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第八章 装甲戦士たちは、何を求めるのか

第八章其の漆 出立

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 軟禁されていた部屋での、王太子イドゥンとの短い会談の後。
 ハヤテは、四方を兵たちによって厳重に固められ、手枷と荒縄で縛られた状態のまま、それまで軟禁されていた狭い部屋から出された。
 身体を縛った縄で引っ張られ、半ば引きずられられるように歩かされたハヤテは、王宮の裏手に横付けされた粗末な荷馬車に乗せられる。

(……これで、オシスとかいう砦に連れて行かれるのか……)

 黴と草生す臭いで満ちた荷車の床に座らされたハヤテは、横の壁面の小窓から僅かに覗くキヤフェ王宮の白い外壁にチラリと目を遣ると、小さく溜息を吐いた。

(……ここも、見納めかな……)

 深い森の奥で目覚め、フラニィと出会い、ふたりでオチビト達の手から逃れ、やっとの事でここまで辿り着いてからも、様々な事があった。
 聡明な王・アシュガト二世と謁見し、その最中に現れた装甲戦士アームド・ファイターシークとの死闘。
 それから数日経ってからの、アームドファイターZ2と装甲戦士アームド・ファイターツールズの襲来。
 そして、彼らと戦っている間隙を衝くように王宮に現れた装甲戦士アームド・ファイタージュエルによってもたらされた、アシュガト二世の死――。

 様々な出来事が次々と起こったが、ハヤテがこの異世界に堕ちてから、まだ一月も経っていない。
 決して良い印象ばかりではない――むしろ逆の思い出の方がずっと多かったが、この異世界での僅かな時間の半分以上を過ごした王宮を離れる事に、ハヤテは感慨と一抹の寂しさを感じた。
 ――ふと、彼の脳裏に、ふんわりとした白い毛皮に覆われた猫獣人の娘の顔が浮かび上がる。

(……フラニィとも、これでお別れか)

 そう思った途端に、彼の胸の中で蠢く寂しさが一気に膨れ上がった。
 彼は、半ば無意識に、無垢毛の猫獣人の姿を目で探す。
 ――と、その時、

「――ハヤテ殿」

 突然、ハヤテは名を呼ばれた。
 彼はハッとして、声をかけられた方へと首を巡らす。

「……ドリューシュ王子か……」

 ハヤテは、荷車の扉の前に立ち、自分を呼んだ者の名を呟く。
 その声色を聞いたドリューシュは、思わず苦笑いを浮かべた。

「はい、ドリューシュです。――申し訳ありませんね。フラニィではなくて」
「あ……いや……すまない。……そういうつもりでは――」

 ドリューシュの言葉に、しどろもどろになりながら詫びるハヤテ。謝られたドリューシュは、相好を崩しながら、小さく首を横に振った。

「いいんですよ。今、貴方の置かれている境遇を考えれば、当然の反応だと思います」
「……」

 慰めとも軽口とも聞こえるドリューシュの言葉の前に、ハヤテは困ったような表情を浮かべる。
 と、ドリューシュは威儀を正して言った。

「――ハヤテ殿。オシスまでの道程、この僕がお供させて頂きます。よろしくお願い致します」
「あ、ああ。……こちらこそ宜しく。お世話になります」

 軽く頭を下げたドリューシュに、慌てて自分もお辞儀するハヤテ。
 だが、彼は怪訝そうな表情を浮かべて、小首を傾げた。

「――だが、何も第二王子が自らついて来る事も無いとは思うが……。それだけ、俺は王太子に疑われているという訳か?」
「ああ……いえ。、そういう訳ではないです」

 ドリューシュは、ハヤテの問いかけに軽くかぶりを振る。

「オシスの丘へ行くには、結界を越えねばなりませんから。どうしても、王家の血を引く者が同行する必要があるのです。――それで、僕が」
「そういえば、そうだったな……」

 ドリューシュの答えに、彼は初めてこのキヤフェに来た時の事を思い出す。
 そうだ。あの時も、フラニィが己の血を以て、結界を開いたのだった――。
 ――でも、それならば、彼女でも……。
 ハヤテは、ふと顔を曇らせると、おずおずとドリューシュに尋ねる。

「――ところで、フラニィは……」
「……」

 ハヤテの問いに、ドリューシュの顔も曇った。
 彼は、小さく息を吐くと、静かに答える。

「もちろんフラニィも、僕たちと一緒にオシスまで付いてきたいと、兄上に直訴したのですが……。どうしても赦しが出ず……」
「……やはり、そうか」

 ある程度予想していた答えが返ってきた事に溜息を吐きながら、ハヤテは頷いた。

「どうやら……彼女は、俺に対する人質らしいな……」
「……そうなりますね」

 ハヤテの呟きに、ドリューシュも苦々しげな表情を浮かべて頷く。

「やはり兄上は、ハヤテ殿をかなり警戒しているようです。貴方とフラニィの絆の深さを知って、あいつを己の手元に置く事で貴方の行動を縛る枷と為し、その存在を最大限利用するつもりでしょう。――それに」

 そう言うと、彼は僅かに唇を噛みながら、言葉を続けた。
 
「……同時に、僕に対しての抑止力でもあります。もしも、僕がハヤテ殿に同調して、手勢と共にオシスに立て籠ろうとしたならば――兄上は迷わずフラニィを害するでしょうね」
「……でも、実の妹相手に、そこまでは――」
「しますよ。あの兄ならば」

 否定しようとするハヤテの言葉を遮ったドリューシュは、苦々しげに顔を顰める。

「兄上は、ハヤテ様と同じくらいに、僕を疎んじ、警戒しています」
「……」
「僕とフラニィは、同じ胎の中で育った、たったふたりの兄妹です。同腹とはいえ、その前に生まれていたイドゥン兄上たちよりも、ずっと深い絆で結ばれている。……僕にとって、フラニィは何物にも代えがたい宝なのです」

 ドリューシュはそう言うと、ぎゅっと拳を握る。

「……そして、兄上は、その事を良く知っている。――だから、フラニィの身が兄上の手の中にあるうちは、僕が絶対に自分に背かない――そう確信しているんです。……悔しいけれど、その確信は正しい」

 そう、喉の奥から絞り出すように言葉を吐くと、ドリューシュは深々と頭を下げた。

「……そういう訳で、僕はもう、兄には逆らえません。もちろん、僕の出来る範囲でハヤテ殿のお力になりたいとは思いますが――申し訳ありません」
「――何を謝るんだ、ドリューシュ王子?」

 ハヤテは、深く頭を垂れたドリューシュを前にして、大きく首を横に振る。
 彼は、微笑を浮かべながら、キョトンとした顔をするドリューシュに言った。

「イドゥン王太子がそんなに俺を警戒していて、人質としてフラニィを利用しようと考えているという事は、逆に考えれば、俺が大人しくしている限り、彼女の身は安全だという事だろう? ――だったら、俺は構わないさ」
「ハ……ヤテ殿……」
「ドリューシュ王子――」

 そう言うと、ハヤテは手枷が嵌められた手をドリューシュの方に向けて伸ばす。

「フラニィの事、宜しくお願いします。俺がここを離れる以上、彼女の事を一番信頼して頼めるのは、貴方だけです」
「……ハヤテ殿――!」

 ハヤテの懇願の言葉に、ドリューシュは思わず声を震わせた。
 彼は、ハヤテの差し出した手を力強く握り返す。
 そして、

「もちろんです……! フラニィの事は、このドリューシュ・セカ・ファスナフォリックにお任せ下さい!」

 と、断固とした声で誓いながら、ハヤテに向けて大きく頷きかけるのだった――。
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