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第三章 豺狼が手を伸ばすのは、人か、猫か
第三章其の捌 怪盗
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装甲戦士シーフ――。
2006年にテレビ放送された『装甲戦士シーク』に登場するライバルファイターである。
“探偵”をモチーフにしたシークとは真逆の、“怪盗”を装甲のモチーフとした装甲戦士である。
その正体である意志川・A・琉範は、自身も神出鬼没の怪盗であり、南京錠を模した“ロッキングパッド”にスティール・キーを挿し込む事で、装甲戦士シーフに換装する。
彼は、ある時には自分を探偵として追うシークと戦い、またある時にはシークと共に魔人集団・世界の敵と戦う頼もしい味方ともなった。
その為、装甲戦士シーフは、そのスタイリッシュな戦闘スタイルに加え、気障ながら熱いものを感じさせるキャラ付けも相まって、番組を観ている子供たちにも大人気のキャラだった――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ヒヒヒーッ!」
アシュガト二世と彼の兵たちの前で、装甲戦士シーフ・ジロキチ・ザ・バンディットは、甲高い笑い声をあげながら自分の左腕を大きく振った。
ヒュンッという風切り音と共に、灰色の何かが一閃する。
と、次の瞬間、
「グアァッ!」
「ギャア……!」
「グゥ……ッ!」
シーフの一番近くに居た兵士たち数人が、絶叫と血しぶきを上げて、バタバタと床に倒れる。
「な……何だ! 何をした、あいつは――?」
シーフの攻撃を免れた兵たちは、床に転がって喘いでいる仲間の姿を見て、狼狽した様子で声を上ずらせる。
――その攻撃の事を知っていたのは、この場でただ一人だけ。
「それは、“ラットテイル・ウィップ”だ! ヤツの左腕の動きに注意しろ!」
手枷と足枷を付けられたままのハヤテは、座っていた椅子から腰を浮かせて叫んだ。
――ラットテイル・ウィップ。
シーフの左腕に仕込まれた、ジロキチ・ザ・バンディットのメイン武器である。名前の通り、ネズミの尻尾を彷彿とさせる、伸縮自在の鞭だ。
ダイヤモンド粒子を混ぜ込んだ弾性の高い鋼の細刃によって、あらゆるものを切り裂くことが可能で、鞭特有の変幻自在な軌道での斬撃を可能とするトリッキーな武器である――。
座っていた椅子から身をよじらせるようにして立ち上がったハヤテは、猫獣人の兵士たちに助言をかける。
「――大丈夫だ! ラットテイルウィップの攻撃には、特殊効果は無い! 腕の振りを見れば、鞭の軌道を読むことも簡単だから――!」
「――!」
怯えた表情を見せていた兵士たちだったが、ハヤテのアドバイスに生気を取り戻した。剣を強く握りしめ、シーフの一挙手一投足を見逃さぬよう、その目を爛々と輝かせる。
「……チッ!」
見るからに士気が上がった兵たちを睥睨しながら、シーフは舌打ちをした。
「……牛島サンが、アンタがあっしらの中で一番未来の日本から来たって言ってやしたが、本当らしいですねェ……。どうやら、アンタにはあっしの手の内が筒抜けの様だ。――こりゃあ、ちいとやり辛ぇや」
「……シークとシーフは、俺が中学の頃に放送していたシリーズの装甲戦士だ。毎週レコーダーで録画して繰り返し観てたから、そのスーツの戦いぶりは、細部まではっきりと覚え――」
ハヤテはそこまで言うと、ふと言葉を詰まらせた。――自分が何気なく発した言葉に、妙な違和感を感じたからだ。
(――中学の頃? それは……おかしくないか?)
装甲戦士シークが活躍していたのは、2006年――焔良疾風こと装甲戦士テラがいた2020年からは十四年前だ。二十三歳のハヤテは、十四年前なら九歳……小学三年生のはずだ。
だが――、彼の記憶では、確かに中学生の自分がシークとシーフの戦いに夢中になっていた記憶があるのである。
――計算が、合わない。
その事に気が付いたハヤテは、顔を青ざめさせる。
(……つまり俺は、本来の焔良疾風よりも三、四歳年上の……誰かだという事なんだな――)
森の中の山小屋で己の素性を牛島に論破されたものの、まだ心のどこかで『自分が焔良疾風本人である』と信じていたかった。
だが、否が応にもそれが違う事を知覚せざるを得ない事を思い知り、慄然とする。
「――痛ッ……!」
同時に、脳が疼くような痛みを覚えたハヤテは、思わず顔を歪めた。
「……おやぁ、どうしたんですかい? 随分と辛そうですねぇ、新入り・さ・ん?」
「ッ!」
突然耳元でかけられた囁き声に、ハヤテはギョッとして目を見開く。
慌てて背後を振り返ったハヤテの目に、狡猾なネズミを思わせるシーフの仮面が飛び込んできた。
驚きで表情を強張らせるハヤテの顔を覗き込むシーフの緑のアイユニットが、まるで嘲嗤うかのように怪しく光る。
そして、ハヤテにだけ聴こえる声で、そっと囁きかけた。
「……牛島サンからの伝言です。――『化け猫どもが私たちに対して、どんな感情を抱いているのか、良く分かっただろう? 分かったら、一緒に戦おう。同じ人間の我々と、ね』――だそうですよ」
「……」
シーフの囁きに、ハヤテは無言で俯いた。
てっきり彼が素直に首を縦に振ると思っていたシーフは、彼の意外な反応を見て怪訝そうに首を傾げるが、なおも言葉を継ぐ。
「……どうしたんですかい? まさか……さっき、あのボス猫と話していた様な、気狂いじみた事を、本気で考えているんじゃないでしょうねェ? あれは、奴らを油断させる為の口先三寸の言葉なんでしょ?」
「……ああ」
と、
シーフの顔を一瞥したハヤテは、不敵な笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「――もちろん、そうだ」
「へへっ、アンタも随分とお人が悪いですねェ」
ハヤテの返事を聞いたシーフは、おどけた様子で肩を竦めてみせる。
と、ハヤテは、手枷が嵌った両腕を挙げながら尋ねた。
「じゃあ……この手枷と足枷を外してくれないか? 装甲戦士シーフのアンタなら容易い事だろう?」
「へっ! 当然でさ。こんなモン、ちょちょいのチョイよ」
シーフはそう言って頷くと、右手の人差し指を立てる。すると、指の先から細長い針金のようなものが伸びてきて、うねうねと動いた。
「ちょいと待ってておくんなせえ……」
そう呟きながら、シーフは指先を手枷の錠前に当てる。
「……ふむ。鍵は、人間界でもこの世界でも、大して違いがないようですねェ。――ほら、開いた」
彼の言葉と共に、かちりという音がして、手枷の拘束が解けた。
ハヤテは、自由になった両手をしげしげと見つめながら頷いた。
「さすが、装甲戦士シーフ……。じゃあ、足枷も頼むよ」
「へいへい、喜んで……人遣いが荒いですねェ」
シーフはぶつくさ言いながら、ハヤテの足元に屈み込み、手枷と同じように、鍵穴に指を当てると、あっという間に足枷を外した。
「はい、終わりやしたぜ……」
「――ありがとう」
ハヤテは立ち上がると、足枷が外れた脚の感触を確かめるように、ぶらぶらと動かしてみる。
そして、満足そうに頷くと、ニコリと笑い――、
「――食らえぇッ!」
そう叫びながら、屈んでいたシーフの頭を思い切り蹴り飛ばした――!
2006年にテレビ放送された『装甲戦士シーク』に登場するライバルファイターである。
“探偵”をモチーフにしたシークとは真逆の、“怪盗”を装甲のモチーフとした装甲戦士である。
その正体である意志川・A・琉範は、自身も神出鬼没の怪盗であり、南京錠を模した“ロッキングパッド”にスティール・キーを挿し込む事で、装甲戦士シーフに換装する。
彼は、ある時には自分を探偵として追うシークと戦い、またある時にはシークと共に魔人集団・世界の敵と戦う頼もしい味方ともなった。
その為、装甲戦士シーフは、そのスタイリッシュな戦闘スタイルに加え、気障ながら熱いものを感じさせるキャラ付けも相まって、番組を観ている子供たちにも大人気のキャラだった――。
◆ ◆ ◆ ◆
「ヒヒヒーッ!」
アシュガト二世と彼の兵たちの前で、装甲戦士シーフ・ジロキチ・ザ・バンディットは、甲高い笑い声をあげながら自分の左腕を大きく振った。
ヒュンッという風切り音と共に、灰色の何かが一閃する。
と、次の瞬間、
「グアァッ!」
「ギャア……!」
「グゥ……ッ!」
シーフの一番近くに居た兵士たち数人が、絶叫と血しぶきを上げて、バタバタと床に倒れる。
「な……何だ! 何をした、あいつは――?」
シーフの攻撃を免れた兵たちは、床に転がって喘いでいる仲間の姿を見て、狼狽した様子で声を上ずらせる。
――その攻撃の事を知っていたのは、この場でただ一人だけ。
「それは、“ラットテイル・ウィップ”だ! ヤツの左腕の動きに注意しろ!」
手枷と足枷を付けられたままのハヤテは、座っていた椅子から腰を浮かせて叫んだ。
――ラットテイル・ウィップ。
シーフの左腕に仕込まれた、ジロキチ・ザ・バンディットのメイン武器である。名前の通り、ネズミの尻尾を彷彿とさせる、伸縮自在の鞭だ。
ダイヤモンド粒子を混ぜ込んだ弾性の高い鋼の細刃によって、あらゆるものを切り裂くことが可能で、鞭特有の変幻自在な軌道での斬撃を可能とするトリッキーな武器である――。
座っていた椅子から身をよじらせるようにして立ち上がったハヤテは、猫獣人の兵士たちに助言をかける。
「――大丈夫だ! ラットテイルウィップの攻撃には、特殊効果は無い! 腕の振りを見れば、鞭の軌道を読むことも簡単だから――!」
「――!」
怯えた表情を見せていた兵士たちだったが、ハヤテのアドバイスに生気を取り戻した。剣を強く握りしめ、シーフの一挙手一投足を見逃さぬよう、その目を爛々と輝かせる。
「……チッ!」
見るからに士気が上がった兵たちを睥睨しながら、シーフは舌打ちをした。
「……牛島サンが、アンタがあっしらの中で一番未来の日本から来たって言ってやしたが、本当らしいですねェ……。どうやら、アンタにはあっしの手の内が筒抜けの様だ。――こりゃあ、ちいとやり辛ぇや」
「……シークとシーフは、俺が中学の頃に放送していたシリーズの装甲戦士だ。毎週レコーダーで録画して繰り返し観てたから、そのスーツの戦いぶりは、細部まではっきりと覚え――」
ハヤテはそこまで言うと、ふと言葉を詰まらせた。――自分が何気なく発した言葉に、妙な違和感を感じたからだ。
(――中学の頃? それは……おかしくないか?)
装甲戦士シークが活躍していたのは、2006年――焔良疾風こと装甲戦士テラがいた2020年からは十四年前だ。二十三歳のハヤテは、十四年前なら九歳……小学三年生のはずだ。
だが――、彼の記憶では、確かに中学生の自分がシークとシーフの戦いに夢中になっていた記憶があるのである。
――計算が、合わない。
その事に気が付いたハヤテは、顔を青ざめさせる。
(……つまり俺は、本来の焔良疾風よりも三、四歳年上の……誰かだという事なんだな――)
森の中の山小屋で己の素性を牛島に論破されたものの、まだ心のどこかで『自分が焔良疾風本人である』と信じていたかった。
だが、否が応にもそれが違う事を知覚せざるを得ない事を思い知り、慄然とする。
「――痛ッ……!」
同時に、脳が疼くような痛みを覚えたハヤテは、思わず顔を歪めた。
「……おやぁ、どうしたんですかい? 随分と辛そうですねぇ、新入り・さ・ん?」
「ッ!」
突然耳元でかけられた囁き声に、ハヤテはギョッとして目を見開く。
慌てて背後を振り返ったハヤテの目に、狡猾なネズミを思わせるシーフの仮面が飛び込んできた。
驚きで表情を強張らせるハヤテの顔を覗き込むシーフの緑のアイユニットが、まるで嘲嗤うかのように怪しく光る。
そして、ハヤテにだけ聴こえる声で、そっと囁きかけた。
「……牛島サンからの伝言です。――『化け猫どもが私たちに対して、どんな感情を抱いているのか、良く分かっただろう? 分かったら、一緒に戦おう。同じ人間の我々と、ね』――だそうですよ」
「……」
シーフの囁きに、ハヤテは無言で俯いた。
てっきり彼が素直に首を縦に振ると思っていたシーフは、彼の意外な反応を見て怪訝そうに首を傾げるが、なおも言葉を継ぐ。
「……どうしたんですかい? まさか……さっき、あのボス猫と話していた様な、気狂いじみた事を、本気で考えているんじゃないでしょうねェ? あれは、奴らを油断させる為の口先三寸の言葉なんでしょ?」
「……ああ」
と、
シーフの顔を一瞥したハヤテは、不敵な笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「――もちろん、そうだ」
「へへっ、アンタも随分とお人が悪いですねェ」
ハヤテの返事を聞いたシーフは、おどけた様子で肩を竦めてみせる。
と、ハヤテは、手枷が嵌った両腕を挙げながら尋ねた。
「じゃあ……この手枷と足枷を外してくれないか? 装甲戦士シーフのアンタなら容易い事だろう?」
「へっ! 当然でさ。こんなモン、ちょちょいのチョイよ」
シーフはそう言って頷くと、右手の人差し指を立てる。すると、指の先から細長い針金のようなものが伸びてきて、うねうねと動いた。
「ちょいと待ってておくんなせえ……」
そう呟きながら、シーフは指先を手枷の錠前に当てる。
「……ふむ。鍵は、人間界でもこの世界でも、大して違いがないようですねェ。――ほら、開いた」
彼の言葉と共に、かちりという音がして、手枷の拘束が解けた。
ハヤテは、自由になった両手をしげしげと見つめながら頷いた。
「さすが、装甲戦士シーフ……。じゃあ、足枷も頼むよ」
「へいへい、喜んで……人遣いが荒いですねェ」
シーフはぶつくさ言いながら、ハヤテの足元に屈み込み、手枷と同じように、鍵穴に指を当てると、あっという間に足枷を外した。
「はい、終わりやしたぜ……」
「――ありがとう」
ハヤテは立ち上がると、足枷が外れた脚の感触を確かめるように、ぶらぶらと動かしてみる。
そして、満足そうに頷くと、ニコリと笑い――、
「――食らえぇッ!」
そう叫びながら、屈んでいたシーフの頭を思い切り蹴り飛ばした――!
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