装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜

朽縄咲良

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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか

第四章其の拾 事情

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 「では、改めまして……お初にお目にかかります、ハヤテ殿!」

 その日の夜、ハヤテの部屋でにこやかな声を上げたのは、灰白色の毛柄をした若い猫獣人だった。
 彼は、胸の前に手を当てる仕草をすると、若々しい声を張り上げた。

「僕は、ミアン王国第二王子・ドリューシュ・セカ・ファスナフォリックと申します。二度にわたって、我が妹のフラニィをお助け頂いた上、昨日は悪魔の手から陛下をお守り頂いた、正に救国の英雄殿と呼ぶに相応しいお方とお会いできて光栄です! どうか、以後、お見知りおきを!」
「あ……は、はい。よろしく……ドリューシュ王子」

 溌溂としたドリューシュを前に、思わず気圧されてしまったハヤテは、引き攣った笑顔で応える。
 彼の様子を見たドリューシュは、思わず首を傾げる。

「はて……、随分お疲れのご様子ですが、いかがなさったのですか?」
「あ……いや……」

 ドリューシュから問われたハヤテは、苦笑いを浮かべながら言った。

「実は……先ほどまで、王様からの厳しいを受けていて……少し、気疲れが……」
「あ、ははぁ……」

 ハヤテの答えを聞いたドリューシュは、ニヤリと口元を綻ばせる。

「それは、あれでしょう。――ハヤテ殿とフラニィの馴れ初めやら何やらの――」
「ど、ドリューシュ兄様! って……そんな事は……」

 兄の冗談めいた言葉を慌てて遮ったのは、ハヤテの傍らに座るフラニィだった。
 彼女は、鼻の頭まで真っ赤にして俯きながら、今にも消え入りそうな声で言う。

「べ……別に、あたしとハヤテ様は……そんな……」
「お? そうなのか? ――だが、その割には、随分と親密そうな雰囲気だったけどな?」
「も、もう! ドリューシュ兄様ったら! も……もう知りません!」

 なおも茶化すように言う兄を金色の瞳で睨みつけると、フラニィはぷいっとそっぽを向いて椅子から立ち上がると、窓際へと離れていってしまった。――もっとも、そんな彼女の白い尻尾は、ゆっくりと大きく揺れていたのだが。
 そんな妹の態度に、兄のドリューシュは「ははは……」と愉快そうな笑い声を上げ、それから再びハヤテの方へ向き直る。

「まあ、それは置いておいて――大広間では、我が王家のお恥ずかしい所をお見せいたしました。更には、兄が貴方に対して行った非礼の数々……。国王陛下ちち王太子あにに成り代わりまして、このドリューシュ・セカ・ファスナフォリック、深くお詫び申し上げます」
「あ……いや」

 ハヤテは、自分に向かって深々と頭を下げるドリューシュを前に、戸惑い混じりの声を上げた。

「俺は……この世界に来てから、こういう扱いには慣れているから、別に気にはしてないです。まして、王太子のやった事を、謝る必要は無いと思います――」
「寛大なお言葉、痛み入ります」

 そう言って、ドリューシュはゆっくりと頭を上げ――ニヤリと笑った。

「ただ……今の言い方ですと、に関しては別のようですね」
「……まあ、はい」
「――ははは! 案外と正直な御方だ!」

 ハヤテの答えを聞いたドリューシュは、膝を打ちながら愉快そうに大笑わらう。
 そんな王子に向かって、ハヤテは静かに尋ねた。

「……王様と、あの王太子の間は、上手くいっていないんですか?」
「ま――“御覧の通り”ってやつですよ」

 ハヤテの直接的な問いかけに、ドリューシュは笑いを止め、困り顔で頷いた。

「ハヤテ殿も感じたでしょうが……兄上は些か、ご自身を実際よりも大きく見せようとなさるきらいがありましてね。事あるごとに、今日の様に家臣どもを集めて、ああいう事をなさるのです。――父上は、あまり口には出しませんが、それをあまり快く思っていないのです」
「……」
「で……兄上は、父上が表立って言わないのをいい事に、近頃では、あからさまに父上に盾突こうと考えていると取られてもおかしくないような行動を取っているのです」
「――確かに」

 ドリューシュの話を聞きながら、ハヤテは大広間でのイドゥンとのやり取りを思い出していた。

『お前、麾下に加わる気は無いか?』

 やはりあの発言は、ハヤテを子飼いにして、国王である父親に対抗する駒に仕立て上げたいという意図があったのだろう。
 だが――、

「――何故、王太子が王と対抗する必要があるんですか? 王太子の立場にあるのならば、何もしなくても、いずれ王の座は転がり込んでくるのではないのですか?」
「まあ……そうなんですけどね」

 ハヤテの疑問に対し、ドリューシュは困ったような表情を浮かべて言った。

「どうやら……兄上は、いつかご自身が王太子の座を追われてしまうのではと、勝手に危惧しておられるようでして……」
「それは……何で――?」
「……です」
「――え?」

 意想外なドリューシュの答えに、ハヤテは思わず目を丸くする。

「毛……毛柄……ですか?」
「はい」

 思わず、聞き間違いかと聞き返したハヤテだったが、ドリューシュはあっさりと頷いた。
 彼は、ごほんと咳払いをすると、静かに話し始める。

「体毛の無い異なる種族であるハヤテ殿には分からぬと思いますが、我らピシィナ猫獣人の王族にとって、最も重要なのが――生まれ持った体毛の色柄なのです」
「色……柄……」
「そうです」

 彼は再び頷くと、自分の灰白色の顔毛を撫でながら言葉を継ぐ。

「我々ピシィナの民は、様々な毛柄の者がおりますが、その中でも最も尊いとされているのが、陛下の様な、“無垢毛ムクゲ”と呼ばれる純白の毛柄です。何物にも染まらぬ、正に新雪のような混じりけの無い白――その毛柄を身に纏いし王家の者こそ、ピシィナの民を統べるに相応しい者である――そう、我らの伝承には残されています」
「……」
「無垢毛の男子は、他の何よりも優先して王位継承権が与えられます。……実際、父上も、生まれの順番としては六男でしたが、唯一の無垢毛として生まれた為に、兄たちを差し置いて王位に就いております」
「じゃあ――」

 ハヤテは、頭に浮かんだ疑問を、素直にドリューシュにぶつけた。

「その……無垢毛の男子がいない場合は――」
「その場合は、単純に年長の子が王位を継ぎます」

 ドリューシュは、小さく頷くと、ハヤテの問いにあっさりと答えた。
 そして、自分の顔を指さして、言葉を続ける。

「先ほど御覧になられたように、兄上も僕も、無垢毛とは程遠い毛柄――。であれば、必然的に王位を継ぐのは年長の兄上の方という事になります。それであれば、別に兄上が王位継承権を剥奪される事態を怖れる必要はない――筈、なのですが」
「……ああ、そういう事か」

 ハヤテは、唐突に理解した。

 ――何故、王太子のはずのイドゥンが、過剰なまでに、己の力を誇示しようとしたのか。
 ――何故、自分を麾下に加えようと誘ったのか。
 ――何故、あそこまで彼女に対して冷たく当たるのか。

「……そういう事です」

 ドリューシュも、ハヤテの考えを見透かしたように、大きく頷く。
 そしてふたりは、窓の外から身を乗り出して、無邪気に夜空を見上げている彼女の方を見た。
 ハヤテは、ファスナフォリック王家が抱える複雑な事情に表情を曇らせながら呟く。

「――王太子は、末の妹で無垢毛のフラニィに王位を奪われてしまうのでは、と怖れているんだな……」
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