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第十四章 戦士たちは、来たるべき戦いに向け、何を想うのか
第十四章其の陸 呼出
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日が中天に昇ったところで、ドリューシュ率いる“森の悪魔”討伐隊は一度進軍を止め、何班かに分かれた上で、食事を交代で摂り始めた。
食事とはいっても、森の中で火を熾してしまっては、立ち上る煙が原因で、森の悪魔たちに感付かれてしまう事を怖れた猫獣人兵たちは、携行してきた干し肉と水筒の水のみで昼食を済ませる事にした。
ひとつの班が食事をしている間、他の班は武器を携えた状態で森の悪魔の奇襲を警戒し、食事をしている兵たちも、傍らに抜身の武器を置いて、すぐに応戦できるような体勢で固い干し肉を水で胃の中へ流し込むのだった。
「――ハヤテ殿、アオイ殿」
猫獣人たちの中に混じって座り、まるでガムの様な干し肉を苦労しながら咀嚼していたハヤテと碧は、不意に声をかけられ、顔を上げた。
ふたりの前に、黒毛の猫獣人が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「ヴァルトーさん……どうかしましたか?」
「お食事中に申し訳御座いません」
怪訝な表情を浮かべて尋ねるハヤテに、ヴァルトーは声を潜めながら言った。
「殿下がお呼びです。ついて来ていただけますか?」
「……ドリューシュ王子が?」
ヴァルトーの言葉に、ハヤテと碧は互いの顔を見合わせる。
そんなふたりに意味深な目配せを送りながら、ヴァルト―は小さく頷いた。
「はい。お急ぎ下さい」
「……どうしたの? 何か、様子が――」
「いいから……お早く」
碧の問いかけにも応えず、やたらと急かすばかりのヴァルトーの様子に、ハヤテと碧の顔に訝しげな表情が浮かぶ。
が、
「……分かりました」
そう答えると、ハヤテは立ち上がった。彼からやや遅れて、碧も胡乱げな顔をしながら腰を上げる。
ハヤテは、ズボンの尻に付いた土を手で払うと、ヴァルトーに向かって言った。
「――行きましょう。ドリューシュ王子は、どちらに?」
「ご案内いたします」
固い表情で頷いたヴァルトーは、二人に背を向け、スタスタと歩き出す。
いつものヴァルトーらしくない態度に、ハヤテと碧は戸惑い、再び顔を見合わせた。
だが、ハヤテは『考えてもしょうがない』と言うように小さく頭を振ると、草を踏みしめながらヴァルトーを追って歩き出す。
そんなふたりの背中を見ながら、
「……何だろう、嫌な予感がするなぁ……」
そう独り言つ碧だったが、小さく息を吐くと、ふたりに置いてかれまいと小走りで歩を進めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「殿下、ハヤテ殿とアオイ殿をお連れしました」
隊列からやや外れた場所にひとり佇み、木の幹に寄りかかって軽く目を閉じていたドリューシュは、ヴァルトーの声を聞くと目を開き、短く「ご苦労」と言った。
そして、黒毛の中隊長の後ろに立っていたふたりのオチビトに向けて、穏やかな笑みを向けた。
「――やあ、お二方。せっかくの昼食の最中にお呼び立てしまして、申し訳御座いません」
「いえ……お構いなく」
ドリューシュの声はいつもと同じ調子だったが、その声の響きにほんの少し違和感を覚えたハヤテは、胡乱げな表情を浮かべる。
と、彼の傍らに立つ碧が口を開いた。
「どうしたんですか? 突然、私たちを呼び出して……?」
「ああ……」
碧の問いかけに力無い声で答えたドリューシュは、ヴァルトーに向かって目配せをした。
「はっ……」
ドリューシュの合図に、ヴァルトーは静かに頷くと、くるりと踵を返した。そして、彼らから十メートルほど離れた場所で立ち止まると、剣の柄に手をかけながら周囲を警戒する。
ふたりのただならぬ様子に、碧は不安そうな表情を浮かべた。
「ねえ……何なんですか? ――答えてくれません?」
そう言いながら、彼女はそろそろと手を這わせ、腰から提げたコンセプト・ディスク・ドライブを触る。
それを見たドリューシュは苦笑いを浮かべると、フルフルと頭を振った。
「ははは……安心して下さい。あなた方に危害を加えるつもりなど、毛頭ありませんよ。というか、おふたりを相手にして勝てると思う程、僕は身の程知らずでもありません」
「……大丈夫だよ、香月さん。王子はそんな事をするような方じゃない。――それに」
ハヤテは、警戒する碧を手で制すると、ドリューシュの目をじっと見つめながら言葉を続けた。
「本気で殺ろうとするのなら、他にもいくらでも方法はあったさ。……例えば、さっきの干し肉と水の中に毒を混ぜておくとか、ね」
「……その通りです」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは微笑を浮かべながら頷き、おもむろに懐の中に手を入れる。
「――ッ!」
ハヤテに言われても、なお警戒を緩めていなかった碧の顔が緊張で引き攣る――が、ドリューシュが懐から取り出したのは、彼女の考えていたものとは違っていた。
「それは……壺?」
ドリューシュの手にあったのは、小さな陶器の白い壺だった。
彼は、壺を握った手をハヤテに向かって伸ばしながら言った。
「ハヤテ殿……貴方にこれをお渡しします。お受け取り下さい」
「え……?」
ドリューシュの言葉の意図が解らず戸惑うハヤテだったが、おずおずと手を伸ばして、ドリューシュから壺を受け取る。
壺の中に入った液体が揺れて、どこか粘り気を感じさせる音を立てた。
「これは……一体……?」
壺を受け取ったはいいものの、ハヤテは戸惑いを隠せぬ表情で尋ねる。
そんな彼に、ドリューシュは静かに答えた。
「それは……僕の血――即ち、“王家の血”です」
「――!」
「……え?」
ドリューシュの答えを聞いたハヤテとアオイは、驚きで目を見開く。
ハヤテは、掌の上に乗った小さな壺とドリューシュの顔を交互に見回しながら、狼狽した顔で問い質した。
「血……? ど、どうして……俺に、貴方の血を――」
「ハヤテ殿に、お願いしたい」
ハヤテの上ずった声を遮って、ドリューシュは低い声で言う。
そして、真剣な光を湛えた金色の瞳でハヤテの顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を継いだ。
「――これから貴方には、この“王家の血”を使って結界を越え、キヤフェに向かって頂きたいのです。――王宮の中で軟禁されているフラニィを救出する為に」
食事とはいっても、森の中で火を熾してしまっては、立ち上る煙が原因で、森の悪魔たちに感付かれてしまう事を怖れた猫獣人兵たちは、携行してきた干し肉と水筒の水のみで昼食を済ませる事にした。
ひとつの班が食事をしている間、他の班は武器を携えた状態で森の悪魔の奇襲を警戒し、食事をしている兵たちも、傍らに抜身の武器を置いて、すぐに応戦できるような体勢で固い干し肉を水で胃の中へ流し込むのだった。
「――ハヤテ殿、アオイ殿」
猫獣人たちの中に混じって座り、まるでガムの様な干し肉を苦労しながら咀嚼していたハヤテと碧は、不意に声をかけられ、顔を上げた。
ふたりの前に、黒毛の猫獣人が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。
「ヴァルトーさん……どうかしましたか?」
「お食事中に申し訳御座いません」
怪訝な表情を浮かべて尋ねるハヤテに、ヴァルトーは声を潜めながら言った。
「殿下がお呼びです。ついて来ていただけますか?」
「……ドリューシュ王子が?」
ヴァルトーの言葉に、ハヤテと碧は互いの顔を見合わせる。
そんなふたりに意味深な目配せを送りながら、ヴァルト―は小さく頷いた。
「はい。お急ぎ下さい」
「……どうしたの? 何か、様子が――」
「いいから……お早く」
碧の問いかけにも応えず、やたらと急かすばかりのヴァルトーの様子に、ハヤテと碧の顔に訝しげな表情が浮かぶ。
が、
「……分かりました」
そう答えると、ハヤテは立ち上がった。彼からやや遅れて、碧も胡乱げな顔をしながら腰を上げる。
ハヤテは、ズボンの尻に付いた土を手で払うと、ヴァルトーに向かって言った。
「――行きましょう。ドリューシュ王子は、どちらに?」
「ご案内いたします」
固い表情で頷いたヴァルトーは、二人に背を向け、スタスタと歩き出す。
いつものヴァルトーらしくない態度に、ハヤテと碧は戸惑い、再び顔を見合わせた。
だが、ハヤテは『考えてもしょうがない』と言うように小さく頭を振ると、草を踏みしめながらヴァルトーを追って歩き出す。
そんなふたりの背中を見ながら、
「……何だろう、嫌な予感がするなぁ……」
そう独り言つ碧だったが、小さく息を吐くと、ふたりに置いてかれまいと小走りで歩を進めるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「殿下、ハヤテ殿とアオイ殿をお連れしました」
隊列からやや外れた場所にひとり佇み、木の幹に寄りかかって軽く目を閉じていたドリューシュは、ヴァルトーの声を聞くと目を開き、短く「ご苦労」と言った。
そして、黒毛の中隊長の後ろに立っていたふたりのオチビトに向けて、穏やかな笑みを向けた。
「――やあ、お二方。せっかくの昼食の最中にお呼び立てしまして、申し訳御座いません」
「いえ……お構いなく」
ドリューシュの声はいつもと同じ調子だったが、その声の響きにほんの少し違和感を覚えたハヤテは、胡乱げな表情を浮かべる。
と、彼の傍らに立つ碧が口を開いた。
「どうしたんですか? 突然、私たちを呼び出して……?」
「ああ……」
碧の問いかけに力無い声で答えたドリューシュは、ヴァルトーに向かって目配せをした。
「はっ……」
ドリューシュの合図に、ヴァルトーは静かに頷くと、くるりと踵を返した。そして、彼らから十メートルほど離れた場所で立ち止まると、剣の柄に手をかけながら周囲を警戒する。
ふたりのただならぬ様子に、碧は不安そうな表情を浮かべた。
「ねえ……何なんですか? ――答えてくれません?」
そう言いながら、彼女はそろそろと手を這わせ、腰から提げたコンセプト・ディスク・ドライブを触る。
それを見たドリューシュは苦笑いを浮かべると、フルフルと頭を振った。
「ははは……安心して下さい。あなた方に危害を加えるつもりなど、毛頭ありませんよ。というか、おふたりを相手にして勝てると思う程、僕は身の程知らずでもありません」
「……大丈夫だよ、香月さん。王子はそんな事をするような方じゃない。――それに」
ハヤテは、警戒する碧を手で制すると、ドリューシュの目をじっと見つめながら言葉を続けた。
「本気で殺ろうとするのなら、他にもいくらでも方法はあったさ。……例えば、さっきの干し肉と水の中に毒を混ぜておくとか、ね」
「……その通りです」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは微笑を浮かべながら頷き、おもむろに懐の中に手を入れる。
「――ッ!」
ハヤテに言われても、なお警戒を緩めていなかった碧の顔が緊張で引き攣る――が、ドリューシュが懐から取り出したのは、彼女の考えていたものとは違っていた。
「それは……壺?」
ドリューシュの手にあったのは、小さな陶器の白い壺だった。
彼は、壺を握った手をハヤテに向かって伸ばしながら言った。
「ハヤテ殿……貴方にこれをお渡しします。お受け取り下さい」
「え……?」
ドリューシュの言葉の意図が解らず戸惑うハヤテだったが、おずおずと手を伸ばして、ドリューシュから壺を受け取る。
壺の中に入った液体が揺れて、どこか粘り気を感じさせる音を立てた。
「これは……一体……?」
壺を受け取ったはいいものの、ハヤテは戸惑いを隠せぬ表情で尋ねる。
そんな彼に、ドリューシュは静かに答えた。
「それは……僕の血――即ち、“王家の血”です」
「――!」
「……え?」
ドリューシュの答えを聞いたハヤテとアオイは、驚きで目を見開く。
ハヤテは、掌の上に乗った小さな壺とドリューシュの顔を交互に見回しながら、狼狽した顔で問い質した。
「血……? ど、どうして……俺に、貴方の血を――」
「ハヤテ殿に、お願いしたい」
ハヤテの上ずった声を遮って、ドリューシュは低い声で言う。
そして、真剣な光を湛えた金色の瞳でハヤテの顔を見つめながら、ゆっくりと言葉を継いだ。
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