無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【19】復興

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◇◇◇◇


グリファートがすっきりと目を覚ましたのは翌朝の事だった。
倒れてから食事を摂っていなかったので、一番にロビンの元へ行き朝食を受け取ったのだが、聖壁から戻って以降ベッドで寝たままのグリファートにロビンは大層不安を抱いていたらしい。
姿を見せたグリファートが頭を撫でたところで漸く安堵したのか、ロビンは小さく微笑んでグリファートにぎゅうと抱き付いた。
「聖女さま…っ」
「ロビン、心配かけたね」
「うん……」
グリファートの腹に顔を埋めるロビンは、まるで漸く帰ってきた母親に甘える子供のようだった。
やはりロビンは同世代の少年よりも少し幼く感じる。それは果たして少年の家庭環境故なのか、それとも単純にグリファートに懐いてくれているだけなのか。
後者であればむず痒くも悪いは気はしないのだが───と考えていたところでふと頭上から影が落ちた。

「聖職者様、身体は大丈夫か」

背後から聞こえてきた声に肩が跳ね上がりそうになるのをすんでの所で堪える。振り返れば想像した通りの男が壁の如くすぐ後ろに立っていた。
さり気なく距離を取りつつもおはようと挨拶すれば、相変わらずの圧はあるが同じように挨拶を返される。先ほどの問いかけの答えを待っているのか、レオンハルトがじっと見つめてくるので、グリファートは寝癖のついたままの髪をがしがしと掻いた。
「ああ、うん大丈夫。貧血も起きてないしね」
「そうか」
「君こそ魔力の残量は大丈夫なの」
「ああ。ロビンの飯のおかげで補給は充分できてる。アンタに多少分けたところで問題ない」
「…ああ、そう。まあ、俺が言えた事でもないけど無理しないで」

と、ここまで何て事のないようなやり取りをしているわけだが、その実グリファートは物凄く動揺していた。
何故なら覚えているのだ。何を、というか何から何まで。

昨夜、自分が何をしたのかも何を言ったのかも何をされたのかも、すべて綺麗に覚えている。
この男も昨日の今日でよく平然と声を掛けられたものだとグリファートはいっそ感心してしまった。
そういった方面に極力鈍かったとしても、あるだろう、そう、色々と。出会いから今に至るまでの気まずさであるとか、男同士の後悔であるとか、互いに互いの恥ずかしい秘密を抱えてしまった後ろめたさであるとか。
昨夜の壮絶な出来事を思い出さないようにこっちは必死であるというのに、レオンハルトには少しの動揺も見られないというのは一体何事か。
あまりに堂々としていてこれでは逆に辱めを受けている気分である。
グリファートは一度「んんッ」と咳払いをすると、揺れる心を誤魔化すようにロビンから受け取った朝食のホットサンドに口を付けた。


そも、魔力の飢えはどうして起きてしまったのだろうか。原因があるとすれば一日に二度も浄化をした事なのだろうが、それでも魔力を使い果たすような無茶はしていない筈だった。
連日の治癒と浄化によって魔力の回復が十分に追いついていないのか。それとも何か別の原因があるのか。
(またあんな状態になるなんて、冗談じゃないよ……)
気付かれない程度に眉を顰めたグリファートの頬は赤い。
オルフィスを救うためには治癒も浄化も必要になってくる。だがその度に魔力の飢えを起こすなど、グリファートはいろんな意味でどうにかなってしまいそうだった。

どうしたものか…と内心で唸りながらも朝食を平らげ学舎の外へと出る。
途端、あちらこちらからワッと声が上がった。
驚いて顔を上げると「聖職者様!」と呼びかけられる。反射的に「はい!」と返事をしたグリファートは、目の前の景色にしばし目を奪われた。

半壊していた家は人々の手によって甦りつつあり、子供たちがきゃっきゃっと走り回っている。学舎の入り口近くにはロビンとジョフが話していた通り花壇が綺麗に作られていて、小さな畑も新たに作られているようだ。
煌めく太陽の下に広がる情景は、恐らくかつてのオルフィスの姿であったのだろう。
人々の生きようとする力が形となってそこに在る。死にかけていたオルフィスが生き返ろうとしている。

「聖職者様、呼んでるぞ」

目を見開いて固まっていたグリファートの後ろで、学舎の入り口に凭れたレオンハルトが声をかける。
グリファートは「あ、ああ。そうだね」と返事をすると、こちらに向かって笑顔を向けるオルフィスの人々に少し緊張した面持ちで近付いた。
そうすればあっという間に取り囲まれ、声をかけられる。身体を気遣う言葉や浄化に対する感謝、中には最初の態度に対する謝罪も。グリファートはそれらに「ああ」だとか「うん」だとか曖昧に返事する事しか出来なかった。
何とも聖職者として頼りない姿であるが、それでも人々が嫌な顔をする事はない。

グリファートは正直戸惑った。悪意以外を向けられる事にまだ慣れておらず、彼らの言葉や感情をどう受け取って良いのかわからないのだ。
これが普通の聖職者であったなら心安らぐ言葉をいくつでも与えてあげられただろうが、グリファートが思いつくのは「ああ、それはどうも……」という相槌くらいである。
だが、グリファートは不思議と胸が高鳴っていた。
嬉しいのだ、きっと。
自分が聖職者として認められた事ではなく、オルフィスの人々が生きる希望を抱いてくれている事が。

それを心のどこかで理解したグリファートは、そっと口元を綻ばせた。

その顔はグリファートがオルフィスに来て初めて見せた慈愛の微笑みだったが、当の本人は気付かない。ただ周りを囲むオルフィスの人々は、息を飲んだ。
グリファートは見た目こそぼさついた髪に無精髭とだらしないが、顔は整っている。加えて魔力の質が聖職者としての清らかさを持っているからだろう、陽の光を浴びると酷く美しく映るのだ。

それはまるでロビンの言う『聖女さま』のように。


「おいおい、皆。そんな一気に押し寄せたらグリフの兄さんも驚いちまうだろう。病み上がりなんだから無理させんなって」

木材を抱えたモランが人垣の向こうで声をかける。
「ほら、やる事はまだまだあるんだから散った散った」
モランの言葉に取り囲んでいた人々もハッとしてグリファートに頭を下げると、一人また一人とそれぞれのするべき事をしに向かって行った。
「大丈夫かい、グリフの兄さん」
モランが片手を上げながらグリファートの元へと近付いてくる。その顔は何やら思案しているようで、空いている方の手を顎下に添えると「うーん」と唸った。
「兄さんも大概たらしだなあ……」
「たらし?」
「いや、こっちの話」
モランはそう言うとちらりとグリファートの後ろ───少し離れたところで成り行きを見守っていたレオンハルトに視線を向けた。
いつも見るたびに翻弄されているのはグリファートのように思えたが、これはレオンハルトも苦労するかもしれないな、とモランは心の中で笑う。
あれで自分への好意に酷く鈍感な分、グリファートの方が大分タチが悪い。

どちらにせよお似合いだ、とモランが一人頷いていればグリファートが「あ、そうだ」と何か思い出したように呟いた。
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