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第十三章 無数の糸は、如何にして絡まり合うのか

第十三章其の壱拾肆 再会

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 「フラニィ……!」

 部屋の中に入ったドリューシュは、後ろ手に閉めたドアの前に佇み、微かに声を震わせた。
 そして、大股で狭い部屋を一気に突っ切ると、無言で妹の身体をきつく抱き締める。

「きゃっ! ど、ドリューシュ兄様? い……一体、どうしたんですか?」
「……」
「え、ええと……、に、兄様?」
「……」
「あ……あの! ちょっと……く、苦しい……です……」
「……あ!」

 胸の中から上がった、くぐもった声が耳に届き、ドリューシュは慌てて腕を緩めた。

「す、すまない。つい、我を忘れて……!」

 彼は狼狽えながら、ぐったりしてしまった妹の身体を支え、粗末な椅子に座らせる。
 椅子に腰を下ろしたフラニィは、荒い息を吐きながら、訝しげな目で兄を見上げた。

「ど……どうしたんですか? 入ってくるなり……」
「あ、いや……。久しぶりに会ったから、つい感極まったというか、何と言うか……」

 むくれる妹を前に、しきりにヒゲを撫でながら、しどろもどろで弁解するドリューシュ。
 ――と、フラニィの顔が綻んだ。

「――ぷっ! うふふ……変な兄様!」
「わ……笑うなよぉ……」

 口元に手を当て、鈴を転がすような声で笑うフラニィに、ドリューシュは口をへの字に曲げる。
 すると、フラニィは口に当てていた手の甲を、今度は目尻に当てた。
 そして、目尻から零れた透明な滴を拭うと、満面の笑みを兄に向ける。

「でも……嬉しい。会いたかったです、兄様……」
「フラニィ……」

 彼女の言葉を聞いたドリューシュもまた、大きな音を立てて洟を啜った。

 ◆ ◆ 

 ――ドリューシュとフラニィは、“オチビト”焔良疾風が王城を出てオシス砦に移ってからほどなく、自由に会う事が出来なくなった。
 言うまでもなく、兄である新王イドゥン一世が、ふたりが会う事をを許さなかったからである。
 彼は、事あるごとに自分に対して反抗的な態度を取るドリューシュと、王位継承権を持たない女子とはいえ、王権者の証たる純白の無垢毛むくげを持つフラニィが接近する事で、自分の王位を脅かす存在になる事を怖れたのだ。

 フラニィは、王城主殿の改築が始まると同時に、イドゥン一世より、四囲を水堀で囲まれた別館への移居を命ぜられた。表向きは『新しい主殿が完成するまでの、一時的な移動』という理由だったが、実際は体のいい“軟禁”である事は明白であり、その事を裏付けるかのように、主殿の改築が終わった後も、フラニィが主殿に呼び戻される事は無かった。
 もちろん、彼女の次兄であり第一王太子でもあるドリューシュは、その事に強く異議を唱えたのだが、イドゥンはフラニィの主殿入りを赦さず、ファアラとカテリナのふたりの姉もまた、長兄の意向に賛同した為、ドリューシュの異議は封殺されたのである――。

 ◆ ◆

「……不自由は無いか、フラニィ?」

 しばしの間、久しぶりの対面を喜び合ったふたりだったが、ようやく落ち着くと、ドリューシュが顔を憂いで曇らせながら妹に尋ねる。
 兄の問いかけに、フラニィは一瞬口ごもるが、柔らかな微笑を浮かべて頷いてみせた。

「……はい。あたしは元気です」
「……」

 気丈に振る舞うフラニィだったが、明らかに元気が無い。

(――当然だろう! 何も悪い事などしていないのに、まるで咎人の様な扱いを受けて、平気でいられる訳が無い!)

 ドリューシュは、妹に悟られぬようにぎこちない笑みを浮かべながら、テーブルの下に隠した拳を砕けんばかりに握り締めた。
 こうでもしないと、今すぐに咆哮を上げて主殿にいる兄を殴り倒しに行こうとする衝動を抑えられなかったからだ。
 と、その時、

「……ドリューシュ兄様」

 怒りを堪えるドリューシュに、フラニィがおずおずと問いかけた。
 その声でハッと我に返ったドリューシュは、慌てて柔和な表情を取り繕い直し、小さく頷きかける。

「ん……? 何だい、フラニィ?」
「あの……」

 訊き返されたフラニィは一瞬躊躇するように口ごもるが、すぐに意を決したように眉を上げると、真剣な顔で言葉を継いだ。

「あの……あれから、ハヤテ様はどうされておいでですか? お……お元気なのでしょうかッ?」
「……ぷっ!」

 その金色の瞳を爛々と輝かせ、テーブル越しに身を乗り出してくる妹の様子に、ドリューシュは思わず吹き出す。

「ははははっ! 久々に僕と会って真っ先に訊くのは、ハヤテ殿の事それか! まったく……どれだけ好きなのだ、彼の事が!」
「す! す、すすす好きだなんて……そそそそんな……っ!」

 からかう様なドリューシュの言葉に、フラニィは鼻の頭を真っ赤にしながら、慌てて首と両手をブンブンと横に振った。

「あ……あたしはただ……ハヤテ様の事が心配で……どうしてるのかなぁって思っただけで……。だ、だから……別に好きとかそういう事じゃなくって――」
「ふふ……そうか。分かった分かった」

 しどろもどろになりながら、弁解ともいえぬ弁解を口にするフラニィにニヤニヤ笑いを向けながら、ドリューシュは頷き――そして、しょぼんと耳を伏せて、ぼそりと呟く。

「……ハヤテ殿の事はそんなに気にしてるのに、実の兄である僕の事には全然触れてくれないんだな……」
「えっ? あ……いえ……その……ッ!」

 兄の呟きが耳に入ったフラニィはハッと目を見開くと、ワタワタと焦りながら必死で言葉を探した。

「あ、あのっ! ど、ドリューシュ兄様もお変わりない様で……その、良かったです! ハイッ!」
「ハッハッハッハッ! 今更気を遣わなくても良いよ、フラニィ!」

 フラニィの気遣いの言葉を大声で笑い飛ばすドリューシュだったが、その笑みは少しだけ引き攣っていたのだった……。
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