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第十四章 戦士たちは、来たるべき戦いに向け、何を想うのか

第十四章其の拾 攻守

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 「――大体、夜明け前くらいだろうな」

 エフタトスの大森林の奥深くにポツンと存在する、牛島聡を始めとしたオチビトたちが棲むアジトの小屋の一室で、から戻ってきた周防斗真が静かに言う。
 寝床の上で半身を起こして、斗真の報告を聞いていた牛島は、小さく頷いた。

「夜明け前か……かなりゆっくりと進んでくるんだね」
「ま、向こうは馬に乗ってるといっても、鬱蒼と茂った森の中ではそんなに速度も出せないだろうし、結構な大集団だからな。ばらけないように移動する為には、ゆっくり来ざるを得ないだろうさ」
「大集団って……どのくらいなんだ?」

 部屋の片隅で、壁に凭れながら報告を聞いていた来島薫が、斗真に尋ねた。
 その問いに対して、斗真は少し首を傾げて考えてから答える。

「そうだな……見たところ、総勢で二百……いや、もう少し多いな。でも、五百まではいかないだろうな」
「バケネコどもが数百匹か……そんなに大した事は――」
「……でも」

 薫の言葉を、斗真が遮った。

「こっちに向かって来てる猫人間たちの中に、厄介なのがふたりいる。――焔良疾風と香月碧がね」
「……ホムラ……ハヤテ」

 斗真の言葉を耳にして、ピクリと肩を動かしたのは、牛島の布団の傍らで膝を抱えて座っていた秋原天音だった。
 彼女は、微妙に焦点の合っていない瞳に昏い光を浮かべながら、ぼそりと呟く。

「ホムラ……ハヤテ……健一くんを殺した……仇…………――」
「確かに……装甲戦士アームド・ファイターふたりには、少し手こずりそうね」

 と、心配そうな声を上げたのは、牛島の背中に手を当てて支えている槙田沙紀だった。
 彼女は、つと眉を顰め、傍らの牛島の身体に巻きつけられた包帯に目を遣りながら、言葉を継いだ。

「……そのうちのひとり――装甲戦士アームド・ファイターテラは、鳴瀬先生――装甲戦士アームド・ファイタージュエルに、ここまで深い傷を負わせる事が出来る力を持っている……脅威だわ」
「――アオイちゃ……装甲戦士アームド・ファイタールナの方もっすよ、沙紀さん」

 沙紀の言葉を、すかさず斗真が訂正する。

「確かに、この前一対一タイマンで戦った時は圧倒しましたけど、あれで装甲戦士アームド・ファイターとしての初陣でしたからね。今は、あの時より装甲戦士アームド・ファイターの力の使い方に慣れてきているでしょうから、もっと手強くなってるはずっすよ、絶対」
「何か、妙に嬉しそうだね、斗真くん」
「え? そうですかね?」

 呆れた様な顔の牛島の言葉に、斗真はニヤリと薄笑みを浮かべて舌を出した。

「で――どうするんだよ、オッサン!」

 苛立ちながら声を荒げたのは、薫だった。

「バケネコどもをどうやって迎え討つんだ? このアジトに立て籠るのか、こっちから出て行って奇襲してやるのか――どうする?」
「ふむ……そうだね」

 牛島は、薫の言葉を受けて、顎に生えた無精髭を撫でながら考え込む。
 そして、結論が出たのか小さく頷くと、静かに目を上げて、部屋の中に居る仲間たちの顔を一瞥し――首を横に振った。

「――どっちも、しない」
「え……?」
「――!」
「……」

 牛島の答えに、薫たちは驚きの表情を浮かべる。

「ちょ! ど、どういう事だよ、それはっ?」

 目を見開いて声を上げたのは、薫だった。

「籠城も奇襲もしないって、じゃあ、どうするって言うんだよ、オッサン!」
「逃げる」
「は……はぁ~?」

 更なる牛島の言葉に驚愕して、思わず薫は声を裏返した。

「逃げるって……お、オレ達が、バケネコたちを前にして、尻尾を巻いて逃げるって言うのかよ?」
「まあ、どちらかと言うと、疾風くんたちから……って言うべきだけどね」
「同じ事だ!」

 牛島の答えに、薫は激昂した。
 だが、牛島は涼しい顔で言葉を続ける。

「でも、今の私たちの状況で、数百の猫獣人たちと装甲戦士アームド・ファイターふたりを相手にするのは、正直厳しいとは思わないかい?」
「な……!」
「情けない話だが――私は、まだテラにやられた傷が完全に癒えておらず、十分に戦えない。槙田さんは、戦闘はからっきしだし……」
「すみません……。私、血を見るのが苦手で……」

 牛島の言葉を受けて、沙紀が申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
 そんな沙紀に苦笑交じりの微笑を向けてから、牛島は更に言葉を継ぐ。

「――そうなると、戦闘可能なのはニンジャ斗真くんハーモニー天音ちゃん、そしてツールズ薫くんの三名という事になるが……」

 そこで一旦言葉を切った牛島は、じっと薫の顔を見据えながら、どこか冷たさを感じさせる声で言った。

「ひとつ訊くが……、薫くん?」
「――ッ!」

 牛島の、静かだが急所に突き立つ針のような鋭い問いかけに、薫は顔を引き攣らせる。
 彼は、微かに顔を青ざめさせながら、牛島の顔を睨みつけた。

「ど……どういう意味だよ? 何が……言いたいんだよ、オッサン……ッ!」
「最近の君の態度に、迷いを感じるんだよ」

 剣呑な表情を浮かべる薫の顔を、穏やかながらも温度を感じさせない冷たい瞳で見ながら、牛島は探る様に言う。

「……? 君と疾風くんが戦った時に――」
「う……」

 牛島の瞳に見据えられた薫は、小さく呻き声を上げた。自分がずっと胸の奥に秘めている事を、当の昔に見透かされている様な気がしたのだ。

 ――牛島の言う通りだった。
 薫の心の中には、もうハヤテと戦う気など欠片も残っていなかった。
 そして、逆に沸々と湧き上がりつつあったのは……、

『健一を殺した真犯人に、罪を償わせる事』

 そして、その“真犯人”は――!

「おっさ――!」
「オーケーオーケー! 分かったよ、牛島さん!」

 頭に血が上って、直接的な言葉を吐こうとした薫を押し止めたのは、斗真の上げた明るい声だった。
 彼は、パンと手を叩くと、大きく頷きながら言った。

「確かに、アンタの言う通りだ。己たち三人だけで、猫獣人たちとふたりの装甲戦士アームド・ファイターを相手にするのは厳しそうだ。このアジトも、地の利に優れているって訳でも無いしな」
「す、周防! テメエ、勝手に――」
「来島!」
「――ッ!」

 慌てて声を荒げかける薫だったが、斗真から『黙ってろ』と言わんばかりの目配せを受け、しぶしぶ言葉を呑み込んだ。
 一方、薫を目で黙らせた斗真は、小さく息を吐いた後、牛島に声をかける。

「で、牛島さん」
「ん? 何だい?」

 まるで世間話をしているかのような、寛いだ態度の牛島に少しだけたじろぎながらも、斗真は問いかけた。

「アンタは、“逃げる”と簡単に言うが……一体、どこに逃げようって言うんだい?」
「――そんなの、決まってるじゃないか。この異世界で、私たちが頼れるようなよすがはひとつしか無い」

 斗真の問いかけに穏やかな笑みを湛えた牛島は、静かな声で答える。

「――アームドファイターオリジンが統べる、オチビトの村だよ」
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