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第十三章 無数の糸は、如何にして絡まり合うのか
第十三章其の捌 電話
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「まったく……遅いな、アイツ。何やってんだよ……?」
待ち合わせ場所である駅前広場の端に突っ立っていた勝悟は、そうぼやきながらズボンのポケットをまさぐり、真新しい携帯電話を取り出した。
折り畳み式の携帯電話を開くと、小さな液晶画面を覗き込む。
液晶画面には、『2008年7月31日 11:29』と表示されていた。
「30分も遅刻とか……クソ真面目なアイツらしくもないな。まあ……俺的には、アイツをからかうネタが出来るからいいんだけどさ……」
日頃、自分の遅刻を責められ続けている勝悟は、彼女への反撃のネタが出来た事にほくそ笑んでみせる。――心の中に浮かびつつある漠然とした不安を、殊更に心の奥へと押し込もうとするかのように。
彼は、小さく息を吐くと、携帯電話の中央のボタンを押し、メール受信を試みる。
だが、すぐに肩を落とした。
「……無いか」
無情にも『新着メールはありません』と表示した携帯電話を恨めし気に見下ろし、彼は小さく呟く。
「……んだよ。遅れるんだったら、『遅れる』ってメールの一本くらい送って来いって言うんだよ……」
彼は、口をへの字に曲げると、今度は指を『電話帳』のボタンへと伸ばした。
表示された電話帳の中から、待ち合わせの相手の電話番号を表示させる。……とはいえ、そこまで交遊関係が広くない勝悟の携帯電話の中で、家族以外の電話番号は彼女のものしか登録されていなかったのだが。
「……」
勝悟は、液晶画面に表示された『秋原天音』という幼馴染の名と、彼女の電話番号を一睨みする。少しの間、まるで金縛りに遭っているかのように動きを止めるが、やがて意を決したように大きく息を吸うと、親指を這わせ、『通話』ボタンを押そうとした――その瞬間、
ピルルッ! ピルルッ! ピルルッ!
手の中の携帯電話が、けたたましい電子音を鳴らしながら手の中でブルブルと震え始めた。
「う、うわっ!」
突然の事に驚いた勝悟は、思わず大きな悲鳴を上げてしまう。その声を耳にして、行き交う人々が何事かと振り向き、慌てふためく勝悟の様子を見ると、失笑を漏らしながら通り過ぎていく。
「な……何だよ、タイミング良すぎだろ……!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にした勝悟は、バイブした拍子に落としかけた携帯電話を握り直し、口を尖らせて毒づいた。
……それでも、ようやく待っていた連絡が来た事に微かな安堵を覚えながら、液晶画面を覗き込み――、
「……え?」
当惑の声を上げる。
――何故なら、画面に表示されていたのは、待ち望んでいた『秋原天音』の名前ではなかったからだ。
「え? 何で今、母さんが俺に電話を……?」
その事に、何とも言えない嫌な予感を覚えながら、勝悟は恐る恐る『通話』ボタンを押し、ゆっくりと携帯電話を耳に圧し当てた。
「も……もしも――」
『あ! しょ、勝悟!』
応答の声すら途中で遮り、慌てふためいた様子の母親の大きな声が、勝悟の耳を劈く。
勝悟は、思わず耳を庇いながら、電話の向こうの母親に応える。
「な……何だよ、いきなり大声で! 俺は今――」
『た、大変なのよ!』
「大変……?」
再び自分の声を遮る、上ずった母親の声に含まれた深刻な響きを感じ取った勝悟の胸の中に、やにわに不安の黒い闇が満ち始めた。
彼は、体の中から聞こえる早鐘の様な心臓の音に苛まれながら、急速に浅く早くなる呼吸を懸命に整えながら、おずおずと電話口の向こうの母に尋ねかける。
「な……何だよ? 何が大変だって……?」
『勝悟……落ち着いて聞いて、ね――』
「だから! 何が大変なんだって聞いてるんだよッ!」
焦れた勝悟は、思わず声を荒げた。――が、それこそが落ち着いていない証拠だと思い直し、大きく深呼吸をすると、殊更に声のトーンを抑えて、改めて母親に問いかける。
「――ごめん。で……何があったの? そんなに焦って……」
『……ついさっき、天音ちゃんのお母さんから電話が来て――』
「……アマネの?」
勝悟は、今の今まで連絡を待っていた天音の名が母親の口から出た事に、まるで心臓を冷たい手に握られたように感じた。
――その瞬間、長いおさげ髪を風に吹き流しながら、黒縁眼鏡をかけた幼い顔を綻ばせる少女の顔が、彼の脳裏にフラッシュバックの様に浮かび上がる。
(な……何を考えてるんだ、俺は! 縁起でもない!)
勝悟は、何故か脳裏を過った映像を頭の中から追い出そうと、首を大きく左右に振った。
(だ、大丈夫だろう。母さんは、前から色々と大げさだし……今日もどうせ、『急用ができたから、今日の予定はキャンセルで』とかいう内容を、オーバーに言ってるだけだろ……そうだよ)
彼は、必死で自分にそう言い聞かせながら、
「ど……どうしたんだよ? アマネが、何だって……?」
と、震える声で母親に先を促す。
『……』
だが、母親は、何も答えなかった。まるで、言い淀むかのように……。
その事が、彼女が口に出そうとしている内容がどんなものなのかを如実に表しているのを悟りながらも、一縷の望みを託して、母親の次の言葉をじっと待つ。
真夏の陽射しが照りつける中で、寒気すら感じながら。
――だが、
『そ……その電話で――』
母親がボツボツと紡いだのは、彼が予想してしまった通り――否、それ以上に悪い報せだった。
『あ……天音ちゃんが、駅に向かう道の途中でトラック同士の事故に巻き込まれて……意識不明で病院に運ばれたって――』
待ち合わせ場所である駅前広場の端に突っ立っていた勝悟は、そうぼやきながらズボンのポケットをまさぐり、真新しい携帯電話を取り出した。
折り畳み式の携帯電話を開くと、小さな液晶画面を覗き込む。
液晶画面には、『2008年7月31日 11:29』と表示されていた。
「30分も遅刻とか……クソ真面目なアイツらしくもないな。まあ……俺的には、アイツをからかうネタが出来るからいいんだけどさ……」
日頃、自分の遅刻を責められ続けている勝悟は、彼女への反撃のネタが出来た事にほくそ笑んでみせる。――心の中に浮かびつつある漠然とした不安を、殊更に心の奥へと押し込もうとするかのように。
彼は、小さく息を吐くと、携帯電話の中央のボタンを押し、メール受信を試みる。
だが、すぐに肩を落とした。
「……無いか」
無情にも『新着メールはありません』と表示した携帯電話を恨めし気に見下ろし、彼は小さく呟く。
「……んだよ。遅れるんだったら、『遅れる』ってメールの一本くらい送って来いって言うんだよ……」
彼は、口をへの字に曲げると、今度は指を『電話帳』のボタンへと伸ばした。
表示された電話帳の中から、待ち合わせの相手の電話番号を表示させる。……とはいえ、そこまで交遊関係が広くない勝悟の携帯電話の中で、家族以外の電話番号は彼女のものしか登録されていなかったのだが。
「……」
勝悟は、液晶画面に表示された『秋原天音』という幼馴染の名と、彼女の電話番号を一睨みする。少しの間、まるで金縛りに遭っているかのように動きを止めるが、やがて意を決したように大きく息を吸うと、親指を這わせ、『通話』ボタンを押そうとした――その瞬間、
ピルルッ! ピルルッ! ピルルッ!
手の中の携帯電話が、けたたましい電子音を鳴らしながら手の中でブルブルと震え始めた。
「う、うわっ!」
突然の事に驚いた勝悟は、思わず大きな悲鳴を上げてしまう。その声を耳にして、行き交う人々が何事かと振り向き、慌てふためく勝悟の様子を見ると、失笑を漏らしながら通り過ぎていく。
「な……何だよ、タイミング良すぎだろ……!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にした勝悟は、バイブした拍子に落としかけた携帯電話を握り直し、口を尖らせて毒づいた。
……それでも、ようやく待っていた連絡が来た事に微かな安堵を覚えながら、液晶画面を覗き込み――、
「……え?」
当惑の声を上げる。
――何故なら、画面に表示されていたのは、待ち望んでいた『秋原天音』の名前ではなかったからだ。
「え? 何で今、母さんが俺に電話を……?」
その事に、何とも言えない嫌な予感を覚えながら、勝悟は恐る恐る『通話』ボタンを押し、ゆっくりと携帯電話を耳に圧し当てた。
「も……もしも――」
『あ! しょ、勝悟!』
応答の声すら途中で遮り、慌てふためいた様子の母親の大きな声が、勝悟の耳を劈く。
勝悟は、思わず耳を庇いながら、電話の向こうの母親に応える。
「な……何だよ、いきなり大声で! 俺は今――」
『た、大変なのよ!』
「大変……?」
再び自分の声を遮る、上ずった母親の声に含まれた深刻な響きを感じ取った勝悟の胸の中に、やにわに不安の黒い闇が満ち始めた。
彼は、体の中から聞こえる早鐘の様な心臓の音に苛まれながら、急速に浅く早くなる呼吸を懸命に整えながら、おずおずと電話口の向こうの母に尋ねかける。
「な……何だよ? 何が大変だって……?」
『勝悟……落ち着いて聞いて、ね――』
「だから! 何が大変なんだって聞いてるんだよッ!」
焦れた勝悟は、思わず声を荒げた。――が、それこそが落ち着いていない証拠だと思い直し、大きく深呼吸をすると、殊更に声のトーンを抑えて、改めて母親に問いかける。
「――ごめん。で……何があったの? そんなに焦って……」
『……ついさっき、天音ちゃんのお母さんから電話が来て――』
「……アマネの?」
勝悟は、今の今まで連絡を待っていた天音の名が母親の口から出た事に、まるで心臓を冷たい手に握られたように感じた。
――その瞬間、長いおさげ髪を風に吹き流しながら、黒縁眼鏡をかけた幼い顔を綻ばせる少女の顔が、彼の脳裏にフラッシュバックの様に浮かび上がる。
(な……何を考えてるんだ、俺は! 縁起でもない!)
勝悟は、何故か脳裏を過った映像を頭の中から追い出そうと、首を大きく左右に振った。
(だ、大丈夫だろう。母さんは、前から色々と大げさだし……今日もどうせ、『急用ができたから、今日の予定はキャンセルで』とかいう内容を、オーバーに言ってるだけだろ……そうだよ)
彼は、必死で自分にそう言い聞かせながら、
「ど……どうしたんだよ? アマネが、何だって……?」
と、震える声で母親に先を促す。
『……』
だが、母親は、何も答えなかった。まるで、言い淀むかのように……。
その事が、彼女が口に出そうとしている内容がどんなものなのかを如実に表しているのを悟りながらも、一縷の望みを託して、母親の次の言葉をじっと待つ。
真夏の陽射しが照りつける中で、寒気すら感じながら。
――だが、
『そ……その電話で――』
母親がボツボツと紡いだのは、彼が予想してしまった通り――否、それ以上に悪い報せだった。
『あ……天音ちゃんが、駅に向かう道の途中でトラック同士の事故に巻き込まれて……意識不明で病院に運ばれたって――』
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