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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか
第四章其の漆 勧誘
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「麾下に……?」
ハヤテは、イドゥンの言葉に戸惑いの表情を浮かべた。
「それは……どういう――」
「どういうも何も、言葉通りの意味よ」
イドゥンは、玉座の肘掛けに頬杖をつき、手で顎の毛を撫でながら言った。
「貴様の操る魔具の力――それを、私の為に使えという事だ。……それとも、『私に飼われろ』とでも言った方が分かりやすかったか?」
「うふふ……」
「まあ……」
イドゥンの物言いに、傍らに控えるフラニィの姉たちが手で口元を押さえながらクスクスと嘲笑い声を上げる。
それを見たフラニィが、籠檻の脇でギリギリと歯噛みするが、当のハヤテの顔には、特段の変化は見られなかった。
「……フン」
ハヤテの薄い反応を前に、イドゥンはムスッとした表情を浮かべる。
彼は、頬杖を崩すと、その右手で肘掛けを鷲掴みにする。
ガリ…… ガリ……ッ
その手元から、金属製の玉座の肘掛けに爪を立てて引っ掻く耳障りな音が上がった。
だが、彼は目を伏せて小さく息を吐くと、すぐに顔を上げる。
その表情には、にこやかな笑みが張り付いていた。
「……もちろん、私の僕になると誓うのならば、その身の自由を保障しよう。……さすがに、その身を変える例の魔具をすぐに返すという訳にはいかぬが、貴様の私に対する忠誠心が真のものとなったら、返還も前向きに検討しよう」
「……」
「どうだ? 今の、軟禁下に置かれている貴様にとっては、願ってもない条件だと思うがな」
「……ひとつ訊きたい」
イドゥンの言葉を聞いたハヤテは、僅かに首を傾げながら、階の向こうに向かって問いかける。
すかさず、籠檻の鉄格子の間から挿し込まれた剣の鞘先が、ハヤテの鳩尾を打った。
「グッ――!」
堪らず、僅かに顔を顰めて、身体をくの字におるハヤテ。
そんな彼に向かって、嗄れた怒声が浴びせかけられる。
「イドゥン殿下に向かって直接質問をするなどと、畏れを知らぬ痴れ者めが! やはり、所詮は悪魔の一味――!」
全身の毛を逆立たせたグスターブが、怒声を上げながら、なおも鞘に納めた剣を振り上げた。
――が、鉄格子越しにハヤテを打ち据えようとしたグスターブの前に立ちふさがったのは、こちらも目を吊り上げ、尋常ならざる怒りで身体を震わせるフラニィだった。
「グスターブッ! あなたの方こそ痴れ者よ! 抵抗のできないハヤテ様に向かって、籠檻の外から折檻を加えるなんて……!」
「で――ですが、フラニィ殿下!」
さすがに、第三王女もろともハヤテを打擲するわけにはいかず、グスターブは剣を振り上げたまま躊躇する。
――と、その時、
「ええい、止めい、ふたりとも! 王太子の前であるぞ!」
「――ッ!」
「……し、失礼いたしました」
イドゥンから強い叱責を受けたグスターブとフラニィは、慌てて背筋を伸ばし、深々と階の上に向かって首を垂れた。
そんなふたりの事を冷たい目で睨み据えたイドゥンは、大きく舌打ちをすると、再び籠檻の中の男に目を向ける。
「――邪魔が入ったな。では聞こう。貴様が私に訊きたい事とは、一体何だ?」
「……」
ハヤテは、玉座の上で余裕の薄笑みを浮かべる王太子を見上げると、口を開く。
「――何故、『私の麾下に加われ』なんだ? 『王国の』『アシュガト二世の』ではなく……」
「……それは――」
ハヤテの言葉に、イドゥンの目の光が、僅かに揺らいだように感じられた。
再び、ガリッという耳障りな音が、彼の傍らから鳴った。
イドゥンは、肘掛けに爪を立てつつ、その口元から鋭い牙を覗かせながら――それでも薄笑みを浮かべて答える。
「……そのままの意味だ。ミアン王国ではなく、この私、イドゥン・レゾ・ファスナフォリックの私兵として仕えよ――という、な」
そう言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべ、「だがな」と言葉を継いだ。
「私は、このミアン王国の王太子だ。ゆくゆくは、この国を継ぐ身。なれば、私に仕えるという事は即ち、ミアン王国に仕えるという事と同義であると言え――」
「いや、言えないだろう?」
「――ッ!」
イドゥンの言葉を中途で遮ったハヤテは、険しい目で王太子の顔を見据えながら、ゆっくりと言葉を吐く。
「この国は、アンタの父親であるアシュガト二世が健在でいる限り、彼のものなんじゃないのか? それに、別に『いずれ、この国は自分のものになる』というのであれば、『ミアン王国に仕えろ』と言っても、別に変わらないだろう?」
「……」
「――だが、アンタは、そうは言わなかった。あえて、『私の僕になれ』と言った」
ハヤテはそこまで言うと、先ほどまでとは打って変わり、階の上の玉座の上に座ったまま一言も発しない王太子に向かって、静かに、だが、断固とした口調で言った。
「それはつまり……『この国を自分のものにする』為に、俺を飼おうとしているのではないか?」
「……! い……イドゥン……お兄様?」
「――」
ハヤテの言葉に、驚きの声を上げるフラニィと、沈黙を保つイドゥン。
この場に居合わせた者たちの口からも思わず狼狽の声が漏れ、さざ波の様に静かな喧騒が、大広間の空気を震わせる。
――と、ガリガリという耳障りな音が、その喧騒を打ち消した。
それは、目を血走らせ、牙を食い縛ったイドゥンが、両手の爪を立てて、玉座の肘掛けを引っ掻く音だった。
彼は、強い怒りの色を湛えた目でハヤテを睨みつけながら、「……おい、グスターブ」と、低い声で腹心の部下の名を呼んだ。
「は――はっ! な……何でありましょうや、王太子殿下!」
突然名指しされたグスターブは、目を大きく見開くと、慌てて姿勢を正し、おずおずとイドゥンに向かって尋ねる。
グスターブの問いかけに、イドゥンは爛々と輝く瞳をハヤテの方へと向けながら、声高に叫んだ。
「――やはり、この者は、森に潜む悪魔と同じである! この者を野放しにしていては、きっと我が国の将来に禍根を残す! 此奴を地下牢に閉じ込め、二度と地上に出すな!」
「で――ですが、イドゥン様!」
イドゥンの命に対し、グスターブは狼狽の声を上げる。
「こ……此奴の処遇については、国王陛下の裁可が――!」
「ええい、黙れ!」
己の命に異を唱えられた事にイドゥンは激昂し、更に声を荒げた。
(――恐らく、先程までの鷹揚な態度よりも、今露わにしている直情的なそれの方が、この王太子の素なんだろうな)
ハヤテは、階の上で怒りを露わにするイドゥンを冷めた目で見つめながら、心の中で呟く。
一方、彼にそんな事を思われているとは露知らぬ様子で、イドゥンは地団駄を踏みつつ怒鳴った。
「国王の裁可が何だ! そんなもの、コイツが突然暴れ出したとでも言っておけば、事後報告でどうとでもなるわ!」
「し……しかし……」
「ええい! まだ抗うか!」
イドゥンは、肘掛けに拳を叩きつけて、更なる怒りを爆発させる。
「私は王太子だ! 王が結界の巡察に出ている今では、この王宮で最も権威のあるのは王太子なのだ! 大人しく、私の命に従っておれ!」
「……」
「フン! 何をあの様な、気弱で優柔不断で決断の遅い国王などを畏れておる? ……どうせ、直に私がその位を継ぐ事になるのだ! 今の内に、私への覚えをめでたくしておいた方が、貴様の身の為――」
「――そのお言葉、聞き捨てなりませんね」
「――ッ!」
王太子の言葉を中途で遮ったのは、若く――むしろ幼さを感じさせる溌剌とした声だった。
イドゥンと、大広間に集った全ての者たちが、一斉に声のした方――突然開け放たれた扉の方へと注目する。
――そこには、動きやすそうな軽装鎧に身を包んだ、灰白色の毛柄をしたひとりの猫獣人の少年が険しい顔をして立っていた。
「お――!」
その姿を見た瞬間、イドゥンの表情が凍りつく。
「お前が、何故王宮に居るのだ? ドリューシュ……!」
ハヤテは、イドゥンの言葉に戸惑いの表情を浮かべた。
「それは……どういう――」
「どういうも何も、言葉通りの意味よ」
イドゥンは、玉座の肘掛けに頬杖をつき、手で顎の毛を撫でながら言った。
「貴様の操る魔具の力――それを、私の為に使えという事だ。……それとも、『私に飼われろ』とでも言った方が分かりやすかったか?」
「うふふ……」
「まあ……」
イドゥンの物言いに、傍らに控えるフラニィの姉たちが手で口元を押さえながらクスクスと嘲笑い声を上げる。
それを見たフラニィが、籠檻の脇でギリギリと歯噛みするが、当のハヤテの顔には、特段の変化は見られなかった。
「……フン」
ハヤテの薄い反応を前に、イドゥンはムスッとした表情を浮かべる。
彼は、頬杖を崩すと、その右手で肘掛けを鷲掴みにする。
ガリ…… ガリ……ッ
その手元から、金属製の玉座の肘掛けに爪を立てて引っ掻く耳障りな音が上がった。
だが、彼は目を伏せて小さく息を吐くと、すぐに顔を上げる。
その表情には、にこやかな笑みが張り付いていた。
「……もちろん、私の僕になると誓うのならば、その身の自由を保障しよう。……さすがに、その身を変える例の魔具をすぐに返すという訳にはいかぬが、貴様の私に対する忠誠心が真のものとなったら、返還も前向きに検討しよう」
「……」
「どうだ? 今の、軟禁下に置かれている貴様にとっては、願ってもない条件だと思うがな」
「……ひとつ訊きたい」
イドゥンの言葉を聞いたハヤテは、僅かに首を傾げながら、階の向こうに向かって問いかける。
すかさず、籠檻の鉄格子の間から挿し込まれた剣の鞘先が、ハヤテの鳩尾を打った。
「グッ――!」
堪らず、僅かに顔を顰めて、身体をくの字におるハヤテ。
そんな彼に向かって、嗄れた怒声が浴びせかけられる。
「イドゥン殿下に向かって直接質問をするなどと、畏れを知らぬ痴れ者めが! やはり、所詮は悪魔の一味――!」
全身の毛を逆立たせたグスターブが、怒声を上げながら、なおも鞘に納めた剣を振り上げた。
――が、鉄格子越しにハヤテを打ち据えようとしたグスターブの前に立ちふさがったのは、こちらも目を吊り上げ、尋常ならざる怒りで身体を震わせるフラニィだった。
「グスターブッ! あなたの方こそ痴れ者よ! 抵抗のできないハヤテ様に向かって、籠檻の外から折檻を加えるなんて……!」
「で――ですが、フラニィ殿下!」
さすがに、第三王女もろともハヤテを打擲するわけにはいかず、グスターブは剣を振り上げたまま躊躇する。
――と、その時、
「ええい、止めい、ふたりとも! 王太子の前であるぞ!」
「――ッ!」
「……し、失礼いたしました」
イドゥンから強い叱責を受けたグスターブとフラニィは、慌てて背筋を伸ばし、深々と階の上に向かって首を垂れた。
そんなふたりの事を冷たい目で睨み据えたイドゥンは、大きく舌打ちをすると、再び籠檻の中の男に目を向ける。
「――邪魔が入ったな。では聞こう。貴様が私に訊きたい事とは、一体何だ?」
「……」
ハヤテは、玉座の上で余裕の薄笑みを浮かべる王太子を見上げると、口を開く。
「――何故、『私の麾下に加われ』なんだ? 『王国の』『アシュガト二世の』ではなく……」
「……それは――」
ハヤテの言葉に、イドゥンの目の光が、僅かに揺らいだように感じられた。
再び、ガリッという耳障りな音が、彼の傍らから鳴った。
イドゥンは、肘掛けに爪を立てつつ、その口元から鋭い牙を覗かせながら――それでも薄笑みを浮かべて答える。
「……そのままの意味だ。ミアン王国ではなく、この私、イドゥン・レゾ・ファスナフォリックの私兵として仕えよ――という、な」
そう言うと、彼はニヤリと笑みを浮かべ、「だがな」と言葉を継いだ。
「私は、このミアン王国の王太子だ。ゆくゆくは、この国を継ぐ身。なれば、私に仕えるという事は即ち、ミアン王国に仕えるという事と同義であると言え――」
「いや、言えないだろう?」
「――ッ!」
イドゥンの言葉を中途で遮ったハヤテは、険しい目で王太子の顔を見据えながら、ゆっくりと言葉を吐く。
「この国は、アンタの父親であるアシュガト二世が健在でいる限り、彼のものなんじゃないのか? それに、別に『いずれ、この国は自分のものになる』というのであれば、『ミアン王国に仕えろ』と言っても、別に変わらないだろう?」
「……」
「――だが、アンタは、そうは言わなかった。あえて、『私の僕になれ』と言った」
ハヤテはそこまで言うと、先ほどまでとは打って変わり、階の上の玉座の上に座ったまま一言も発しない王太子に向かって、静かに、だが、断固とした口調で言った。
「それはつまり……『この国を自分のものにする』為に、俺を飼おうとしているのではないか?」
「……! い……イドゥン……お兄様?」
「――」
ハヤテの言葉に、驚きの声を上げるフラニィと、沈黙を保つイドゥン。
この場に居合わせた者たちの口からも思わず狼狽の声が漏れ、さざ波の様に静かな喧騒が、大広間の空気を震わせる。
――と、ガリガリという耳障りな音が、その喧騒を打ち消した。
それは、目を血走らせ、牙を食い縛ったイドゥンが、両手の爪を立てて、玉座の肘掛けを引っ掻く音だった。
彼は、強い怒りの色を湛えた目でハヤテを睨みつけながら、「……おい、グスターブ」と、低い声で腹心の部下の名を呼んだ。
「は――はっ! な……何でありましょうや、王太子殿下!」
突然名指しされたグスターブは、目を大きく見開くと、慌てて姿勢を正し、おずおずとイドゥンに向かって尋ねる。
グスターブの問いかけに、イドゥンは爛々と輝く瞳をハヤテの方へと向けながら、声高に叫んだ。
「――やはり、この者は、森に潜む悪魔と同じである! この者を野放しにしていては、きっと我が国の将来に禍根を残す! 此奴を地下牢に閉じ込め、二度と地上に出すな!」
「で――ですが、イドゥン様!」
イドゥンの命に対し、グスターブは狼狽の声を上げる。
「こ……此奴の処遇については、国王陛下の裁可が――!」
「ええい、黙れ!」
己の命に異を唱えられた事にイドゥンは激昂し、更に声を荒げた。
(――恐らく、先程までの鷹揚な態度よりも、今露わにしている直情的なそれの方が、この王太子の素なんだろうな)
ハヤテは、階の上で怒りを露わにするイドゥンを冷めた目で見つめながら、心の中で呟く。
一方、彼にそんな事を思われているとは露知らぬ様子で、イドゥンは地団駄を踏みつつ怒鳴った。
「国王の裁可が何だ! そんなもの、コイツが突然暴れ出したとでも言っておけば、事後報告でどうとでもなるわ!」
「し……しかし……」
「ええい! まだ抗うか!」
イドゥンは、肘掛けに拳を叩きつけて、更なる怒りを爆発させる。
「私は王太子だ! 王が結界の巡察に出ている今では、この王宮で最も権威のあるのは王太子なのだ! 大人しく、私の命に従っておれ!」
「……」
「フン! 何をあの様な、気弱で優柔不断で決断の遅い国王などを畏れておる? ……どうせ、直に私がその位を継ぐ事になるのだ! 今の内に、私への覚えをめでたくしておいた方が、貴様の身の為――」
「――そのお言葉、聞き捨てなりませんね」
「――ッ!」
王太子の言葉を中途で遮ったのは、若く――むしろ幼さを感じさせる溌剌とした声だった。
イドゥンと、大広間に集った全ての者たちが、一斉に声のした方――突然開け放たれた扉の方へと注目する。
――そこには、動きやすそうな軽装鎧に身を包んだ、灰白色の毛柄をしたひとりの猫獣人の少年が険しい顔をして立っていた。
「お――!」
その姿を見た瞬間、イドゥンの表情が凍りつく。
「お前が、何故王宮に居るのだ? ドリューシュ……!」
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