無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【24】意固地

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「……ッ、そんなもん」
知るか、とルドガが言いかけたところでギィとレオンハルトの背後で扉が開く音がした。
二人の視線が教会の入り口へと向く。
そこには雨粒を払うように髪を掻き上げるキースと、その後ろに佇むグリファートとトアの姿があった。

「あんたもいい加減、意固地になるのはやめたらどうです?」
「キース、お前…っ!」

先ほどまでのレオンハルトとルドガの会話をしっかり盗み聞きしていたようだ。キースの呆れたような物言いに対し、ルドガは文句を言いたげに長椅子から立ち上がる。
だがルドガの視線はすぐにその後ろ────キースの背後で目元を赤く腫らしている少年トアへと向けられた。
いつの間にか降り出していたらしい雨に頬が濡れたわけではないのだと、ルドガはすぐに察した。
トアが誰かに傷つけられた。誰に。そんなもの、聞かなくても知っている。
目を見開いたルドガの表情はみるみる内に怒りに染まった。

「…ッテメェ、トアに何しやがった!!」

咄嗟にレオンハルトがルドガの腕を掴もうとしたがすんでのところで空を切る。
ルドガはそのまま物凄い形相でグリファートの元まで駆け出すと、よれた祭服の胸倉を掴み上げた。
「トアに何をした!何を言いやがった!!」
「…、っ」
喉元を抑え込まれるように掴まれたグリファートが苦しそうに顔を歪める。
これまでにないはっきりとした憎しみをぶつけられたグリファートは、しかし何の抵抗も見せずに口を噤んだ。
グリファートには言い訳のしようも無い。事実、トアに残酷な現実を突き付け、悲しませ、泣かせたのだから。
何も言わない、否───言えないグリファートを見てルドガはより一層怒りが込み上げたようだった。
今にも殴りかからんとするルドガを背後からレオンハルトが、横からキースが割り込んで止めに入る。
「ルドガ、聖職者様から離れろッ!」
「そーですよ…!『教会内で暴力沙汰は禁止』って決まりも忘れちまったんですかねぇ!」
「うるせぇッ!!!」
ルドガが怒りに任せて腕を振り回すのを見て、レオンハルトはその腕を掴み上げた。
加減の効かぬ状況にレオンハルトの手にもかなり力が篭ってしまうが、ルドガはすっかり頭に血が上ってしまっているらしい。
レオンハルトの拘束をものともせず、骨が砕かれても構わないとばかりに強引に振り解いたルドガは、拳を大きく振り上げた。
そのままグリファートの頬目掛けて握られた拳が放たれる。
「ッ…───!」
グリファートが迫り来る拳を甘んじて受け入れようと、覚悟を決めたその時だった。


「…っ、トア!?」

ルドガの拳がグリファートの頬に触れるぎりぎりのところでぴたりと止まった。鋭い風が頬を掠め、グリファートの喉がヒュッと鳴る。
思わず瞑ってしまった瞼を恐る恐る開けば、背後にいた筈のトアがルドガの裾を掴んでいた。

「痛いのは悲しい事、なんですよね?」
「……ッ」
「痛いのは、駄目です」

トアに見つめられルドガは言葉を詰まらせた。
自分よりもずっと小さく幼いトアが、グリファートを守るためにルドガを咎めたのだ。
その訴えは暴力そのものではなく、まるで『ルドガがグリファートを傷つける事』を嫌がっているようであった。
すっかり勢いを無くしたルドガが渋々といった具合に拳を引っ込めれば、トアもそっと手を離す。
まさかこのどうしようもない状況をトアに救って貰う事になるとは思わなかった。
そうホッと息を吐いたグリファートの手をトアが握る。驚いてトアを見つめたのはグリファートだけではなかったようで、苦い顔をしていたルドガもトアの行動に目を瞬かせていた。

「ボクは…聖職者様と一緒に避難します」
「は、はあ…ッ!?」

グリファートと対峙していたルドガが今度はトアに向き直る。その表情に浮かぶのは困惑だ。
「おいトア、本気で言ってんのかよ!」
「俺もそうさせて頂きますよ。馬の体調が『どうしてだか』良くなったみたいなんでね」
「ッ、なんで……!」
トアに続くように聖職者側に立ったキースの言葉が信じられないのか、ルドガは握り込んだ拳を震わせながら声を上げた。

「なんで今さら聖職者どもを許せるんだよ!!トア、こいつに母ちゃんの事で何か言われたんだろ!?傷つけられたならそう言え!こいつを許す必要なんてねぇんだ!」

教会内にルドガの声が響き渡る。
言葉を吐き切って肩で息をするルドガに、トアは静かに俯いた。
「……お母さんを、助ける事はできないと言われて…すごく、悲しかったです……」
「ほら見ろ!だったら……ッ」
「でもそれは…聖職者様に傷つけられたからじゃありません」
顔を上げたトアはしっかりとルドガを見つめていた。その瞳は力強く、涙の気配は微塵もない。

「…ッ違う、そうじゃねぇよトア!俺たちは、お前らは…ッ聖職者がいなかったせいでこんなに傷ついてきたんじゃねぇか!全部こいつらのせいだろ!?」
「確かに、散々見捨てられはしましたがね。それでもこの人を責めるってのはちょっとばかし違いませんかねぇ?」
「ッキース!テメェもさっきから何でこいつの肩を持ちやがる!お前だって碌でもねぇ奴らだって思ってただろうが!」
「そうですね?でも『本人を見もしないで言うのはどうかと思う』とも言ったでしょう?だから連れてきてあげたんです」
「……ッ」

ルドガはギリ、と歯軋りした。
キースはルドガに対し『意固地』と言っていたが、その通り彼は後に退けなくなってしまっているのだろう。
ルドガが浮かべる表情はキースとトアに裏切られたという怨み───ではなく、納得がいかないという嘆きに近いものだった。

「こいつだろうと、そうじゃなかろうと!!聖職者や聖女って時点で一緒なんだよッ!!」


こいつだろうと、そうじゃなかろうと。
ルドガの怒りは明確にグリファートに対して向けられていた筈だが、グリファートでなかったとしても許せないと、彼は今そう言わなかっただろうか。

「………君は、俺がどういう人間であれ。聖職者だから憎いのか」

言葉を発したと同時、ルドガの視線がギラリとナイフの切先のようにグリファートに向けられる。
「アンタを見てたら……アンタといたら、考えちまうだろ…ッもっと早く来てくれりゃ皆助かったかもしれないのにって……!」
その声は低く、腹の底で沸々と込み上げる憤怒を堪えるように震えていた。

「それにいつまでもオルフィスにいるとも限らねぇ。またどっかに行っちまって帰って来なくなるかもしれねぇ。期待して、信頼して、傷つけられるくらいなら最初から『テメェら』を信じない方がいい…!俺はなぁ、こいつらのためを思って言ってるんだよッ……!」

悲痛な叫びだった。
グリファートにはルドガの為人はわからない。彼がここでどんな思いをし、どんな気持ちで生きてきたのかも。
だがルドガの口から吐かれた言葉が本音であるならば、ルドガは自分ではなく、傷つく誰かを見るのが嫌だったのだ。
死んだ者たちへの悲しみをどう消化するかは千差万別だ。心を強く持って死者たちの意思を継いでいく者もいれば、悲しみに暮れ生涯引き摺り続けてしまう者もいる。
もう大丈夫だと気丈に振る舞ってみても、大丈夫ではない事などざらにある。
そんな残された者たちの、グリファートという『聖職者』を見て傷つく様がルドガには想像できてしまったのだろう。
だからグリファートたちに対し真っ直ぐに憎しみをぶつけて、威嚇するように遠ざけて、そうして守る事にしたのだ。

誰かが傷つけられてしまう前に。


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