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第五章 闖入せし悪魔たちは、何を望むのか
第五章其の壱 紫光
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「――何を見ていらっしゃるのですか、ハヤテ様?」
「ん……?」
窓から外をぼんやり眺めていたハヤテは、背後から声をかけられ、ゆっくりと振り返った。
「……やあ。まだ起きていたのかい、フラニィ」
彼はそう言うと、開いた扉の前に立つ、寝間着姿の猫獣人の少女に微笑みかける。
フラニィも顔を綻ばせると、小走りでハヤテの元に歩み寄り、彼の真似をするように窓から見える暗い夜空を見上げた。
「……何だか眠れなくて。――ハヤテ様がまだ起きてたら、お話したいなぁって……ダメですか?」
「あ……いや、ダメじゃないよ」
ハヤテは、戸惑いながらも頷くと、彼女と並んで窓の外に顔を向ける。
そんな彼の横顔をチラリと見て、フラニィはそっと訊く。
「で……何を見ていらしたんですか?」
「え……ああ、うん。――アレをね……」
ハヤテは、僅かに苦笑いを浮かべると、真っ暗な夜闇に沈む、キヤフェをぐるりと取り囲む街壁の更に向こう――うっすらと蒼く光る地平線を指さした。
「……ああ、結界ですね」
ハヤテの指が指す先を見たフラニィは、そう呟くと、小さく頷いた。
「ハヤテ様の世界には無かったんですか、結界って?」
「あ……うん。ああいうのは無かったな……」
フラニィに逆に問われ、ハヤテは苦笑を浮かべながら尋ねる。
「あれって、一体何なんだい? パッと見、レーザー光線の帯みたいにも見えるんだけど……」
「……れーざー……こうせん……?」
「……あ、レーザー光線って言っても分からないよな。ゴメン……」
キョトンとした顔のフラニィに、慌てて謝るハヤテ。再び、彼方の蒼い光の壁に視線を戻して、言葉を継ぐ。
「この前……ここに来る時に見た時は、地面から空に向かって光が伸びていたように見えたけど、あれってどういう仕組みなのかな……?」
「ええと……ごめんなさい。あの結界がどういうものなのか……あたしも良く知らないんです」
フラニィは、バツの悪そうな表情を浮かべると、申し訳なさそうに首を横に振る。
「結界について、あたしが知っている事は……、あたしたちのご先祖様がキヤフェを作るよりも前から存在してたって事と、結界を通るには、王家の者の血が必要だって事くらいで……。お父様なら、もっと詳しい事をご存じだと思うんですけど……」
「そうか……」
フラニィの答えに小さく頷いたハヤテは、「いや、充分だよ。ありがとう」と彼女に答えた。
彼の感謝の言葉に、フラニィの顔がパッと綻ぶ。
ハヤテは、嬉しそうなフラニィの様子につられて笑顔を見せるが、すぐに表情を引き締め、顎に手を当てて考え込んだ。
(猫獣人たちがこの街を作る前から存在していたのなら、あの光の壁は自然のものなのか? でも、だったらなぜ、フラニィたちファスナフォリック王家の血で無効化されるんだ? ……それとも――)
彼は顎に生えた無精髭を弄りながら、横目で真っ暗な窓の外を一瞥する。
(或いは、あの結界は、猫獣人ではない者たちが作ったもの……そういう可能性も――)
――と、幻想的な光を放っている結界を見ながら考えに耽るハヤテだったが、
「……ん?」
目の端で奇妙な違和感を感じるものを見た気がして、思わず声を上げた。
「え……どうしました、ハヤテ様?」
その声に耳をぴょこりと上げたフラニィは、訝し気な表情を浮かべて、傍らのハヤテの横顔を見上げる。
「……いや、あそこ……光が……」
彼女の問いかけに、ハヤテはそう答えながら結界の光の一点を指さした。
「光の色が……変わっていないか……?」
「え――?」
彼の言葉に、フラニィの表情にも緊張が走る。
彼女は、慌ててハヤテの伸ばした指の先に目を凝らし――その金色の目を大きく見開いた。
「……本当だ。あそこだけ……光が紫色に――」
「紫色……!」
ふたりの脳裏に、同じ光景が浮かぶ。
――牛島たちの元から逃げ出し、やっとの思いでエフタトスの大森林を抜けた後、目の前に立ち塞がった蒼い光の結界を通り抜けた時の光景を――。
「――あの時、フラニィの真っ赤な血と混ざり合うみたいに蒼い光の壁が紫に色を変えた……。あれは、同じ色だ――」
という事は、つまり――、
「誰かが、結界を通り抜けようとしている……?」
フラニィが、目を大きく見開きながら呟いた。
ハヤテは、そんな彼女に向けて尋ねる。
「フラニィ……、こんな夜更けに、王族の誰かが結界の外に出る予定があったのか?」
「い……いえ……」
ハヤテの質問に、フラニィはフルフルと頭を振る。
「今は、よほどの事が無いと、結界の外に出る事はありません。……今夜、予定があるという話も聞いてないです……」
「……じゃあ、あの光は……」
ハヤテは、顔を青ざめさせながら呟いた。
再び、その脳裏にある光景が思い浮かぶ。
――真っ赤な鮮血の如き装甲の、装甲戦士ジュエル・ブラッディダイヤモンドエディション。
――その血液を操る能力によって、首筋から血を噴き出す、囚われのフラニィの姿。
――彼女の血液を納めた、小さな壺。
「まさか……」
ハヤテの頭蓋の中で、あの時聞いたジュエル――牛島の言葉が反響した。
――『この血液があれば、彼女無しでの結界の通行が可能になるんだ』
――『万が一の事態に備えて、結界の“通行手形”として、彼女の血を保管しておこうと思ったまでさ』
「――あいつらが……?」
ハヤテが、愕然としながら声を上ずらせる。
その声を聞いた瞬間、フラニィは弾かれたように、扉に向かって身を翻した。
「あ……あたし! お父様に確認してきます!」
「あ……ああ! 頼む!」
その後ろ姿に、ハヤテは声を掛けながら、
(……取り越し苦労ならいいんだが……)
――自分の想像が見当違いである事を祈るのだった。
「ん……?」
窓から外をぼんやり眺めていたハヤテは、背後から声をかけられ、ゆっくりと振り返った。
「……やあ。まだ起きていたのかい、フラニィ」
彼はそう言うと、開いた扉の前に立つ、寝間着姿の猫獣人の少女に微笑みかける。
フラニィも顔を綻ばせると、小走りでハヤテの元に歩み寄り、彼の真似をするように窓から見える暗い夜空を見上げた。
「……何だか眠れなくて。――ハヤテ様がまだ起きてたら、お話したいなぁって……ダメですか?」
「あ……いや、ダメじゃないよ」
ハヤテは、戸惑いながらも頷くと、彼女と並んで窓の外に顔を向ける。
そんな彼の横顔をチラリと見て、フラニィはそっと訊く。
「で……何を見ていらしたんですか?」
「え……ああ、うん。――アレをね……」
ハヤテは、僅かに苦笑いを浮かべると、真っ暗な夜闇に沈む、キヤフェをぐるりと取り囲む街壁の更に向こう――うっすらと蒼く光る地平線を指さした。
「……ああ、結界ですね」
ハヤテの指が指す先を見たフラニィは、そう呟くと、小さく頷いた。
「ハヤテ様の世界には無かったんですか、結界って?」
「あ……うん。ああいうのは無かったな……」
フラニィに逆に問われ、ハヤテは苦笑を浮かべながら尋ねる。
「あれって、一体何なんだい? パッと見、レーザー光線の帯みたいにも見えるんだけど……」
「……れーざー……こうせん……?」
「……あ、レーザー光線って言っても分からないよな。ゴメン……」
キョトンとした顔のフラニィに、慌てて謝るハヤテ。再び、彼方の蒼い光の壁に視線を戻して、言葉を継ぐ。
「この前……ここに来る時に見た時は、地面から空に向かって光が伸びていたように見えたけど、あれってどういう仕組みなのかな……?」
「ええと……ごめんなさい。あの結界がどういうものなのか……あたしも良く知らないんです」
フラニィは、バツの悪そうな表情を浮かべると、申し訳なさそうに首を横に振る。
「結界について、あたしが知っている事は……、あたしたちのご先祖様がキヤフェを作るよりも前から存在してたって事と、結界を通るには、王家の者の血が必要だって事くらいで……。お父様なら、もっと詳しい事をご存じだと思うんですけど……」
「そうか……」
フラニィの答えに小さく頷いたハヤテは、「いや、充分だよ。ありがとう」と彼女に答えた。
彼の感謝の言葉に、フラニィの顔がパッと綻ぶ。
ハヤテは、嬉しそうなフラニィの様子につられて笑顔を見せるが、すぐに表情を引き締め、顎に手を当てて考え込んだ。
(猫獣人たちがこの街を作る前から存在していたのなら、あの光の壁は自然のものなのか? でも、だったらなぜ、フラニィたちファスナフォリック王家の血で無効化されるんだ? ……それとも――)
彼は顎に生えた無精髭を弄りながら、横目で真っ暗な窓の外を一瞥する。
(或いは、あの結界は、猫獣人ではない者たちが作ったもの……そういう可能性も――)
――と、幻想的な光を放っている結界を見ながら考えに耽るハヤテだったが、
「……ん?」
目の端で奇妙な違和感を感じるものを見た気がして、思わず声を上げた。
「え……どうしました、ハヤテ様?」
その声に耳をぴょこりと上げたフラニィは、訝し気な表情を浮かべて、傍らのハヤテの横顔を見上げる。
「……いや、あそこ……光が……」
彼女の問いかけに、ハヤテはそう答えながら結界の光の一点を指さした。
「光の色が……変わっていないか……?」
「え――?」
彼の言葉に、フラニィの表情にも緊張が走る。
彼女は、慌ててハヤテの伸ばした指の先に目を凝らし――その金色の目を大きく見開いた。
「……本当だ。あそこだけ……光が紫色に――」
「紫色……!」
ふたりの脳裏に、同じ光景が浮かぶ。
――牛島たちの元から逃げ出し、やっとの思いでエフタトスの大森林を抜けた後、目の前に立ち塞がった蒼い光の結界を通り抜けた時の光景を――。
「――あの時、フラニィの真っ赤な血と混ざり合うみたいに蒼い光の壁が紫に色を変えた……。あれは、同じ色だ――」
という事は、つまり――、
「誰かが、結界を通り抜けようとしている……?」
フラニィが、目を大きく見開きながら呟いた。
ハヤテは、そんな彼女に向けて尋ねる。
「フラニィ……、こんな夜更けに、王族の誰かが結界の外に出る予定があったのか?」
「い……いえ……」
ハヤテの質問に、フラニィはフルフルと頭を振る。
「今は、よほどの事が無いと、結界の外に出る事はありません。……今夜、予定があるという話も聞いてないです……」
「……じゃあ、あの光は……」
ハヤテは、顔を青ざめさせながら呟いた。
再び、その脳裏にある光景が思い浮かぶ。
――真っ赤な鮮血の如き装甲の、装甲戦士ジュエル・ブラッディダイヤモンドエディション。
――その血液を操る能力によって、首筋から血を噴き出す、囚われのフラニィの姿。
――彼女の血液を納めた、小さな壺。
「まさか……」
ハヤテの頭蓋の中で、あの時聞いたジュエル――牛島の言葉が反響した。
――『この血液があれば、彼女無しでの結界の通行が可能になるんだ』
――『万が一の事態に備えて、結界の“通行手形”として、彼女の血を保管しておこうと思ったまでさ』
「――あいつらが……?」
ハヤテが、愕然としながら声を上ずらせる。
その声を聞いた瞬間、フラニィは弾かれたように、扉に向かって身を翻した。
「あ……あたし! お父様に確認してきます!」
「あ……ああ! 頼む!」
その後ろ姿に、ハヤテは声を掛けながら、
(……取り越し苦労ならいいんだが……)
――自分の想像が見当違いである事を祈るのだった。
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