112 / 259
第九章 灰色の象は、憎しみに逸る戦士を退けられるのか
第九章其の漆 翻弄
しおりを挟む
「……どうした、そんなところに隠れて? さっきまでの威勢はどうした?」
「……グッ!」
背にした木の幹の向こうからかけられたテラの声に、ツールズは歯噛みした。
(クソがッ! ……んなミエミエの挑発になんか……乗るかよッ!)
必死で自分に言い聞かせる。
仮面の下で唇を強く噛み締め、頭に血が上るあまり、すぐにでも飛び出していきたくなる衝動を懸命に抑えた。
――幸い、テラは動きを見せておらず、先ほどから立ち位置を変えてはいない。
ツールズはそれを、テラの方にも迂闊に攻め込めない事情があるせいだと考えた。
(恐らく……あの図体から考えて、あの象のモードは、接近戦特化のパワーファイタータイプだ。この距離の敵に届く必殺技を持っていないんだろう)
ならば、向こうの動きを注視して、常に距離を保ってさえいれば、致命的な一撃を食らう事は無いと考えていい。
そう考えて、ツールズは安堵の息を吐く。
(厄介なのは、あの長い鼻だが……これだけ離れていれば、伸ばしても届く事は無いだろうし――)
そこまで考えたところでハッと目を見開いたツールズは、慌てて首を横に振った。
(……クソッ! な……何を考えてるんだ、オレらしくもねえ! 何を守りに入ってんだよ……!)
彼――来島薫がテレビ画面越しに知っている装甲戦士ツールズは、様々な武装を駆使して、とにかく攻めに攻める戦う姿の印象が強かった。
こんな木の陰に隠れて、身を縮こまらせているのは、装甲戦士ツールズのあるべき姿では断じて無い。
――だが、彼のスタイルの生命線であるトゥーサイデッド・ソーを操る右腕が満足に使えない以上、迂闊な突撃は敗北につながる。
だから、彼は逸る気持ちを必死で宥めすかしながら、やりたくもないかくれんぼをしているのだ。
(……よし)
その甲斐あって、右腕の痛みは大分和らいできた……気がする。
(単に、アドレ……アドレ何とかいう脳内何とかのおかげなのかもしれねえけどな……)
昔図書室で読んだ『からだのふしぎずかん』に書いてあった記述を思い出しながら、彼は慎重に右腕を動かしてみた。
動かすたびに右肩に鈍い痛みが走るが、全く動かせないわけじゃない。
――これなら戦える。
そう確信したツールズの身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
彼は、遂に抑え込み続けていた気持ちのブレーキを解き放ち、今まで逃げ隠れして溜まりに溜まった鬱屈を晴らそうと、勢いよく木の陰から飛び出し――、
「行くぞオラアアアア――!」
「――ウルフファング・ウィンド!」
「……なッ――?」
次の瞬間、真空の刃が、自分の横を掠めて飛んでいったのを感じ、思わず足を止めた。
そして、驚きの声を上げる。
「て……てめ……!」
先ほどまでと同じ位置に立っていたのは、灰色の象の装甲戦士ではなく、蒼い狼の装甲を身に纏った装甲戦士だった。
テラは、ツールズが木の陰に隠れている間に、秘かに装甲をチェンジしていたのだ。
マウンテンエレファントほどのパワーは無いが、その代わりに俊敏さと威力のある遠距離攻撃を持った、タイプ・ウィンディウルフへと――!
「い……いつの間に――!」
「トルネードスマァッシュ!」
驚愕するツールズの叫びは、すかさずテラが右腕を突き出して放った極小の竜巻が立てる轟音に掻き消される。
――だが、その竜巻は、ツールからはやや外れた方向に向かって一直線に進んでいく。
それを見たツールズは、思わず嘲笑った。
「ヒャハハハハッ! どこを狙ってやがるんだ? オレはここだぜ――」
ベキィッ バキバキィッ!
「……なッ――?」
にわかに上がった、何かがへし折れる乾いた音に驚き、思わず音のした方に目を遣ったツールズは、視界に入った光景に愕然とする。
「き……木が……!」
彼の斜め前に立っていた巨木がミシミシと軋み音を立てながら真っ二つに折れた。
折れた木の幹の断面は、驚くほど綺麗で滑らかだった。――まるで、予め薄い刃で斬りつけていたかのように……!
そう思った瞬間、彼は気付いた。
先ほど自分を掠めて通り過ぎていったテラの真空の飛刃は、自分を狙ったものが外れたのではなく、最初から大木の幹に切れ目を入れて折れやすくする為に放たれた一撃だったのだと。
「……ッ!」
だが、彼にそれ以上深く考える暇は与えられなかった。
トルネードスマッシュの衝撃で完全に切断された大木の太い幹が、まるで弾き飛ばされたかのように激しく回転しながら、ツールズの方へ向かって飛んでくる――!
「くっ――そ!」
完全に不意を衝かれたツールズは、慌てて右腕のトゥーサイデッド・ソーの回転刃を起動させて、飛んでくる木の幹を迎え撃とうとするが、その反応は僅かに遅かった。
勢いのついた木の幹は、まだ回転をし始めたばかりで充分な切断力の無いトゥーサイデッド・ソーをやすやすと弾き、そのままの勢いでツールズの胸板を強かに打ち据える。
「が、は――ぁッ!」
激しい衝撃に苦悶の声を上げたツールズの身体が、大きな放物線を描いて後方に吹き飛ぶ。
(な、何だよ、そりゃ?)
宙を舞いながら、ツールズは信じられない思いだった。
(ひ……必殺技の重ね掛け……しかも、オレを直接狙うんじゃなく、あのデカい木を利用しやがった……。そうする事で、元々の技の力に木の質量を乗せて、更に威力を増しやがるとは――!)
「――クソがッ!」
ツールズはギリリと歯を食いしばると、空中でぐるりと回転し、踵を地面につけて着地を試みる。
が、
「う、おお……おおおおっ?」
それだけではテラの技の威力を殺し切る事は出来ず、地面に背中を強く打ちつけてしまう。
そのままゴロゴロと十メートルほども転がったツールズは、木々の茂る森の中から草原へと飛び出したところで、ようやく停止した。
「ち……畜生!」
彼はうつ伏せになったまま、怒りに任せて地面に左拳を叩きつける。
「な……何で、ツールズの中間フォームのパイオニアリングソースタイルが、あんな非力な基本フォームに後れを取ってるんだよ――!」
「教えてやろうか」
「――ッ!」
毒づく声に応えがあった事に驚いたツールズが身を起こそうとすると同時に、彼の右肩に衝撃と激痛が走った。
自分の肩に踵を落としたテラを見上げたツールズは、憎しみに満ちた目で、その狼の顔を象った仮面を睨みつける。
そんなツールズを冷ややかに見下ろしたまま、テラは静かに答えを口にした。
「ツールズ……パイオニアリングソースタイルのお前が、基本フォームしか無い俺に翻弄されている理由。――それは、経験の差だよ」
「……グッ!」
背にした木の幹の向こうからかけられたテラの声に、ツールズは歯噛みした。
(クソがッ! ……んなミエミエの挑発になんか……乗るかよッ!)
必死で自分に言い聞かせる。
仮面の下で唇を強く噛み締め、頭に血が上るあまり、すぐにでも飛び出していきたくなる衝動を懸命に抑えた。
――幸い、テラは動きを見せておらず、先ほどから立ち位置を変えてはいない。
ツールズはそれを、テラの方にも迂闊に攻め込めない事情があるせいだと考えた。
(恐らく……あの図体から考えて、あの象のモードは、接近戦特化のパワーファイタータイプだ。この距離の敵に届く必殺技を持っていないんだろう)
ならば、向こうの動きを注視して、常に距離を保ってさえいれば、致命的な一撃を食らう事は無いと考えていい。
そう考えて、ツールズは安堵の息を吐く。
(厄介なのは、あの長い鼻だが……これだけ離れていれば、伸ばしても届く事は無いだろうし――)
そこまで考えたところでハッと目を見開いたツールズは、慌てて首を横に振った。
(……クソッ! な……何を考えてるんだ、オレらしくもねえ! 何を守りに入ってんだよ……!)
彼――来島薫がテレビ画面越しに知っている装甲戦士ツールズは、様々な武装を駆使して、とにかく攻めに攻める戦う姿の印象が強かった。
こんな木の陰に隠れて、身を縮こまらせているのは、装甲戦士ツールズのあるべき姿では断じて無い。
――だが、彼のスタイルの生命線であるトゥーサイデッド・ソーを操る右腕が満足に使えない以上、迂闊な突撃は敗北につながる。
だから、彼は逸る気持ちを必死で宥めすかしながら、やりたくもないかくれんぼをしているのだ。
(……よし)
その甲斐あって、右腕の痛みは大分和らいできた……気がする。
(単に、アドレ……アドレ何とかいう脳内何とかのおかげなのかもしれねえけどな……)
昔図書室で読んだ『からだのふしぎずかん』に書いてあった記述を思い出しながら、彼は慎重に右腕を動かしてみた。
動かすたびに右肩に鈍い痛みが走るが、全く動かせないわけじゃない。
――これなら戦える。
そう確信したツールズの身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
彼は、遂に抑え込み続けていた気持ちのブレーキを解き放ち、今まで逃げ隠れして溜まりに溜まった鬱屈を晴らそうと、勢いよく木の陰から飛び出し――、
「行くぞオラアアアア――!」
「――ウルフファング・ウィンド!」
「……なッ――?」
次の瞬間、真空の刃が、自分の横を掠めて飛んでいったのを感じ、思わず足を止めた。
そして、驚きの声を上げる。
「て……てめ……!」
先ほどまでと同じ位置に立っていたのは、灰色の象の装甲戦士ではなく、蒼い狼の装甲を身に纏った装甲戦士だった。
テラは、ツールズが木の陰に隠れている間に、秘かに装甲をチェンジしていたのだ。
マウンテンエレファントほどのパワーは無いが、その代わりに俊敏さと威力のある遠距離攻撃を持った、タイプ・ウィンディウルフへと――!
「い……いつの間に――!」
「トルネードスマァッシュ!」
驚愕するツールズの叫びは、すかさずテラが右腕を突き出して放った極小の竜巻が立てる轟音に掻き消される。
――だが、その竜巻は、ツールからはやや外れた方向に向かって一直線に進んでいく。
それを見たツールズは、思わず嘲笑った。
「ヒャハハハハッ! どこを狙ってやがるんだ? オレはここだぜ――」
ベキィッ バキバキィッ!
「……なッ――?」
にわかに上がった、何かがへし折れる乾いた音に驚き、思わず音のした方に目を遣ったツールズは、視界に入った光景に愕然とする。
「き……木が……!」
彼の斜め前に立っていた巨木がミシミシと軋み音を立てながら真っ二つに折れた。
折れた木の幹の断面は、驚くほど綺麗で滑らかだった。――まるで、予め薄い刃で斬りつけていたかのように……!
そう思った瞬間、彼は気付いた。
先ほど自分を掠めて通り過ぎていったテラの真空の飛刃は、自分を狙ったものが外れたのではなく、最初から大木の幹に切れ目を入れて折れやすくする為に放たれた一撃だったのだと。
「……ッ!」
だが、彼にそれ以上深く考える暇は与えられなかった。
トルネードスマッシュの衝撃で完全に切断された大木の太い幹が、まるで弾き飛ばされたかのように激しく回転しながら、ツールズの方へ向かって飛んでくる――!
「くっ――そ!」
完全に不意を衝かれたツールズは、慌てて右腕のトゥーサイデッド・ソーの回転刃を起動させて、飛んでくる木の幹を迎え撃とうとするが、その反応は僅かに遅かった。
勢いのついた木の幹は、まだ回転をし始めたばかりで充分な切断力の無いトゥーサイデッド・ソーをやすやすと弾き、そのままの勢いでツールズの胸板を強かに打ち据える。
「が、は――ぁッ!」
激しい衝撃に苦悶の声を上げたツールズの身体が、大きな放物線を描いて後方に吹き飛ぶ。
(な、何だよ、そりゃ?)
宙を舞いながら、ツールズは信じられない思いだった。
(ひ……必殺技の重ね掛け……しかも、オレを直接狙うんじゃなく、あのデカい木を利用しやがった……。そうする事で、元々の技の力に木の質量を乗せて、更に威力を増しやがるとは――!)
「――クソがッ!」
ツールズはギリリと歯を食いしばると、空中でぐるりと回転し、踵を地面につけて着地を試みる。
が、
「う、おお……おおおおっ?」
それだけではテラの技の威力を殺し切る事は出来ず、地面に背中を強く打ちつけてしまう。
そのままゴロゴロと十メートルほども転がったツールズは、木々の茂る森の中から草原へと飛び出したところで、ようやく停止した。
「ち……畜生!」
彼はうつ伏せになったまま、怒りに任せて地面に左拳を叩きつける。
「な……何で、ツールズの中間フォームのパイオニアリングソースタイルが、あんな非力な基本フォームに後れを取ってるんだよ――!」
「教えてやろうか」
「――ッ!」
毒づく声に応えがあった事に驚いたツールズが身を起こそうとすると同時に、彼の右肩に衝撃と激痛が走った。
自分の肩に踵を落としたテラを見上げたツールズは、憎しみに満ちた目で、その狼の顔を象った仮面を睨みつける。
そんなツールズを冷ややかに見下ろしたまま、テラは静かに答えを口にした。
「ツールズ……パイオニアリングソースタイルのお前が、基本フォームしか無い俺に翻弄されている理由。――それは、経験の差だよ」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる