上 下
54 / 77
第四章 三匹が食う(ニャおニャールを)!

第五十四話 ラッキーとアンラッキー

しおりを挟む
 「うへへへへ……」
「……さっきから何ニャんニャ、おミャえさん」

 家に帰ってきてから、事ある毎にニヤニヤと頬を緩めている俺の顔を、ハジさんが道端に落ちた軍手へ向けるような目で見上げた。

「ニャんか、今日はいつもよりも帰ってくるのが遅くて、ようやく帰って来たと思ったら、ニヤニヤニヤニヤと妙に気色悪く笑いおって……出かけた時に、変なモンでも拾い食いしたんか?」
「ひ、拾い食いだなんて……そんな訳無いじゃないっすか。どっかの意地汚い猫じゃあるまいし……」
「おい! “意地汚い猫”って、ひょっとしてワシの事かぁッ?」
「いえいえ、違いますってー」

 背中の黒毛を逆立てて怒るハジさんを適当にあしらいながら、俺は部屋の窓から外の夜空に目を向ける。
 そして、星がまばらに瞬く夜空をスクリーンにして、先ほどの映像を思い浮かべた。

『も、もし……三枝さんが良ければなんですけど……お願いしたい事が……』
『その……これからは、名字じゃなくて、下の名前でお呼びしてもいいですか……?』
『こ……これからは、“初鹿野さん”じゃなくって……ゆ……“悠馬さん”って呼んでも……』

 ……今、思い出しても夢のようだ。あんなにキレイな女子大生の女の人に下の名前で呼ばれるなんて。

「……う、うひゅひゅひゅ……」

 そりゃ、変な笑い声も漏れるってもんだ。

「……お、おい、ホントに大丈夫か? まさか、変な地縛霊に憑依されてるとか、そういうオカルト現象的なアレかや?」
「いや……現在進行形で子猫に取り憑いてるだか融合してるだかしてる、オカルト現象そのものな存在に気味悪がれるのは心外なんですけど……」

 俺は、ドン引き顔でじりじりと後ずさるハジさんにツッコみを入れながら、さっきの出来事を正直に話すか少し迷う。
 ……いや、やめておこう。
 一応、こんなのでも、かなみさんのお祖父さんな事には変わりない。しかも、これまでのかなみさんに対する態度を見る限り、かなり重症の孫バカだ。
 今までの俺とかなみさんとのやり取りもあまり歓迎してない風だったハジさんに、「かなみさんに名前呼びされるくらいに親密度が上がったんです~♪」と報告しようものなら、どんな反応をされるか……分かったもんじゃない……。
 やっぱり、ここは黙っといた方が無難だろうな、うん。

「べ……別に何でもないっすよ、アハハ……」
「……そうかぁ?」

 視線を逸らしながら笑い飛ばす俺に疑心に満ちた目を向けながら、訝しげに首を傾げるハジさん。
 ……っていうか、ハジさんはかなみさんのお祖父さんだから、もし彼女となんやかんやなったら、俺にとっても――。

「ま、まあまあ、そんな事より、お祖父様じいさま――」
「……お、お祖父様ぁっ?」
「……あ」

 しまった……ついつい妄想が捗りすぎて、思わず口が滑った……。

「ワシャ、おミャえさんからお祖父様呼ばわりされる筋合いニャぞ無いぞ? っていうか、冗談でも止めろニャ。思わずサブイボ立ったわい」
「あ……さ、サーセン……」

 素でドン引きしたらしいハジさんからジト目を向けられ、俺は慌てて頭を下げるのだった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 そんな事がありつつも、かなみさんとの距離がかなり縮まった事で舞い上がった俺の心だったが――そんな浮かれた心は、すぐに氷入りの冷や水をぶっかけられる事になった。

「……あ、あれ?」

 俺は、周囲を見回しながら焦りの声を漏らす。

「す、スマホ……どこだっけ?」
「どうした?」

 円いクッションの上で丸まって寝ていたハジさんが俺の声を聞きつけ、首だけを巡らせて尋ねてきた。
 それに対し、俺はポケットやカバンをまさぐりながら、狼狽混じりの声で答える。

「い、いや……スマホが……スマホが見つからなくって……」
「スマホ?」

 俺の答えを聞いたハジさんが、大きく伸びをしながら立ち上がった。
 そして、身体をペロペロと舐めて毛繕いしながら、億劫そうに言う。

「ワシャ見とらんニャあ。部屋のどこかに置いてあるんじゃニャいのか?」
「いや……そうじゃないかなって思ってたんですけど、どこにも無くって……」

 万年床をひっくり返してスマホを探しながら、俺は首を傾げた。
 オロオロする俺を尻目に、ハジさんは後ろ脚で耳の後ろを器用に掻きながら、呑気な顔で訊く。

「どっかに忘れてきたんじゃニャいのか? バイト先とか……」
「いや……さっきまでここで動画を観てたから、バイト先には無いと思うんすけど……」

 そう答えながら、俺は記憶を辿ってみて、一つの結論に達した。

「ハジ軍団たちににゃおニャールをあげに行った時に、一緒に持っていったはずっす……多分」

 ……考えてみたら、それがスマホを見た最後だ。あの路地に居た時にも、確かに尻ポケットに入ってたと思う。
 そうなると……。

「ニャんじゃ、それなら答えは出とるじゃろうが」
「多分……路地から家に帰るまでの間に落としたんだ!」

 そう叫んで、俺は慌てて立ち上がった。
 ハジさんは、そんな俺に白い目を向ける。

「ドジじゃのう……っていうか、スマホなんてそうそう落とすもんじゃニャかろうに……。どんだけボーっとしニャがら歩いとったんじゃ、おミャえさん」
「う……」

 ハジさんの言葉に、俺は気まずげに目を逸らした。
 帰り道はかなみさんと一緒だったせいですっかり舞い上がってしまって、雲の上を歩いているようにフッワフワして注意散漫でしたとは、さすがに言いづらい……。
 ……って、そんな事を言ってる場合じゃない!

「と……とにかくっ!」

 俺は、そう叫びながら踵を返し、急いで玄関で靴を履く。

「ちょ、ちょっと俺、スマホを探しに行ってきます! ハジさんも手伝ってもらえますッ?」
「ヤ~なこった。ニャんでワシがおミャえさんのポカのしりぬぐいしてやらニャいかんのじゃ」

 ハジさんは、俺の声にベーっと舌を出した。

「探しに行くニャら一人で行くんじゃニャ。こんニャ夜中にいたいけな子猫を連れ回す気かい、おミャえさん。この人非人め」
「……」

 俺は、ハジさんの言葉にムッとしつつも、それ以上無理強いする気も失せる。
 そして、無言でドアを開けて失くしたスマホを探しに行くのだった……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

キャバ嬢とホスト

廣瀬純一
ライト文芸
キャバ嬢とホストがお互いの仕事を交換する話

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...