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【34】やめない
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学舎の屋根の上、茜色に染まる空をグリファートはぼんやりと眺めていた。
今頃は夕食の準備をしているのだろう、外に人影は少なく元気に遊んでいた子供達も家の中へと戻っている。
そんな景色を少しだけ高い目線で見つめながら、グリファートはふうと小さく息を吐いた。
「聖職者様」
背後からの声に振り向けば、梯子に足をかけたレオンハルトがちょうど屋根へと登ろうとしているところだった。
「こんなところにいたのか」
「ああ、うん。もう夕食の時間?」
「今、ロビンが作ってる」
少し外の空気を吸うだけのつもりだったのだが、気付けば日が落ちるまでここで過ごしてしまったようだ。
いつぞやの時のように姿を消したグリファートへ文句のひとつでも飛んでくるかと思ったが、レオンハルトは特に何も言わず隣に静かに腰掛けた。
「……思ったより、動揺していないんだな」
「え?あー…まあ」
動揺、と聞いてすぐにジョフに聞かされた話の事かと思い至る。
グリファートのこれからに関わる事────そう言われて聞かされた話の内容に全く動揺しなかったかと言われるとそんな事はない。だが、どこか納得した思いもあった。
だからだろうか、こうして考え耽る事こそあれとり乱す事はなかったのである。
レオンハルトに視線を向ければ、彼の方がよっぽど思い悩んだ表情をしているくらいだった。
夕日に照らされたレオンハルトの真剣な顔を思わず見つめ返しながら、グリファートはジョフとの会話を思い返した。
「症状の重い魔力飢えが起きている要因として考えられるのは…聖職者様の『魔力核』が脆くなってきているから、ではないでしょうか」
「核が、だと?」
反応したのは当のグリファートではなく、険しい顔をしたレオンハルトだった。
『魔力核』とはその名の如く体内を巡る魔力の中枢、第二の心臓のようなものだ。この核は魔力を保有するこの国の人々全員がもつものである。
核が壊れてしまえば魔力を溜めておく事ができず、睡眠や食事での回復はおろか、他人から分け与えられても維持ができなくなるのだ。
ジョフの話では、グリファートが浄化や治癒を施す際に吸収している瘴気が原因で、魔力核を脆くさせてしまっているのではないか、という事だった。
「魔力核は本来加齢とともに脆く衰えていきます。人間の様々な機能が低下しいずれ心臓が停止してしまうように、核が脆くなるにつれ魔力の巡りも低下していくのです。老齢になると無茶な魔力消費が命取りと言われるのはそのせいですな」
これまでグリファートは何度か魔力飢えを起こしたが、その頻度を聞いたジョフは眉を顰めた。
大量の魔力を消費して魔力飢えを起こす事自体はある。しかしながらその頻度も、飢えの状態も、グリファートは異常である──と。
飢餓感は謂わば危険信号の表れだ。
グリファートの年齢であればまだ衰える筈のない魔力核。それが瘴気のせいで脆くなり、頻繁に、それも強い魔力を大量に求めようとしてしまっているのだ。
それほど魔力を放出していない時でさえ魔力飢えを起こすのは、その飢餓感が上回ってしまっているが故であるらしい。
「……あの体温の低さは、核の影響で生命力が低下していたから…か」
「え?」
ぼそりと呟いたレオンハルトにグリファートが首を傾げる。
レオンハルトは相変わらず険しい顔で何か考え込んでいるようで、言葉をかけられる雰囲気ではなかった。
「…今日明日で核がすぐに壊れてしまう、といった事はないでしょう。しかし徐々に、そして確実に脆くなっていき、限界を迎えたときには……」
続きは聞かなくともわかった。
消耗すればするほど壊れやすくなる。それは何であっても同じだ。
魔力核が壊れ、そうして残っていた魔力さえも尽きてしまえば深い眠りについたまま目を覚ますことも、自ら起き上がる事も難しくなる。
例え心臓が動いていて生きていたとしても、生きる力を失えば死んだも同じ。生命力とも言うべき魔力を失うというのはそういう事だ。
そんなジョフの話を聞き終えたグリファートの心中は思いの外落ち着いていた。
屋根の上でぼんやりとオルフィスの景色を眺めていたのも動揺からではなく、どちらかといえば思考の整理だったのである。
「いやーなるほどなあって思って」
「何がだ」
先ほどのレオンハルトの問いかけに今更ながら答えれば、隣からすぐさま返事が戻ってくる。
「瘴気を取り込むたびに身体の中で変な感覚がしたのはそのせいかーって」
「は?」
「こう、骨が粉々に砕けそうになるような、内臓が腐ってくような、そんな感覚が前からあったんだよ」
核が脆くなっている、という話を聞いて納得したのは魔力飢えの事だけではなかった。瘴気を吸収するたびに苛まれていたあの不可思議で不快な感覚は、要するに『魔力核の悲鳴』だったのだ。
とんでもない内容を事もなげに言うグリファートは一人納得した顔つきだが、レオンハルトの方は信じられないという顔でグリファートの肩を掴んだ。
「…ッアンタ、そういうことは早く言ってくれ…!!」
「あー……魔力を放出をするとすぐに楽になってたから、つい……」
「つい、で済ます話じゃないだろ!!」
レオンハルトの叫びは尤もだった。
あの異常な感覚をつい、で済ませてしまったからこそグリファートの魔力核は脆くなってしまったと言える。
だが、グリファートの心はそれでもやはり落ち着いていた。
何故なら核がどんな理由で脆くなっていたとて、グリファートはすべき事をした筈だからだ。
そんな感情が表情にも表れていたのか、レオンハルトはハッとしたように目を見開いてから「聖職者様……」と口にする。
「アンタは……充分なくらいに俺たちを助けてくれた。だから、もう無理はするな…鉱山の浄化もしなくていい。教会の人間は俺が何とかする」
壊れ物を扱うようにひどく優しく頬を撫ぜられたが、グリファートの思いは変わらなかった。
ロビンやジョフを治癒した時も、トアを癒した時も、馬や大地を浄化した時も。原因が何であれ、結果がどうであれ、グリファートは己の意思で『救いたい』と手を伸ばしたのだから。
「俺は、浄化活動をやめる気はないよ」
静かに、だがはっきりとグリファートは言った。
人影のなくなったオルフィスを染めていた夕焼け空が、徐々に濃紺の混じった色になっていく。
「それは……オルフィスを救ってくれと俺がアンタに頼んでしまったからか」
グリファートに触れるレオンハルトの指は僅かに震えていた。
それもある、かもしれない。
グリファートは聖職者だ。使命感や罪悪感があるからこそ「やらなければ」と思う部分もあるのだろう。
だが、きっとそれだけではない。
これはグリファートに与えられた『機会』なのだ。
「できる事があるうちはやりきりたいし、尽くしたい」
無能と呼ばれ救わせて貰う事すらできなかった『あの頃』とは違う。
だからどうか俺に救わせてほしい、そう思ってしまった。
それに瘴気を全て浄化したその頃には、グリファートは役立たずになってしまっている。
ただの何もできないグリファートに戻ったその時はオルフィスを去るしかないのだから、せめて聖職者ではなくなるその時まではオルフィスを救い続けたい。
「…アンタは何でそうなんだ」
絞り出すような声にグリファートは目を瞬かせた。
僅かに俯いたレオンハルトの表情は、少し前にも見た気がする。
「…もしかして、また怒ってる?」
「……俺に怒って欲しくて言ってるのか?聖職者様は」
「ち、ちがうちがう!」
そんなつもりで言ったわけではないし、そもそも怒らせたくはない。
「ただ…」とグリファートは言いかけてレオンハルトから視線を逸らした。何となく浮かんだその考えは面と向かって言うには少し恥ずかしいものがある。
「その…そんなに俺のことで真剣になるなんてまるで情があるみたいだな、って」
「ある」
「え」
「アンタに情がある」
まさか即答されるとは思わず、グリファートは身体を強張らせた。
俯いていた顔を上げてレオンハルトがしっかりと瞳を見つめてくる。真っ直ぐな視線から思わず逃げるように、今度はグリファートの方が僅かに俯いて「そ、そう…」と呟いた。ドクドクと心臓の音から煩い。
「言っただろ、魔力をやるのは構わない。いつだって、いくらだって分けてやる。アンタが聖職者としてオルフィスを救うって言うなら、俺は守護者としてアンタを護る。だがな」
レオンハルトの大きな掌で両の頬を包まれる。
こちらを見ろ、と言われているようでグリファートは従順にも視線を持ち上げてしまった。
「どうせ自分は用なしになるだとか、どうなってもいいだとか、そんなふうに思ってるなら─────俺は本当に怒るぞ」
「………、思って…」
じっ、と。心の奥まで見透かしてきそうなレオンハルトの瞳にグリファートは言葉が詰まる。
「た、けど…」
「………」
「改めるから。君が怒ると、ちょっとこわい」
思ってない、そう誤魔化したかった筈なのに本音が口から滑り出てくる。
「そう思うなら怒らせるな」
「それはそう、だね…」
「グリファート、アンタを大事にしたい」
「レ、レオンハルト…あ、あの、」
「アンタはいくら言ってもわかってくれないんだな。俺はこれ以上にないくらいにわかりやすい言葉で伝えてるつもりだが」
「わ、わかってる…ちゃんとわかってるから」
レオンハルトからの怒涛の言葉にグリファートはこくこくと頷いてみせたが、何故か顎を取られ唇を奪われた。
触れた唇からは何の魔力の気配も感じない。ただ口付けられただけなのだと気付いて頬に熱が集まる。
「…それでもアンタは鉱山の浄化をやめないんだな?」
「………」
「わかった」
言葉の割にレオンハルトの顔は険のあるものではなかった。
むしろどこか覚悟を決めたような、グリファートの思いを無碍にせず受け取ってくれているような様子にホッとする。
が、そんな安堵感はレオンハルトの次の言葉でぐちゃぐちゃになった。
「それならせめて、アンタの魔力を増強させる」
「え」
「飢えはどうにもならないだろうが、魔力が強まればそれだけ余力は残る筈だ」
思わぬ返しにグリファートはぽかんとかした顔でレオンハルトを見つめる。
いま、何と言っただろうか。
「アンタと俺はどうやら『相性』が良いらしいからな?」
「え、いや。ちょ」
「アンタの魔力に俺の魔力を交ぜ合わせる」
互いの魔力を混ぜ合わせる───それはつまり。
「夜にアンタの部屋にいく」
それだけ告げるとレオンハルトは固まるグリファートを残し、屋根梯子を降りて学舎の中へと戻っていった。
今頃は夕食の準備をしているのだろう、外に人影は少なく元気に遊んでいた子供達も家の中へと戻っている。
そんな景色を少しだけ高い目線で見つめながら、グリファートはふうと小さく息を吐いた。
「聖職者様」
背後からの声に振り向けば、梯子に足をかけたレオンハルトがちょうど屋根へと登ろうとしているところだった。
「こんなところにいたのか」
「ああ、うん。もう夕食の時間?」
「今、ロビンが作ってる」
少し外の空気を吸うだけのつもりだったのだが、気付けば日が落ちるまでここで過ごしてしまったようだ。
いつぞやの時のように姿を消したグリファートへ文句のひとつでも飛んでくるかと思ったが、レオンハルトは特に何も言わず隣に静かに腰掛けた。
「……思ったより、動揺していないんだな」
「え?あー…まあ」
動揺、と聞いてすぐにジョフに聞かされた話の事かと思い至る。
グリファートのこれからに関わる事────そう言われて聞かされた話の内容に全く動揺しなかったかと言われるとそんな事はない。だが、どこか納得した思いもあった。
だからだろうか、こうして考え耽る事こそあれとり乱す事はなかったのである。
レオンハルトに視線を向ければ、彼の方がよっぽど思い悩んだ表情をしているくらいだった。
夕日に照らされたレオンハルトの真剣な顔を思わず見つめ返しながら、グリファートはジョフとの会話を思い返した。
「症状の重い魔力飢えが起きている要因として考えられるのは…聖職者様の『魔力核』が脆くなってきているから、ではないでしょうか」
「核が、だと?」
反応したのは当のグリファートではなく、険しい顔をしたレオンハルトだった。
『魔力核』とはその名の如く体内を巡る魔力の中枢、第二の心臓のようなものだ。この核は魔力を保有するこの国の人々全員がもつものである。
核が壊れてしまえば魔力を溜めておく事ができず、睡眠や食事での回復はおろか、他人から分け与えられても維持ができなくなるのだ。
ジョフの話では、グリファートが浄化や治癒を施す際に吸収している瘴気が原因で、魔力核を脆くさせてしまっているのではないか、という事だった。
「魔力核は本来加齢とともに脆く衰えていきます。人間の様々な機能が低下しいずれ心臓が停止してしまうように、核が脆くなるにつれ魔力の巡りも低下していくのです。老齢になると無茶な魔力消費が命取りと言われるのはそのせいですな」
これまでグリファートは何度か魔力飢えを起こしたが、その頻度を聞いたジョフは眉を顰めた。
大量の魔力を消費して魔力飢えを起こす事自体はある。しかしながらその頻度も、飢えの状態も、グリファートは異常である──と。
飢餓感は謂わば危険信号の表れだ。
グリファートの年齢であればまだ衰える筈のない魔力核。それが瘴気のせいで脆くなり、頻繁に、それも強い魔力を大量に求めようとしてしまっているのだ。
それほど魔力を放出していない時でさえ魔力飢えを起こすのは、その飢餓感が上回ってしまっているが故であるらしい。
「……あの体温の低さは、核の影響で生命力が低下していたから…か」
「え?」
ぼそりと呟いたレオンハルトにグリファートが首を傾げる。
レオンハルトは相変わらず険しい顔で何か考え込んでいるようで、言葉をかけられる雰囲気ではなかった。
「…今日明日で核がすぐに壊れてしまう、といった事はないでしょう。しかし徐々に、そして確実に脆くなっていき、限界を迎えたときには……」
続きは聞かなくともわかった。
消耗すればするほど壊れやすくなる。それは何であっても同じだ。
魔力核が壊れ、そうして残っていた魔力さえも尽きてしまえば深い眠りについたまま目を覚ますことも、自ら起き上がる事も難しくなる。
例え心臓が動いていて生きていたとしても、生きる力を失えば死んだも同じ。生命力とも言うべき魔力を失うというのはそういう事だ。
そんなジョフの話を聞き終えたグリファートの心中は思いの外落ち着いていた。
屋根の上でぼんやりとオルフィスの景色を眺めていたのも動揺からではなく、どちらかといえば思考の整理だったのである。
「いやーなるほどなあって思って」
「何がだ」
先ほどのレオンハルトの問いかけに今更ながら答えれば、隣からすぐさま返事が戻ってくる。
「瘴気を取り込むたびに身体の中で変な感覚がしたのはそのせいかーって」
「は?」
「こう、骨が粉々に砕けそうになるような、内臓が腐ってくような、そんな感覚が前からあったんだよ」
核が脆くなっている、という話を聞いて納得したのは魔力飢えの事だけではなかった。瘴気を吸収するたびに苛まれていたあの不可思議で不快な感覚は、要するに『魔力核の悲鳴』だったのだ。
とんでもない内容を事もなげに言うグリファートは一人納得した顔つきだが、レオンハルトの方は信じられないという顔でグリファートの肩を掴んだ。
「…ッアンタ、そういうことは早く言ってくれ…!!」
「あー……魔力を放出をするとすぐに楽になってたから、つい……」
「つい、で済ます話じゃないだろ!!」
レオンハルトの叫びは尤もだった。
あの異常な感覚をつい、で済ませてしまったからこそグリファートの魔力核は脆くなってしまったと言える。
だが、グリファートの心はそれでもやはり落ち着いていた。
何故なら核がどんな理由で脆くなっていたとて、グリファートはすべき事をした筈だからだ。
そんな感情が表情にも表れていたのか、レオンハルトはハッとしたように目を見開いてから「聖職者様……」と口にする。
「アンタは……充分なくらいに俺たちを助けてくれた。だから、もう無理はするな…鉱山の浄化もしなくていい。教会の人間は俺が何とかする」
壊れ物を扱うようにひどく優しく頬を撫ぜられたが、グリファートの思いは変わらなかった。
ロビンやジョフを治癒した時も、トアを癒した時も、馬や大地を浄化した時も。原因が何であれ、結果がどうであれ、グリファートは己の意思で『救いたい』と手を伸ばしたのだから。
「俺は、浄化活動をやめる気はないよ」
静かに、だがはっきりとグリファートは言った。
人影のなくなったオルフィスを染めていた夕焼け空が、徐々に濃紺の混じった色になっていく。
「それは……オルフィスを救ってくれと俺がアンタに頼んでしまったからか」
グリファートに触れるレオンハルトの指は僅かに震えていた。
それもある、かもしれない。
グリファートは聖職者だ。使命感や罪悪感があるからこそ「やらなければ」と思う部分もあるのだろう。
だが、きっとそれだけではない。
これはグリファートに与えられた『機会』なのだ。
「できる事があるうちはやりきりたいし、尽くしたい」
無能と呼ばれ救わせて貰う事すらできなかった『あの頃』とは違う。
だからどうか俺に救わせてほしい、そう思ってしまった。
それに瘴気を全て浄化したその頃には、グリファートは役立たずになってしまっている。
ただの何もできないグリファートに戻ったその時はオルフィスを去るしかないのだから、せめて聖職者ではなくなるその時まではオルフィスを救い続けたい。
「…アンタは何でそうなんだ」
絞り出すような声にグリファートは目を瞬かせた。
僅かに俯いたレオンハルトの表情は、少し前にも見た気がする。
「…もしかして、また怒ってる?」
「……俺に怒って欲しくて言ってるのか?聖職者様は」
「ち、ちがうちがう!」
そんなつもりで言ったわけではないし、そもそも怒らせたくはない。
「ただ…」とグリファートは言いかけてレオンハルトから視線を逸らした。何となく浮かんだその考えは面と向かって言うには少し恥ずかしいものがある。
「その…そんなに俺のことで真剣になるなんてまるで情があるみたいだな、って」
「ある」
「え」
「アンタに情がある」
まさか即答されるとは思わず、グリファートは身体を強張らせた。
俯いていた顔を上げてレオンハルトがしっかりと瞳を見つめてくる。真っ直ぐな視線から思わず逃げるように、今度はグリファートの方が僅かに俯いて「そ、そう…」と呟いた。ドクドクと心臓の音から煩い。
「言っただろ、魔力をやるのは構わない。いつだって、いくらだって分けてやる。アンタが聖職者としてオルフィスを救うって言うなら、俺は守護者としてアンタを護る。だがな」
レオンハルトの大きな掌で両の頬を包まれる。
こちらを見ろ、と言われているようでグリファートは従順にも視線を持ち上げてしまった。
「どうせ自分は用なしになるだとか、どうなってもいいだとか、そんなふうに思ってるなら─────俺は本当に怒るぞ」
「………、思って…」
じっ、と。心の奥まで見透かしてきそうなレオンハルトの瞳にグリファートは言葉が詰まる。
「た、けど…」
「………」
「改めるから。君が怒ると、ちょっとこわい」
思ってない、そう誤魔化したかった筈なのに本音が口から滑り出てくる。
「そう思うなら怒らせるな」
「それはそう、だね…」
「グリファート、アンタを大事にしたい」
「レ、レオンハルト…あ、あの、」
「アンタはいくら言ってもわかってくれないんだな。俺はこれ以上にないくらいにわかりやすい言葉で伝えてるつもりだが」
「わ、わかってる…ちゃんとわかってるから」
レオンハルトからの怒涛の言葉にグリファートはこくこくと頷いてみせたが、何故か顎を取られ唇を奪われた。
触れた唇からは何の魔力の気配も感じない。ただ口付けられただけなのだと気付いて頬に熱が集まる。
「…それでもアンタは鉱山の浄化をやめないんだな?」
「………」
「わかった」
言葉の割にレオンハルトの顔は険のあるものではなかった。
むしろどこか覚悟を決めたような、グリファートの思いを無碍にせず受け取ってくれているような様子にホッとする。
が、そんな安堵感はレオンハルトの次の言葉でぐちゃぐちゃになった。
「それならせめて、アンタの魔力を増強させる」
「え」
「飢えはどうにもならないだろうが、魔力が強まればそれだけ余力は残る筈だ」
思わぬ返しにグリファートはぽかんとかした顔でレオンハルトを見つめる。
いま、何と言っただろうか。
「アンタと俺はどうやら『相性』が良いらしいからな?」
「え、いや。ちょ」
「アンタの魔力に俺の魔力を交ぜ合わせる」
互いの魔力を混ぜ合わせる───それはつまり。
「夜にアンタの部屋にいく」
それだけ告げるとレオンハルトは固まるグリファートを残し、屋根梯子を降りて学舎の中へと戻っていった。
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