無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一

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【7】冗談

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魔力は睡眠と食事で自然に回復はするものの、すっからかんになるまで根刮ぎ使い果たした場合にはどちらの方法もかなりの時間を要する事になる。
ではいざそうなった時にはどうしたらいいのか、というと。睡眠や食事よりも遥かに効率よく魔力を回復する手段がひとつ──。

他者から魔力を譲り受けるのである。

放出された魔力は何かを施すために消費されてしまうので、与える側は放出せずに魔力を他者に渡さねばならない。そのために汗や涙、血液、或いは唾液や精液といったものに自らの魔力を含ませるのである。
汗や涙は意図的に流しにくいので多くは血液に含ませるが、深い関係性があるならば唾液や精液を使う事もあるだろう。
受け取る側はそれらを摂取する事で、時間を要さず魔力そのものを得られるというわけだ。
一日以上寝ても起き上がれないほど魔力が枯渇していたグリファートにとって、接吻による魔力の補給は非常に効率の良い手段だったと言えよう。

だが、だからと言って純真な子供の目の前で、男同士の濃厚な口付けをかます奴がどこにいるのか。



「…レオンハルトさん、ね」
「レオンでいい」
獅子の名を持つ男───レオンハルトから魔力を譲り受けたグリファートは、のそりと身体を起き上がらせた。視界を覆われていたロビンは何が起きたのかわかっていなかったようで、きょとんとグリファートを見上げている。
あまりの気まずさから半ば八つ当たりのようにレオンハルトを睨め付けてやれば、やれやれといった顔でため息を吐かれた。歳下であろうに小癪な態度である。
「感謝こそされても不機嫌になられる覚えはないんだがな」
「ないならどうかしてるよ、君」

そんなやり取りをしながら図書室を出る。空気はやはり澄んでいて、瘴気の燻りひとつない清らかな大地と晴れ渡る空が崩れた壁の隙間から見える。枯れ果てていた筈の草木も生命力を取り戻したのか、青々と美しい姿を見せていた。
レオンハルトやロビンの言っていた通り、聖なる力で浄化されたのだろう景色がそこには広がっている。
「うわあ…これはまた綺麗に浄化されてるね」
「アンタが浄化したって言ってるだろ」
「聖女さま、すごい」
キラキラしたロビンの瞳が眩しい。どうにもロビンの中でグリファートが聖女だという事になっているようだが、これは本格的に訂正せねばなるまい。
グリファートには浄化の力など備わっていない。ロビンへの治癒がうまくいったのもそれだけ必死だったのであって、あれがグリファートの力なのだと受け止められては困る。
だがそんな心情を察したのか、レオンハルトはいい加減認めろとばかりにグリファートに呆れた視線を向けた。

「アンタはただ治癒を施してただけのつもりかもしれないけどな」
「ん?」
「アンタが魔力を放出した瞬間、瘴気は綺麗さっぱり無くなったんだ」
「…どういう事?」

レオンハルトが言うには、掌に魔力を集中させていたグリファートの体内に、周りの瘴気が取り込まれていったらしい。まるでグリファートが瘴気を吸収しているようにも見えた、と。そして治癒を施すと同時に辺りの瘴気が一気に霧散したと言うのだ。
「これが浄化じゃないって言うなら一体何なんだ?」
「知らないよ、俺は治癒を施しただけなんだって」
「だとしたらアンタの治癒力は、浄化並みだ」
「冗談でしょ……」
確かにあの時、グリファートの身体には瘴気が満ちていく感覚があった。だが普通に考えて瘴気を自ら取り込むことなどできるわけがないし、万が一にできたとしても身体の方が保たない筈だ。それに、グリファートの治癒がそんな大層なものなわけがない。
「何か勘違いしてるんじゃない?俺は無能な聖職者なんだから」
動揺して思わず口を滑らせれば、レオンハルトとロビンが「無能?」と不思議そうな顔でグリファートを見つめた。
しまった、と思ったが後悔したところで遅い。仮にも擬似浄化活動に来た聖職者が、それこそ冗談でも口にすべき言葉ではなかった。

「あー……その、前にいた村じゃロビンの時みたいな治癒は施せなくてね」
「どうして」
「知らないよ!…まあ村は元々瘴気が薄い場所だったし。俺が浄化の力を持ってようとなかろうと、殆ど影響なんてなかっただろうけどね」
治癒もまともにできず、浄化したところで元々瘴気の薄い場所なのだから大地にさして影響もない。
そんな聖職者はどちらにせよ村では無能とされていた事だろう。
レオンハルトは暫く考え込んでいたようで、ふいに「なるほど、そういうことか」と呟いた。
ひとり頷いているが何が『そういうこと』なのだろうか。グリファートが何の役にも立たないと改めて納得したという事か。
「とんでもない事をしてるんだな、聖職者様は」
「…何が?」
「アンタは瘴気を吸収した力で大地を浄化して、その恵みで治癒を施してる」
「………はっ!?」
グリファートは驚きのあまり大声を上げてレオンハルトを見上げた。隣にいたロビンがびくんっと肩を跳ねさせていたが、悲しいかな気遣う余裕がない。

「いやいやいや…!そもそも瘴気を吸収する事なんてできないし、そんな事したら死ぬでしょうよ!」
「実際してるし生きてる」
「そうじゃないだろ!王国にいる聖女ならいざ知らずその辺の聖職者がそんな力持ってるわけがないでしょ普通に考えて!」
グリファートは人生の中で出した事のないような大声と感情をレオンハルトにぶつけた。口付けをされた瞬間でさえここまで取り乱していなかったように思う。
何なんだこの男は、とグリファートが頭を抱えて蹲ってもレオンハルトの追撃は続いた。
「瘴気の影響が殆どない大地では、浄化をしてもほんの僅かな恵みしか降らない」
「…待って」
「アンタの施す治癒は他の聖職者たちとは違う、浄化の恵みによるものだ」
「待てって言ってんでしょ」
「アンタが村でまともな治癒を施せなかったのはそういう事だろ」


レオンハルトの言っている事は無茶苦茶だが、驚くほどに合点がいってしまう。
つまり青年の爛れた腕を癒せなかったのは、村一帯の瘴気を吸収し浄化をしたところで恵みを降らすには足りなかったという事だ。その後も既に浄化された大地で恵みを降らそうとしているのだから、腰の痛みひとつ治癒するのに時間を要したのも当然である。

何故今さらこんな事を知ってしまわなければいけなかったのか。
今まで散々使い物にならなかった自身の力を認める事は、グリファートには難しい話だと言うのに。
「聖女さま…?」
ロビンの小さな掌が心配そうにグリファートの頭を撫でる。暖かくて優しい、今のグリファートには痛いくらいだが。それでもこんな子供に気を遣わせてしまった事が申し訳なくて、冗談めかして口を開いた。
「だから俺は、」
「無能じゃない」
間髪入れずに発せられたレオンハルトの言葉に思わず顔を上げてしまった。どこまでも底の見えないあの暗い瞳がグリファートを見下ろしている。
腕を取られた時と同じ状況なのに、不思議と圧迫感も恐怖も感じない。

「アンタは無能な聖職者なんかじゃない」

吐き出されたそれを果たして本心と信じていいのか。
瞬きしたその時、獅子の漆黒の瞳の中に僅かな光が煌めいたのはきっと気のせいだったのだろう。
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