君に捧ぐ

ゆのう

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祭りが終わった翌日から町の奴が家に来るようになった。
セツが俺の子供だと宣言した時からこうなる事は予想していたが、俺達は昼間は森に出掛ける事が多くて鉢合わせる事は無かった。
多少無理があろうと、セツは俺の子供という事にすると決めていて、両親にも事情があってセツを俺の子供だと他の人に説明すると話していた。
親ならセツに何かあった時にも代わりになれるかもしれない。もう誰にもセツに手出しはさせない。

今は遊び疲れて眠ってしまったセツを抱いて帰っている所で町の奴と出くわしてしまった。俺を見るなり男が近づいて来た。
セツが寝ている事も気にせずに大声で問い質してきた。
「イクス!その子供がイクスの子供って本当か!?」
セツに危害を加えられるかもしれないと、少し距離を置いてなるべく静かな声で恫喝した。
「おい。あまり大声を出すなよ?もしセツが起きたらその口が一生開かないようにしてやるから注意しろよ」
男は俺が本気だと分かると声を落として改めて質問してきた。
「わかった。その子供はお前の子供かどうかだけ教えてくれ」
「祭りであの女に言った通りだ。だがお前達に何の関係がある?もしセツに何かしようとしてみろ…今度こそブチ殺してやる!」
あの時の怒りを思い出すと、胸に付けられた印が熱を持った気がした。
「母親は誰なんだ?」
「お前には関係ない。それは俺だけが知っていればいい事だ」
「って事はもう母親はいないって事か!?」
男は興奮したように大声で聞いてきた。
「おい静かにしろよ。何度も言うがお前には関係ない。町の奴らにも言っておけ。もう二度と俺の所に来るなよ」
話は終わりだとさっさとその場を離れて部屋へと戻って震える手でセツをベッドに寝かせた。
(落ち着け、大丈夫だ。セツはここにいる)

また俺の為にと勝手に暴走してセツに何かされたら俺は正気ではいられないだろう。
過去に俺がやってきた事のツケが回ってきたとは言え、またそれを支払う事になるのがセツになるとは反吐が出る。
神とやらがいるならセツへのヘイトを全部俺に向ければいいだろう。
そもそもセツが何をしたんだ?何をしていても他人の心配が出来る善良な人間だ。
そんなセツを排除したい奴こそ死ぬべきだろう。
俺が歪んだクズだって事はもう身に沁みて理解した。
セツがまた俺の側から消えてしまったら今度はどうしたらいいんだ?
何度やり直してもセツが死んでしまう事になったら俺はどうなる?
そもそもまたやり直すなんて幸運が訪れるのか?
もし俺の手が届かない所でセツの死が免れる事の出来ない決定事項だとしたら…。


「ゴート…」
「お呼びですか?と言うよりも…まだ正気ですか?」
「セツがまた死んだらどうなる?俺はもう契約出来ないのか?」
「そうですね。魂はもう私のものですしねぇ。ですが、どうしてもと言うのなら手を貸す事も考えましょうか」
「要求は何だ?」
「イクスさんは話が早くて助かりますね。イクスさんの魂はそれはもう素晴らしく仕上がっていますが、私が神に手を出すにはまだまだ足りません。ですが人間のうちならやりようはあります」
「俺が神を弱体化させるって事か?」
「魔王という存在を聞いたことがありますか?」
「魔王?知らないな。魔王という位だ、碌でもない存在なんだろう?」
「フフッ。私からすれば魔王は神よりも素晴らしい存在ですよ。神の勢力が強くなりすぎたせいで、もう人間も魔王の存在を覚えていないのでしょうね」
「それで?その魔王とやらを探せという事か?」
「いえいえ。イクスさんなら魔王になれますよ。というお誘いです」
「ゴート、勿体ぶるな。もっと分かりやすく話せ」

「これは失礼いたしました。では簡潔に。イクスさんはこの世界を憎む余りどうしようもなく魂が穢れています。その魂に私が少し手を加えると、人間が魔王になれるのですよ。魔王はこの世界を少しずつ闇に染めていく存在で、結果的に神の力も弱体化されていくのです」
「魂に手を加える?お前は俺の魂が欲しいんじゃないのか?」
「今刈り取った所でイクスさんの魂はそれほどの力はありません。ですが魔王になり、世界を侵食していくと加速度的に魂も力をつけられるのです」
「魔王は死なないのか?」
「いいえ。寿命という点ではありませんが、神は魔王が誕生すると勇者という対極の存在を創り出します。魔王は勇者にのみ倒される可能性があるのです」
「じゃあゴートはその時に俺の魂を手に入れるのか?随分と気が長い話だな」
「人間で言うところのワインと同じですよ。待てば待つほど芳醇で複雑な味わいに熟すのです。それにそろそろ神に一泡吹かせたいと思っていた所ですので」
「ゴートからしてみればどちらに転んでもいいという事か」
「ですが一つだけ。イクスさんの状態からしてセツさんが生存している事が条件です。もし何かの拍子にセツさんが失われてしまえばイクスさんは耐えられないでしょう」

「魔王になれば理不尽な死からもセツは守れるのか?」
「ええ、魔王は私と同じで魔法が使えるようになりますからね。間違いなくただの人間では危害を加える事は不可能です」
「それだけ聞ければ十分だ。なってやるよ。魔王とやらに」

ゴートは恭しく膝を付いて頭を垂れた。
「畏まりました魔王様。これより私も魔王様の配下として側に侍らせていただきます。魔王様が斃されるその時まで共にありましょう」


ごめんなセツ。
俺は結局自分本位にどうしてもお前を手放せなかった。
俺の事情に巻き込んで世界の敵側に落としてしまったが絶対に誰にも傷付けさせないと約束する。
お前さえ幸せになれるのなら全てのヘイトを俺に集めてやる。
だからすまない…俺が死ぬ時までは側にいさせて欲しい。
その代わり俺がいつ勇者に倒されてもいいように、セツの噂はゴートに流させておくから安心してくれ。

愛してる。



『魔王が世界を闇に侵食せんとする時、神に祝福されし希望が生まれる。
だがその人類最後の希望は悪魔の城で囚われてしまった。
そこで神は人類最後の希望を救い出す為に悪魔を倒せる唯一の存在の勇者を創った。
神に選ばれし希望を無事に取り戻し、皆で大切に扱えばこの世界は永劫魔王の脅威から逃れ平和が訪れるだろう』
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