シリウスをさがして

朽縄咲良

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第二章

第二十二話 弓張月

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 「ほら、つかまれよ」

 貯水タンクの脇に設置されたハシゴをよじ登るように上がる僕に、そらが上から手を差し伸ばした。

「あ、ありがと」

 そう答えて、僕は差し伸ばされた彼の手を微笑みながら握る。
 僕の手をしっかりと握り返した宙は、「よっ……と」と声をかけながら、僕の体を引っ張り上げてくれた。
 釣り上げられたカツオみたいに貯水タンクの上に引き上げられた僕は、自分の腕を引っ張った宙の力が意外に強かったことに少しビックリしながら立ち上がる。
 なだらかに湾曲している貯水タンクの上に立って周りを見回す僕の肩を、宙が軽く叩いた。

「どうだ? いい眺めだろ?」
「ううん……まあ、そうだね」

 宙の問いかけに、僕は少し困り笑いを浮かべながら曖昧に頷く。

「でも……正直、さっきとそんなに違いは感じないなぁ。ちょっと視点が高くなっただけだし……」
「おいおい、ホントに正直なコメントだな。そこはリップサービスでも絶賛しておくところだぞ」

 僕の率直な答えを聞いた宙は、苦笑いを浮かべながら言った。
 それを聞いた僕は、慌てて付け加える。

「あ! で、でも……さ、さっきより足場が不安定だから、スリル的なドキドキは強い……かも!」
「ぷっ!」

 宙は、僕の言葉に噴き出しながら、「そんなに無理やり褒めなくてもいいぜ」と続けた。

「確かに、お前の言う通り、見える風景はそんなに変わらないしな。
「普通に見るだけなら……?」

 
 そう言った彼は、唐突に腰を下ろすと、その場にごろんと寝転んでみせる。

「でも……こうしてみ? オレが……ここを気に入ってた理由が分かるからさ」
「……!」

 僕は、宙の言葉にハッと息を呑んで、それから彼の言う通りにしてみることにした。
 うっすらと土埃が積もった金属製の床を軽く手で払ってから、仰向けに身を横たえる。

「うわぁ……」

 ――すぐに、宙の言葉の意味が分かった。
 寝転んだ僕の目に映るのは、一面の青。
 どこまでも澄み渡った春の空が、僕の視界いっぱいに広がっていた。

「そういうことか……」
「なっ、分かっただろ?」

 僕と並んで横たわっていた宙が、どこか誇らしげに言う。

「同じ空でも、ただ見上げるより、こうやって寝転がって見た方がキレイに見えるんだよ」
「うん、確かに……」

 宙の言葉に、僕は寝転んだまま頷いた。

「なんとなく、普通に見上げるより、空が大きく見えるような……。まるで、空の真ん中で浮かんでいるような――自分も空の一部になったみたいだよ」
「……すごいな、スバル」
「え?」

 急に褒められた僕は、ビックリして思わず横に顔を向ける。
 すると、感心した顔で僕を見ていた宙と目が合った。

「な……なにがすごいって言うんだよ?」

 自分にまっすぐ向けられた宙の目にドギマギしながら、僕は必死で平静を繕いながら尋ねる。
 そんな僕に微笑みかけながら、彼は「そりゃ……」と答えた。

「お前の感性が……さ」
「感性……?」
「いや、普通の奴は、空を見上げて『自分も空の一部になったみたい』なんて言葉は出てこないって。よっぽど感性が豊かなんだな」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。まるで詩人みたいだ」
「詩人って……そ、そんなことないよ」

 僕は、宙の言葉にこそばゆい気持ちになりながら、ぎこちない笑いを浮かべ、再び青空へと目を向ける。
 これ以上、宙の優しい眼差しを、この目で受け止め続けられる自信が無かったからだ。
 ――と、

「……あ、スバル。あそこ見てみろよ」

 そう言って、宙が東の空を指さす。
 彼の指の先を辿ると――青い空の片隅にぼんやりと見える白い半円を見つけた。

「……月?」
「ああ」

 僕の問いかけに、宙は少し嬉しそうな響きが籠った声で応える。

「……きれいだな」
「……? あ、うん……」

 正直、青い空の真ん中で今にも消えそうな薄さでぽつんと浮かんでいる半月は、きれいというより儚げに感じていたのだが、何も言わずに頷いた。
 そんな僕の答えに、宙は一瞬何かを言いかけたが、すぐに口をつぐみ、代わりに細く息を吐く。
 そして、上半身を起こし、「そういえばさ……」と続けた。

「半年くらい前……ここで同じことをホクトに言ったよ」
「え……そうなの?」
「うん」

 北斗の名を耳にして驚く僕に、宙は少し寂しそうな顔をしながら、こくんと頷く。

「確か……あの日は、今日より時間が遅かったから、空がもう暗くなってて、星が出始めてた。そんな星空の真ん中に輝く満月がめちゃくちゃキレイでさ。さっきと同じような感じでホクトに言ったんだよ」
「……それに対して、北斗はなんて?」
「一言だけ……『ごめん』って」
「え?」

 宙の答えに、僕は思わずキョトンとした。

「『ごめん』って……なんで謝ったの、北斗は?」
「……オレにも良く分からない」

 僕の問いかけに、宙も困ったような顔をしながら首を傾げ、それから「……でも」と続ける。

「なんか、その時のホクト……すごく辛そうな顔をしてたから、とても理由は聞けなかった。めちゃくちゃ気にはなったんだけどさ……」
「そっか……」

 宙の答えに、僕は頷くしかなかった。
 確かに、なんで北斗が謝罪の言葉を口にしたのか気になったが、あいつがもう遠いところに行ってしまった以上、もう答えは永遠に分からないのだ。
 宙にも……僕にも。

「……」
「……」

 僕たちの間に、重苦しい沈黙が垂れ込めた。
 さっきまで爽やかに感じていた春風が、冷たく感じる。
 僕は、ぶるりと身を震わせて、身を起こした。

「じゃ、じゃあ、もう下に降り――」
「……スバル」

 宙が、僕の言葉を遮る。
 その声は、微かに震えを帯びていた。

「……」

 思わず息を呑んだ僕は、宙の横顔をちらりと見る。
 彼は、思いつめた表情で顎に指を当て、まるで口に出すことを怖れるように潜めた声で言った。

「……昨日、LANEに届いたホクトからのメッセージのこと……どう思う?」
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