出した。
「探しに行くニャら一人で行くんじゃニャ。こんニャ夜中にいたいけな子猫を連れ回す気かい、おミャえさん。この人非人め」
「……」
俺は、ハジさんの言葉にムッとしつつも、それ以上無理強いする気も失せる。
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