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第三章 豺狼が手を伸ばすのは、人か、猫か
第三章其の玖 圧倒
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カ――――ンッ!
ハヤテが、屈んだシーフの頭部目がけて思い切り脚を振りぬいたと同時に、部屋に甲高い金属音が響き渡った。
「――グッ……!」
だが、苦悶の声を上げたのは、蹴られたシーフではなく、蹴ったハヤテの方だった。
彼は、蹴り抜いた脛を両腕で抱え込むようにしてその場に蹲る。
それとは逆に、ハヤテに渾身の力で頭を蹴り飛ばされたはずのシーフは、コキコキと首の骨を鳴らしながら、ゆらりと立ち上がった。
「ヒヒヒ……、アンタ、ひょっとしてバカですかい?」
蹲ったハヤテを冷ややかに見下ろしながら、シーフは嘲り笑いを上げる。
「装甲戦士の頭を生身で蹴ってダメージを与えられるとでも思ったんですかい? むしろ、このクソッたれな世界に堕とされてから、ずっと調子が悪かった首周りのコリがほぐれて、丁度いいマッサージでしたぜ。お礼を言うべきですかねぇ、ヒヒヒッ!」
「……チッ!」
シーフの皮肉に対して、悔しそうに睨みつける事しかできないハヤテは、忌々しげに舌打ちした。
次の瞬間――、
シーフのブーツの硬い爪先が、ハヤテの顎を強かに蹴り上げた。
「がッ――!」
「お礼代わりに、あっしもマッサージしてあげやしょう。ヒヒヒ……いえいえ、遠慮はいりませんぜ」
仰け反り倒れたハヤテに嫌味たらしい嘲笑い声を浴びせるシーフ。
彼は、仰向けに倒れたハヤテの無防備な腹を踏みつける。
「が……は……!」
「ついでに、腹の調子を整えるマッサージもサービスしてあげやしょう! 効きすぎて、ケツの穴から臓物が飛び出ちまうかもしれませんがねぇ!」
「が……がああああ……ッ!」
シーフに執拗に腹を踏みにじられたハヤテは、苦痛に顔を歪める。このシーフは、テレビの中のシーフよりも幾分小柄だったが、それでも装甲を加えた体重は百キロに迫る。その全体重を腹に受けているハヤテは生身だ。このままではシーフの言葉通り、内臓に深刻なダメージを負ってしまうに違いない……!
――と、その時、
「こ……この、悪魔めぇッ!」
ひとりの勇敢な兵が、剣を腰だめに構えて、シーフに向かって突っ込んだ。
「う、おおおおおおおっ!」
兵は、雄々しく吠えながら、シーフの背中に向かって剣を突き出す。
――ガチィ……ン!
部屋に、金属がぶつかり擦れ合う音が響いた。
「……な――!」
「――おっとっとぉ、危ない危ない」
シーフは、おどけた声を上げ、ゆっくりと兵の方に顔を向ける。――後ろ手に回した右腕の手甲から、まっすぐに伸びた白色の刃で、兵の剣をガッチリと受け止めながら。
「マッサージに夢中で、危うく猫の爪に引っかかれるところでしたねェ。怖い怖い。――っと!」
そう嘯きながら、シーフは右腕に力を籠め、防いでいた兵の剣をかちあげる。
そして、剣を撥ね上げられた反動で露わになった兵の喉元に、右腕の白刃をずぶりと突き刺した。
「――ガッ……は……ッ!」
「……どうですかい? このロウデント・トゥースのお味は……? 日頃追い回してるネズミに喉を食い破られる気分はいかがですかね……ヒヒヒッ!」
ぱっくりと開いた喉の傷口から噴き出る真っ赤な鮮血を灰色のマスクに浴びながら、シーフは侮蔑と愉悦に満ちた哄笑をあげる。
「ヒャハハハハッ! これぞまさに、『窮鼠猫を噛む』ってやつじゃあないですかい! いや……『強鼠猫を嚙む』の方がいいですかねェ? ヒヒヒヒヒッ!」
「……ぐ、ぐう……」
狂的な笑い声が部屋の中を反響し、兵たちの間に動揺が広がった。
彼らは知らぬ内に、一歩また一歩と後ずさりし始める。
その時、
「ええい! 者ども、怯むなぁっ!」
たじろぐ兵たちを、厳しくも勇敢な声が一喝した。
声の主は、兵たちの中心に居たアシュガト二世その人であった。
彼は、自ら大剣を抜き、頭上に振り上げながら大音声で叫んだ。
「敵はひとりだ! いかに“森の悪魔”のひとりといえど、怖るるには足りぬ。じきに応援も駆けつける! 今は守りを固め、只管に時間を稼げ!」
「は……ハッ!」
瓦解しかけた兵たちの士気は、王の叱咤によって再び横溢なものとなった。
彼らは足を踏ん張り、手にした剣を斜に構え、その剣身の陰に隠れるように身体を小さく縮ませる。
それを見たシーフは、棒立ちになったまま喉から血を噴き続ける兵の屍を手で払いのけ、アイユニットにこびり付いた血を拭いながら独り言ちる。
「……と、いけねえいけねえ。雑魚猫どもや裏切り者をいたぶるのが楽しすぎて、肝心な獲物を忘れるところでしたぜ」
そして、己の足元でうめき声をあげているハヤテを冷ややかに光る緑色の目で見下ろすと、静かに訊く。
「……これが最後の説得ですぜ。――悪い事ぁ言わねえから、おとなしく牛島サンの下に戻りなせえ。あの人には逆らっちゃあいけねえ。……それが、先輩のあっしからの忠告でさぁ」
「……こと……わる……!」
シーフの言葉に対するハヤテの返事は、息も絶え絶えながら、断固とした決意に満ちたものだった。
それを聞いたシーフは、仮面越しからもハッキリと分かる溜息を吐きながら、呆れたように肩を竦める。
「……やれやれ。本当に理解しがたい人だねぇ、アンタは。同じ人間ではなく、こんな獣どもの味方をしようだなんて――ねっ!」
そう叫ぶやいなや、シーフはハヤテを踏みつけていた右脚を大きく振り上げた。全体重をかけたフットスタンプで、ハヤテの腹を踏み破ろうというのだ。
「――くっ!」
だが、ハヤテは残った力を振り絞って、寝転がったまま身体を回転させて、シーフの脚下から逃れた。一瞬後、彼が横たわっていた床の石畳がシーフの蹴撃を受け、無数の石礫と化して周囲に飛散する。
「……チッ! 死にぞこないのクセにチョロチョロと!」
必殺の一撃を躱されたシーフは大きく舌打ちをするが、それっきりハヤテへの興味をすっかり失ってしまったように、クルリと背を向ける。
そして、出口の扉周りを固める猫獣人たちの中心に立って自分を睨みつけている、白毛の目標と、その足元に焦点を合わせる。
「……まあいいや」
そう呟いた彼は、血に塗れたままのロウデント・トゥースが伸びた右腕を引きつつ、足元を固めた。
そして、仮面の中で舌なめずりをしながら、小さく嘲笑う。
「さぁて……。こっからはあっしの、盗人としての時間ですぜ。ヒヒヒッ!」
ハヤテが、屈んだシーフの頭部目がけて思い切り脚を振りぬいたと同時に、部屋に甲高い金属音が響き渡った。
「――グッ……!」
だが、苦悶の声を上げたのは、蹴られたシーフではなく、蹴ったハヤテの方だった。
彼は、蹴り抜いた脛を両腕で抱え込むようにしてその場に蹲る。
それとは逆に、ハヤテに渾身の力で頭を蹴り飛ばされたはずのシーフは、コキコキと首の骨を鳴らしながら、ゆらりと立ち上がった。
「ヒヒヒ……、アンタ、ひょっとしてバカですかい?」
蹲ったハヤテを冷ややかに見下ろしながら、シーフは嘲り笑いを上げる。
「装甲戦士の頭を生身で蹴ってダメージを与えられるとでも思ったんですかい? むしろ、このクソッたれな世界に堕とされてから、ずっと調子が悪かった首周りのコリがほぐれて、丁度いいマッサージでしたぜ。お礼を言うべきですかねぇ、ヒヒヒッ!」
「……チッ!」
シーフの皮肉に対して、悔しそうに睨みつける事しかできないハヤテは、忌々しげに舌打ちした。
次の瞬間――、
シーフのブーツの硬い爪先が、ハヤテの顎を強かに蹴り上げた。
「がッ――!」
「お礼代わりに、あっしもマッサージしてあげやしょう。ヒヒヒ……いえいえ、遠慮はいりませんぜ」
仰け反り倒れたハヤテに嫌味たらしい嘲笑い声を浴びせるシーフ。
彼は、仰向けに倒れたハヤテの無防備な腹を踏みつける。
「が……は……!」
「ついでに、腹の調子を整えるマッサージもサービスしてあげやしょう! 効きすぎて、ケツの穴から臓物が飛び出ちまうかもしれませんがねぇ!」
「が……がああああ……ッ!」
シーフに執拗に腹を踏みにじられたハヤテは、苦痛に顔を歪める。このシーフは、テレビの中のシーフよりも幾分小柄だったが、それでも装甲を加えた体重は百キロに迫る。その全体重を腹に受けているハヤテは生身だ。このままではシーフの言葉通り、内臓に深刻なダメージを負ってしまうに違いない……!
――と、その時、
「こ……この、悪魔めぇッ!」
ひとりの勇敢な兵が、剣を腰だめに構えて、シーフに向かって突っ込んだ。
「う、おおおおおおおっ!」
兵は、雄々しく吠えながら、シーフの背中に向かって剣を突き出す。
――ガチィ……ン!
部屋に、金属がぶつかり擦れ合う音が響いた。
「……な――!」
「――おっとっとぉ、危ない危ない」
シーフは、おどけた声を上げ、ゆっくりと兵の方に顔を向ける。――後ろ手に回した右腕の手甲から、まっすぐに伸びた白色の刃で、兵の剣をガッチリと受け止めながら。
「マッサージに夢中で、危うく猫の爪に引っかかれるところでしたねェ。怖い怖い。――っと!」
そう嘯きながら、シーフは右腕に力を籠め、防いでいた兵の剣をかちあげる。
そして、剣を撥ね上げられた反動で露わになった兵の喉元に、右腕の白刃をずぶりと突き刺した。
「――ガッ……は……ッ!」
「……どうですかい? このロウデント・トゥースのお味は……? 日頃追い回してるネズミに喉を食い破られる気分はいかがですかね……ヒヒヒッ!」
ぱっくりと開いた喉の傷口から噴き出る真っ赤な鮮血を灰色のマスクに浴びながら、シーフは侮蔑と愉悦に満ちた哄笑をあげる。
「ヒャハハハハッ! これぞまさに、『窮鼠猫を噛む』ってやつじゃあないですかい! いや……『強鼠猫を嚙む』の方がいいですかねェ? ヒヒヒヒヒッ!」
「……ぐ、ぐう……」
狂的な笑い声が部屋の中を反響し、兵たちの間に動揺が広がった。
彼らは知らぬ内に、一歩また一歩と後ずさりし始める。
その時、
「ええい! 者ども、怯むなぁっ!」
たじろぐ兵たちを、厳しくも勇敢な声が一喝した。
声の主は、兵たちの中心に居たアシュガト二世その人であった。
彼は、自ら大剣を抜き、頭上に振り上げながら大音声で叫んだ。
「敵はひとりだ! いかに“森の悪魔”のひとりといえど、怖るるには足りぬ。じきに応援も駆けつける! 今は守りを固め、只管に時間を稼げ!」
「は……ハッ!」
瓦解しかけた兵たちの士気は、王の叱咤によって再び横溢なものとなった。
彼らは足を踏ん張り、手にした剣を斜に構え、その剣身の陰に隠れるように身体を小さく縮ませる。
それを見たシーフは、棒立ちになったまま喉から血を噴き続ける兵の屍を手で払いのけ、アイユニットにこびり付いた血を拭いながら独り言ちる。
「……と、いけねえいけねえ。雑魚猫どもや裏切り者をいたぶるのが楽しすぎて、肝心な獲物を忘れるところでしたぜ」
そして、己の足元でうめき声をあげているハヤテを冷ややかに光る緑色の目で見下ろすと、静かに訊く。
「……これが最後の説得ですぜ。――悪い事ぁ言わねえから、おとなしく牛島サンの下に戻りなせえ。あの人には逆らっちゃあいけねえ。……それが、先輩のあっしからの忠告でさぁ」
「……こと……わる……!」
シーフの言葉に対するハヤテの返事は、息も絶え絶えながら、断固とした決意に満ちたものだった。
それを聞いたシーフは、仮面越しからもハッキリと分かる溜息を吐きながら、呆れたように肩を竦める。
「……やれやれ。本当に理解しがたい人だねぇ、アンタは。同じ人間ではなく、こんな獣どもの味方をしようだなんて――ねっ!」
そう叫ぶやいなや、シーフはハヤテを踏みつけていた右脚を大きく振り上げた。全体重をかけたフットスタンプで、ハヤテの腹を踏み破ろうというのだ。
「――くっ!」
だが、ハヤテは残った力を振り絞って、寝転がったまま身体を回転させて、シーフの脚下から逃れた。一瞬後、彼が横たわっていた床の石畳がシーフの蹴撃を受け、無数の石礫と化して周囲に飛散する。
「……チッ! 死にぞこないのクセにチョロチョロと!」
必殺の一撃を躱されたシーフは大きく舌打ちをするが、それっきりハヤテへの興味をすっかり失ってしまったように、クルリと背を向ける。
そして、出口の扉周りを固める猫獣人たちの中心に立って自分を睨みつけている、白毛の目標と、その足元に焦点を合わせる。
「……まあいいや」
そう呟いた彼は、血に塗れたままのロウデント・トゥースが伸びた右腕を引きつつ、足元を固めた。
そして、仮面の中で舌なめずりをしながら、小さく嘲笑う。
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