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第七章 ふたつの凶行は、何によって下されたのか

第七章其の弐 力差

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 剣呑な回転音と共に、風を切って振り下ろされた回転刃の一撃が、キヤフェの街道の石畳を粉砕した。

「くッ――!」

 凶悪な一撃を、紙一重のところで横っ飛びに跳んで躱したドリューシュは、着地するや手槍を振るい、襲い掛かって来る無数の石礫を全て叩き落とす。
 そして、手槍を頭上に掲げて、背後に向かって叫んだ。

「今だ! 弓、放てッ!」

 その声に応じて、建物の陰に隠れていた兵たちが一斉に弓に矢を番え、立ち込める土煙の向こうに撃ち込む。
 と、

「――ちぃっ!」

 土煙の向こうで、舌打ちが聴こえた。

「クソ猫のクセに、小賢しい真似をしやがって! 正々堂々、一対一で戦おうってプライドとかは無えのかよ!」
「そうだな……僕も、正々堂々で戦いたいのはやまやまだが、そういう事を言っていられる状況でもないのは良く分かっている。残念だが、僕ひとりでは貴様にとても敵わない事を認めざるを得ない……。卑怯と言われようが構わぬ! 数に任せて、貴様を確実に斃させてもらうぞ!」

 ドリューシュは、そう言い捨てると、手槍を大きく前に振る。

「第二矢、つがえ――」
「――へぇ、意外と、身の程を弁えてるんじゃねえか。ケダモノのクセによ!」
「――!」

 感心したような響きを含んだツールズの声が土煙の中から聞こえると同時に、白い光が閃いた。
 次の瞬間、

「ぐあ――っ!」
「ぐっ!」
「ぎゃあ……!」

 矢を番えようとしていた兵のうちの何名かが、呻き声を上げながらバタバタと倒れる。

「な……!」
「……テメエとらオレとの埋めようもない力の差ってヤツを、ちゃんと分かってて偉いじゃねえか」
「き……貴様……!」
「だが……まだ足りねえよ! テメエらとオレとの差ってのは、そんな小細工で埋められる程に浅いモンじゃねえんだよ!」

 ツールズの叫び声とともに、再び幾条もの光が瞬き、悲鳴と共に、更に多くのドリューシュの周囲の兵が斃れた。
 倒れた兵の喉元に白く輝く光の釘が突き立っているのを見たドリューシュは、後方に立つ兵に慌てて叫ぶ。

「いかん! 身を伏せろ! これは……ハヤテ殿が話していた、釘を撃つ遠距離型の――!」
「……また、あの野郎か!」

 ドリューシュの叫びを聞いたツールズの声に、怒りの響きが混ざった。

「オレ達の邪魔をするだけじゃ飽き足らず、クソ猫どもにオレ達の情報をペラペラと漏らしやがるとは……! マジでタチ悪ぃな、あのクソ裏切り者が!」

 ようやく土埃が晴れ、姿を現したツールズの姿は、先ほどまでの、右腕に巨大なチェーンソーを取り付けた姿では無い。
 シャープネイルスタイルへと換装したツールズは、右手に持ったマルチプル・ツール・ガンの銃口をドリューシュの眉間に擬し、アイユニットをギラリと光らせた。

「……まあ、いい。テメエらがオレ達の事をいくら知ってようが、実力差がありすぎて意味ねえしな。――こんな風によ!」

 そう叫ぶや、彼はマルチプル・ツール・ガンの引鉄を立て続けに引く。
 銃口から発射された光の釘が、空気を切り裂きながら、ドリューシュ目がけて一直線に飛んだ。

「くっ!」

 ドリューシュは咄嗟に首を捻って、飛んでくる光の釘を間一髪で避ける。ヒゲが光の釘に触れ、揺れるのを感じた。

「っ!」

 息つく間もなく、第二撃が彼を襲う。今度は、心臓を的確に貫く軌道だ。
 だが、ドリューシュはその追撃を読んでいた。

「――ナメるなぁっ!」

 すかさず彼は、手槍をグルグルと、風車のように回転させる。
 飛来した光の釘は、回転する手槍に妨げられ、全て弾き飛ばされた。
 ――が、

「ヒュー! やるじゃねえか! ……だが、お見通しだぜ!」
「ッ!」

 自ら放った光の釘を追いかける様に地を蹴ったツールズが、一瞬でドリューシュとの間合いを詰める。

「ネイルスピアモード!」

 ツールズが叫ぶと、手にしたマルチプル・ツール・ガンが、瞬時に細長い槍へと形を変える。

「ヒャッハー!」
「くそっ……!」

 奇襲に意表を衝かれたドリューシュは、咄嗟に手槍を掲げて攻撃を防ごうとするが、対処が一瞬だけ遅れた。
 ドリューシュの掲げた手槍を掻い潜ったツールズのネイルスピアが、彼の左肩を深々と貫く。

「ぐッ……!」

 ドリューシュの表情が、苦痛で歪む。
 その顔を見たツールズが、甲高い哄笑を上げた。

「ハハッ! 捕まえたぜぇ、クソネコ共の大将さんよぉ!」
「お、のれ……!」
「ヒャハハハハッ! さんざん偉そうな口を叩いてた癖に、ざまぁねえなぁッ! ちいっと釘を撃たれたくらいでよッ!」

 嗜虐的に嘲笑いながら、ドリューシュの肩に突き立てたネイルスピアを更にグリグリと押し込むツールズ。

「ぐぅうっ……ッ!」

 ドリューシュは、目を固く瞑り、歯を食いしばって、その拷問のような加虐に耐えた。
 と、ツールズは、ネイルスピアを捻じり込む手を止める。

「……ふんっ!」

 そして、右肩に自分の左足を掛けるや、力任せにネイルスピアを引き抜いた。

「ぐ、あああっ――!」

 肩から夥しい血液が噴き上がり、あまりの激痛に顔を歪めながら、ドリューシュは絶叫し、地面を転がってのたうち回る。

「うるせえよ」
「が――ッ!」

 ツールズは、足元で転がり回るドリューシュの左肩を思い切り踏みつけた。その拍子に、肩の傷口からブシュッという濡れた音を立てて、噴水のように鮮血が噴き出す。
 ツールズは、自分の脚部装甲が真っ赤に染まるのも意に介さぬ様子で、ぐりぐりとドリューシュの傷口を踏みにじりながら、手にしたネイルスピアを再びマルチプル・ツール・ガンに変えた。
 そして、身を屈め、ドリューシュのこめかみに銃口を当てる。

「――ッ!」
「ああもう、うるせえなぁ。めんどくせえし、テメエは弱いから、さっさと死んどけ」

 彼は気怠そうに言うと、マルチプル・ツール・ガンの引鉄をゆっくりと絞る。

「じゃあな、くたば――」
「トルネードスマーッシュッ!」
「!」

 ツールズが引鉄を引き切る直前、聞き慣れた叫び声が彼の耳朶を打つ。
 ハッとした彼が身を起こそうとした瞬間、渦を巻いた猛風が彼を襲った。

「グッ……!」

 体勢を整える間もなく、極小の竜巻に身を打たれたツールズは吹き飛ばされ、道沿いの民家の壁に激しく衝突する。石造りの民家が、ガラガラと音を立てて倒壊し、ツールズの上に降り注いだ。

「……クソがッ!」

 だが、その攻撃は、ツールズにはほとんど効かなかったようだ。一度は瓦礫の下敷きになったものの、直ぐにそれを撥ね除けて、むくりと起き上がる。
 そして、五十メートルほど離れたところに立つ、狼の仮面を被ったシルエットを憎々しげに睨みつけ、血を吐く様な怒声を上げた。

「何で、テメエがそこに立ってるんだよ……装甲戦士アームド・ファイターテラァッ!」
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