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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか
第四章其の陸 謁見
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「――イドゥンお兄様っ!」
王太子イドゥンの、ハヤテに対する態度に憤りを露わにしたのは、フラニィだった。
彼女は一歩前に出ると、その金色の瞳を爛々と輝かせながら、兄に対して声を荒げる。
「先ほど『面を上げよ』と仰ったのは、イドゥンお兄様ご自身ではないですか! それなのに、ハヤテ様に蹲えとは――」
「私が『面を上げよ』と命じたのは、我が国――ミアンの民にだ。どこの骨とも分からぬ悪魔などに、面を上げる赦しを与えた覚えは無い」
「な……!」
イドゥンの抑揚の薄い声を聞いたフラニィは、一瞬呆気にとられた様子だったが、すぐに目を吊り上げると、牙を剥きながら声を荒げる。
「お兄様ッ――!」
「フン……。私を気安く兄と呼ぶな、この鬼子めが」
「ッ……!」
兄からかけられた冷酷な言葉に、思わずフラニィは、息と言葉を呑む。
尊大な態度で玉座の肘掛けに頬杖をついたイドゥンは、階の上からフラニィの事を冷ややかに見下ろしながら言葉を継いだ。
「……そもそも、何故お前が居る? 私は、お前の同席を許した覚えは無いぞ。――無垢毛だからといって、あまり増長するなよ。お前はタダの第三王女だ! それ以上でもそれ以下でも無いわ!」
「……っ」
イドゥンの舌鋒に、フラニィの表情が変わる。
彼女は何も言い返せず、唇を噛んで俯いてしまった。
「……フン」
イドゥンは、そんな妹を一瞥すると、侮蔑に満ちた薄笑みを浮かべ、「まあ良い」と続ける。
「そこに居たいのなら、勝手にしろ。……ただ、煩いから、お前はもう何も喋らず、黙って突っ立っておれ。良いな」
「……ですが!」
「王太子の命令に逆らうつもりか? フラニィ・エル・ファスナフォリック!」
「! ――畏まりました……」
強い口調で告げられ、フラニィはビクリと身体を震わせると、耳と尻尾を垂らして、力無く俯いた。
イドゥンは、妹が頷くのを見ると、顔を歪め、
「……チッ!」
と、ハヤテ――そして、フラニィの耳に届くほどの大きさで舌打ちをする。
そして、
「ふふふ……いい気味」
「本当に。無垢毛で、お父様のお気に入りだからって、調子に乗り過ぎなのよ、あの娘……」
彼の両脇に控えた二人の女が、口を手で隠しながら、クスクスと嗤った。
――ふたりの女の猫獣人は、ともに黒がちの白黒柄の毛柄をしていて、その顔は何となく、フラニィよりもキツ目に見える。
(……察するに、あのふたりは、フラニィの姉か)
膝をつき首を垂れた姿勢のまま上座の方を盗み見ていたハヤテは、そう推定した。
(それにしても……、“ムクゲ”とは、一体――?)
「――良し」
ハヤテの思索は、イドゥンの声によって、唐突に妨げられる。
イドゥンは自分の頬ヒゲを撫でながら、ハヤテに向かって抑揚のない声をかけた。
「おい、悪魔」
「……」
だが、ハヤテは首を垂れたまま、ピクリとも反応しない。
――と、
「王太子が呼んでおる! 返事をせぬかッ!」
怒声と共に、グスターブが籠檻の鉄格子を剣の鞘で思い切り叩きつけた。
耳を劈く様な金属音が大広間に響き渡り、イドゥンは僅かに眉を顰める。
「……喧しいぞ、グスターブ」
「ッ! も、申し訳……御座いませぬ!」
王太子の叱責に、グスターブはビクリと身体を戦慄かせ、慌てて頭を深々と下げた。
――だが、そんな騒ぎの中でも、ハヤテは微動だにせず、膝をついたままの姿勢を崩さない。
それを見たイドゥンが、口元を綻ばせた。
「ふふ……、思ったよりも肝が据わっているようだな、悪魔……」
「……」
「――ふん、“悪魔”と呼ばれるのは心外だとでも言いたげだな」
イドゥンは、そう言って鼻を鳴らすと、機嫌の良さそうな声で言葉を継ぐ。
「気に入った、面を上げて良いぞ、貴様」
「……ハヤテだ」
「ん?」
首を垂れたままのハヤテが漏らした言葉を耳にして、イドゥンは訝し気に小首を傾げた。
「何だ?」
「……俺の名は……ハヤテだ。“貴様”では無い」
「……ふ」
ハヤテの言葉に、イドゥンは目を大きく見開き――大きく口を開けて大笑する。
「ふ、はははははは! なかなかいいな、貴様! ――いや、ハヤテ? ハヤテか、ははは!」
そう叫びながら心底愉快そうに膝を叩き、一通り馬鹿笑いをしたイドゥンは、
「――善し。面を上げるがよいぞ、ハヤテとやら」
と、命じた。
その言葉を聞いたハヤテは、「……ああ」と小さく頷くと、ようやくその顔を上げる。
「……ふむ」
イドゥンは、無表情のハヤテの顔を、その黄色い瞳でジッと見据えると、大きく頷いてみせた。
「悪魔……貴様らの顔は、我らとは些か違っておるようだな。――頭以外に毛が生えておらぬのに、寒くはないものなのか?」
「……え?」
イドゥンの口から紡がれた、意外な問いかけに、ハヤテは思わず呆けた声を上げる。
が、すぐに気を取り直すと、ギクシャクと首を横に振った。
「……ま、まあ、そこまでは」
「ん? でも、口の周りには少しヒゲが生えているみたい……。でも、その短さでは、何の役にも立たないでしょうに。何の為に生えておるのですか、その黒いヒゲは?」
「こ……これは――」
イドゥンの右脇に控えた女の猫獣人が更に重ねた珍妙な質問に、てっきり厳しい質問や罵倒をぶつけられると思っていたハヤテは拍子抜けしてしまう。
彼は戸惑いながらも、口周りに生えた無精髭を撫でながら答えた。
「まあ……この髭は、猫――アンタ達に生えているヒゲとは、ちょっと違うものだからな……。俺たち人間にとっては、別に無くてもいいものだ。剃ってしまってもいいくらいにな……」
「剃る……? ほう――面白い」
ハヤテの答えに、イドゥンは感嘆の声を上げる。
「貴様ら悪魔……いや、ニンゲンと言ったか――、お前らには、そういう習性があるのか」
「……と、言うか」
頻りに感心した様子で頷くイドゥンに、ハヤテは苛立ちを隠せぬ様子で言った。
「一体何なんだ、アンタが俺をここに呼びつけた目的は? ……まさか、こんなくだらない質問をする為だけじゃないだろう?」
「……フン。思ったよりも頭が回るらしいな、ニンゲンとやらは」
ハヤテの声に、イドゥンはニヤリと薄笑みを浮かべてみせる。
そして、それまでだらしなく組んでいた脚を下ろして姿勢を正すと、やや前屈みになり、ジッとハヤテの顔を見据えながら口を開いた。
「――ならば、本題に入ろう」
そして、その顔からフッと薄笑みを消し、その黄色い瞳に冷たい光を宿しつつ言葉を継ぐ。
「……ハヤテ。お前、私の麾下に加わる気は無いか?」
王太子イドゥンの、ハヤテに対する態度に憤りを露わにしたのは、フラニィだった。
彼女は一歩前に出ると、その金色の瞳を爛々と輝かせながら、兄に対して声を荒げる。
「先ほど『面を上げよ』と仰ったのは、イドゥンお兄様ご自身ではないですか! それなのに、ハヤテ様に蹲えとは――」
「私が『面を上げよ』と命じたのは、我が国――ミアンの民にだ。どこの骨とも分からぬ悪魔などに、面を上げる赦しを与えた覚えは無い」
「な……!」
イドゥンの抑揚の薄い声を聞いたフラニィは、一瞬呆気にとられた様子だったが、すぐに目を吊り上げると、牙を剥きながら声を荒げる。
「お兄様ッ――!」
「フン……。私を気安く兄と呼ぶな、この鬼子めが」
「ッ……!」
兄からかけられた冷酷な言葉に、思わずフラニィは、息と言葉を呑む。
尊大な態度で玉座の肘掛けに頬杖をついたイドゥンは、階の上からフラニィの事を冷ややかに見下ろしながら言葉を継いだ。
「……そもそも、何故お前が居る? 私は、お前の同席を許した覚えは無いぞ。――無垢毛だからといって、あまり増長するなよ。お前はタダの第三王女だ! それ以上でもそれ以下でも無いわ!」
「……っ」
イドゥンの舌鋒に、フラニィの表情が変わる。
彼女は何も言い返せず、唇を噛んで俯いてしまった。
「……フン」
イドゥンは、そんな妹を一瞥すると、侮蔑に満ちた薄笑みを浮かべ、「まあ良い」と続ける。
「そこに居たいのなら、勝手にしろ。……ただ、煩いから、お前はもう何も喋らず、黙って突っ立っておれ。良いな」
「……ですが!」
「王太子の命令に逆らうつもりか? フラニィ・エル・ファスナフォリック!」
「! ――畏まりました……」
強い口調で告げられ、フラニィはビクリと身体を震わせると、耳と尻尾を垂らして、力無く俯いた。
イドゥンは、妹が頷くのを見ると、顔を歪め、
「……チッ!」
と、ハヤテ――そして、フラニィの耳に届くほどの大きさで舌打ちをする。
そして、
「ふふふ……いい気味」
「本当に。無垢毛で、お父様のお気に入りだからって、調子に乗り過ぎなのよ、あの娘……」
彼の両脇に控えた二人の女が、口を手で隠しながら、クスクスと嗤った。
――ふたりの女の猫獣人は、ともに黒がちの白黒柄の毛柄をしていて、その顔は何となく、フラニィよりもキツ目に見える。
(……察するに、あのふたりは、フラニィの姉か)
膝をつき首を垂れた姿勢のまま上座の方を盗み見ていたハヤテは、そう推定した。
(それにしても……、“ムクゲ”とは、一体――?)
「――良し」
ハヤテの思索は、イドゥンの声によって、唐突に妨げられる。
イドゥンは自分の頬ヒゲを撫でながら、ハヤテに向かって抑揚のない声をかけた。
「おい、悪魔」
「……」
だが、ハヤテは首を垂れたまま、ピクリとも反応しない。
――と、
「王太子が呼んでおる! 返事をせぬかッ!」
怒声と共に、グスターブが籠檻の鉄格子を剣の鞘で思い切り叩きつけた。
耳を劈く様な金属音が大広間に響き渡り、イドゥンは僅かに眉を顰める。
「……喧しいぞ、グスターブ」
「ッ! も、申し訳……御座いませぬ!」
王太子の叱責に、グスターブはビクリと身体を戦慄かせ、慌てて頭を深々と下げた。
――だが、そんな騒ぎの中でも、ハヤテは微動だにせず、膝をついたままの姿勢を崩さない。
それを見たイドゥンが、口元を綻ばせた。
「ふふ……、思ったよりも肝が据わっているようだな、悪魔……」
「……」
「――ふん、“悪魔”と呼ばれるのは心外だとでも言いたげだな」
イドゥンは、そう言って鼻を鳴らすと、機嫌の良さそうな声で言葉を継ぐ。
「気に入った、面を上げて良いぞ、貴様」
「……ハヤテだ」
「ん?」
首を垂れたままのハヤテが漏らした言葉を耳にして、イドゥンは訝し気に小首を傾げた。
「何だ?」
「……俺の名は……ハヤテだ。“貴様”では無い」
「……ふ」
ハヤテの言葉に、イドゥンは目を大きく見開き――大きく口を開けて大笑する。
「ふ、はははははは! なかなかいいな、貴様! ――いや、ハヤテ? ハヤテか、ははは!」
そう叫びながら心底愉快そうに膝を叩き、一通り馬鹿笑いをしたイドゥンは、
「――善し。面を上げるがよいぞ、ハヤテとやら」
と、命じた。
その言葉を聞いたハヤテは、「……ああ」と小さく頷くと、ようやくその顔を上げる。
「……ふむ」
イドゥンは、無表情のハヤテの顔を、その黄色い瞳でジッと見据えると、大きく頷いてみせた。
「悪魔……貴様らの顔は、我らとは些か違っておるようだな。――頭以外に毛が生えておらぬのに、寒くはないものなのか?」
「……え?」
イドゥンの口から紡がれた、意外な問いかけに、ハヤテは思わず呆けた声を上げる。
が、すぐに気を取り直すと、ギクシャクと首を横に振った。
「……ま、まあ、そこまでは」
「ん? でも、口の周りには少しヒゲが生えているみたい……。でも、その短さでは、何の役にも立たないでしょうに。何の為に生えておるのですか、その黒いヒゲは?」
「こ……これは――」
イドゥンの右脇に控えた女の猫獣人が更に重ねた珍妙な質問に、てっきり厳しい質問や罵倒をぶつけられると思っていたハヤテは拍子抜けしてしまう。
彼は戸惑いながらも、口周りに生えた無精髭を撫でながら答えた。
「まあ……この髭は、猫――アンタ達に生えているヒゲとは、ちょっと違うものだからな……。俺たち人間にとっては、別に無くてもいいものだ。剃ってしまってもいいくらいにな……」
「剃る……? ほう――面白い」
ハヤテの答えに、イドゥンは感嘆の声を上げる。
「貴様ら悪魔……いや、ニンゲンと言ったか――、お前らには、そういう習性があるのか」
「……と、言うか」
頻りに感心した様子で頷くイドゥンに、ハヤテは苛立ちを隠せぬ様子で言った。
「一体何なんだ、アンタが俺をここに呼びつけた目的は? ……まさか、こんなくだらない質問をする為だけじゃないだろう?」
「……フン。思ったよりも頭が回るらしいな、ニンゲンとやらは」
ハヤテの声に、イドゥンはニヤリと薄笑みを浮かべてみせる。
そして、それまでだらしなく組んでいた脚を下ろして姿勢を正すと、やや前屈みになり、ジッとハヤテの顔を見据えながら口を開いた。
「――ならば、本題に入ろう」
そして、その顔からフッと薄笑みを消し、その黄色い瞳に冷たい光を宿しつつ言葉を継ぐ。
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