44 / 47
【44】救出
しおりを挟む
◇◇◇◇
咄嗟に駆け寄り触れたグリファートの身体は酷く冷たかった。鉱山の浄化を施し倒れた時のあの冷たさを、嫌でも思い出してしまう。
教会の周りの空気は澄み渡り、燻っていた瘴気の痕跡も残っていない。
先ほどの光はやはり、グリファートによる浄化と治癒だったのだ。
「ッグリファート!おい、しっかりしてくれ!!」
いくら呼び掛けても反応はなく、レオンハルトの頭にジョフとした会話が走馬灯のように駆け巡る。
『核は徐々に、そして確実に脆くなっていき、限界を迎えたときには……』
レオンハルトはごくりと息を飲み込みながら、何を馬鹿なことを、と頭を振った。
まだ間に合う、今から魔力を渡せば良い。足りないのならいくらだって、何度だって───
「そこにいるのは、獅子様ね……」
レオンハルトはハッとして瓦礫の山を見た。
上から降ってきたのだろう天井や壁の隙間から中を覗き見れば、僅かにできた空間で身を伏せているリゼッタの姿が見える。
「リゼッタ…!アンタ、」
「…無事よ、そこにいる無茶な聖職者様のお陰でね」
そう言うリゼッタは相変わらず無関心の無表情に見えるが、何故だか視線はじっとグリファートに注がれていた。
「他に無事な者はいるのか」
「……後ろにいるんじゃないかしら」
起き上がれるほどの隙間がないのでリゼッタには背後を確認できないのだろう。代わりにレオンハルトが手前の瓦礫をいくつか横に退けてやる。
どうにかして教会の内部が見えるようになって、レオンハルトは驚きに目を見開いた。
無惨にも崩れ果てた教会の中央で、女神像がまるで全ての厄災を一身に背負うかのように、倒れた柱や石壁を受け止めていたのである。教会内にいたリゼッタ以外の人々も倒れたり蹲ったりはしているものの、瓦礫の下敷きになるような最悪な状況にはならなかったようだ。
グリファートの思いに、果たして女神が応えてくれたのだろうか。
「…っ、今助ける!動けそうな者は学舎の方へ避難してくれ!気を失ってる者は俺が運ぶ!」
レオンハルトはそう叫ぶと、一人また一人と瓦礫の隙間を縫って教会内の人々を救出した。
教会に篭っていた人々は自身が生きている事に呆然とはしていたものの、救助に対してすんなりと受け入れてくれている。
グリファートに一刻も早く魔力を注がねばという思いが過ってしまい、冷静な救助が出来ていたのかと言うと正直なところわからなかったが、それでもレオンハルトは必死に手と足を動かすしかなかった。
そうして漸くレオンハルトがグリファートの元に戻ってくると、いつの間にか一人で教会の中から脱していたらしいリゼッタが、倒れ伏すグリファートの横に座っていた。
何かを確かめるようにグリファートの右手首を握り、じっと彼の顔を見つめている。
リゼッタの夫は傍で寄り添い、彼女の好きにさせているようだった。
レオンハルトはそんなリゼッタの背後に立ち声を掛ける。
「…、リゼッタ。聖職者様に今すぐ魔力を分け与える。退いてくれ」
「……生きてはいるわよ」
「そうじゃない!もしかしたら魔力核が…ッ」
「限界だったみたいね」
はっきりと、しかし淡々と吐かれた言葉にレオンハルトの脳が揺れた。
まさか、魔力核が壊れたのか。思わず嘘だ、と口から溢れそうになる。
だがリゼッタにはわかるのだろう。確かめて、わかったその事実をただレオンハルトに告げたのだ。
「酷い顔ね、獅子様」
そう言ったリゼッタの言葉に、レオンハルトの胸が怒りと絶望にでざわりと沸き立つ。
レオンハルトは思わず拳を握り込みリゼッタを睨み付け─────そして彼女の表情が酷く真剣である事に気が付いた。
「まったく酷い話だわ」
「…、何を……」
「勝手に諦めるな、勝手に死ぬな、勝手に終わるなと言っておいて、私たちを救うためになりふり構わず力を使い切るなんて。私以上に勝手な聖職者様ですこと」
グリファートとリゼッタの間でそんな会話がなされたのか。まるで恨み言のように語るリゼッタは珍しい。
リゼッタはいつだって無気力で、無関心で、何かに執着する事がない。
思い返せば教会で対峙したあの時、唯一グリファートに対してだけは何か思うものがあったように感じた。
「ねえ獅子様。聖女の浄化はよく『奇跡』だなんて言われているけれど、そんなもの、本当にあるのかしら」
表情をぴくりとも動かさず、リゼッタが淡々と言葉を紡ぐ。
「……俺が『ある』と言ったら奇跡は起きるのか」
レオンハルトは拳をグッと握りながらリゼッタに返した。
他に吐きたい言葉は山ほどあったが、その言葉を聞いたリゼッタが自嘲気味にふっと笑ったので口を噤む。
「……思えば、最初から無能だと諦めて自分の力を使おうとすらしていなかったわね」
「…リゼッタ?」
言って、リゼッタは立ち上がるとグリファートの傍を離れた。
徐ろに鉱山の方へ向かって歩き出したのを見てレオンハルトが慌てて止めに入る。
「…ッ待て、リゼッタ学舎に避難を」
「獅子様。一つ教えてあげましょうか」
────聖職者様の魔力核はまだ完全に壊れていないわ。
空気に溶けてしまいそうなほど小さな声で吐かれた言葉を、しかしレオンハルトは確かに聞き取った。
今リゼッタは何と言った?
咄嗟に駆け寄り触れたグリファートの身体は酷く冷たかった。鉱山の浄化を施し倒れた時のあの冷たさを、嫌でも思い出してしまう。
教会の周りの空気は澄み渡り、燻っていた瘴気の痕跡も残っていない。
先ほどの光はやはり、グリファートによる浄化と治癒だったのだ。
「ッグリファート!おい、しっかりしてくれ!!」
いくら呼び掛けても反応はなく、レオンハルトの頭にジョフとした会話が走馬灯のように駆け巡る。
『核は徐々に、そして確実に脆くなっていき、限界を迎えたときには……』
レオンハルトはごくりと息を飲み込みながら、何を馬鹿なことを、と頭を振った。
まだ間に合う、今から魔力を渡せば良い。足りないのならいくらだって、何度だって───
「そこにいるのは、獅子様ね……」
レオンハルトはハッとして瓦礫の山を見た。
上から降ってきたのだろう天井や壁の隙間から中を覗き見れば、僅かにできた空間で身を伏せているリゼッタの姿が見える。
「リゼッタ…!アンタ、」
「…無事よ、そこにいる無茶な聖職者様のお陰でね」
そう言うリゼッタは相変わらず無関心の無表情に見えるが、何故だか視線はじっとグリファートに注がれていた。
「他に無事な者はいるのか」
「……後ろにいるんじゃないかしら」
起き上がれるほどの隙間がないのでリゼッタには背後を確認できないのだろう。代わりにレオンハルトが手前の瓦礫をいくつか横に退けてやる。
どうにかして教会の内部が見えるようになって、レオンハルトは驚きに目を見開いた。
無惨にも崩れ果てた教会の中央で、女神像がまるで全ての厄災を一身に背負うかのように、倒れた柱や石壁を受け止めていたのである。教会内にいたリゼッタ以外の人々も倒れたり蹲ったりはしているものの、瓦礫の下敷きになるような最悪な状況にはならなかったようだ。
グリファートの思いに、果たして女神が応えてくれたのだろうか。
「…っ、今助ける!動けそうな者は学舎の方へ避難してくれ!気を失ってる者は俺が運ぶ!」
レオンハルトはそう叫ぶと、一人また一人と瓦礫の隙間を縫って教会内の人々を救出した。
教会に篭っていた人々は自身が生きている事に呆然とはしていたものの、救助に対してすんなりと受け入れてくれている。
グリファートに一刻も早く魔力を注がねばという思いが過ってしまい、冷静な救助が出来ていたのかと言うと正直なところわからなかったが、それでもレオンハルトは必死に手と足を動かすしかなかった。
そうして漸くレオンハルトがグリファートの元に戻ってくると、いつの間にか一人で教会の中から脱していたらしいリゼッタが、倒れ伏すグリファートの横に座っていた。
何かを確かめるようにグリファートの右手首を握り、じっと彼の顔を見つめている。
リゼッタの夫は傍で寄り添い、彼女の好きにさせているようだった。
レオンハルトはそんなリゼッタの背後に立ち声を掛ける。
「…、リゼッタ。聖職者様に今すぐ魔力を分け与える。退いてくれ」
「……生きてはいるわよ」
「そうじゃない!もしかしたら魔力核が…ッ」
「限界だったみたいね」
はっきりと、しかし淡々と吐かれた言葉にレオンハルトの脳が揺れた。
まさか、魔力核が壊れたのか。思わず嘘だ、と口から溢れそうになる。
だがリゼッタにはわかるのだろう。確かめて、わかったその事実をただレオンハルトに告げたのだ。
「酷い顔ね、獅子様」
そう言ったリゼッタの言葉に、レオンハルトの胸が怒りと絶望にでざわりと沸き立つ。
レオンハルトは思わず拳を握り込みリゼッタを睨み付け─────そして彼女の表情が酷く真剣である事に気が付いた。
「まったく酷い話だわ」
「…、何を……」
「勝手に諦めるな、勝手に死ぬな、勝手に終わるなと言っておいて、私たちを救うためになりふり構わず力を使い切るなんて。私以上に勝手な聖職者様ですこと」
グリファートとリゼッタの間でそんな会話がなされたのか。まるで恨み言のように語るリゼッタは珍しい。
リゼッタはいつだって無気力で、無関心で、何かに執着する事がない。
思い返せば教会で対峙したあの時、唯一グリファートに対してだけは何か思うものがあったように感じた。
「ねえ獅子様。聖女の浄化はよく『奇跡』だなんて言われているけれど、そんなもの、本当にあるのかしら」
表情をぴくりとも動かさず、リゼッタが淡々と言葉を紡ぐ。
「……俺が『ある』と言ったら奇跡は起きるのか」
レオンハルトは拳をグッと握りながらリゼッタに返した。
他に吐きたい言葉は山ほどあったが、その言葉を聞いたリゼッタが自嘲気味にふっと笑ったので口を噤む。
「……思えば、最初から無能だと諦めて自分の力を使おうとすらしていなかったわね」
「…リゼッタ?」
言って、リゼッタは立ち上がるとグリファートの傍を離れた。
徐ろに鉱山の方へ向かって歩き出したのを見てレオンハルトが慌てて止めに入る。
「…ッ待て、リゼッタ学舎に避難を」
「獅子様。一つ教えてあげましょうか」
────聖職者様の魔力核はまだ完全に壊れていないわ。
空気に溶けてしまいそうなほど小さな声で吐かれた言葉を、しかしレオンハルトは確かに聞き取った。
今リゼッタは何と言った?
198
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
名もなき花は愛されて
朝顔
BL
シリルは伯爵家の次男。
太陽みたいに眩しくて美しい姉を持ち、その影に隠れるようにひっそりと生きてきた。
姉は結婚相手として自分と同じく完璧な男、公爵のアイロスを選んだがあっさりとフラれてしまう。
火がついた姉はアイロスに近づいて女の好みや弱味を探るようにシリルに命令してきた。
断りきれずに引き受けることになり、シリルは公爵のお友達になるべく近づくのだが、バラのような美貌と棘を持つアイロスの魅力にいつしか捕らわれてしまう。
そして、アイロスにはどうやら想う人がいるらしく……
全三話完結済+番外編
18禁シーンは予告なしで入ります。
ムーンライトノベルズでも同時投稿
1/30 番外編追加

生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている
いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。
「ジル!!!」
俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。
隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。
「ジル!」
「……隊長……お怪我は……?」
「……ない。ジルが庇ってくれたからな」
隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。
目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。
ーーーー
『愛してる、ジル』
前の世界の隊長の声を思い出す。
この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。
だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。
俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる