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第七章 ふたつの凶行は、何によって下されたのか
第七章其の伍 崩御
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「ち――父上!」
「お父様――ッ!」
“王の間”の扉を開け放って室内に飛び込んだドリューシュとフラニィだったが、部屋の中央に横たわったものを目にするや、ギョッとした顔で立ち竦んだ。
床の上に不自然に広げられた、黒く大きな布。――その中央は、こんもりと盛り上がっており、布の下からは、赤黒い液体が絨毯に滲み広がっている。
その周囲に呆然と佇んでいた数人の近衛兵が、ハッとした顔を二人に向けた。
「ど……ドリューシュ殿下……フラニィ殿下……!」
虚ろな目をした近衛兵のひとりが、上ずった声で二人の名を呼ぶ。
王族が現れた事で、慌てて敬礼しようとする兵たちを小さく首を横に振って制止したドリューシュは、口を一文字に結んだ険しい面持ちで、黒い布へと向かって重い足取りで歩を進めた。
小刻みに身体を震わせたフラニィが、その後に続く。
「……」
黒い布の脇に膝をついたドリューシュは、顔を上げて、周囲の兵に目で問うた。
「……はい」
「――そうか」
沈痛な表情で頷いた兵たちを見たドリューシュは、溢れ出す感情を懸命に抑えながら、黒い布の端を持ち上げ、ゆっくりと捲る。
――黒布で隠されていたそれが露わになった。
「――父上……ッ!」
「い……いやあああっ! お父様ぁッ!」
カッと目を見開き、何かを叫んでいるかのように口を開けたまま事切れているアシュガト二世の顔を見た瞬間、ドリューシュはガクリと肩を落とし、フラニィは絶叫して、その亡骸に縋りついた。
「う……嘘でしょう? 起きて……起きて、お父様! 起きて……いつものように私を抱きしめて下さいまし! お父様ぁぁぁっ!」
半狂乱で叫びながら、物言わぬ父の亡骸をきつく抱きしめるフラニィのドレスは、心臓を貫いた傷口から零れる生温かい血液によって、みるみる赤く染まる。
「――フラニィ! もう……駄目だ。父上は……もう……」
「いやぁっ! そんな事……そんな事ありません! まだ……まだ、手当てすれば――」
「フラニィ……もう、手遅れなんだ。その傷では……手の施しようが……無い……」
「嫌! 嫌よ嫌よイヤよぉぉぉーッ!」
父の死を受け入れられないフラニィは、落ち着かせようとするドリューシュの手を振り払い、血で塗れるのも厭わず、父親の胸に顔を押し付けた。
「――おい! フラニィを、どこか別のところへ! 早く!」
「は――ハッ!」
ドリューシュの命を受けた近衛兵たちが数人がかりで、激しく抵抗する血塗れのフラニィを王の亡骸から苦労して引き剥がし、引きずるようにして部屋の外へと運び出す。
「いや……いやあぁぁっ! お父様……お父――」
血を吐く様なフラニィの絶叫がだんだんと遠ざかり、やがて聴こえなくなった。
王の間に、重苦しい沈黙が蔓延る。
「……」
身じろぎひとつせず、父の無惨な遺体を見つめ続けるドリューシュだったが、
「……お、王様……?」
「……」
背後からの声にゆっくりと振り返り、遅れて部屋に入ってきた人影に向けて力無く頷いた。
「――ハヤテ殿……」
「……」
生身の姿に戻ったハヤテは、顔面を蒼白にして、ドリューシュの隣に屈み込んだ。
そして、愕然とした顔で、変わり果てた王に向かって両手を合わせる。
それを見たドリューシュが、怪訝な表情を浮かべる。
「……ハヤテ殿、それは?」
「ああ……、これは――」
ハヤテはドリューシュに指さされた自分の手を見ると、小さく頷いて答えた。
「これは、合掌と言って……死んだ人に祈りを捧げる時の作法だよ」
「祈り……」
「まあ……猫獣人の信じる神と人間が信じる神や仏は違うだろうから、意味が無いのかもしれないけど……」
「――いや」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは静かに首を横に振ると、弱々しい微笑みを浮かべてみせた。
「……もちろん、我らピシィナの民の神と、ハヤテ殿……ニンゲンの神は違うものでしょうが、死者を悼み、その魂が安らかなる事を祈る想いは同じものでしょう」
そう言うと、彼はハヤテに向かって深々と頭を下げた。
「ドリューシュ……王子?」
「……感謝いたします、ハヤテ殿。縁も所縁もない我らが王の死を悼んで頂き――」
「おい! 何をしておるのだ、ドリューシュ!」
「――っ!」
ドリューシュの謝辞を途中で遮った声に、ハヤテとドリューシュは驚きの表情を浮かべて、声のした方に顔を向ける。
そして、玉座の上に声の主の姿を確認するや、ドリューシュは驚きで目を見開いた。
「あ……兄上? ――ご無事だったんですか?」
「何だ、その言い草は! 王太子に対して無礼であろう!」
玉座に座っていたのは、ドリューシュの兄にして王太子であるイドゥンであった。
彼の頭には、血が滲んだ白い包帯が巻きつけられていて、その姿は痛々しい。
だが、その居丈高な声に、ドリューシュは慌てて畏まり、深く頭を下げた。
「も、申し訳ございませぬ。てっきり、父上と同じく……あ、いえ! ――ご無事で何よりでした、兄上」
「……フン!」
イドゥンは、平伏する弟を冷たい目で見下すと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……まあ、いい。それより、貴様、何を考えておるのだ、愚かなる弟よ!」
「は……?」
突然、頭ごなしに怒鳴りつけられ、ドリューシュは訝しげに首を捻った。
「な……何の事でしょうか、兄上――?」
「決まっておろうが!」
イドゥンは声を荒げると、ドリューシュの隣にいるハヤテを指さし、鋭い声で叫ぶ。
「ファスナフォリック王家の一員たる貴様が、何故にそうも軽々しく頭を下げたのだ! しかも、よりによって、その悪魔めに! ……父上を、そのような姿に変えたのは、その男の仲間なのだぞ!」
「お父様――ッ!」
“王の間”の扉を開け放って室内に飛び込んだドリューシュとフラニィだったが、部屋の中央に横たわったものを目にするや、ギョッとした顔で立ち竦んだ。
床の上に不自然に広げられた、黒く大きな布。――その中央は、こんもりと盛り上がっており、布の下からは、赤黒い液体が絨毯に滲み広がっている。
その周囲に呆然と佇んでいた数人の近衛兵が、ハッとした顔を二人に向けた。
「ど……ドリューシュ殿下……フラニィ殿下……!」
虚ろな目をした近衛兵のひとりが、上ずった声で二人の名を呼ぶ。
王族が現れた事で、慌てて敬礼しようとする兵たちを小さく首を横に振って制止したドリューシュは、口を一文字に結んだ険しい面持ちで、黒い布へと向かって重い足取りで歩を進めた。
小刻みに身体を震わせたフラニィが、その後に続く。
「……」
黒い布の脇に膝をついたドリューシュは、顔を上げて、周囲の兵に目で問うた。
「……はい」
「――そうか」
沈痛な表情で頷いた兵たちを見たドリューシュは、溢れ出す感情を懸命に抑えながら、黒い布の端を持ち上げ、ゆっくりと捲る。
――黒布で隠されていたそれが露わになった。
「――父上……ッ!」
「い……いやあああっ! お父様ぁッ!」
カッと目を見開き、何かを叫んでいるかのように口を開けたまま事切れているアシュガト二世の顔を見た瞬間、ドリューシュはガクリと肩を落とし、フラニィは絶叫して、その亡骸に縋りついた。
「う……嘘でしょう? 起きて……起きて、お父様! 起きて……いつものように私を抱きしめて下さいまし! お父様ぁぁぁっ!」
半狂乱で叫びながら、物言わぬ父の亡骸をきつく抱きしめるフラニィのドレスは、心臓を貫いた傷口から零れる生温かい血液によって、みるみる赤く染まる。
「――フラニィ! もう……駄目だ。父上は……もう……」
「いやぁっ! そんな事……そんな事ありません! まだ……まだ、手当てすれば――」
「フラニィ……もう、手遅れなんだ。その傷では……手の施しようが……無い……」
「嫌! 嫌よ嫌よイヤよぉぉぉーッ!」
父の死を受け入れられないフラニィは、落ち着かせようとするドリューシュの手を振り払い、血で塗れるのも厭わず、父親の胸に顔を押し付けた。
「――おい! フラニィを、どこか別のところへ! 早く!」
「は――ハッ!」
ドリューシュの命を受けた近衛兵たちが数人がかりで、激しく抵抗する血塗れのフラニィを王の亡骸から苦労して引き剥がし、引きずるようにして部屋の外へと運び出す。
「いや……いやあぁぁっ! お父様……お父――」
血を吐く様なフラニィの絶叫がだんだんと遠ざかり、やがて聴こえなくなった。
王の間に、重苦しい沈黙が蔓延る。
「……」
身じろぎひとつせず、父の無惨な遺体を見つめ続けるドリューシュだったが、
「……お、王様……?」
「……」
背後からの声にゆっくりと振り返り、遅れて部屋に入ってきた人影に向けて力無く頷いた。
「――ハヤテ殿……」
「……」
生身の姿に戻ったハヤテは、顔面を蒼白にして、ドリューシュの隣に屈み込んだ。
そして、愕然とした顔で、変わり果てた王に向かって両手を合わせる。
それを見たドリューシュが、怪訝な表情を浮かべる。
「……ハヤテ殿、それは?」
「ああ……、これは――」
ハヤテはドリューシュに指さされた自分の手を見ると、小さく頷いて答えた。
「これは、合掌と言って……死んだ人に祈りを捧げる時の作法だよ」
「祈り……」
「まあ……猫獣人の信じる神と人間が信じる神や仏は違うだろうから、意味が無いのかもしれないけど……」
「――いや」
ハヤテの言葉に、ドリューシュは静かに首を横に振ると、弱々しい微笑みを浮かべてみせた。
「……もちろん、我らピシィナの民の神と、ハヤテ殿……ニンゲンの神は違うものでしょうが、死者を悼み、その魂が安らかなる事を祈る想いは同じものでしょう」
そう言うと、彼はハヤテに向かって深々と頭を下げた。
「ドリューシュ……王子?」
「……感謝いたします、ハヤテ殿。縁も所縁もない我らが王の死を悼んで頂き――」
「おい! 何をしておるのだ、ドリューシュ!」
「――っ!」
ドリューシュの謝辞を途中で遮った声に、ハヤテとドリューシュは驚きの表情を浮かべて、声のした方に顔を向ける。
そして、玉座の上に声の主の姿を確認するや、ドリューシュは驚きで目を見開いた。
「あ……兄上? ――ご無事だったんですか?」
「何だ、その言い草は! 王太子に対して無礼であろう!」
玉座に座っていたのは、ドリューシュの兄にして王太子であるイドゥンであった。
彼の頭には、血が滲んだ白い包帯が巻きつけられていて、その姿は痛々しい。
だが、その居丈高な声に、ドリューシュは慌てて畏まり、深く頭を下げた。
「も、申し訳ございませぬ。てっきり、父上と同じく……あ、いえ! ――ご無事で何よりでした、兄上」
「……フン!」
イドゥンは、平伏する弟を冷たい目で見下すと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……まあ、いい。それより、貴様、何を考えておるのだ、愚かなる弟よ!」
「は……?」
突然、頭ごなしに怒鳴りつけられ、ドリューシュは訝しげに首を捻った。
「な……何の事でしょうか、兄上――?」
「決まっておろうが!」
イドゥンは声を荒げると、ドリューシュの隣にいるハヤテを指さし、鋭い声で叫ぶ。
「ファスナフォリック王家の一員たる貴様が、何故にそうも軽々しく頭を下げたのだ! しかも、よりによって、その悪魔めに! ……父上を、そのような姿に変えたのは、その男の仲間なのだぞ!」
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