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序章 風纏う蒼き狼

序章其の参 激闘

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 眩い光に包まれて蒼い狼の面をした戦士へ姿を変えた男を前に、ドラゴンはその目を大きく見開いた。

「う……ウオォオオオオオオオオオッ」

 そして、巨大な口を大きく開き、地鳴りのような咆哮を上げるや、その太い後肢で地を蹴り、男に躍りかかった。
 耳をつんざくような衝撃音と共に、ドラゴンの鋭く長い爪によって、地面が深く抉り取られる。

「キャーッ!」

 辺りに舞い散る砂利と土煙に猫少女は悲鳴を上げ、その場に蹲った。
 散った砂利が地面を打つバラバラという音が四方から聞こえ、すぐに自分の体に夥しい砂礫が降り注いでくるのを想像した少女は、震えながら固く目を閉じる。
 ……だが、

「……?」

 一向に砂利のつぶてが自分の体を痛めつけに来ない事を不思議に思いながら、少女は恐る恐る目を開いた。
 ゆっくりと頭を上げた彼女の目に、蒼い装甲を纏った背中が映る。

「……え?」
「――大丈夫か?」

 呆気に取られる少女に、背中を向けたまま声をかけたのは、先程ドラゴンと対峙していた仮面の戦士だった。
 彼は、両手を広げて彼女の前に立ち塞がり、その身体を楯にして、襲い来る砂礫から彼女を守っていたのだ。

「あ……貴方……の方こそ……。大丈夫――?」
「俺? 俺は大丈夫だ! ……それより、立てるか、君?」

 こんな状況にも関わらず、自分の事を気遣ってくれている猫少女に、男は仮面の下で思わず苦笑を浮かべながら尋ねた。
 猫少女は、男の問いに慌てて頷く。

「は――はい……!」
「――よし。じゃあ、君はこのまま真っ直ぐ走って、森の中に逃げ込むんだ。その間、俺があのドラゴンを引きつけるから」

 男はそう言うと、前方で姿勢を低くして、こちらの方を窺っているドラゴンの姿を顎で示した。

「で……でも!」
「大丈夫だと言っただろ? ここは俺に任せてくれ。……どうやら俺は」

 猶も逡巡している少女に向かって、大きく頷きかけ、言葉を継いだ。

「――“装甲戦士アームド・ファイターテラ”とかいう……らしいからさ。――さあ、行けっ!」
「グオオオオオオォォォォ!」
「ッ!」

 男の声と同時に、ドラゴンが再び咆哮を上げる。
 少女はその声に弾き出されるように慌てて走り出し、鬱蒼と茂った森の木の間に飛び込んだ。

「……よし」

 猫少女が安全な森の中に逃げ込んだのを確認した男は、小さく頷くと前方に向き直る。
 大きく前肢を振り上げたドラゴンの動きを冷静に観察しながら、軸足を僅かに後ろに下げ、砂利をブーツで踏みしめた。
 そして、ゆっくりと両腕を上げ、構えを取る。

「……来い、デカブツ! この俺……装甲戦士アームド・ファイターテラが相手をしてやるよッ!」
「ガアアアアアッ!」

 男――装甲戦士アームド・ファイターテラの挑発の声に応えるように、ドラゴンが雄叫びと共に、その巨大な後ろ脚で地面を蹴る。
 突進力と遠心力で存分に威力を上げた前肢の一撃を、テラに向けて真っ直ぐに振り下ろした。
 再び、夥しい土煙が周囲に舞い上がる。
 ――だが、その中に、テラの体の残骸は無い。

「……遅えよ、薄鈍ウスノロ!」

 テラの嘲笑が、ドラゴンの背後から聞こえた。ドラゴンの一撃がその身に届く直前、彼は一陣の風の如く加速して、ドラゴンの背後へと回り込んでいたのだ。
 声に気付いたドラゴンが首を廻らせるよりも早く、テラはその右腕を大きく振りかぶった。

「――トルネードスマッシュッ!」

 彼がそう叫んで右腕を突き出すと、腕の周りの空気が渦を巻いた。そして、極小の竜巻と化した豪風がドラゴンの背中を打つ。

「ガ、ガアアアアアッ!」

 その衝撃で、巨大なドラゴンの体が横倒しになった。ドラゴンの顔が、僅かに歪む。
 が、それと同時に、その長い尻尾を鞭のように撓らせ、渾身の力でテラに向けて叩きつけた。

「ぐ――ッ!」

 自身の攻撃が当たり、思わず気を緩めていたテラは、尻尾での不意打ちを躱しきれず、背中に受ける。無慈悲な打擲を受け、彼の身体は“ゴム鞠”のように吹き飛び、大きな岩に叩きつけられた。
 大岩はその衝撃に耐え切れずに割れ弾け、その破片が仰向けに倒れたテラの上に降り落ちる。

「ぐるるる……」

 ドラゴンは、不機嫌そうに目を細めながら、その身を起こした。
 そして、舌なめずりをすると、テラを吹き飛ばした方へゆっくりと歩を進める。
 ――その時、

「く……クソがッ!」

 絶叫と共に、岩礫の山が吹き飛んだ。
 その中からヨロヨロとふらつきながら現れたのは、テラだった。
 その蒼いスーツは埃にまみれ、装甲のあちこちが凹んでいたが、その動きに然程の支障は無さそうだ。

「ちっ……。尻尾の事を、すっかり忘れてたぜ。スーツじゃなかったら即死だったな……」

 そう呟きながら、テラは首をコキコキと鳴らす。
 そして、再び両手を上げて構え、ゆっくりと近付いてくるドラゴンの顔を睨みつけた。

「……さあ、来い。俺はまだまだピンピンしてるぜ――」

 ――と、
 ドラゴンが、その顔を歪ませ――哄笑わらった。トカゲのような顔のドラゴンには、表情筋などあるはずが無い。
 ……だが、確かに自分の事を嘲笑ったように、テラには感じられた。

「……テメッ! 何を笑ってやが――」

 テラの言葉は途中で途切れた。突然ドラゴンがグルリと身体を返したからだ。
 そして、その振り向いた先には――木の陰に隠れてこちらを見ていた、先程の猫少女が居た。
 それを見たテラは愕然とする。

「に……逃げろって言ったのに……、何であの子は、まだあんなところに――!」

 彼は呆然と呟くが、すぐにドラゴンの意図を察した。
 それと同時に、標的を変えたドラゴンが、恐怖で立ち竦む猫少女に向けて突進した。

「や――ヤベッ!」

 テラは思わず声を上ずらせると、すぐさま地を蹴り、風を纏って加速する。
 そして、猫少女とドラゴンとの間に割り込んだ。
 ――が、それがドラゴンの狙いだった。

「が――っ?」

 ドラゴンの左前肢に身体を掴まれたテラは、思い切り地面に叩きつけられた。仮面の奥の顔が苦痛に歪む。
 彼をそのまま潰し殺そうと、ドラゴンは容赦なく体重を左前肢にかけていく。

「が、は……ッ! こ……この……や……ろ――」

 テラは、何とかドラゴンの軛から逃れようと藻掻くが、ビクとも動かない。胸部装甲にヒビが入り、肋骨が軋み、肺の空気は押し出される。
 押しつけられて呼吸が出来ない事で、脳が酸素を求めて悲鳴を上げる。

「か……は……ぁ……」

 ――だんだんと意識が遠のき始め、痛みも感じなくなってきた。視界も徐々に暗くなり、耳も遠く……。

(……し……死ぬ……のか、俺は? ……こん、な……何処かも……分からない……とこ――)
「――めて! 止めて――!」
「……っ!」

 失望の内に意識を手放そうとしたテラの耳に、甲高い少女の絶叫が届き、彼は我に返った。
 そして、忘れてはいけない事を思い出した。

(そう……だ! 俺は、ここで負ける訳には……倒れる訳にはいかないんだ! あの娘を救わないと……!)

 彼は、仮面の奥の眼をカッと見開く。暗転していた視界がハッキリとし、微かな愉悦の感情を湛えた、ドラゴンの黄色い目玉がハッキリと見えた。
 虚ろだったテラの眼に生気が戻った。

(な……に、嘲笑わらってやがるッ!)

 歯を食いしばった彼は、右手の指を伸ばして手刀を作ると、最後の力を振り絞って振り上げた。

「……ウルフファング・ウィンド!」

 テラの手刀とともに、真空の風が作られ、ドラゴンの目を切り裂く!

「ギャ……ギャアアアアアアアッ!」

 激痛にドラゴンが絶叫を上げる。その拍子に、テラを地面に縫いつけていた左前肢の力が緩んだ。

「――今だッ!」

 テラは、叫ぶと同時にドラゴンの前肢をはね除ける。そして、痛む胸を押さえながら、新鮮な空気を肺に取り込む。

「はぁ……はぁ……!」

 彼は、肩を激しく上下させながら、ヨロヨロと立ち上がり、眼を押さえてのたうち回るドラゴンを睨みつけた。

「……は――ッ!」

 そして、旋風かぜを纏うと、大きく跳躍した。ぐんぐんと上昇し、その高度は十五メートル程にもなる。
 頂点に達したテラは、身体を丸め、まるで車輪のようにグルグルと回転し始める。そして、先程に倍する速さで回転したまま下降し始めた。
 彼のブーツのヒールは、エネルギーが溜まった事でみるみる蒼く発光し始め、その軌跡は巨大な光輪と化す。
 その先には、ドラゴンの脳天――!
 彼は、回転し続けながら叫んだ。

疾風ゲイル・アックスキ――ックッ!」

 剛風と蒼光を伴った踵落としが、ドラゴンの脳天に炸裂した瞬間、辺りは、真っ青な光に包まれ、

「が……ガアアアアア……ッ!」

 ドラゴンの断末魔の叫びと地響きが空気を激しく揺らす。
 再び巻き起こる土埃――。

 ――やがて、蒼い光と土埃が収まった時……。
 そこにあったのは、頭から真っ二つに裂けたドラゴンの死骸と、その前で幽鬼のように立つ、青い装甲を纏った戦士の姿だった。

「――か、勝った……」

 夥しい血と臓物の臭いに包まれながら、テラは呆然と立ち尽くしていた。
 事切れたドラゴンを見下ろしながらも、自分が立っているのが信じられない……そんな様子だった。
 ――と、

『イジェクト』

 胸のコンセプト・ディスク・ドライブが機械音声を鳴らし、駆動音を立てながらディスクトレイを吐き出した。
 同時に、テラを包む蒼い装甲が淡い光を発し、弾けるように消え去った。

「……」

 “装甲戦士アームド・ファイターテラ”から、ただの“男”に戻った彼は、手元に残ったコンセプト・ディスク・ドライブとコンセプト・ディスクを見つめながら、黙っていた。
 と、
 何かが駈け寄ってくる足音を耳にし、彼は顔を上げる。

「だ……大丈夫……ですか――っ?」

 足音の主は、猫少女だった。
 男は、思わず苦笑を浮かべた。

「……何だ、あいつ。逃げろって言ったのに、まだ残ってたのかよ……」

 彼は、肩を竦めると、走ってくる猫少女に向けて手を振ろうとして――

 ――唐突に意識を喪った。
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