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第五章 闖入せし悪魔たちは、何を望むのか
第五章其の捌 説得
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「はんっ! 話し合いだって?」
真面目な顔で『話し合いに来た』と言うハヤテの言葉に、健一は顔を歪めながら鼻で笑った。
「……なんて言うか、随分面白い冗談を言うんだね、キミは」
「……冗談なんかじゃない」
ハヤテは、まだあどけなさを残す健一の顔に浮かんだ侮蔑と嘲笑に満ちた表情を真っ直ぐに見返す。
「これ以上、装甲戦士の力を、猫獣人に向けて使ってはいけない。俺たちの力は、正義の為にこそ使われるべきだ。だから、これ以上――」
「はッ! 正義? 正義ねえ!」
ハヤテの言葉を、憎悪の籠もった声で遮ったのは薫だった。
細めた目を吊り上げた彼は、ハヤテの顔を睨みつけながら吠える。
「相変わらず、テレビの中のヒーロー様気取りが抜けねえみてえだな、テメエ! そもそも、テメエの言う正義ってのは、何なんだよ!」
「それは――、弱い者を守り、正しい事を為す為の……」
「じゃあ、この世界での正しい事って何なのさ?」
今度は健一が、ハヤテの言葉を遮った。
「少なくとも、ボクたちの正義――正しい事っていうのは、この壁の向こうにある“石棺”を壊して、元の世界に戻る事なんだけどさ?」
「――それは、止めてくれ」
「は? 何で?」
首を振ったハヤテを見て、健一は訝しげに眉を顰める。
「キミは戻りたくないのかい、元の世界に? ま、それならそれで、ボクらは別に構わないけどさ。――だったら、帰ろうとしているボクたちの邪魔をしないでほしいもんだけどね」
「違う。お前たちが元の日本に戻りたいという気持ちを否定する気は無いし、邪魔をする気もない。……ただ、その手段として、石棺を壊すのは止めてほしい」
「アァ? 何でテメエにそんな指図を受けなくちゃならねえんだよ!」
「うるさいよ、カオル」
気色ばむ薫をジロリと睨みつけた健一は、その目をハヤテの方に向けると、静かな声で訊ねた。
「で……何でキミは、ボクたちが石棺を壊す事を止めようとするんだい? 何か理由があるんだろ?」
「……ここの猫獣人たちに、古くから伝わる聖符……言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」
「ああ。それによると、『石棺に眠る神の眠りを妨げたら、この世界の全てのものの生命に死がもたらされる』――らしい。だから……」
「はっ! どんな理由かと思ったら、そんな何とかダムスの大予言みたいな大法螺が元ネタなのかよ! お話にならねえぞ、オイ!」
「……だから、うるさいって」
声を荒げる薫を再び窘めた健一は、顎に指を当てて考え込む。
「……でも、なるほどね。何となく分かったよ。ここのネコたちが、ボクたちに圧倒的な力の差を示されても、全然抵抗を止めようとしない理由がね。――確かに、『石棺を壊されたら自分たちの命が危ない』って刷り込まれてるなら、必死でボクたちの行いを止めようともするだろう……結局、ボクたちに挑んだら死ぬ事には変わりないんだけどね」
と呟いた健一は、顔を上げて――ハヤテに向かって首を傾げてみせる。
「で――何でそれで、ボクたちが石棺を壊す事を止めなくちゃいけないのかな?」
「え――?」
率直な健一の問いかけに、ハヤテは唖然として、思わず言葉を失った。
呆気にとられたハヤテの様子に怪訝そうな表情を浮かべながら、健一は言葉を継ぐ。
「だって……、元の世界に戻った後にこの世界がどうなろうと、ボクたちには全然関係が無いじゃないか? 何で、そんな事を心配してるのさ、キミは」
「……ッ!」
心底解らないという顔で訊き返してくる健一に、ハヤテは慄然とし、背中に寒気が走るのを感じた。
彼は、ブンブンと激しく首を横に振ると、激しい口調で捲し立てた。
「そ……そんな事って何だ! この世界の猫獣人たちも、俺たちと同じように生きているんだ! 触れれば温かいし、俺たち人間と同じような事を考えて、感じている! そんな彼らを犠牲にして、自分たちだけ元の世界に戻ろうなんて……俺は納得できない!」
「キミがどう思おうと勝手だけど、だったら、ボクたちはどうしろって言うのさ?」
興奮するハヤテを冷ややかな目で見下しながら、健一は尋ねる。
その問いかけに、ハヤテは一瞬たじろぐが、すぐに言葉を返した。
「それは――、これから、俺たちオチビト全員が力を合わせて、石棺を破壊せずに、みんなが元に戻れる方法を探して――」
「で……あるのかい、そんな方法が?」
「う……」
健一の切り返しに、思わず言葉を詰まらせるハヤテ。その様子を見た健一は、皮肉笑いを浮かべながら言った。
「おいおい、キミはボクらを説得しに来たんだろ? まさかボクたちが、そんな曖昧で、あるかないかもハッキリしない様な話に乗るとでも思ったのかい? そんなのにコロッと騙されるのは、カオルくらいだよ」
「って、おい、クソガキ! テメエ、ドサクサに紛れてオレの事をディスってんじゃねえぞゴラァ!」
揶揄された薫は、こめかみに青筋を浮かべて健一に怒鳴った後、ハヤテの方に向き直って中指を立ててみせた。
「ケッ! お、オレだって、そんな都合のいい話に乗る程バカじゃねえよ! ナメんな!」
「……まあ、確かにあるのかもしれないね、石棺を壊す以外の方法が……。でも、それを今から探すとか、冗談じゃないよ」
そう言うと、健一は肩を竦める。
「第一、それを見つけるのに、一体どれだけ時間がかかるんだい? そして、仮に見つけたとして、それはどのくらい実現可能な手段なのか? 案外、ここの世界の生物が死ぬっていう“石棺を壊す”方法の方が、新しく見つかった方法よりもずっとカンタンで、ずっと犠牲が少ない方法でした……って事もあるかもしれないよ?」
「……それは」
口ごもるハヤテに、健一は呆れ顔で言葉を続けた。
「分かったかい? ……そんな、あるのかどうかすら解らない方法を探すよりも、確実に戻れる事が解っている方法を最短最速で達成する方がいいって事が。……まあ、その煽りを食って、死ぬ事になる猫獣人たちは、確かに気の毒だけどね……。無事に日本に戻ったら、そっと手を合わせるくらいはしてあげるよ」
健一は、そう言うと、その幼い顔に相応しい様な無邪気な笑みを浮かべてみせて、
「――と、いう訳で」
急にその表情を一変させ、大人びた鋭い目で、真正面からハヤテの顔を睨みつける。
「キミの“説得”とやらは、見事に失敗した訳だね。――ご愁傷様!」
真面目な顔で『話し合いに来た』と言うハヤテの言葉に、健一は顔を歪めながら鼻で笑った。
「……なんて言うか、随分面白い冗談を言うんだね、キミは」
「……冗談なんかじゃない」
ハヤテは、まだあどけなさを残す健一の顔に浮かんだ侮蔑と嘲笑に満ちた表情を真っ直ぐに見返す。
「これ以上、装甲戦士の力を、猫獣人に向けて使ってはいけない。俺たちの力は、正義の為にこそ使われるべきだ。だから、これ以上――」
「はッ! 正義? 正義ねえ!」
ハヤテの言葉を、憎悪の籠もった声で遮ったのは薫だった。
細めた目を吊り上げた彼は、ハヤテの顔を睨みつけながら吠える。
「相変わらず、テレビの中のヒーロー様気取りが抜けねえみてえだな、テメエ! そもそも、テメエの言う正義ってのは、何なんだよ!」
「それは――、弱い者を守り、正しい事を為す為の……」
「じゃあ、この世界での正しい事って何なのさ?」
今度は健一が、ハヤテの言葉を遮った。
「少なくとも、ボクたちの正義――正しい事っていうのは、この壁の向こうにある“石棺”を壊して、元の世界に戻る事なんだけどさ?」
「――それは、止めてくれ」
「は? 何で?」
首を振ったハヤテを見て、健一は訝しげに眉を顰める。
「キミは戻りたくないのかい、元の世界に? ま、それならそれで、ボクらは別に構わないけどさ。――だったら、帰ろうとしているボクたちの邪魔をしないでほしいもんだけどね」
「違う。お前たちが元の日本に戻りたいという気持ちを否定する気は無いし、邪魔をする気もない。……ただ、その手段として、石棺を壊すのは止めてほしい」
「アァ? 何でテメエにそんな指図を受けなくちゃならねえんだよ!」
「うるさいよ、カオル」
気色ばむ薫をジロリと睨みつけた健一は、その目をハヤテの方に向けると、静かな声で訊ねた。
「で……何でキミは、ボクたちが石棺を壊す事を止めようとするんだい? 何か理由があるんだろ?」
「……ここの猫獣人たちに、古くから伝わる聖符……言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」
「ああ。それによると、『石棺に眠る神の眠りを妨げたら、この世界の全てのものの生命に死がもたらされる』――らしい。だから……」
「はっ! どんな理由かと思ったら、そんな何とかダムスの大予言みたいな大法螺が元ネタなのかよ! お話にならねえぞ、オイ!」
「……だから、うるさいって」
声を荒げる薫を再び窘めた健一は、顎に指を当てて考え込む。
「……でも、なるほどね。何となく分かったよ。ここのネコたちが、ボクたちに圧倒的な力の差を示されても、全然抵抗を止めようとしない理由がね。――確かに、『石棺を壊されたら自分たちの命が危ない』って刷り込まれてるなら、必死でボクたちの行いを止めようともするだろう……結局、ボクたちに挑んだら死ぬ事には変わりないんだけどね」
と呟いた健一は、顔を上げて――ハヤテに向かって首を傾げてみせる。
「で――何でそれで、ボクたちが石棺を壊す事を止めなくちゃいけないのかな?」
「え――?」
率直な健一の問いかけに、ハヤテは唖然として、思わず言葉を失った。
呆気にとられたハヤテの様子に怪訝そうな表情を浮かべながら、健一は言葉を継ぐ。
「だって……、元の世界に戻った後にこの世界がどうなろうと、ボクたちには全然関係が無いじゃないか? 何で、そんな事を心配してるのさ、キミは」
「……ッ!」
心底解らないという顔で訊き返してくる健一に、ハヤテは慄然とし、背中に寒気が走るのを感じた。
彼は、ブンブンと激しく首を横に振ると、激しい口調で捲し立てた。
「そ……そんな事って何だ! この世界の猫獣人たちも、俺たちと同じように生きているんだ! 触れれば温かいし、俺たち人間と同じような事を考えて、感じている! そんな彼らを犠牲にして、自分たちだけ元の世界に戻ろうなんて……俺は納得できない!」
「キミがどう思おうと勝手だけど、だったら、ボクたちはどうしろって言うのさ?」
興奮するハヤテを冷ややかな目で見下しながら、健一は尋ねる。
その問いかけに、ハヤテは一瞬たじろぐが、すぐに言葉を返した。
「それは――、これから、俺たちオチビト全員が力を合わせて、石棺を破壊せずに、みんなが元に戻れる方法を探して――」
「で……あるのかい、そんな方法が?」
「う……」
健一の切り返しに、思わず言葉を詰まらせるハヤテ。その様子を見た健一は、皮肉笑いを浮かべながら言った。
「おいおい、キミはボクらを説得しに来たんだろ? まさかボクたちが、そんな曖昧で、あるかないかもハッキリしない様な話に乗るとでも思ったのかい? そんなのにコロッと騙されるのは、カオルくらいだよ」
「って、おい、クソガキ! テメエ、ドサクサに紛れてオレの事をディスってんじゃねえぞゴラァ!」
揶揄された薫は、こめかみに青筋を浮かべて健一に怒鳴った後、ハヤテの方に向き直って中指を立ててみせた。
「ケッ! お、オレだって、そんな都合のいい話に乗る程バカじゃねえよ! ナメんな!」
「……まあ、確かにあるのかもしれないね、石棺を壊す以外の方法が……。でも、それを今から探すとか、冗談じゃないよ」
そう言うと、健一は肩を竦める。
「第一、それを見つけるのに、一体どれだけ時間がかかるんだい? そして、仮に見つけたとして、それはどのくらい実現可能な手段なのか? 案外、ここの世界の生物が死ぬっていう“石棺を壊す”方法の方が、新しく見つかった方法よりもずっとカンタンで、ずっと犠牲が少ない方法でした……って事もあるかもしれないよ?」
「……それは」
口ごもるハヤテに、健一は呆れ顔で言葉を続けた。
「分かったかい? ……そんな、あるのかどうかすら解らない方法を探すよりも、確実に戻れる事が解っている方法を最短最速で達成する方がいいって事が。……まあ、その煽りを食って、死ぬ事になる猫獣人たちは、確かに気の毒だけどね……。無事に日本に戻ったら、そっと手を合わせるくらいはしてあげるよ」
健一は、そう言うと、その幼い顔に相応しい様な無邪気な笑みを浮かべてみせて、
「――と、いう訳で」
急にその表情を一変させ、大人びた鋭い目で、真正面からハヤテの顔を睨みつける。
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