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第九章 灰色の象は、憎しみに逸る戦士を退けられるのか
第九章其の壱拾参 共存
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「……」
無防備な姿をさらした牛島を前に、テラは戸惑い逡巡する様子を見せるが、相手に倣うように、無言で左胸のコンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンを押した。
彼の装甲が淡い光を放ちながら音もなく消え、生身のハヤテが姿を現す。
それを見た牛島は、口の端に笑みを浮かべ、大きく頷いた。
ごほんと咳払いをした彼は、ハヤテの目を見据え、静かに口を開く。
「疾風くん。私は、君とゆっくり話をしたいと思っていたんだ。何せ、君は――」
「――話をしたいと思っていたのは、俺の方もだ」
「――ほう」
ハヤテに己の言葉を遮られた牛島は、愉快そうな声を上げた。
「それは興味深いね。君は、私と何を話したいというのかな?」
「……牛島――さん」
ハヤテは、ゴクリと唾を飲み込み、舌で唇を湿してから、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「先日……、キヤフェの王宮に忍び込んで、猫獣人の王様――アシュガト二世を暗殺したのは……アンタか?」
「……何かと思えば、そんな事か」
ハヤテの問いかけに、牛島はあからさまにガッカリした表情を浮かべ、大きく溜息を吐いた。
そして、やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせると、皮肉気に口角を上げて、大きく首を縦に振る。
「――ああ、そうだよ。あの猫の王様の胸を一突きにして屠ったのは、他ならぬ私だよ。そんな分かり切った事、わざわざ訊くまでも無い事だろうに」
「……っ!」
「……やれやれ、何て顔をしてるんだい? そんなに、あの老いぼれた白猫に親しみでも感じていたのかい、君は?」
悪びれる様子もなく、あっさりと王の暗殺を認めた牛島は、からかうように声を弾ませてみせる。
そんな彼に、ハヤテは激情を露わにした。
「王様……アシュガト二世は、素晴らしい方だったんだ! 自分たち――猫獣人たちに危害を加える敵であるオチビトのひとりの俺に対しても、偏見を持つ事無く接してくれた。俺の話をきちんと聞いてくれて、俺の事を信じてくれたんだ!」
ハヤテは、怒りに燃えた目で牛島を睨みつけ、更に声を荒げる。
「なぜだ! なぜ、王様を殺めなければならなかったんだ? あの王様ときちんと話し合えれば、猫獣人と俺達オチビトの利害が衝突せずに、共存できる方法も模索出来たかもしれなかったのに――」
「“共存”ねぇ……」
ハヤテの言葉に、牛島は皮肉気に唇を歪めた。
そして、呆れたと言いたげな表情を浮かべ、フルフルとかぶりを振る。
「……ひょっとして、君は薫くんよりもバカなのかもしれないね。あの“猫”たちと、私達オチビト……“人間”の利害が衝突しないはずが無いじゃないか? ――“石棺”の件がある限り、ね」
「……」
牛島の指摘に、ハヤテは無言のまま唇を噛んだ。
そんな彼に冷ややかな目を向けながら、牛島は更に言葉を継ぐ。
「我々オチビトは皆、石棺の破壊を狙っている。それが、この奇妙な世界から元の世界に戻れる唯一の方法だと、本能的に知っているからだ。まあ……何故か、君だけはそうではないようだが」
「……」
「それに対して、猫獣人たちは、石棺を神の様に……いや、神そのものとして崇め奉り、その破壊など以ての外という考えだ。――どうだい? どう考えても共存なんか不可能だろう?」
「……でも、『石棺を破壊する事が、元の世界に戻れる方法』なんて、何の根拠も――」
「ああ、そうだよ」
牛島は、ハヤテの反論にあっさりと頷いた。
「なぜ、石棺を壊せば元の世界に帰れるのか――その根拠も理論も、一切が不明だ。だから、説明しろと言われても出来ないよ、我々オチビトの誰一人として。だって、知らないのだからね」
「……」
「――でも、私たちは解っているんだ。ここの奥深くでね」
そう言うと、牛島は自分の頭を指さす。
「もう、これは『魂に刻み込まれている』としか言い表しようがない感覚なんだ。或いは『本能』と呼ばれるものなのか、『刷り込み』や『洗脳』といった類の記憶操作なのか……ひょっとしたら、『プログラム』なのかも」
「ぷ……プログラム?」
思いもかけぬ単語を耳にして、ハヤテは思わず声を裏返した。
「ぷ……プログラムって、パソコンやゲームの……?」
「その通り」
うわ言の様に呟いたハヤテの言葉に、牛島は小さく頷く。
その肯定の言葉に、ハヤテはますます混乱した。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! ぷ……プログラムって、あくまで仮想のものだろう? で……でも、ここは現実の世界だ。確かに、俺達が生きていた日本とは違うけど――!」
「まあ、『プログラム』というのは、『この世界とは、一体なんぞや』という、そもそもの疑問に対して、私がいくつか立てた仮説の内のひとつから連想した要素なのだけれど――」
そこまで言うと、彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべると、人差し指を唇の前で立ててみせる。
「――おっと、ここから先の話は、メンバーシップ・オンリーだよ。この先を聞きたければ、君に私の要求を呑んでほしいんだ」
「……要求?」
牛島の言葉に、ハヤテは怪訝な表情を浮かべた。
「なあに、簡単な事さ」
と、警戒するハヤテに向かって、柔らかな笑みを浮かべた牛島は、静かに言葉を継ぐ。
「――疾風くん。私と手を組んでくれないかな?」
無防備な姿をさらした牛島を前に、テラは戸惑い逡巡する様子を見せるが、相手に倣うように、無言で左胸のコンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンを押した。
彼の装甲が淡い光を放ちながら音もなく消え、生身のハヤテが姿を現す。
それを見た牛島は、口の端に笑みを浮かべ、大きく頷いた。
ごほんと咳払いをした彼は、ハヤテの目を見据え、静かに口を開く。
「疾風くん。私は、君とゆっくり話をしたいと思っていたんだ。何せ、君は――」
「――話をしたいと思っていたのは、俺の方もだ」
「――ほう」
ハヤテに己の言葉を遮られた牛島は、愉快そうな声を上げた。
「それは興味深いね。君は、私と何を話したいというのかな?」
「……牛島――さん」
ハヤテは、ゴクリと唾を飲み込み、舌で唇を湿してから、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「先日……、キヤフェの王宮に忍び込んで、猫獣人の王様――アシュガト二世を暗殺したのは……アンタか?」
「……何かと思えば、そんな事か」
ハヤテの問いかけに、牛島はあからさまにガッカリした表情を浮かべ、大きく溜息を吐いた。
そして、やれやれと言わんばかりに肩を竦めてみせると、皮肉気に口角を上げて、大きく首を縦に振る。
「――ああ、そうだよ。あの猫の王様の胸を一突きにして屠ったのは、他ならぬ私だよ。そんな分かり切った事、わざわざ訊くまでも無い事だろうに」
「……っ!」
「……やれやれ、何て顔をしてるんだい? そんなに、あの老いぼれた白猫に親しみでも感じていたのかい、君は?」
悪びれる様子もなく、あっさりと王の暗殺を認めた牛島は、からかうように声を弾ませてみせる。
そんな彼に、ハヤテは激情を露わにした。
「王様……アシュガト二世は、素晴らしい方だったんだ! 自分たち――猫獣人たちに危害を加える敵であるオチビトのひとりの俺に対しても、偏見を持つ事無く接してくれた。俺の話をきちんと聞いてくれて、俺の事を信じてくれたんだ!」
ハヤテは、怒りに燃えた目で牛島を睨みつけ、更に声を荒げる。
「なぜだ! なぜ、王様を殺めなければならなかったんだ? あの王様ときちんと話し合えれば、猫獣人と俺達オチビトの利害が衝突せずに、共存できる方法も模索出来たかもしれなかったのに――」
「“共存”ねぇ……」
ハヤテの言葉に、牛島は皮肉気に唇を歪めた。
そして、呆れたと言いたげな表情を浮かべ、フルフルとかぶりを振る。
「……ひょっとして、君は薫くんよりもバカなのかもしれないね。あの“猫”たちと、私達オチビト……“人間”の利害が衝突しないはずが無いじゃないか? ――“石棺”の件がある限り、ね」
「……」
牛島の指摘に、ハヤテは無言のまま唇を噛んだ。
そんな彼に冷ややかな目を向けながら、牛島は更に言葉を継ぐ。
「我々オチビトは皆、石棺の破壊を狙っている。それが、この奇妙な世界から元の世界に戻れる唯一の方法だと、本能的に知っているからだ。まあ……何故か、君だけはそうではないようだが」
「……」
「それに対して、猫獣人たちは、石棺を神の様に……いや、神そのものとして崇め奉り、その破壊など以ての外という考えだ。――どうだい? どう考えても共存なんか不可能だろう?」
「……でも、『石棺を破壊する事が、元の世界に戻れる方法』なんて、何の根拠も――」
「ああ、そうだよ」
牛島は、ハヤテの反論にあっさりと頷いた。
「なぜ、石棺を壊せば元の世界に帰れるのか――その根拠も理論も、一切が不明だ。だから、説明しろと言われても出来ないよ、我々オチビトの誰一人として。だって、知らないのだからね」
「……」
「――でも、私たちは解っているんだ。ここの奥深くでね」
そう言うと、牛島は自分の頭を指さす。
「もう、これは『魂に刻み込まれている』としか言い表しようがない感覚なんだ。或いは『本能』と呼ばれるものなのか、『刷り込み』や『洗脳』といった類の記憶操作なのか……ひょっとしたら、『プログラム』なのかも」
「ぷ……プログラム?」
思いもかけぬ単語を耳にして、ハヤテは思わず声を裏返した。
「ぷ……プログラムって、パソコンやゲームの……?」
「その通り」
うわ言の様に呟いたハヤテの言葉に、牛島は小さく頷く。
その肯定の言葉に、ハヤテはますます混乱した。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! ぷ……プログラムって、あくまで仮想のものだろう? で……でも、ここは現実の世界だ。確かに、俺達が生きていた日本とは違うけど――!」
「まあ、『プログラム』というのは、『この世界とは、一体なんぞや』という、そもそもの疑問に対して、私がいくつか立てた仮説の内のひとつから連想した要素なのだけれど――」
そこまで言うと、彼は悪戯っ子のような笑みを浮かべると、人差し指を唇の前で立ててみせる。
「――おっと、ここから先の話は、メンバーシップ・オンリーだよ。この先を聞きたければ、君に私の要求を呑んでほしいんだ」
「……要求?」
牛島の言葉に、ハヤテは怪訝な表情を浮かべた。
「なあに、簡単な事さ」
と、警戒するハヤテに向かって、柔らかな笑みを浮かべた牛島は、静かに言葉を継ぐ。
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