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第一章 異世界に堕ちし者は、何を目指すのか
第一章其の壱拾弐 堕人
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「ま……待ってくれ!」
ハヤテは、自分の背中に冷たいものが走るのを感じながら、上ずった声で叫んだ。
「あ……アンタ達は、一体な……何をしようとしているんだ! “交渉”って――何を?」
「……ひょっとして、君は、それも覚えていないのかい?」
問いに問いで返されたハヤテは、意表を衝かれ、たじろぎながら首を縦に振る。
それを見た牛島は、一瞬眉根に皺を寄せたが、すぐに気を取り直した様子で口を開いた。
「じゃあ……私達が、あの猫の少女を使って何をしようとしているのか――その事を伝える前に、君に周知しておいてほしい事があるんだ」
「……周知しておいてほしい事……?」
訝しげに訊き返したハヤテに、牛島は小さく頷く。
「――君は覚えていないのかもしれないが、私達がこの異世界に堕ちた時の事を話そう。……先ずは、薫くんから」
「……はっ? な……何だよ、オレからかよ?」
「ああ、頼むよ」
「……チッ」
牛島の頼みに舌打ちで応えた薫は、敵意に満ちた目をハヤテに向けながら言う。
「オレは……夜の山道を単車でかっ飛ばしてる時に対向車線にはみ出ちまって、走ってきたダンプと衝突する――直前に、目の前が真っ白になって……気が付いたら、この森の中に突っ立ってた――そんな感じだ」
「まあ……要するに、私がこちらに来る頃に巷で流行っていた“異世界転生”ものとかいうラノベの冒頭そのまんまだね」
「うっせえ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る薫。だが、牛島はそんな薫の事をあっさりと無視して、今度は健一の方を見た。
「……ボクは、夏休みの夕方頃、自分ちの居間でマンガを読んでて……。そしたら、いつの間にか川原に横たわってたんだよ」
健一は、マンガから目線を上げる事もせず、つまらなそうな声で答える。
そして、牛島は小さく頷くと、自分を指さしながら口を開いた。
「――で、私だが、喫茶店のテーブルで、このメモ帳にネタを書き込んでいたら、急に景色が変わって――喫茶店の時と同じ体勢で、大きな岩に腰掛けていたんだ」
そう言いながら、彼はメモ帳を捲り、ビッシリと書き込まれた文字を目で追いながら読み上げる。
「――それ以外の人たちは……、ええと、『ジョギングをしていたら』とか『駅のホームから転落して、電車の車輪に轢かれる寸前に』とか――、ああ、『世を儚んでビルから飛び降りたら』って人も居たね」
「ちょ――ちょっと待ってくれ!」
牛島の言葉を遮って、ハヤテが声を上げた。
「……『それ以外』って事は……他にも居るのか? その……この世界にやって来た人間というのは――?」
「ああ、居るよ」
「――ッ!」
あっさりと頷いた牛島に、唖然とした顔を向けるハヤテ。
牛島は、そんなハヤテの反応が面白くて仕方がないという顔をしながら話を続けた。
「私達は、そういう、元々居た世界から異形が跋扈するこの異世界に堕ちてきた人間の事を、自分たちも含めて“オチビト”と呼んでいる」
「……オチビト――」
その言葉には聞き覚えがある。
――『せっかく新しい“オチビト”を見付けたと思ったら――』
あの森で襲撃してきたツールズが、確かに自分をそう呼んでいた。
ハヤテは目を上げると、牛島に問いをぶつける。
「……そのオチビトというのは、全部で何人くらい居るんだ?」
「この拠点に居るのは、私達三人だけだよ」
「え――?」
その言葉に、意外そうな声を上げたのは薫だったが、牛島から意味深な目配せを送られると、慌てて口を噤んだ。
だが、話の内容に心を奪われていたハヤテは、それには気付かない。
牛島は、口元に微かな笑みを浮かべると、素知らぬ顔で言葉を継いだ。
「――だが、オチビトは他にも居る。彼らは数人単位で散らばり、この大きな森の数ヶ所に拠点を構えて潜んでいるんだ」
「……」
「で――私達“オチビト”には、いくつかの共通点がある」
「共通点……?」
「そう」
牛島は小さく頷くと、包帯が巻きつけられたハヤテの胸板を指さす。
「まず一点目は、前の世界では考えられないレベルの、高い自己治癒能力だ」
「……!」
牛島に指さされ、ハヤテは自分の身体を見下ろした。
――確かに、先日のツールズとの戦いでは、全身に釘を打たれたり、大岩に身体を叩きつけられたりして、結構な重傷を負ったはずだ。
……だが、
そういえば、先ほど目を醒ました時には感じていたはずの、灼けつくような痛みをすっかりと忘れている事に、彼は気付いた。
ハヤテは、自分の身体を覆う包帯を乱暴に毟り取り――その目を疑った。
「き……傷口が……塞がっている?」
テラのスーツを突き破り、彼の身体に突き立った幾つもの釘の刺し傷や、ツールズのエルボー・ネイル・ストライクを食らった時の鳩尾の傷が、殆ど治っていたのだ。
牛島は、ハヤテの反応に満足げな微笑を浮かべる。
「ご覧の通りだよ。元の世界なら、完治まで数週間――場合によっては数ヶ月はかかるような怪我も、ここではものの数日で完治してしまう」
そう言うと、何故か困ったような表情を浮かべた。
「――おっと、『どうして?』とは聞かないでくれたまえ。……正直に言うと、何故なのかは我々にも分からないんだ。――今のところはね」
「……」
「もちろん、どんな負傷でも治るという訳ではない。腕や脚が物理的に切断されてしまったら癒着は出来ないし、首を切り落とされたり、岩の下敷きになるとかで木っ端微塵になってしまったりという――いわゆる“社会死”という状態になってしまうと、普通に死ぬよ。……そこら辺は確認済みだ」
「……確認済み……って」
「おっと! もちろん、私が自分で手を下した訳ではないよ。不慮の事故とか――戦いとかで、そういう酷い目に遭ったオチビトをこの目で見てきてるってだけさ」
疑いの眼差しを向けるハヤテに、おどけた様子で大袈裟に手を振って否定してみる牛島。
そして、ゴホンと咳払いをすると、おもむろに左腕の袖を捲り、
「――第二の共通点は、コレだ」
手首に嵌めたジュエルブレスをハヤテに示した。
「私達がこの世界に堕ちた時、その手元には二枚の輝く板があった。これも、全てのオチビトに共通する点だ。――そして、ある拍子で、光を増した板が持っている人物に一番馴染みがある装甲戦士の装甲アイテムに変化するという事も」
「……!」
ハヤテは、自分の手の中に装甲戦士テラの装甲アイテムである“コンセプト・ディスク”と“コンセプト・ディスク・ドライブ”が現れた時の事を思い出した。
――確かに、牛島の言う通りだ。
「そして、更に興味深い事に――」
牛島は、思いに耽るハヤテには構わず、更に言葉を重ねる。
「私達がこの異世界に堕ちた年代は、それぞれ違うんだ」
「……どういう意味だ? 年代が違う……?」
ハヤテは、牛島の述べた言葉の意味が分からず、胡乱げな表情を浮かべて首を傾げた。
それを見た牛島は、苦笑いを浮かべながら言った。
「確かに、なかなか実感できない概念だと思うよ。――分かりやすく言うと……私が堕ちたのは、2010年の晩夏……丁度、『装甲戦士ジュエル』の最終回が放送される前々日の事だった」
そう言うと、彼はクルリと振り返り、薫に顎をしゃくった。
「……で、薫くん。君は何年の事だったんだっけ?」
「あ、オレ? オレは……2017年の2月頃だった――はず。ツールズの最強形態が出るとか出ないとか言ってた頃だったから……」
「――ふむ。じゃあ、健一くんは?」
「……ボクは、1974年の夏だね。――あと、“さん”で呼べって言っただろう、サトル」
「ああ……すみませんね」
牛島は、健一の抗議を涼しい顔でいなし、ハヤテにニヤリと笑いかけた。
「……これで分かったかい? つまり、この小っこい健一先輩は、こんな容姿でも実は1964年生まれで、1970年生まれの私よりもずっと年上のおっさんだって事なのさ」
「おっさんじゃないよ! 失礼だな、年下の癖に!」
声を荒げる健一の剣幕も意に介さず、牛島はハヤテに顔を近付けながら言った。
「と、いう訳さ。同じ異世界の同じ森の中に堕とされた我々だが、その生きてきた年代にはかなりのバラツキがある。――因みに、これが何故なのかも、私には訊かないでくれたまえ。私にも分からない事だからね、ふふ……」
「……」
「で――君だが」
牛島は、難しい顔をして黙り込むハヤテを見下ろしながら言葉を継ぐ。
「君の記憶が戻れば、はっきりと分かるだろうが、現時点では『2017年よりも後の時代から来た』という事しか分からない」
「――テメエは、オレの姿がツールズだと知っていたし、逆にオレは、テラとかいう装甲戦士の事を知らねえからな。必然的にそうなる」
「おや、随分と冴えてるじゃないか、カオル。こりゃ、明日は雪かな? ――痛ってえ!」
「うるせえよ!」
軽口を叩いた健一が、脳天にカオルのゲンコツを食らった。
――と、
「――話を戻すよ」
表情を引き締めた牛島は、微かに圧を感じる声色で言う。
「オチビトの第三の共通点……それが、一番重要だ――」
ハヤテは、自分の背中に冷たいものが走るのを感じながら、上ずった声で叫んだ。
「あ……アンタ達は、一体な……何をしようとしているんだ! “交渉”って――何を?」
「……ひょっとして、君は、それも覚えていないのかい?」
問いに問いで返されたハヤテは、意表を衝かれ、たじろぎながら首を縦に振る。
それを見た牛島は、一瞬眉根に皺を寄せたが、すぐに気を取り直した様子で口を開いた。
「じゃあ……私達が、あの猫の少女を使って何をしようとしているのか――その事を伝える前に、君に周知しておいてほしい事があるんだ」
「……周知しておいてほしい事……?」
訝しげに訊き返したハヤテに、牛島は小さく頷く。
「――君は覚えていないのかもしれないが、私達がこの異世界に堕ちた時の事を話そう。……先ずは、薫くんから」
「……はっ? な……何だよ、オレからかよ?」
「ああ、頼むよ」
「……チッ」
牛島の頼みに舌打ちで応えた薫は、敵意に満ちた目をハヤテに向けながら言う。
「オレは……夜の山道を単車でかっ飛ばしてる時に対向車線にはみ出ちまって、走ってきたダンプと衝突する――直前に、目の前が真っ白になって……気が付いたら、この森の中に突っ立ってた――そんな感じだ」
「まあ……要するに、私がこちらに来る頃に巷で流行っていた“異世界転生”ものとかいうラノベの冒頭そのまんまだね」
「うっせえ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る薫。だが、牛島はそんな薫の事をあっさりと無視して、今度は健一の方を見た。
「……ボクは、夏休みの夕方頃、自分ちの居間でマンガを読んでて……。そしたら、いつの間にか川原に横たわってたんだよ」
健一は、マンガから目線を上げる事もせず、つまらなそうな声で答える。
そして、牛島は小さく頷くと、自分を指さしながら口を開いた。
「――で、私だが、喫茶店のテーブルで、このメモ帳にネタを書き込んでいたら、急に景色が変わって――喫茶店の時と同じ体勢で、大きな岩に腰掛けていたんだ」
そう言いながら、彼はメモ帳を捲り、ビッシリと書き込まれた文字を目で追いながら読み上げる。
「――それ以外の人たちは……、ええと、『ジョギングをしていたら』とか『駅のホームから転落して、電車の車輪に轢かれる寸前に』とか――、ああ、『世を儚んでビルから飛び降りたら』って人も居たね」
「ちょ――ちょっと待ってくれ!」
牛島の言葉を遮って、ハヤテが声を上げた。
「……『それ以外』って事は……他にも居るのか? その……この世界にやって来た人間というのは――?」
「ああ、居るよ」
「――ッ!」
あっさりと頷いた牛島に、唖然とした顔を向けるハヤテ。
牛島は、そんなハヤテの反応が面白くて仕方がないという顔をしながら話を続けた。
「私達は、そういう、元々居た世界から異形が跋扈するこの異世界に堕ちてきた人間の事を、自分たちも含めて“オチビト”と呼んでいる」
「……オチビト――」
その言葉には聞き覚えがある。
――『せっかく新しい“オチビト”を見付けたと思ったら――』
あの森で襲撃してきたツールズが、確かに自分をそう呼んでいた。
ハヤテは目を上げると、牛島に問いをぶつける。
「……そのオチビトというのは、全部で何人くらい居るんだ?」
「この拠点に居るのは、私達三人だけだよ」
「え――?」
その言葉に、意外そうな声を上げたのは薫だったが、牛島から意味深な目配せを送られると、慌てて口を噤んだ。
だが、話の内容に心を奪われていたハヤテは、それには気付かない。
牛島は、口元に微かな笑みを浮かべると、素知らぬ顔で言葉を継いだ。
「――だが、オチビトは他にも居る。彼らは数人単位で散らばり、この大きな森の数ヶ所に拠点を構えて潜んでいるんだ」
「……」
「で――私達“オチビト”には、いくつかの共通点がある」
「共通点……?」
「そう」
牛島は小さく頷くと、包帯が巻きつけられたハヤテの胸板を指さす。
「まず一点目は、前の世界では考えられないレベルの、高い自己治癒能力だ」
「……!」
牛島に指さされ、ハヤテは自分の身体を見下ろした。
――確かに、先日のツールズとの戦いでは、全身に釘を打たれたり、大岩に身体を叩きつけられたりして、結構な重傷を負ったはずだ。
……だが、
そういえば、先ほど目を醒ました時には感じていたはずの、灼けつくような痛みをすっかりと忘れている事に、彼は気付いた。
ハヤテは、自分の身体を覆う包帯を乱暴に毟り取り――その目を疑った。
「き……傷口が……塞がっている?」
テラのスーツを突き破り、彼の身体に突き立った幾つもの釘の刺し傷や、ツールズのエルボー・ネイル・ストライクを食らった時の鳩尾の傷が、殆ど治っていたのだ。
牛島は、ハヤテの反応に満足げな微笑を浮かべる。
「ご覧の通りだよ。元の世界なら、完治まで数週間――場合によっては数ヶ月はかかるような怪我も、ここではものの数日で完治してしまう」
そう言うと、何故か困ったような表情を浮かべた。
「――おっと、『どうして?』とは聞かないでくれたまえ。……正直に言うと、何故なのかは我々にも分からないんだ。――今のところはね」
「……」
「もちろん、どんな負傷でも治るという訳ではない。腕や脚が物理的に切断されてしまったら癒着は出来ないし、首を切り落とされたり、岩の下敷きになるとかで木っ端微塵になってしまったりという――いわゆる“社会死”という状態になってしまうと、普通に死ぬよ。……そこら辺は確認済みだ」
「……確認済み……って」
「おっと! もちろん、私が自分で手を下した訳ではないよ。不慮の事故とか――戦いとかで、そういう酷い目に遭ったオチビトをこの目で見てきてるってだけさ」
疑いの眼差しを向けるハヤテに、おどけた様子で大袈裟に手を振って否定してみる牛島。
そして、ゴホンと咳払いをすると、おもむろに左腕の袖を捲り、
「――第二の共通点は、コレだ」
手首に嵌めたジュエルブレスをハヤテに示した。
「私達がこの世界に堕ちた時、その手元には二枚の輝く板があった。これも、全てのオチビトに共通する点だ。――そして、ある拍子で、光を増した板が持っている人物に一番馴染みがある装甲戦士の装甲アイテムに変化するという事も」
「……!」
ハヤテは、自分の手の中に装甲戦士テラの装甲アイテムである“コンセプト・ディスク”と“コンセプト・ディスク・ドライブ”が現れた時の事を思い出した。
――確かに、牛島の言う通りだ。
「そして、更に興味深い事に――」
牛島は、思いに耽るハヤテには構わず、更に言葉を重ねる。
「私達がこの異世界に堕ちた年代は、それぞれ違うんだ」
「……どういう意味だ? 年代が違う……?」
ハヤテは、牛島の述べた言葉の意味が分からず、胡乱げな表情を浮かべて首を傾げた。
それを見た牛島は、苦笑いを浮かべながら言った。
「確かに、なかなか実感できない概念だと思うよ。――分かりやすく言うと……私が堕ちたのは、2010年の晩夏……丁度、『装甲戦士ジュエル』の最終回が放送される前々日の事だった」
そう言うと、彼はクルリと振り返り、薫に顎をしゃくった。
「……で、薫くん。君は何年の事だったんだっけ?」
「あ、オレ? オレは……2017年の2月頃だった――はず。ツールズの最強形態が出るとか出ないとか言ってた頃だったから……」
「――ふむ。じゃあ、健一くんは?」
「……ボクは、1974年の夏だね。――あと、“さん”で呼べって言っただろう、サトル」
「ああ……すみませんね」
牛島は、健一の抗議を涼しい顔でいなし、ハヤテにニヤリと笑いかけた。
「……これで分かったかい? つまり、この小っこい健一先輩は、こんな容姿でも実は1964年生まれで、1970年生まれの私よりもずっと年上のおっさんだって事なのさ」
「おっさんじゃないよ! 失礼だな、年下の癖に!」
声を荒げる健一の剣幕も意に介さず、牛島はハヤテに顔を近付けながら言った。
「と、いう訳さ。同じ異世界の同じ森の中に堕とされた我々だが、その生きてきた年代にはかなりのバラツキがある。――因みに、これが何故なのかも、私には訊かないでくれたまえ。私にも分からない事だからね、ふふ……」
「……」
「で――君だが」
牛島は、難しい顔をして黙り込むハヤテを見下ろしながら言葉を継ぐ。
「君の記憶が戻れば、はっきりと分かるだろうが、現時点では『2017年よりも後の時代から来た』という事しか分からない」
「――テメエは、オレの姿がツールズだと知っていたし、逆にオレは、テラとかいう装甲戦士の事を知らねえからな。必然的にそうなる」
「おや、随分と冴えてるじゃないか、カオル。こりゃ、明日は雪かな? ――痛ってえ!」
「うるせえよ!」
軽口を叩いた健一が、脳天にカオルのゲンコツを食らった。
――と、
「――話を戻すよ」
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