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第三章 豺狼が手を伸ばすのは、人か、猫か

第三章其の弐 尋問

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 「……おい、悪魔! 出ろ!」
「……ッ」

 壁に凭れて静かに目を閉じていたハヤテは、牢の外から敵意を剥き出しにした声を浴びせかけられた事に対し、僅かに眉を顰めながら顔を上げる。
 格子の向こうには、十人ほどの猫の顔をした屈強な男達が立っており、暗闇の中で黄色い目をギラギラと光らせて、ハヤテの事を憎々しげに睨みつけていた。
 ハヤテは、猫の男達を鋭い目で睨み返しながら、静かに尋ねる。

「何だ……?」
「これから尋問を行う! おら、グズグズしてねえで、サッサと出てこい!」
「尋問……。それは分かったが、これじゃ出られない」

 猫獣人の声に苦笑いを浮かべたハヤテは、枷が硬く嵌まった両手と両脚を見せつけるように持ち上げた。
 そんなハヤテの態度に、先頭に立つ指揮官らしい男の眼の瞳孔がキュッと細くなる。
 彼は、自分の配下に無言で顎をしゃくって牢の鍵を開けさせると、ズカズカと牢内に立ち入り、ハヤテの胸倉を掴んで強引に立ち上がらせた。

「ぐ――ッ!」
「口答えするな、この悪魔が!」

 持ち上げられて初めて気が付いたが、指揮官はかなりの巨体だった。ハヤテの足が、石畳の床から完全に離れる。
 指揮官は、ハヤテを持ち上げたまま踵を返し、再び牢扉を潜って外に出ると、まるでズタ袋か何かのように乱暴に放り投げた。

「グッ……!」

 手枷と足枷を嵌められたままのハヤテは、満足に受身を取る事も叶わず、石畳の床に額と鼻を強かに打ち、くぐもった呻きを上げる。
 指揮官は、それを冷ややかな眼で見下ろしながら、周囲を取り巻く部下達に向かって再び顎をしゃくった。

「……連れてけ」
「ハッ!」

 指揮官の命令に緊張した声で応えた部下達は、ハヤテの両腕を掴むと、半ば引きずるようにしながら、強引に彼の身体を運んだ。
 屈強な猫獣人に拘束され、為す術も無いハヤテは、夥しい鼻血を垂らしながら、周りを歩く猫獣人達に尋ねる。

「ぐ……ど、どこに連れて行くつもりなんだ……!」
「……」

 だが、猫獣人達は、ハヤテの問いかけにも無言を貫いたまま、ただ憎悪に満ちた視線を彼に向けるのみだった。
 重苦しい沈黙を保ったまま、暗くジメジメとした通路をハヤテを引きずり続けながら歩いた一行は、古ぼけた木の扉の前で足を止めた。
 先頭を歩く指揮官は、躊躇いなく扉を開けて中に入り、部下達もその後に続く。
 最後に、両腕を拘束されたハヤテが部屋の中に入れさせられた。
 その途端、ハヤテの身体が宙を飛ぶ。

「いでッ……!」

 再び硬い石畳に身体を打ちつけられ、ハヤテは苦悶の声を上げる。
 次の瞬間、その無防備な背中が思い切り踏みつけられた。

「がッ……ハッ……!」
「……何人だ?」

 床に胸を押しつけられ、満足に呼吸出来ずに喘ぐハヤテに冷酷な声が投げかけられる。
 やっとの思いで首を廻らしたハヤテは、彼の背中を踏みつけている指揮官の顔を見上げ、首を傾げた。

「な……何人とは……何の……事――ガッ!」
「とぼけるなァッ!」

 指揮官の言葉の意味を計りかねて訊き返したハヤテの背中を、指揮官はより一層強く踏みしめながら、牙を剥き出して激昂する。

「先日! エフタトスの大森林南部で、フラニィ殿下を護衛していた十八名の近衛兵と八名の侍女を殺したのは、貴様と貴様の仲間なのだろう! ――あの時、貴様は我が同胞たちを何人手にかけたのかと訊いているのだッ!」
「――ッ!」

 指揮官の言葉に、ハヤテの顔が強張った。
 呆然としながら周囲を見回した彼は――数十の眼が、狂的な嚇怒の光を湛えて暗闇の中で光っている事に気付き、慌てて首を横に振って叫ぶ。

「ち……違う! お……俺は、それには関わっていない!」
「嘘をつくなッ!」

 ひとりの兵が激昂しながら、ハヤテの顔を思い切り蹴り上げ、その反動で再び床に転がった彼の頭を思い切り踏みつけた。

「ぐ……ぐう……」
「あの所業が、魔具を用いて異様な鎧姿に身を変えたお前達によるものだという事は、あの場を辛うじて生き延びた侍女がハッキリと証言しているんだ!」
「ち……違う……それは……俺じゃ――」
「まだ言うかッ!」
「グッ!」

 必死で誤解だと訴えるハヤテの顔をもう一度蹴り飛ばした兵は、彼の髪を掴んで無理矢理持ち上げた。
 そして、牙を剥きながら、顔をハヤテに近づけ、血を吐くような声で叫ぶ。

「……お前達が殺した侍女のひとり……キュウルは、俺の……許嫁だったんだ! 今度帰ってきたら、式を挙げて、夫婦めおとになるはずだった! ――それなのに……それなのにっ!」
「……っ」

 彼に剣先よりも鋭い殺気をぶつけながら絶叫する兵の目からは、涙が滝のように流れ落ちていた。
 ハヤテは、兵の怒りの言葉に愕然とする。
 と、今度はひとりの年老いた兵が前に進み出た。

「……殺された近衛兵のひとりは、わしの息子じゃ。――無惨にも、腹を真っ二つに断ち割られて……死んでおった。……あの死に顔――ああああああああああああっ!」
「俺の親友もだ……。酒癖は悪かったが、陽気な奴でな。俺の妹と理無わりない仲だったんだ……それを、てめえらは、骨もまともに残らねえほど念入りに消し炭にしやがった! あんなに良い奴を……ッ!」

 年老いた兵に続けて、片耳が千切れた黒猫の男が声を荒げる。
 その他の兵達も、誰かしら愛する人や家族や友人を失っているのだろう。ふたりと同じ様な顔をして、床に押しつけられたハヤテを憎々しげに見下ろしていた。

「……」

 そんな敵意の視線を一身に浴びたハヤテは、静かに目を閉じ、ゆっくりと開く。
 その目には、何とも言えない哀しみと――諦めが浮かんでいた。
 彼は、その瞳で指揮官を見据えると、静かに口を開く。

「何度も言うが……俺はあの日、フラニィとその侍女、そして警護の兵達を殺してはいない。それを行ったのは、俺じゃ無い、別の装甲戦士アームド・ファイター達だ……」
「貴様ッ! まだ言う――」
「しかしっ!」

 声を荒げようとする猫獣人兵たちの怒号を絶叫で制し、ハヤテは言葉を継いだ。

「……お前た――貴方達の大事な人たちの命を奪ったのが、俺と同じ……だという事は、紛れもない事実です……」

 そう言うと、彼は獣人達に向けて深く頭を垂れる。
 猫獣人達の間に、さざなみのようなどよめきが起こった。

「同じ人間として、心よりお詫びします。――と、俺がいくら頭を下げたところで、貴方達の気は到底収まらないだろう……それも理解できます」

 そこまで口にすると、彼は背を伸ばし、真っ直ぐに膝立ちをすると、静かに目を閉じる。

「――なら、あいつらと同じ人間である、この俺を好きなだけいたぶってから殺して下さい。……もちろん、俺の命ひとつくらいじゃ、到底贖えるものではないとは分かっていますが……それが、として俺が出来る、せめてもの謝罪です」
「な……!」

 ハヤテの申し出に、先ほどに倍するざわめきが起こった。
 憎悪しか無かった彼らの目に違う光が灯り、当惑した顔で互いの顔を見合わせる。

「な……何だ、それは……!」

 それは、指揮官も同様だった。完全に意想外の“悪魔”の言葉に動揺した彼は、微かに震える声を張り上げる。

「だ……誰が騙されるか、この悪魔! そんな殊勝な事を言いながら、裏で何か企んでいるに……決まっている!」
「……そう思ってくれても構わない。――それで、貴方達の気が晴れるのなら……」
「……っ!」

 静かに紡がれたハヤテの言葉に、指揮官は思わずたじろぎ、言葉を詰まらせた。
 ――と、その時、

「もう良い。止めよ」

 開いたままの扉の向こうから、低い男の声が上がる。
 その声を聞いた瞬間、その場にいた全ての兵達が身体を硬直させた。
 指揮官もまた、信じられないというような表情を浮かべて、扉の方へ目を向ける。

「な――! ま……まさか……?」
「……余は、彼から事情を訊けと命じたのだ。皆でよってたかって折檻しろと申した覚えは無いぞ」
「――! は……ははぁっ!」

 扉の向こうからの声に、雷に打たれたように身体を震わせた指揮官は、慌てて両手をついて平伏した。
 指揮官に倣うように、その場の全ての兵達も一斉に平伏する。

「な……?」

 ひとりハヤテだけが、事情を掴めずに周りを見回していたが、鷹揚とした所作で部屋の中に入ってきた純白の毛に覆われた猫獣人の顔を見た瞬間、その理由を理解した。

「……そうか。――貴方が……」
「左様」

 ハヤテの呟きに小さく頷いた白毛の猫獣人の男は、彼の前に立つと、深々と頭を下げる。

「ホムラハヤテ殿……。お初にお目にかかる」

 そう言って顔を上げた男は、穏やかな光を宿した深青色の目をハヤテに向けた。

「余が、このミアン王国の三十七代国王・アシュガト二世である。我が娘フラニィを助け出して頂き、心より感謝申し上げる――」
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