君に捧ぐ

ゆのう

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◎セツ

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ハッと気付いて目を開けると朝だった。いつもの自分のベッドに寝ていたが、いても立ってもいられずに部屋着のまま家を飛び出した。焦るあまり縺れそうになる足を必死に動かしてセツの店に近づいて行くと、子供の泣き声が聞こえてきた。
ドアを開けるといつもの鈴の音が聞こえて、カウンターの向こうに小さな頭が少し見えていた。カウンターに近寄って声をかけた。
「セツか?どうした?大丈夫か?」
声をかけると、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした小さなセツがいた。
「うぅ…グスッ…ここどこ?こわいよぉ…」
駆け寄って様子を見てみるが、怪我はしていなさそうだ。とりあえずホッとして抱き上げてみた。
「どうしたんだ?何が怖いんだ?俺が怖い事なんてどこかにやってやる」
落ち着かせるように背中をポンポンと叩いて顔を拭いてやる。
「ぼく…なんにも覚えてない。おうち…帰りたい…うぅ」
「ん?家がどこか分からないのか?名前は?」
セツは頭を横に振ってまたわんわんと泣き始めてしまった。


「おいゴート!見てるか?これどうなってるんだ!」
大声で呼び掛けると、空中にひどく面倒そうに姿を現した。
「勿論見ていますよ。どうやらセツさんの時間だけが大幅に巻き戻ってしまったようですね」
「は?」
溜息を吐き出すと、渋々説明のような言い訳をはじめた。
「悪魔は魔法を使えますが、魂を対価にしたこんな大規模な魔法は初めて使ったんで、少々手違いがあったようですね」
「これどうにかならないのか?」
「もう魔法は発動したので今更どうにも出来ませんよ。」
「おい!約束が違うだろう!こんなのは聞いてないぞ!」
ハッと鼻で笑いながら、弁えろとでも言いたげに主張してくる。
「ですが、イクスさんの願いはセツさんを生き返らせる事でしたよね?でしたら何の問題もないと思いますが?そもそも悪魔が使う魔法がノーリスクだとでもお思いですか?」
「くっ…。もういい!他には何か問題はないんだろうな?」
「さて?先程も言いましたがこの魔法を使ったのは初めてなので何とも言えませんね」
「ああもういい!とにかく自分で何とかするしかないって事だな!」
ゴートはもうつまらない事で呼び出すなと言いたげに忠告して来た。
「そのようですね。ですがあまり私を気軽に呼ばれない方がよろしいかと思いますよ。私の声も姿も契約者以外には見えませんので、イクスさんの頭がおかしくなったと思われてしまいますからね」


ゴートと話しながらセツの背中を撫でて体を揺らしていたら、泣き疲れてしまったのか眠っていた。
(このまま寝てる間にセツの家に行っておじさんとおばさんに説明しておいた方がいいかもしれないな。)
セツを抱き上げたままセツの家に行くと、まだ朝も早い為か二人共家の中にいた。いつものように勝手に上がって話をはじめた。
「おじさん、おばさん、おはよう。セツなんだけど、ちょっと記憶が無くなったみたいなんだ。あとちょっと小さくなってる」
「イクス君おはよう。こんな時間に来るなんて珍しいわね。セツ?」
「イクスおはよう。どうしたんだ?その子は誰の子だ?」
二人はセツの寝顔を見ながら首を傾げている。
「セツだよ。5歳くらいに見えるけど、昔のセツだろ?」
「セツ?この子の名前?フフッ。よく寝てて可愛いわね。」
「さっきからセツって誰の話だ?この子の事は知らないぞ」
それからセツは二人の子供だと説明したが、自分達には子供なんていないと言って逆に心配されてしまった。
(クソッ!セツが寝ててくれて良かったけど、こんな事ってあるかよ!)


一旦家に帰って自分のベッドにセツを寝かせた。
両親に隣の家のセツを覚えているか聞いてみると、やっぱり子供はいないと言われた。俺はセツから最初は命を、次に過去と家族と居場所まで奪ってしまっていた。
(ああ、俺は何も失っていないのにセツから何もかも奪ってしまった)
部屋に戻ってセツの寝顔を見て心の中で懺悔した。
それから改めて今度こそセツを必ず幸せにしてやると決意して両親には記憶喪失になっている子供を保護したから、自分の部屋で今日から面倒を見ると宣言した。

昼過ぎに目を覚ましたセツに、今日からここで暮らす事を提案して自己紹介をした。
「ごめんな。探してみたけどセツの家はどこか分からなかったんだ。だからこれからは俺の家で暮らさないか?嫌か?」
セツはまた目に涙をためて必死に泣かないように耐えていた。
「ん…わかった。お兄さんといる」
自分が誰かも何も分からなくて不安でいっぱいだろうに一生懸命耐えている姿に申し訳なくなった。せめて安心してもらえるように笑顔で明るく挨拶をした。
「良かった。俺はイクスって言うんだ。お前の名前はセツでいいか?今日から俺達は家族だ。よろしくな」
「セツ…。わかった。えと、イクスさんよろしく…」
ぎこちなく挨拶を返してくれたセツに、もう家族だから呼び捨てで呼ぶようにと言って握手した。

セツは興味深そうに俺の部屋を見回している。
(この部屋には子供が好きそうな物は何も置いてないな…。セツが趣味で育てていたハーブでも持って来るかな)
「セツ、植物を育ててみるか?自分で何かを育てるのもきっと楽しいぞ」
「でも、ぼく…うまくできないかも」
自信がなさそうに言った。セツは家が薬屋だったからか、昔からハーブを育てて自分好みの配合のハーブティーを試すのが好きだった。
「趣味でやるんだ。楽しくなかったらやめてもいい」
「そうなの?…じゃあ、やってみる」
少し嬉しそうに返事をしてくれて安心した。
「ああ。何でもやってみて好きな物を見つけていこうな」

セツと手を繋いでまた薬屋に戻った。昼間はセツの両親も店にはいないし、セツの私物だったハーブの鉢は持っていってもいいだろう。
「確かこの棚にセツが手帳を置いてたと思うんだけどな…」
セツはハーブの成長記録やお茶の配合をよく手帳に書き込んでいた。それがあれば知識のない俺やセツでも育てられるだろう。
「お。あったあった!これも持っていかないとな」
ぱらりとページを捲ってみると、セツの字がびっしりと書かれている。セツの字だと思ったら無意識に指で文字をなぞってしまった。
(お前の大切な記録を小さなセツに貸してやってくれ)
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