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第一章 異世界に堕ちし者は、何を目指すのか
第一章其の参 悪魔
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「血に飢えた――悪魔?」
フラニィが微かに揺れた声で紡いだ言葉を聞き、ハヤテは怪訝な表情を浮かべた。
「それって――さっきのドラゴンの様な化物の事か?」
「……どらごん?」
フラニィは、一瞬“ドラゴン”が何を示しているのか分からない様子で首を傾げたが、すぐに察した様子で、両手を軽く叩き合わせた。
「ああ、チュニチの事ですか。――ハヤテ様の部族では、“どらごん”と呼ぶのですね!」
彼女は興味深げに声を弾ませたが、すぐに表情を曇らせて首を横に振る。
「……いえ。確かにチュニチは、恐ろしい力を持つ恐ろしい生き物ですが、悪魔ではありません。……あたしが“悪魔”と呼んだのは、全く違う者たちの事です」
そう言うと、彼女はぶるりと身を震わせ、両手で自分の身を掻き抱いた。
そして、声を震わせながら言葉を継ぐ。
「そもそも……、あたしがこんな所でひとりで彷徨っていたのも、その悪魔達のせいなんです」
「そ……そうなのか?」
「はい……」
ハヤテの問いかけに小さく頷いたフラニィは、潤んだ瞳を彼に向けて、ポツポツと話し始めた。
「あたしは……第三王女としての公務の為に、隣国に向かうところでした。――もちろん、侍女たちの他に、十数人の近衛兵が護衛として付き従っておりました」
「……」
「――ですが、キヤフェを出て、一時間程進んだ時に……襲撃を受けたのです。――あの悪魔達に」
その時の情景と恐怖を思い出したのか、彼女はガタガタと震えながら、耳を伏せて小さく縮こまる。
「突然、森の木の陰から、光の矢のようなものがあたしたちに向かって放たれました。それと同時に、数人の影が飛び出してきて、あたしを護ろうとする近衛兵や侍女たちを次々と――!」
「――殺していったのか」
ハヤテの言葉に、フラニィは無言で頷いた。その金色に光る目から、一筋の涙が零れ落ちる。そして、すぐに感情の堰が切れたのか、彼女は声を上げて泣き始めた。
そんな彼女を前に、ハヤテは眉間に皺を寄せて沈黙していたが、やがてゆっくりと腕を伸ばし、その白い毛皮に覆われた背中に手を置いた。
ビクリと、フラニィの身体が震え、毛が逆立った。――彼女は怯えているのだ。
ハヤテは、そんな彼女の背中を優しく撫でつけながら、静かに囁いた。
「大丈夫だ。もう怖がらなくていい。……俺がいる。他ならぬ“装甲戦士テラ”の変身者である、この俺がな」
「ヒック……ハヤテ様ぁ……!」
フラニィは、その目を大きく見開いてジッとハヤテの顔を見つめ、そして、手の甲で涙を拭う。
「はい……! ハヤテ様――」
彼女は元気な声で応えると、ハヤテに向かって大きく頷き、ニッコリと微笑んだ。
笑顔を向けられたハヤテも思わず顔を綻ばせるが、すぐに表情を引き締める。
「……フラニィ。君にとっては、思い出したくもない事だろうが……」
そして、彼女の事を気遣いつつ、おずおずと言葉を継いだ。
「その……“血に飢えた悪魔達”とは、一体どんな姿をしていたんだ? 酷な事を訊くが……これから君を護る為には、敵の情報を少しでも多く知りたい。……すまない」
「……いえ、大丈夫です。――どうか、お気遣い無く」
ハヤテの言葉に気丈に頷いたフラニィは、微かに目を細め、その時の事を思い出しながら小さな声で言葉を紡ぐ。
「……数は、三人か四人……いえ、もしかすると、もっと多かったのかもしれません。暗い森の中だったし、相手の動きが物凄く速かったので、よく分かりませんでした……。それに――あたしは、衛兵たちが戦っている間に、その場から逃げ出す事だけに必死だったので……」
彼女は、恐怖でガタガタと身体を震わせながらも、懸命に記憶の糸を辿った。
「――先程お伝えしたように、一番最初は、小さな光の矢のようなものが、無数に飛んできました。その攻撃で、あたしたちの中で一番外側を歩いていた衛兵が……」
「……“小さな”というのは、どのくらいだ?」
ハヤテの問いに、フラニィは「確か、これくらいです」と言って、肉球の発達した指を広げた。
その幅を見たハヤテは、顎に手を当てて考え込む。
「……大体、五センチくらいか。矢は矢でも、吹き矢に近いのかもな。――ああ、すまない、フラニィ。話を続けてくれ」
「はい……。えと、それで、残った衛兵たちと侍女が寄り集まって、あたしを護る為に、周りを固めてくれたんです。……そうしたら、木の陰から、あいつらが飛び出してきて――皆を……!」
「あいつら……それが、“悪魔”達か」
ハヤテの呟きに、フラニィは小さく頷いた。
「ところで……その“悪魔”は、どんな姿をしていたんだ?」
「――そ、それが……」
いよいよ核心を衝こうとしたハヤテの問いかけに対し、何故かフラニィは言い淀む。
一瞬、言葉を発するのを躊躇うような素振りを見せた彼女だったが、意を決した様に眦を上げると、静かに口を開いた。
「実は……。さっき、ハヤテ様がチュニチと戦っていた時の姿と、よく似た姿をしていたんです……」
「――何だって?」
フラニィの意外な言葉に、ハヤテは耳を疑う。
思わず声を上ずらせたハヤテの様子に驚いたフラニィは、長い尻尾をピンと伸ばして後ずさった。
そして、耳をペタリと伏せながら、おずおずと言葉を継ぐ。
「に……似た姿とは言っても、仮面の形や、ヨロイの形はかなり違っていましたけど。――ただ、その戦う方法や、雰囲気は――似ていました」
「……そうなのか」
仮面に、鎧……。
(――まさか)
心の中で、ある仮説が浮かんだ。
ハヤテは、ゴクリと唾を飲み込むと、真剣な目でフラニィを見つめ、静かに尋ねる。
「フラニィ……。俺――装甲戦士テラに似ていたという、その悪魔達の容姿を、なるべく詳しく教えてくれないか? 例えば――」
「――こんな顔をしていたか? ハハッ!」
「ッ!」
ハヤテの問いかけは、ふたりが居る木の洞の外側からの嘲り声によって、唐突に遮られた。
同時に、けたたましい“モーター”音が、ふたりの耳を劈く。
「危ないッ!」
ハヤテは、咄嗟にフラニィを抱き抱え、身体を投げ出してその場に伏せた。
ガガガガガガガガガッ!
ふたりの頭上の上で、無数の刃が木肌を削り斬る音が聞こえ、地響きと共に舞い上がった夥しい土埃が彼らの目を塞ぐ。
――やがて、土埃が収まり、恐る恐る目を開けたハヤテは、
「な――!」
信じられない光景を目の当たりにして、言葉を失った。
ふたりが潜んでいた巨大な樹の幹が横一文字に斬り払われ、彼らの頭上には、無数の星が瞬く満天の夜空があったからだ。
――と、
「ハハッ! さぁて、かくれんぼは終わりだぜ、迷子の子猫ちゃんよぉッ!」
倒れた大樹の向こうから、人を小馬鹿にしたような、若い男の嘲笑が聞こえてきた。
ハヤテは、咄嗟にフラニィを背中に隠すと、すぐにでも左手に握った“コンセプト・ディスク・ドライブ”にコンセプト・ディスクを挿入できるように備える。
――と、
横倒しになった大樹の幹に、何者かが飛び乗った。
明るい月の光に照らし出され、その異形の姿がハッキリと見える。
――その姿は、先程フラニィが言っていたように、ハヤテが変身した装甲戦士テラと良く似ていた。
だが、その仮面の意匠は、テラのような狼の面ではなく、パイプやボルトやネジといった、工業部品を組み合わせ、厳つい顔立ちを表現したものである。
身体を包む黒のスーツに張り付いたメタリックシルバーの装甲部分も機械的な印象を与えるデザインで統一されており、テラのそれとは明らかにコンセプトが違っていた。
彼は、ゆっくりとフラニィを睥睨したが、彼女を庇うように立つハヤテの姿を見止めると、
「……ん? へえぇ、コイツは驚いた!」
と、心底驚いた声色で叫んだ。
「お目当ての子猫ちゃんを見付けたと思ったら、とんでもないおまけがついて来やがったぜ! まったく、今日はツいてるぜ! ハハッ!」
「――お前は……」
ハヤテは、耳障りな嘲笑を上げる男を見上げながら、無意識に呟く。
「お前は……装甲戦士ツールズ――!」
フラニィが微かに揺れた声で紡いだ言葉を聞き、ハヤテは怪訝な表情を浮かべた。
「それって――さっきのドラゴンの様な化物の事か?」
「……どらごん?」
フラニィは、一瞬“ドラゴン”が何を示しているのか分からない様子で首を傾げたが、すぐに察した様子で、両手を軽く叩き合わせた。
「ああ、チュニチの事ですか。――ハヤテ様の部族では、“どらごん”と呼ぶのですね!」
彼女は興味深げに声を弾ませたが、すぐに表情を曇らせて首を横に振る。
「……いえ。確かにチュニチは、恐ろしい力を持つ恐ろしい生き物ですが、悪魔ではありません。……あたしが“悪魔”と呼んだのは、全く違う者たちの事です」
そう言うと、彼女はぶるりと身を震わせ、両手で自分の身を掻き抱いた。
そして、声を震わせながら言葉を継ぐ。
「そもそも……、あたしがこんな所でひとりで彷徨っていたのも、その悪魔達のせいなんです」
「そ……そうなのか?」
「はい……」
ハヤテの問いかけに小さく頷いたフラニィは、潤んだ瞳を彼に向けて、ポツポツと話し始めた。
「あたしは……第三王女としての公務の為に、隣国に向かうところでした。――もちろん、侍女たちの他に、十数人の近衛兵が護衛として付き従っておりました」
「……」
「――ですが、キヤフェを出て、一時間程進んだ時に……襲撃を受けたのです。――あの悪魔達に」
その時の情景と恐怖を思い出したのか、彼女はガタガタと震えながら、耳を伏せて小さく縮こまる。
「突然、森の木の陰から、光の矢のようなものがあたしたちに向かって放たれました。それと同時に、数人の影が飛び出してきて、あたしを護ろうとする近衛兵や侍女たちを次々と――!」
「――殺していったのか」
ハヤテの言葉に、フラニィは無言で頷いた。その金色に光る目から、一筋の涙が零れ落ちる。そして、すぐに感情の堰が切れたのか、彼女は声を上げて泣き始めた。
そんな彼女を前に、ハヤテは眉間に皺を寄せて沈黙していたが、やがてゆっくりと腕を伸ばし、その白い毛皮に覆われた背中に手を置いた。
ビクリと、フラニィの身体が震え、毛が逆立った。――彼女は怯えているのだ。
ハヤテは、そんな彼女の背中を優しく撫でつけながら、静かに囁いた。
「大丈夫だ。もう怖がらなくていい。……俺がいる。他ならぬ“装甲戦士テラ”の変身者である、この俺がな」
「ヒック……ハヤテ様ぁ……!」
フラニィは、その目を大きく見開いてジッとハヤテの顔を見つめ、そして、手の甲で涙を拭う。
「はい……! ハヤテ様――」
彼女は元気な声で応えると、ハヤテに向かって大きく頷き、ニッコリと微笑んだ。
笑顔を向けられたハヤテも思わず顔を綻ばせるが、すぐに表情を引き締める。
「……フラニィ。君にとっては、思い出したくもない事だろうが……」
そして、彼女の事を気遣いつつ、おずおずと言葉を継いだ。
「その……“血に飢えた悪魔達”とは、一体どんな姿をしていたんだ? 酷な事を訊くが……これから君を護る為には、敵の情報を少しでも多く知りたい。……すまない」
「……いえ、大丈夫です。――どうか、お気遣い無く」
ハヤテの言葉に気丈に頷いたフラニィは、微かに目を細め、その時の事を思い出しながら小さな声で言葉を紡ぐ。
「……数は、三人か四人……いえ、もしかすると、もっと多かったのかもしれません。暗い森の中だったし、相手の動きが物凄く速かったので、よく分かりませんでした……。それに――あたしは、衛兵たちが戦っている間に、その場から逃げ出す事だけに必死だったので……」
彼女は、恐怖でガタガタと身体を震わせながらも、懸命に記憶の糸を辿った。
「――先程お伝えしたように、一番最初は、小さな光の矢のようなものが、無数に飛んできました。その攻撃で、あたしたちの中で一番外側を歩いていた衛兵が……」
「……“小さな”というのは、どのくらいだ?」
ハヤテの問いに、フラニィは「確か、これくらいです」と言って、肉球の発達した指を広げた。
その幅を見たハヤテは、顎に手を当てて考え込む。
「……大体、五センチくらいか。矢は矢でも、吹き矢に近いのかもな。――ああ、すまない、フラニィ。話を続けてくれ」
「はい……。えと、それで、残った衛兵たちと侍女が寄り集まって、あたしを護る為に、周りを固めてくれたんです。……そうしたら、木の陰から、あいつらが飛び出してきて――皆を……!」
「あいつら……それが、“悪魔”達か」
ハヤテの呟きに、フラニィは小さく頷いた。
「ところで……その“悪魔”は、どんな姿をしていたんだ?」
「――そ、それが……」
いよいよ核心を衝こうとしたハヤテの問いかけに対し、何故かフラニィは言い淀む。
一瞬、言葉を発するのを躊躇うような素振りを見せた彼女だったが、意を決した様に眦を上げると、静かに口を開いた。
「実は……。さっき、ハヤテ様がチュニチと戦っていた時の姿と、よく似た姿をしていたんです……」
「――何だって?」
フラニィの意外な言葉に、ハヤテは耳を疑う。
思わず声を上ずらせたハヤテの様子に驚いたフラニィは、長い尻尾をピンと伸ばして後ずさった。
そして、耳をペタリと伏せながら、おずおずと言葉を継ぐ。
「に……似た姿とは言っても、仮面の形や、ヨロイの形はかなり違っていましたけど。――ただ、その戦う方法や、雰囲気は――似ていました」
「……そうなのか」
仮面に、鎧……。
(――まさか)
心の中で、ある仮説が浮かんだ。
ハヤテは、ゴクリと唾を飲み込むと、真剣な目でフラニィを見つめ、静かに尋ねる。
「フラニィ……。俺――装甲戦士テラに似ていたという、その悪魔達の容姿を、なるべく詳しく教えてくれないか? 例えば――」
「――こんな顔をしていたか? ハハッ!」
「ッ!」
ハヤテの問いかけは、ふたりが居る木の洞の外側からの嘲り声によって、唐突に遮られた。
同時に、けたたましい“モーター”音が、ふたりの耳を劈く。
「危ないッ!」
ハヤテは、咄嗟にフラニィを抱き抱え、身体を投げ出してその場に伏せた。
ガガガガガガガガガッ!
ふたりの頭上の上で、無数の刃が木肌を削り斬る音が聞こえ、地響きと共に舞い上がった夥しい土埃が彼らの目を塞ぐ。
――やがて、土埃が収まり、恐る恐る目を開けたハヤテは、
「な――!」
信じられない光景を目の当たりにして、言葉を失った。
ふたりが潜んでいた巨大な樹の幹が横一文字に斬り払われ、彼らの頭上には、無数の星が瞬く満天の夜空があったからだ。
――と、
「ハハッ! さぁて、かくれんぼは終わりだぜ、迷子の子猫ちゃんよぉッ!」
倒れた大樹の向こうから、人を小馬鹿にしたような、若い男の嘲笑が聞こえてきた。
ハヤテは、咄嗟にフラニィを背中に隠すと、すぐにでも左手に握った“コンセプト・ディスク・ドライブ”にコンセプト・ディスクを挿入できるように備える。
――と、
横倒しになった大樹の幹に、何者かが飛び乗った。
明るい月の光に照らし出され、その異形の姿がハッキリと見える。
――その姿は、先程フラニィが言っていたように、ハヤテが変身した装甲戦士テラと良く似ていた。
だが、その仮面の意匠は、テラのような狼の面ではなく、パイプやボルトやネジといった、工業部品を組み合わせ、厳つい顔立ちを表現したものである。
身体を包む黒のスーツに張り付いたメタリックシルバーの装甲部分も機械的な印象を与えるデザインで統一されており、テラのそれとは明らかにコンセプトが違っていた。
彼は、ゆっくりとフラニィを睥睨したが、彼女を庇うように立つハヤテの姿を見止めると、
「……ん? へえぇ、コイツは驚いた!」
と、心底驚いた声色で叫んだ。
「お目当ての子猫ちゃんを見付けたと思ったら、とんでもないおまけがついて来やがったぜ! まったく、今日はツいてるぜ! ハハッ!」
「――お前は……」
ハヤテは、耳障りな嘲笑を上げる男を見上げながら、無意識に呟く。
「お前は……装甲戦士ツールズ――!」
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