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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか

第四章其の伍 御前

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 両手に枷を嵌められたハヤテは、グスターブとその部下に周りを取り囲まれた状態で廊下を歩かされ、大きな広間まで連行された。
 先頭を歩いていたグスターブが、ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、部屋の中央を指さした。

「――よし、悪魔。ここに入れ」
「……ッ!」
「そ……それは……!」

 グスターブが指さした先を見たハヤテとフラニィの表情が変わる。
 ――部屋の真ん中に据え付けられていたのは、太い鉄格子で四方を取り囲まれた巨大な籠檻だった。
 ふたりの反応を見て、グスターブは愉悦に満ちた薄笑みを顔に湛える。

「王太子殿下直々の御出ましだ。万々が一にも不測の事態が起こってはならぬ。ゆえに、恐ろしき力を持つ悪魔はその檻の中で控えておれとのお達しだ。……いやとは言わせぬ」
「ぐ……グスターブッ!」

 グスターブの尊大な物言いに激昂したのは、ハヤテではなくフラニィだった。
 彼女は、尻尾の毛を逆立たせ、口の端から白い牙を剥き出しながら、グスターブに向かって叫ぶ。

「いくら何でも、無礼が過ぎます! あたしやお父様を救ってくださったハヤテ様に対して、こんな扱いをしようだなんて! あ――あなたという方は……ッ!」
「あ――いや、フラニィ殿下……! これは……その、ワシの一存ではなく――」
「そもそも! 昨日、お父様がハヤテ様とお話をなされた際には、手枷足枷こそ付けてはいましたが、それ以外は普通の者と変わらず、椅子にお掛け頂いた上でお会いになられました! ……それなのに、今日はハヤテ様をこんな仰々しい檻に詰め込もうだなんて――!」
「あ……いえ……それにつきましては……」

 フラニィの剣幕に、グスターブは気圧され、タジタジとなりながら、慌てて釈明の言葉を吐く。

「そ……そもそも、イドゥン殿下の御意向に御座いますれば――」
「まあ! 近衛団長ともあろう者が、少し旗色が悪くなったからといって、すぐにお兄様あるじに責任を丸投げなさるのですか? 団長が聞いて呆れますね――!」
「……フラニィ」

 怒髪……怒天を衝く勢いで捲し立てるフラニィを制したのは、ハヤテだった。

「フラニィ、俺は別に構わないから……」
「ハヤテ様! ――でも……」

 静かな言葉で止められたフラニィだが、なおも憤懣が収まらない様子で目を吊り上げる。
 しかし、

「大丈夫。――ありがとう」
「ハヤテ様……!」

 首を横に振りながら、重ねて窘められ、ついに不承不承頷いた。
 そんな彼女に微笑みかけたハヤテは、ゆっくりと歩みを進め、開いている檻の扉の隙間に自ら身を滑り込ませる。
 すかさず、グスターブ麾下の近衛兵が檻に飛びつき、鉄格子に鎖を何重にも巻き付け、更に三個の鍵を掛けた。
 そして、最後にグスターブ自らが檻に寄り、鎖が緩まないか、鍵が外れないかを確認してから、「……よし」と満足げに頷く。
 そして、鉄格子の向こうのハヤテの顔を憎々しげに睨みつけながら、

「おい、悪魔……」

 敵意を剥き出しにして、牙を剥いた。

「これから、イドゥン殿下が御出座なされる。くれぐれも妙な気を起こすなよ。……少しでも怪しい動きを見せようものならば……すぐさま、その首を切り落としてやるからな」
「……」

 挑発的なグスターブの言葉にも、ハヤテは怒る様子も見せぬまま、ただ目を前に向けるのみだった。

「……フンっ!」

 ハヤテの平然とした態度に苛立ったグスターブは、牙を剥いたまま口を食いしばると、手にした剣を鞘に納めたまま鉄格子に叩きつける。
 広い部屋に、けたたましい金属音が響き渡るが、それでもハヤテの表情は変わらぬままだった。

「……チッ!」

 グスターブは、動じないハヤテに憎々しげな視線を向けながら舌打ちし、そそくさと檻から離れる。
 ――と、入れ替わりに、檻の傍らに立ったのは、フラニィだった。

「……フラニィ?」
「――大丈夫です。ハヤテ様の事は、あたしが守ります」

 驚いた顔のハヤテに、顔を上座に向けたまま、フラニィはそっと囁きかける。
 そして、横目で彼を見ると、片目を瞑ってみせた。

「……これでもあたし、この王国の第三王女ですから。ご安心ください」
「……ふふっ」

 フラニィの言葉に、ハヤテは思わず相好を崩す。
 笑われてムッとするフラニィに慌てて首を横に振りながら、ハヤテは彼女にだけ聴こえるように囁きかけた。

「――いや、ごめん。でも……頼りにしているよ」
「ッ――!」

 彼の囁きに、たちまち耳の先を真っ赤に染めるフラニィだったが――、

「――ミアン王国の全ての民に愛し慕われる至宝にして、最も軒昂たる希望の子! イドゥン・レゾ・ファスナフォリック第一王太子殿下の御成りである! 皆の者、控えよッ!」

 上座の脇に控えた、伝奏らしき者の良く通る声が部屋の空気を震わせる。
 同時に、部屋にいる者全てが一斉に跪いた。
 ――それは、ハヤテの入る檻の傍らにいたフラニィですら例外ではない。
 部屋の中で立っていたのは、突然の事で事情が良く呑み込めていないままの、ハヤテただ一人のみだった。

「……ハヤテ様! あたしと同じように跪いて下さいっ」
「……っ!」

 ハヤテは、頭を深々と下げたままの姿勢のフラニィからかけられた指示に従い、慌てて彼女と同じように膝を折り、頭を深々と垂れた。

「……」

 先ほどまでとは打って変わって、不気味な静寂のヴェールが部屋を覆う。
 ――と、微かな衣擦れの音と、カツカツという靴音が、上座の方から聞こえてきた。

(……複数?)

 頭を下げたままのハヤテの脳裏に、疑念が浮かぶ。
 ――と、

「苦しゅうない。皆の者、面を上げよ」

 若い男の声が、上座の方から聞こえてきた。
 すると、

「「「「「はッ!」」」」」

 部屋にいる全ての者たちが、示し合わせたように声を上げる。
 ハヤテも、周囲の様子を横目で見ながら、ゆっくりと顔を上げた。
 そして、彼の目は、上座に据えられた玉座にどっかりと腰を据えた黒ブチ柄の若い猫獣人の姿を捉えた。
 そして、その両脇に立つ、フラニィと同じようなドレスを纏ったふたりの猫獣人の女の姿も――。

「――! お、お姉さま達まで……?」

 ハヤテは、檻の脇に立つフラニィの口から漏れた呟きで、玉座の両脇の女性が彼女の姉――即ち、第一王女と第二王女だという事を察する。
 ――と、

「皆、大儀である。――そして」

 玉座の男が、鷹揚に手を上げると、檻の中のハヤテに向かって、ニヤリと薄笑みを浮かべながら言った。

「……貴様が、不届き者の悪魔の同族か」
「……」
「! い……イドゥンお兄様ッ!」

 フラニィが抗議の声を上げるが、その声を無視した男は、冷たい響きの籠もった声で言葉を続ける。

「――私が、ミアン王国第一王太子・イドゥン・レゾ・ファスナフォリックである。……ところで、?」

 そして、上げた手を伸ばし、床に向けて指を突きつけながら、冷徹な言葉を吐いた。

「王太子の前で不敬である。――さっさとつくばえ。この悪魔めが」
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