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第四章 孤独な狼は、猫獣人たちと解り合う事ができるのか

第四章其の壱 朝食

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 小さな窓から、穏やかな朝陽の光が、部屋の中に射し込んでいる。
 ハヤテは、鉄格子の嵌まった窓の隙間から外を見ながら、何に注目するでもなく、ただボーッとしていた。
 ――と、
 コンコンと部屋の扉を静かに叩く音が聞こえ、彼は首を廻らせる。

「……はい」
「あ――あの……あたしです。フラニィです! お食事をお持ちしました」
「ああ……」

 扉の向こうから上がった、聞き慣れた少女の声に、ハヤテは張り詰めていた緊張を和らげた。
 同時に、空腹を思い出した彼は、腹を擦りながら扉に声をかける。

「ありがとう。……じゃあ、そこに置いといて――」
「入りますね!」
「え――? あ、あの――」

 意想外の言葉にハヤテが驚きの声を上げるよりも早く、扉の外の閂が外される音がして、分厚い木の扉がゆっくりと開いた。
 そして、満面の笑みを浮かべた白い猫獣人の少女が、食器の載ったお盆を両手で持ちながら部屋の中へ入ってくる。

「おはようございます、ハヤテ様!」

 スミレ色のドレスを身に纏ったフラニィは、ハヤテに向かってぺこりと会釈すると、部屋の中央に据えられたテーブルにお盆を置いた。
 彼女に続いて、無言で部屋に入ってきた完全武装の兵士は、ハヤテの顔をギロリと睨むと、その巨体で扉を塞ぐように仁王立ちする。

「……おはよう、フラニィ」

 フラニィの元気な挨拶に困り笑いを浮かべながら応えたハヤテは、兵士が向ける敵意の籠もった視線に辟易しつつ、窓から離れた。
 そして、当然のように椅子に腰を下ろしているフラニィを見て、当惑の声を上げる。

「あ……ひょっとして、君もここで食べる気なのかい?」
「ええ。何か変ですか?」

 しれっと答えたフラニィだったが、ハッとした表情を浮かべ、慌てて椅子から腰を浮かした。

「ひょ……ひょっとして、あたしといっしょにごはんを食べるのはイヤでしたか? ごめんなさい! あたし、すぐに出て行きますから――」
「あ、違う! そうじゃなくて――」

 ハヤテは、急いで出ていこうとするフラニィを慌てて引き止める。

「君は、この国のお姫様なんだから、俺みたいな……君たちを沢山傷つけた“悪魔”と同じ様な奴といっしょにメシなんか食ったら……」
「あら? 別に関係無いです!」

 ハヤテの言葉を、キッパリとした口調で否定したフラニィは、その目をやや吊り上げた。

「悪魔達は悪魔達、ハヤテ様はハヤテ様です。ハヤテ様も自分でそう仰ってたじゃないですか?」
「あ……ま、まあ、そうなんだけど……」

 フラニィに問いかけられたハヤテは、答えに詰まり、取り敢えず照れ笑いを浮かべてみせる。
 そんな彼に満面の笑みを浮かべてみせたフラニィは、テーブルの向かいの椅子を指さした。

「さ、せっかくのごはんが冷めちゃいますから、早く座って下さい!」
「あ……う、うん」

 フラニィに促されて席に着いたハヤテは、たちまち鼻腔に満ちた焼けた肉の香ばしい匂いで湧いた生唾を呑み込む。
 そんな彼の様子に、フラニィはニコニコと笑いながら、盆の上で湯気を上げる料理を指し示した。

「今日の朝ご飯は、エシメのお肉です!」
「エシメって確か……あの、ウサギみたいな、耳の長い動物だよね……?」
「ええ! ――あたしは、ウサギって名前の生き物は知らないですけど。森の中でよく走ってた、あの長耳ですよ」

 ハヤテの問いに答えながら、フラニィは皿の上に盛り付けられた肉の切り身を小皿によそう。
 そして、肉をこんもりと載せた小皿をハヤテに差し出した。

「はい、ハヤテ様! どうぞ~」
「あ。ありがとう」

 ハヤテは礼を言って、フラニィから小皿を受け取る。
 ……ステーキで言えば、ミディアムレアといったところか。赤い肉汁が切り口から染み出した肉を目の前にして、ハヤテの腹の虫が鳴った。

「あはは。お腹が空いたら鳴っちゃうのは、ハヤテ様もあたしたちと同じですね」

 朗らかな笑い声を上げるフラニィに、ハヤテは少し顔を赤らめる。

「……じゃあ、食べましょ」
「あ、うん」

 自分の分の肉も取り分けたフラニィに促されたハヤテは、小さく頷くと、胸の間で手を合わせて呟いた。

「いただきます」

 ◆ ◆ ◆ ◆

「……ごちそうさま」

 空になった小皿を盆に戻して、ハヤテは再び胸の間で掌を合わせて言った。
 ――ふと気付くと、フラニィがその金色の目を大きく見開いて、じっと彼の顔を見つめている。
 ハヤテは、怪訝な表情を浮かべて、フラニィに尋ねた。

「……ど、どうした? 何か変だったかい?」
「あ……ごめんなさい。いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

 フラニィは、鼻の頭を真っ赤に染めると、ブンブンと首を横に振った。

「えっと……。あの、ご飯を食べる前と食べた後に、ハヤテ様が仰っていた言葉が何なのかな……って、少し気になって……」
「え? あ、ああ……『いただきます』と『ごちそうさま』の事か……。そうか、猫獣人君たちの間には、そういう事を言う習慣が無いんだね」

 ハヤテは、フラニィの言葉の意味を理解すると、穏やかな笑みを浮かべ、それから顎に手を当てて考え込む。

「……改めて考えると、説明が難しいな。……ええと」
「あ、変な事を訊いちゃったんなら、ごめんなさい……。別に、絶対に知りたいって訳じゃないんで――」
「あ、いや。大丈夫」

 申し訳なさそうな顔をするフラニィに向けて、軽く首を振りながら、ハヤテは言葉を継いだ。

「そうだね……。『いただきます』は、食事の元になった動物や魚や野菜達に対して、『その命をありがたく頂戴します』って伝える断りの言葉で、『ごちそうさま』は、『美味しかったです』という感謝の言葉……って感じかな? 多分」
「へえ……そういう事なんですね」

 ハヤテの説明に、フラニィは驚きの声を上げた。
 フラニィの声に、ハヤテはポリポリと頭を掻きながら言う。

「まあ……俺がいた日本っていう国では当たり前だったんだけど、他の国じゃ無い慣習だったみたい。世界一般的には、日本の方が変な考え方をしてたのかもしれないけどね……」
「ううん、そんな事無いです」

 フラニィは、苦笑するハヤテの言葉に首を振った。

「ハヤテ様の……ニホンって国の人の考え方って素敵だと思います」
「……そうかな?」
「そうですよ!」

 首を傾げるハヤテに向かって、フラニィは大きく頷く。

「あたしたちのご飯になってくれた生き物たちに感謝する――今まで、そんな事は考えた事も無かったですけど……。何か、素敵ですね、その考え方」

 そう言うと、フラニィはニッコリとハヤテに微笑みかけた。

「ハヤテ様が、何でそんなに優しいのか、その理由が分かったような気がします――」
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