装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第九章 灰色の象は、憎しみに逸る戦士を退けられるのか

第九章其の漆 翻弄

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 「……どうした、そんなところに隠れて? さっきまでの威勢はどうした?」
「……グッ!」

 背にした木の幹の向こうからかけられたテラの声に、ツールズは歯噛みした。

(クソがッ! ……んなミエミエの挑発になんか……乗るかよッ!)

 必死で自分に言い聞かせる。
 仮面の下で唇を強く噛み締め、頭に血が上るあまり、すぐにでも飛び出していきたくなる衝動を懸命に抑えた。
 ――幸い、テラは動きを見せておらず、先ほどから立ち位置を変えてはいない。
 ツールズはそれを、テラの方にも迂闊に攻め込めない事情があるせいだと考えた。

(恐らく……あの図体から考えて、あの象のモードは、接近戦特化のパワーファイタータイプだ。この距離の敵に届く必殺技を持っていないんだろう)

 ならば、向こうの動きを注視して、常に距離を保ってさえいれば、致命的な一撃を食らう事は無いと考えていい。
 そう考えて、ツールズは安堵の息を吐く。

(厄介なのは、あの長い鼻だが……これだけ離れていれば、伸ばしても届く事は無いだろうし――)

 そこまで考えたところでハッと目を見開いたツールズは、慌てて首を横に振った。

(……クソッ! な……何を考えてるんだ、オレらしくもねえ! 何を守りに入ってんだよ……!)

 彼――来島薫がテレビ画面越しに知っている装甲戦士アームド・ファイターツールズは、様々な武装を駆使して、とにかく攻めに攻める戦う姿の印象が強かった。
 こんな木の陰に隠れて、身を縮こまらせているのは、装甲戦士アームド・ファイターツールズのあるべき姿では断じて無い。
 ――だが、彼のスタイルの生命線であるトゥーサイデッド・ソーを操る右腕が満足に使えない以上、迂闊な突撃は敗北につながる。
 だから、彼は逸る気持ちを必死で宥めすかしながら、やりたくもないかくれんぼ時間稼ぎをしているのだ。

(……よし)

 その甲斐あって、右腕の痛みは大分和らいできた……気がする。

(単に、アドレ……アドレ何とかいう脳内何とかのおかげなのかもしれねえけどな……)

 昔図書室で読んだ『からだのふしぎずかん』に書いてあった記述を思い出しながら、彼は慎重に右腕を動かしてみた。
 動かすたびに右肩に鈍い痛みが走るが、全く動かせないわけじゃない。
 ――これなら戦える。
 そう確信したツールズの身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
 彼は、遂に抑え込み続けていた気持ちのブレーキを解き放ち、今まで逃げ隠れして溜まりに溜まった鬱屈を晴らそうと、勢いよく木の陰から飛び出し――、

「行くぞオラアアアア――!」
「――ウルフファング・ウィンド!」
「……なッ――?」

 次の瞬間、真空の刃が、自分の横を掠めて飛んでいったのを感じ、思わず足を止めた。
 そして、驚きの声を上げる。

「て……てめ……!」

 先ほどまでと同じ位置に立っていたのは、灰色の象の装甲戦士アームド・ファイターではなく、蒼い狼の装甲を身に纏った装甲戦士アームド・ファイターだった。

 テラは、ツールズが木の陰に隠れている間に、秘かに装甲をチェンジしていたのだ。
 マウンテンエレファントほどのパワーは無いが、その代わりに俊敏さと威力のある遠距離攻撃を持った、タイプ・ウィンディウルフへと――!

「い……いつの間に――!」
「トルネードスマァッシュ!」

 驚愕するツールズの叫びは、すかさずテラが右腕を突き出して放った極小の竜巻が立てる轟音に掻き消される。
 ――だが、その竜巻は、ツールからはやや外れた方向に向かって一直線に進んでいく。
 それを見たツールズは、思わず嘲笑った。

「ヒャハハハハッ! どこを狙ってやがるんだ? オレはここだぜ――」

 ベキィッ バキバキィッ!

「……なッ――?」

 にわかに上がった、何かがへし折れる乾いた音に驚き、思わず音のした方に目を遣ったツールズは、視界に入った光景に愕然とする。

「き……木が……!」

 彼の斜め前に立っていた巨木がミシミシと軋み音を立てながら真っ二つに折れた。
 折れた木の幹の断面は、驚くほど綺麗で滑らかだった。――まるで、予め薄い刃で斬りつけていたかのように……!
 そう思った瞬間、彼は気付いた。
 先ほど自分を掠めて通り過ぎていったテラの真空の飛刃は、自分を狙ったものが外れたのではなく、最初から大木の幹に切れ目を入れて折れやすくする為に放たれた一撃だったのだと。

「……ッ!」

 だが、彼にそれ以上深く考える暇は与えられなかった。
 トルネードスマッシュの衝撃で完全に切断された大木の太い幹が、まるで弾き飛ばされたかのように激しく回転しながら、ツールズの方へ向かって飛んでくる――!

「くっ――そ!」

 完全に不意を衝かれたツールズは、慌てて右腕のトゥーサイデッド・ソーの回転刃を起動させて、飛んでくる木の幹を迎え撃とうとするが、その反応は僅かに遅かった。
 勢いのついた木の幹は、まだ回転をし始めたばかりで充分な切断力の無いトゥーサイデッド・ソーをやすやすと弾き、そのままの勢いでツールズの胸板を強かに打ち据える。

「が、は――ぁッ!」

 激しい衝撃に苦悶の声を上げたツールズの身体が、大きな放物線を描いて後方に吹き飛ぶ。

(な、何だよ、そりゃ?)

 宙を舞いながら、ツールズは信じられない思いだった。

(ひ……必殺技の重ね掛け……しかも、オレを直接狙うんじゃなく、あのデカい木を利用しやがった……。そうする事で、元々の技の力に木の質量を乗せて、更に威力を増しやがるとは――!)
「――クソがッ!」

 ツールズはギリリと歯を食いしばると、空中でぐるりと回転し、踵を地面につけて着地を試みる。
 が、

「う、おお……おおおおっ?」

 それだけではテラの技の威力を殺し切る事は出来ず、地面に背中を強く打ちつけてしまう。
 そのままゴロゴロと十メートルほども転がったツールズは、木々の茂る森の中から草原へと飛び出したところで、ようやく停止した。

「ち……畜生!」

 彼はうつ伏せになったまま、怒りに任せて地面に左拳を叩きつける。

「な……何で、ツールズの中間フォームのパイオニアリングソースタイルが、あんな非力な基本ベーシックフォームに後れを取ってるんだよ――!」
「教えてやろうか」
「――ッ!」

 毒づく声に応えがあった事に驚いたツールズが身を起こそうとすると同時に、彼の右肩に衝撃と激痛が走った。
 自分の肩に踵を落としたテラを見上げたツールズは、憎しみに満ちた目で、その狼の顔を象った仮面を睨みつける。
 そんなツールズを冷ややかに見下ろしたまま、テラは静かに答えを口にした。

「ツールズ……パイオニアリングソー中間フォームスタイルのお前が、基本フォームしか無い俺に翻弄されている理由。――それは、だよ」
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