シリウスをさがして

朽縄咲良

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第一章

第二話 親友

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 「……」

 急に現れ、遺影を見上げながら涙を流している若い男を前に、僕は呆気にとられた。
 と、七星ななせちゃんが彼におずおずと声をかける。

「あの……失礼ですけど、あなたは……?」
「え? ……ああ」

 七星ちゃんの呼びかけでようやく我に返ったらしい彼は、涙で潤んだ目をこちらに向ける。
 そして、弱々しい微笑を浮かべながら、彼女に向けて軽く頭を下げた。

「その……はじめまして。オレは、望月宙もちづきそらって言います。ホクトとは、高校と大学でいっしょで……」

 そう名乗った男――望月宙もちづきそらは、今度は七星ちゃんに尋ねる。

「ひょっとして君は――ホクトの……」
「……はい。妹の七星ななせです」

 彼の問いかけに、七星ちゃんは深々と頭を下げた。

「兄のお友達だったんですね。その……お兄ちゃんがお世話になりました」
「いや、お世話になったのは、むしろオレの方で……」

 七星ちゃんの言葉に、望月宙は慌てた様子でかぶりを振る。
 ……と、その頬に再び涙が伝った。

「うぅ……本当に世話になりっぱなしで……まだ全然返せてないっていうのに、なんで死んじゃったんだよ……」

 彼は、目から大粒の涙を流しながら、嗚咽混じりの声を漏らす。
 と、

「……ゴメン、ちょっとそのハンカチ貸して!」

 急にそう言った宙は、僕が手に持っていた七星ちゃんのハンカチをひったくるように取った。

「あ、ちょっと……!」

 返事をする暇も制止する間もなく、彼は僕の手から取った七星ちゃんのハンカチで目元を拭う。
 突然の行動に、ただただ呆気にとられて彼を見る僕。
 と、そんな僕の視線に気づいたらしいそらが、目元からハンカチを離してはにかみ笑いを浮かべた。

「……ごめん。君に借りたこのハンカチは、ちゃんと洗って返すから」
「い、いや……」

 彼の言葉に、僕はためらいがちに首を横に振る。

「それ……僕のじゃないんだ。僕も、七星ちゃんから借りてて……」
「あ、そうだったんだ……」

 僕の返事を聞いたそらは、バツ悪げに頬っぺたを掻きながら、七星ちゃんにペコリと頭を下げた。

「いや、マジごめん、ナナセちゃん。男のクセに情けないところを見せちゃった上に、君のハンカチを無断で借りちゃって」
「あ、いえ……気にしないで下さい……」

 彼の謝罪に、七星ちゃんは戸惑いを隠せぬ様子で首を振る。
 ――と、

「……そういえば」

 言いながら、宙は改めて俺の方に向き直った。
 真正面から向き合って初めて気づいたけど、彼は僕より少し背が高い。
 それでいて、体のラインはスラリとしていて、細身に仕立てられた喪服が良く似合っていた。
 整った顔立ちも相俟って、一見すると俳優かモデルみたいだ……。

「多分……君とは初対面だよね?」
「う、うん……多分」

 いかにも陽キャらしい距離感で馴れ馴れしい口調で尋ねられた僕は、すっかり彼の外見に気圧されながら、コクンと頷く。

「ぼ、僕は……天川昴あまかわすばる……。北斗とは、中学生までいっしょの学校で……友達だった」
「あぁ! 君がスバルくん!」

 僕の名前を聞いた途端、彼が目を丸くしながら顔を輝かせた。

「君のことは、ホクトから良く聞いてたよ。“今まで生きてきた中で一番大切な存在”だったって」
「え……?」

 そらの言葉を聞いて、僕の心臓がトクンと跳ね、頬がカッと熱くなるのを感じる。
 そんな僕の異変にも気づかぬ様子で、宙はさらに言葉を継いだ。

「確か……星が好きなんだよね? ホクトが言ってたよ」
「あ……うん、まあ」

 僕は、彼の問いかけにぎこちなく頷く。
 それを聞いた宙は、優しげな微笑みを浮かべた。

「実は、オレも星が好きなんだ」
「そうなの?」
「うん。まあ……オレの場合は、ホクトから色々と教えられてから、初めて興味を持ったんだけど……さ……」

 そこまで言ったところで、彼は不意に口を噤む。
 そして、目と唇をギュッと結んで、こみ上げる感情を何とかして抑えようとしたようだったが、結局耐え切れずに顔を伏せ、時折嗚咽を漏らしながら、肩を大きく上下させていた。
 見かねた僕は、彼が丸めた背中を手で擦って、何とか落ち着かせようとする。

「……だいじょうぶ? 辛かったら、少し外に出た方が……」
「あ……ううん、大丈夫……」

 僕の問いかけに途切れ途切れの声で答えた宙は、涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、僕にニッコリと笑いかけた。

「……君は、ホクトが言ってた通りの人だね」
「え……?」

 宙の言葉に、僕は戸惑う。
 それと同時に、僕が知らない時期の北斗が、僕のことを何と言ってたのか無性に気になった。
 
「北斗が……なんて?」

 ドキドキしながら、恐る恐る宙に尋ねる。
 それに対して、宙は少し寂しげな表情を浮かべながら、ぽつりと答えた。

「――『自分のことより相手のことを気遣うような、とても優しい奴』だって」
「…………いや」

 宙の答えを聞いた僕は、反射的に首を横に振る。

「そんなこと……全然無いよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

 怪訝そうに訊き返した宙にはっきりと言い切った僕は、祭壇に飾られた北斗の遺影に目を向けた。
 額縁の中の北斗の笑顔に、かつて自分に向けられていたそれを重ね、懐かしさと切なさで胸が張り裂けそうになりながら、苦い思いを吐き出す。

「……一度想いを拒絶されただけで傍から離れてしまうような奴が、優しいはずなんかあるもんか」
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