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第八章 装甲戦士たちは、何を求めるのか

第八章其の陸 嘲笑

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 「フン! いかにもみすぼらしい部屋だな! まあ、薄汚い“森の悪魔”のには相応しいかな? ハッハッハッ!」

 即位式を数日後に控えた王太子・イドゥンは、顔を顰めながら部屋の中を見回し、高らかに嘲笑する。
 そんな彼の態度に目を吊り上げたのは、フラニィだった。
 彼女は、怒りでヒゲを逆立てながら、兄に向かって抗議の声を上げる。

「い……イドゥン兄様! ハヤテ様は、あの“森の悪魔”などとは全く違うと、何度も申し上げておりましょう? 同類扱いなさるのはお止めになって下さいまし!」
「黙れ、フラニィ! お前……数デズ後には国王位に就く私の言葉に歯向かうのかッ?」
「歯向かう……って、そ――そんなつもりは無いですけど……。でも! ハヤテ様の事を悪魔呼ばわりなさるのは、間違っていると言うんです!」
「それを“歯向かう”と言うのだ!」
「……っ!」

 イドゥンの上げた怒声に気圧され、フラニィは言葉を失う。
 そんな妹の事を厳しい目で睨み据えながら、イドゥンは憎々しげに顔を歪める。

「このミアン王国の国王である私の言葉は、常に正しいのだ! 私が“悪魔”だと言えば悪魔だ! 異議など認めぬわ!」
「……そッ……そんな……!」

 イドゥンに一喝されたフラニィは、その傲慢な言葉に思わず全身の毛を逆立たせた。
 そして、握った拳をフルフルと震わせながら、上目遣いでイドゥンの目を睨み返す。

「……国王の言葉は常に正しい? そんな訳無いわ! 第一、国王って何よ。イドゥン兄様は、まだ即位もしてないじゃない! だったら、兄様の言葉なんて――」
「やめろ、フラニィ!」

 激昂する彼女を鋭い声で窘めたのは、もう一人の兄であるドリューシュだった。
 彼は、フラニィの腕を掴み、フルフルと首を横に振る。

「もう言うな、フラニィ。これ以上は――」
「でも! でも、兄様……」
「いや、俺からも頼む。止めてくれ、フラニィ」
「え――?」

 ドリューシュの制止に、なおも抗弁しようとするフラニィだったが、その間に割って入った声に目を大きく見開いた。

「は……ハヤテ様……?」
「もういいよ。その気持ちだけで、俺は充分だ」

 驚きの表情を浮かべるフラニィに、ハヤテは跪いた状態のまま顔だけ上げ、優しく言う。

「俺は……大丈夫だから。だから、もういいよ」
「ハヤテ様……」

 ハヤテの言葉に何か言いたげに口を動かしかけたフラニィだったが、

「……フン! お前たちは、随分と仲が宜しいようだ! ……まぁ、当然か。“悪魔”と“鬼子”――似た者同士で、気が合うのだな、ハハハッ!」
「――ッ!」

 イドゥンが口にした更なる暴言と嘲笑に、その表情が激しい怒りに歪む。牙を剥き、爪を伸ばして、今にもイドゥンに飛びかからんとした――その時、

「兄上ッ!」

 咄嗟にフラニィの腕を掴む手に力を込めて彼女の暴走を抑えながら、ドリューシュは兄に鋭い言葉を放った。

「な……何だ貴様!」

 イドゥンは、ドリューシュの剣幕に思わず身体を強張らせたが、すぐに居丈高な態度に戻り、弟の顔を睨みつける。
 負けじとドリューシュも兄を睨み返しながら、静かに言葉を継ぐ。

「……兄上、もうこの辺で本題に移りましょう。――斯様に狭く埃っぽい部屋に長居したくはないでしょう? 
「お……おう、当然だ! いつまでもこの部屋に留まり続ける訳にはいかぬ。――何せ私は、即位式やら何やらで多忙なのだ! 第三十八代ミアン王国国王・イドゥン一世として、な」

 イドゥンは、ドリューシュの言葉の中に多分に込められた皮肉にも気付かず、あっさりと気を良くした。彼の太く短い尻尾が激しく左右に揺れていて、彼が上機嫌なのが丸分かりだ。。
 彼は、気障ったらしくヒゲを撫でると、跪くハヤテを見下しながら言葉を継ぐ。

「おい、悪魔」
「……」
「返事をせよ、悪魔! 耳も聞こえぬのか、ええ?」
「……」
「……ふ、フン! まあ、いい!」

 自分の意に添わず、何も言葉を発しないどころか、静かに睨み返してくるハヤテに気圧されたイドゥンは、怯みながらも話を先に進めた。

「――以前に、ここのドリューシュとフラニィから話を聞いているだろうが……、貴様をオシスへ送り込む日が決まったぞ」
「……!」

 イドゥンの言葉に、ようやく反応するハヤテ。ピクリと眉を上げて、「……いつだ?」とだけ、短く訊く。
 そんな彼に対し、口元を嗜虐的に歪めたイドゥンは、嬉しくてたまらない様子で言い放った。

「ふ……それは、今すぐだ!」
「……」
「――今から3デズ後には即位式だ。出来るだけ早いうちに、薄汚い悪魔にはキヤフェから消えてもらわないとな! ハッハッハッ!」
「……」

 そうハヤテに告げたイドゥンは、勝ち誇った様子でハヤテを見下ろした。
 彼は、自分のめいに狼狽え驚くハヤテの姿を想像し、その際には、思い切り面罵し嘲笑してやろうと身構えていた。
 ……だが、ハヤテは、「そうか」と、ただ一言呟いたのみだった。

「ムん……」

 その薄い反応に、仄暗い期待を裏切られたイドゥンは喉の奥でくぐもった声を漏らし、一瞬仏頂面を浮かべる。
 が、すぐに気を取り直すように咳払いをすると、声の調子を上げた。

「……オシス砦は、遥か昔に放棄されて以来、そのままの状態だ。だが、形ばかりの復旧はしてやったから、ありがたく思えよ。丘の上に建っている事もあって、暮らすには色々な不便が伴うだろうが、まあ……せいぜい頑張れ」
「……ああ、分かっている」
「あと――」

 イドゥンは、依然として飄々とした態度を変えないハヤテを憎々しげに睨みながら、更に言葉を続ける。

「言うまでもないが、私の元から離れたからといって、くれぐれも下手な事は考えるなよ」
「……無論だ。そんな事はしない」
「フン……どうだかな! 悪魔の言葉など信じられぬわ」

 ハヤテの答えを嘲るように口元を歪めたイドゥンは、ツカツカとハヤテの元に近付いた。そして、彼に向けて屈み込むと、ドリューシュに押しとどめられながらも反抗的な目を自分に向けているフラニィに一瞬だけ視線を向ける。

「……?」

 そして、ハヤテがそれにつられてフラニィの姿に視線を動かすのを確認したイドゥンは、口の端に冷たい笑みを浮かべながら、彼の耳元にそっと囁きかけた。

「……お前と随分仲良しなフラニィ――その身は、引き続きこの王宮の中だ。……?」
「……ッ!」

 今度のイドゥンの囁きの効果は、抜群だった。
 ハヤテの表情が一変する。
 そして、彼は驚愕と憤怒をない交ぜにした表情で、薄笑いを浮かべながら身を翻したイドゥンの背中を睨みつけた。

「――王太子、アンタは……!」
「くくく……今度はいい反応だぞ、悪魔!」

 背中越しに、ハヤテの狼狽した姿を見下ろし、イドゥンは嘲笑を浴びせる。
 そして、それきりハヤテの方を振り返りもせず、護衛の近衛兵と不安げな表情のドリューシュとフラニィを引き連れ、部屋の出口へと向かった。
 最後に扉を潜る直前、彼の勝ち誇った声が、ハヤテの耳を打つ。

「そういう訳だ。せいぜい、私の為に精励するがよいぞ――悪魔よ!」
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