シリウスをさがして

朽縄咲良

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第二章

第十九話 立ち入り禁止

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 それから僕は、そらの案内で図書館の中を見て回った。
 様々な本が納められた書架の並ぶフロアはもちろん、整然と机が並んだ自習室や、映像資料を観れる視聴覚コーナーなど……。
 僕と並んで歩きながら、宙は図書館で過ごした北斗との何気ない日々を話してくれた。
 教養講義のレポート資料を探しに来たはずが、たまたま目に入った天体写真集に没頭して目的を忘れ、ふたり仲良く提出が間に合わずに単位を落としてしまったこと、閲覧席のソファでいつの間にかお互い寄りかかって爆睡していたら、すごい勢いで司書さんに怒られたこと――そんなエピソードを、宙はとても大切な思い出を懐かしむように、優しい眼差しで語ってくれた。
 彼の話は耳に心地よく、どれも面白かった。
 話を聞く僕の脳裏には、図書館を満喫する北斗の姿が色鮮やかに、まるでこの目で見てきたかのように思い浮かぶ。
 ――想像の中の北斗は、いつも楽しそうに笑っていた。

『ははは……』

 かすかかに北斗の笑い声が耳の奥で聞こえたような気がする度、僕は急いで周囲を見回した。
 どこかから北斗がひょっこりと顔を出して、僕に向かって『どっきり大成功~!』と、いたずらっぽく笑いかけてくるんじゃないかという淡い期待を抱きながら。
 本と本の隙間、書架の陰、ソファの裏、テーブルの下……あらゆる所に目を配ったが――何度見回しても、あいつ北斗はどこにもいなかった。

 ――当たり前だ。北斗はもう、死んでしまったのだから。

 そんな変えようのない現実が、容赦なく僕の心を打ちのめす。
 ――それでも、『ひょっとしたら、昨日この目で見た葬儀の方が夢か幻で、本当は北斗が生きていて、この図書館で暇つぶしをしているんじゃないか?』という妄想じみた希望が、僕の頭の中から離れない。だからどうしても視界の片隅で、縋るような気持ちであいつの姿を探してしまうのだった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 「――よし」

 図書館棟の三階にある視聴覚スペースを出て、建物の端に設けられた階段の前まで来たところで、宙はなぜか慎重に周囲へ目を配りながら、押し殺した声で呟く。

「……誰もいないよな、スバル?」
「え?」

 北斗のことを考えてボーっとしていた僕は、突然のそらの問いかけに不意をつかれ、間の抜けた声を上げた。
 僕は、「あ、えっと……」と言いながら慌てて周りを見回し、やっぱり北斗の姿が見えないことに少し落胆しながら、小さく頷く。

「……う、うん。誰も……いないよ」
「おっけー」

 と、僕の返事に短く応えた宙は、「じゃ……次はこの上だ」と、階段の上を指さした。

「え……?」

 それを見た僕は、思わず当惑の声を上げる。
 なぜなら、昇り階段の前には、『この先、関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板が付けられたベルトバリアが、通行を妨げるように置いてあったからだ。

「次はこの上……って、入れないじゃん」
「え? いや、入れるだろ」

 僕の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた宙は、その長い脚を上げて、あっさりとベルトバリアをまたぎ越えた。

「ほら、簡単だろ? スバルも来いよ」
「い、いやいや!」

 しれっとしながら手招きする宙に、僕は思わずツッコむ。

「そ、そういう意味じゃなくって! ダメだよ、立ち入り禁止って書いてあるところに入っちゃうのは!」
「ああ、そういうことか」

 僕の言葉に、宙は苦笑を浮かべた。

「平気だって。見られなきゃバレないって」
「いや、バレるとかバレないとかじゃなくって!」

 しっと宙の人差し指が僕の声を遮った。
 悪びれた様子もない宙に、僕は気にせず激しくかぶりを振る。

「立ち入り禁止なんだから、入るべきじゃないって! ほら、こっちに戻ってきて!」
「マジメだなぁ、スバルは」

 なかば呆れ混じりにそう言った宙は、肩を竦めた。

「まったく……お前はオレの母ちゃんかよ」

 そして、ちょっとだけ口元を緩めながら、ぼそりと呟く。

「……ホクトが言ってた通りだ」
「……え?」

 唐突に彼の口から出た北斗の名に、思わず強い興味を惹かれた。
 それと同時に、急に北斗の指先が唇に触れていることを意識してしまい、だんだんと羞恥心が湧いてくる。

「北斗が……僕のことをなんて言ってたの?」
「あ、いや……」

 自然と半歩距離をとった僕に尋ねられた宙は、困ったように頭を掻く。

「別に、そんな大したことは言ってなかったよ。ただ……『頭にクソが付くほどマジメな奴』だったとか、『実の母親よりも世話を焼いてくれた』とか……そんな感じ」
「あいつ……そんなことを言ってたのか……」

 その言葉に、複雑ながらも僕はじんわり胸の奥が温かくなるのを感じる。“クソマジメ”は心外だけど、そんな風に僕のことを語ってくれていたのかと思うと、ちょっと嬉しかったからだ。
 ――と、

「そんなことはいいから、早くこっち来いよ」

 焦れたようにそう言った宙は、距離を詰めてもう一度僕のことを手招きする。

「ここを上がらないと、オレがお前に一番見せたかったところに行けないんだから」
「僕に……一番見せたかったところ?」

 宙の言葉を聞いた僕は、階段の上に目を向け、首を傾げた。

「でも……この上って、何も無いんじゃないの? 屋上でしょ?」
「だから、そこだよ」

 キョトンとする僕に、宙は苦笑いしながら答える。

「オレがお前に見せたいのは、その屋上だよ」
「え?」
「……」

 宙は、僕の問いかけに対してすぐには答えず、階段の上を振り仰いだ。
 そして、色んなものがない交ぜになったような表情を浮かべて、ぼそりと答える。

「……屋上が一番多いんだよ」
「なにが?」
「……ホクトと過ごした思い出が……さ」
「……!」

 宙の答えに、僕は思わず息を呑んだ。

「ってことだからさ!」

 妙に明るい声を上げた宙は、ガードバリアの向こうから、僕に向けて手をいっぱいに伸ばす。

「固いこと言わずに行こうぜ!」
「で、でも……」
「オレ……スバルにも知っておいてほしいんだよ。アイツが……ホクトが、ここでどんな風に過ごしていたのかを……さ」

 そう言うと、彼はなにかをこらえるようにキュッと唇を噛んだ。
 そして、微かに震える声で僕に懇願する。

「頼むよ、スバル……。このままじゃ、アイツとの思い出で心が潰れちゃいそうなんだ。ひとりで抱え続けるには重すぎるんだよ……」
「望月くん……」

 ほんの一瞬だけだったが、彼の瞳に悲しみの色が浮かんだ。僕は昨日出会ったばかりの宙に対して芽生えた感情が大きくなっていくのを感じつつ、辛そうな表情を少しでも晴れやかにしてやりたい、そうしたいと思い始めている。
 そんな宙に僕ができたのは――自分に向けて伸ばされた彼の手を取り、ガードバリアによって作られた隔たりを越えることだけだった……。
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