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第十四章 戦士たちは、来たるべき戦いに向け、何を想うのか

第十四章其の肆 条件

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 「さて……」

 ささやかながらも心の行き届いた晩餐を平らげたドリューシュは、脂で汚れた口の周りを舌でペロリと舐め取ると、姿勢を正して口を開いた。
 彼の様子が変わったのを敏感に感じ取ったハヤテとヴァルトーもまた、顔を緊張で引き締めながら居ずまいを正す。
 そんな彼らの顔を見回しながら、ドリューシュは静かに言った。

「――数日後、我々は、エフタトスの大森林に潜む“森の悪魔”を掃討する為、この地を発つのだけれど……。その軍には、このオシス砦の守備兵も加わってもらう事になる」
「はっ。承知しております」

 ドリューシュの言葉に、ヴァルトーは大きく頷く。

「私をはじめ、このオシスに拠る兵の総員は、とうの昔に準備と覚悟を調えております。今この場で御下知を頂ければ、明日にも出立可能です」
「うむ……」

 覇気に満ちたヴァルトーの声に、ドリューシュは満足そうに口元を綻ばせたが、小さくかぶりを振った。

「まぁ……連係訓練や編制を考えなくてはならないから、明日すぐにとはいかないだろうけどね」
「了解いたしました」
「――ああ、あと」

 ヴァルトーの返事に頷き返しながら、ドリューシュは更に言葉を継ぐ。

「さすがにこの砦を空にする事は出来ないから、守備隊の中から留守番役を選んでくれ。……できれば、兄弟の居ない者や、妻子がいる者を中心にね」
「……! 殿下、それは――」

 ドリューシュの言葉に、ヴァルトーは驚きの声を上げた。彼と同様、ハヤテも目を見開き、思わず口を挟む。

「ど、ドリューシュ王子! それじゃまるで――」
「はは……いやいや、そうではありませんよ、ハヤテ殿」

 ドリューシュは、咎めるような声を上げたハヤテに向かって空笑いすると、テーブルの上のマタタビ酒の杯を取り上げ、ぐびりと一口呷った。
 そして、空になった杯を静かに置くと、穏やかな声で言葉を継ぐ。

「……別に、僕たちは死にに行くつもりはありません。生きて帰る為に戦いますし、戦う以上は勝つつもりです。……ですが、無傷で“森の悪魔”に完勝出来ると思う程、自惚れてもおりません」
「……」
「戦局がどのように転ぼうとも、かなりの苦戦と損害を強いられる事は覚悟せねばならないでしょう。――ならば、護るべき者や愛する者が居る兵は外しておいた方がいい……単に、そういう判断ですよ」
「……ドリューシュ殿、しかし――」
「畏まりました、殿下……」

 ドリューシュの説明にも納得しがたいものを感じ、更に言い募ろうとするハヤテの言葉を遮ったのは、ヴァルトーの低い声だった。
 彼は立ち上がり、ドリューシュに向けて深々と頭を下げる。

「砦に残す兵を早急にえらぶ事といたします。ご指示の通りに……」
「ああ、頼むよ……」

 ヴァルトーの答えに、ドリューシュは微笑みを浮かべながら頷いた。
 そして、今度はハヤテと碧の方へと目を向ける。

「……ハヤテ殿、アオイ殿」
「……」
「は……はい」

 名前を呼ばれて、緊張した表情を浮かべるふたり。
 そんな彼らに、ドリューシュは静かに告げた。

「此度の“森の悪魔”討伐ですが……貴方達にもご同道頂きます。――おふたりに対し、『同じニンゲンと戦え』と命じるのは心苦しいのですが……」

 と、ドリューシュは躊躇いがちに言葉を続ける。

「これは、僕からではなく、兄上――イドゥン一世陛下からの勅命です。申し訳ないが、拒否は出来ませんので……」
「……」

 ドリューシュの言葉に、ハヤテは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
 部屋の中に、重苦しい静寂が満ちる。
 ――と、

「……ねえ」

 その沈黙を破ったのは――碧だった。
 彼女は、ハヤテとドリューシュの顔を交互に見ながら、おずおずと言葉を発する。

「あのさ……それさ……私だけ行くっていうのじゃ、ダメかな?」
「――! 香月さんッ?」

 突然の碧の言葉に、ハヤテは驚きの声を上げるが、蒼は片手を挙げて彼を制すると、更に言葉を継いだ。

「い、一応、私も装甲戦士アームド・ファイターのひとりだしさ。ハヤテさんに色々と戦い方を教えてもらって、大分強くなったと思うんだよね。――だから、ハヤテさんはここに残ってもらって、その代わりに私があいつらと戦う――」
「何を言っているんだ、君は!」

 碧の提案を、ハヤテは強い声で遮った。
 その激しい剣幕に思わず身体を硬直させた碧に、ハヤテは厳しい顔を向ける。

「……確かに、俺との実戦訓練を経て、君は以前よりもずっと強くなった。――でも、森に潜む装甲戦士アームド・ファイターたちの強さはそれ以上なんだ。彼らと戦うって事は、君が考えているほど簡単なものじゃないんだよ!」
「……で、でも!」

 と、彼の言葉に気圧されながらも、碧は目を吊り上げ、必死で声を張り上げた。

「ハヤテさん、迷ってるんでしょ? ――森に居るオチビト……と戦う事に!」
「……!」
「だったら、戦わなくていいじゃない! 私が、あなたの分までヴァルトーさんや王子さんや他のみんなを護ってみせるから、あなたは大人しくここで待っていればいい――」
「そんな事……出来る訳無いだろう!」

 碧の言葉を再び怒鳴り声で遮ったハヤテは、顔を歪めて頭を押さえ――大きな溜息を吐く。

「……分かったよ」

 そう、しわがれた声で応えたハヤテは、その顔を上げ、碧に頷きかけた。
 そして、上座に座るドリューシュの目を真っ直ぐに見返す。

「ドリューシュ王子……分かりました。あなたの率いる討伐軍に同行させて頂きます」
「……すみません、ハヤテ殿」

 ハヤテの言葉に、ドリューシュは心から申し訳ない思いで頭を下げた。
 ――と、

「ただ――ひとつだけ、条件を付けさせていただきたいのです」
「条件……ですか?」

 改まった顔でそう切り出したハヤテに、ドリューシュは訝しげな表情を浮かべる。
 彼の問いかけに「はい」と頷いてから、ハヤテは言葉を続けた。

「戦う前に、俺に彼らの説得をさせてほしいんです」
「……説得?」
「はい」

 小さく頷いたハヤテは、窓の外の夜空に目を向け、静かに言葉を続ける。

「――俺たち人間の間で知られた言葉に、『話せば分かる』というものがあります。俺は、一度彼らとじっくりと話し合って、猫獣人とオチビトが争う事無く共存できる妥協点を引き出したいと思っています」
「わ……我々と森の悪魔が共存できる……? そんな事が――」
「俺は、不可能だとは思わない」

 頭ごなしに否定しようとするヴァルトーの言葉を遮り、ハヤテはキッパリと言い切った。
 と――、

「……分かりました」

 ハヤテに向かって小さく頷いたのは、ドリューシュだった。
 彼は、ハヤテの目を真っ直ぐに見つめ返しながら、ハッキリとした言葉で答える。

「ハヤテ殿、貴方の条件……吞みましょう」
「で、殿下ッ?」
「ヴァルトー、良いのだ」

 驚きで声を裏返すヴァルトーを目配せで制したドリューシュは、ハヤテと碧の顔をじっと見つめ、深く頭を下げた。

「では……ハヤテ殿、それにアオイ殿……。宜しくお願いいたします」
「あっ、はいっ!」
「……分かりました」 

 ドリューシュの言葉に、碧とハヤテは、それぞれ複雑な感情を胸に抱きながら、静かに頷いたのだった。
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